ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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当記事はタイトルの二次創作の後編にあたります。
 前記事(1/2)はこちら


おわりとはじまり 後編 ~ 八人の旅路(2/2)


 日除けのマントの上からでもク国に昇る太陽の強さは身に染みる。樺茶色に編まれた布と結っていない髪で狭くなった視野の中ではあったが、見慣れた町は両手両足の指では数えきれない程に変わってしまっていた。見知った建物も見知った顔も兄の暴虐で抉り取られたという事実をヒカリは心の奥から痛切に感じた。そしてそれは、ク国が蹂躙した他の国も変わらないのだということも。
「少し休憩しましょうか」
 キャスティに言われて目抜き通りの付近をうろついた。朝食が遅かったとはいえ、色々と考え事をしていたせいか確かに脳が糖分を求めていた。
 いくつか茶屋が開いていたがキャスティはその中でも比較的客入りが少なく、店先に床几台の置かれた茶屋を選んだ。ここは確か背の小さなご婦人が一人で経営している店だが、ここもヒカリの記憶とは建物が変わってしまっていた。加えて彼女の身の上はヒカリも聞いていた。夫には病で先立たれ、一人息子は戦で名を上げる前に死んだのだと。この国で珍しい話ではない。
「このお菓子はね、この国では昔から家族や親しい人と集まってめでたい時に一緒に食べる物なんだよ」
「そうなんですね。今この時期に出しているのはやっぱり?」
「ふふ、貴女が思う通りよ」
 キャスティが目をつけたのは、小麦粉を中心として混ぜこねた皮に餡を包み込んだ月餅だった。皮の表面は型抜きを当て込むので、お店によって様々な柄がある。中に入った餡にも特徴があり、このお店は中に砕いた胡桃を入れていたはずだ。
「それとこれ、干し柿。サービスよ」
 床几台に座って月餅と共に温かな緑茶を待っていると、手の中に収まる程度の大きさの紙に包まれた物を一つ渡された。
「そんな、構わなくていいですよ」
「貴女みたいな他の国から来てる方にはサービスしようかなって思ってるの、受け取って」キャスティの断りをやんわり押さえて婦人は続ける。「昔っからこの国は戦ばかりだったから……ジゴ様やヒカリ様が新しい国の在り方を示してくださって、変わっていくのが嬉しくてね。貴女のような他の国の方も沢山往来して賑やかで明るい町になってほしいのよ」
「……そういうことでしたら」
 二人で感謝の言葉を交わし合うと、婦人は店の奥へと戻っていった。キャスティは中身を少しだけ覗き見てから、自分の鞄に仕舞い込んだ。
「干し柿か……酔い潰れたパルテティオに渡す物が増えたわね。鎮咳にも使えるし」
 月餅と緑茶を手にして二人で床几台に座り込んでいると、町中で情報集めをしていたオーシュットとアグネアが目の前を通り過ぎていった。「オーシュットがお腹鳴らしちゃって」城下でも特に店屋が集まるここに吸い寄せられたのは必然だったようだ。
 キャスティは自分の食べかけの月餅をヒカリに押し付けるや否や財布をすぐさま取り出し、アグネアとオーシュットを座らせて、新しく二つの月餅を手にして戻ってきた。その後ろで婦人がお茶を盆に乗せて持ってくる。
「ありがと~おふくろ~」
「わあ、ありがとう」
「どういたしまして」
「まあ、可愛い子達ね。来てくれてありがとう」
「美味しそうなにおいがしたからな!」
「嬉しいねえ、期待に添えると良いけれど」
 かしましく女性陣が盛り上がるのを横目で見ると、肩から提げた半開きの鞄にはもう一つ紙で包まれた物体が増えていた。オーシュットに渡すと一瞬で保存食ないし薬の原料を失くしてしまうとの判断なのか、キャスティが話題に出すことは無かったしヒカリも黙っておいた。
 四人で横並びに座り込み、改めて月餅に口をつける。オーシュットは一齧りで三分の一を一気に平らげると、幸せそのものを頬張っているかのように弾んだ声を上げた。
「これ甘くて美味しい~」「まあまあ。オーシュット、頬っぺたで餡を食べてるわ」「まじ? 取って取って」
 隣でなんとも母娘のようなやり取りにヒカリは苦笑していたが、
「ほえ、その耳についてるの昨日のやつ?」
「ええ、そうよ」
「キャスティがそーゆうお洒落なの付けてるの珍しいね」
「ふふ、たまにはね」
 こそばゆい会話を横にやましいことは特に無いのだがそれとなく視線を逸らし、アグネアとの間に置かれた盆の上の湯呑みを取ろうとしたところで手を止めた。
「アグネア? 食べないのか?」
 隣に座ったアグネアが両手で支えられた月餅を、丸く人懐こい目に映して睨みつけている。ヒカリが話しかけているのにも気付かない様子だった。
「……アグネア?」
「うん、決めた」透明感のある声が結晶のように硬く凝縮されて、彼女が睨んでいた月餅に落ちた。「あたし、皆に付いていく」
 彼女の純度の高く短い決意が、日除けの外套を突き破ってヒカリの肌を打った。
「アグネア、付いていくとは……これからの旅にか?」
「うん、そう」
 ヒカリとアグネアの応答に、隣で餡と格闘していたキャスティとオーシュットも気付き始めて、こちらを見ている。
「考えたの、あたしが何をしたいかって。あたしは世界中の人に希望や夢を持ってもらいたい。それはヒカリくんも、オボロさんにだって……だからオボロさんに会ったら、未来に希望を持てないなんて考え吹き飛んじゃうような素敵な夢を見せたい。それでヒカリくんが、今のこの国の王様がこんなにも頑張ってるんだって言いたいの」
 諍いとは無縁の環境で暮らしてきたはずの少女が努力を惜しまずに歩き続けてこの場にいることを、一緒に旅してきた自分達はよく知っている。今まさに頭上に浮かぶ太陽のように眩しく映る彼女は、こうして様々な者を照らし続けていくのだろう。
「アグネアは……そなたは本当に強いな」
「そんな。あたしなんて皆を元気づけるくらいしかできないよ……」
 顔を咄嗟に丸い月餅で隠す彼女に、ヒカリは笑いかける。
「“為せば成る”、だろう? それがそなたの取り柄で、とても頼もしい武器だ」
「……ありがとう、ヒカリくん」
 彼女が頷くと、三つ編みが子犬の尻尾みたく揺れた。
「アグねえ、すっきりした?」
 あっという間に月餅を食し終えようとしているオーシュットが端から声を投げかける。アグネアも床几台の端から返事をした。
「うん! ありがとう、オーシュット」
 どうやら町中で二人が情報収集をしているうちにアグネアの悩みを飛ばす出来事があったようだ。
「良かった。なんかキャスティもひかりんもすっきりしてるし、やっぱり怒ってる時よりメシも美味いよな」
 足をぷらぷらさせながらオーシュットが餡のついた歯を見せながら笑った。見た目の幼い彼女だが、獣人としての感覚や感性は忌憚がない。自由気ままな彼女に振り回される時もあるが、裏表や嘘の無い彼女に気付かされる時も数多くある。多様な視点を持つことは今後の国政を担う時にも必要になる。自分は……本当に恵まれている。
 砂漠に吹く風とは異なる、リーフランドの風を受けているような心地で緑茶を置いて最後の一口を食そうとすると、
「アグネアちゃん。私に約束して」
「は、はい」
 ヒカリの前を横切って緊張感のある視線が交わる。無意識というか殆ど生存本能が働いて上半身を仰け反らせてアグネアと共に続きを待った(オーシュットだけ我関せずで靴を脱いで砂を払っている)。
 が、次の瞬間にはキャスティはふっと雰囲気を和らげ慈しみすらある笑みを浮かべた。
「またここの舞台で、アグネアちゃんの踊りを見せてね。私達に、この国の人達に、そしてオボロさんに」
 思わず身構えていたアグネアは強張らせていた肩から力を抜いて、その分を腹筋に回して勢いよく答えた。
「はいっ!」


 二日後の夜、領主の館に集った八人で夕飯を食べた後に情報を交換することになった。火の点いた囲炉裏を囲い、皆の姿が暖かな橙色に染まる。
「気になる記述を見つけました」
 昼間の余炎すら緩やかに消えて肌寒い空気が背筋を擽り始める中、開口一番にテメノスが書物を書き移した紙を広げ、ヒカリに手渡した。彼らしい繊細で読みやすい字がつらつらと並んでいる。
 端の方に目をやるとヒノエウマの歴史やク国を興したシャラク王など表面的な話から、鬼神の如き活躍するク家の英雄譚が事細かに記載され矢印がいくつも引っ張られており、その先にはとある単語が丸く囲われていた。
「歴史を紐解くと明らかに戦が増え始めた変遷期がありました。同時期に王族の一人がこう記しています――ダーケストの血がクの家の全てを狂わせた、と」
「ダーケストの……血だと?」
 ヒカリは反芻する。その名はこの旅の中で何度か見聞きしていた。
「ダーケストはかつて“暗黒”を招いた人物」テメノスと共に書庫に籠っていたオズバルドは腕を組みながら続ける。「更にハーヴェイの追っていた第七の根源の元であり、獣人のルーツを作った人物でもある」
「ん? そうだっけ」
 足の指を曲げたり伸ばしたりしていたオーシュットが他人事のような軽い調子で反応した。
「獣人はダーケストが欲深い人間から欲を取り除く呪いをかけて誕生した……ナ・ナシのシルルット殿が話していました」
「よく?」
「あれしたい、これしたい、っていう気持ち……かな」
「ふうん……わたしもメシ食いたい、くらいは思うけどなあ」
 アグネアが補足しても特にオーシュットの興味はさして惹かれない様子だった。
「今の今まで続く呪いをねえ……。大、魔術師っていうくらいだから、すっげー力を持ってたわけか」
 隣で腕を組んだパルテティオの身体が首と共に傾げている。
「ウィンターランドに巨穴があったろう、あれは第七の根源をもってダーケストが作ったと言われている。今から八百二十年前の話だ」
「ひえー、そりゃまた大昔のどでかい話で」
 パルテティオとオズバルドの話を半分聞き流しながら、ヒカリは熟考する。ムゲンの言っていた全てを葬る力。自分の血の中に眠るもう一つの人格が“暗黒”を呼んだ大魔術師の血に拠るものだと言われると、何処となく納得がいった。
 そして『あれ』に歯止めを効かせていたのは、ムゲンの言葉から推察するに母方の……灯火の血族の血だろう。この話をするには、やはり自分の抱えていたものを曝す必要がある。
「皆、聞いてくれ」
 声を上げるとやにわにしんと静まり返り、環境音となっていた囲炉裏で燃える炭の爆跳音が館を支配する。ヒカリは腹の底から息を整え、口を開いた。
「テメノスの言っていることは恐らく本当だ。自らの飢えを満たすためだけに血を流そうとする衝動が……俺の中に確かに『いる』。そしてそれがク家を真っ赤に染め上げた由であろうと類推できる」
 皆が引き締めた顔でヒカリを見つめている。その中でも先程と一切変わらない態度でオーシュットは訊ねてきた。
「それって、もしかしてひかりんが飼ってるツンツンしてるにおいの元?」
「……そうだ」
 隣に座ったオーシュットが鼻をこちらに近付ける。床についた尻尾がぱたりと揺れた。「でも今は殆どにおわないよ?」
 対面に座ったキャスティも胸元で両手を祈るように握った。
「そうよ、ヒカリ君……あなたは衝動に苛まれながらも『彼』を打ち破ったわ」
 そう遠くない過去に直接対面したであろうキャスティが、目前の揺れる火を見つめたまま僅かに顔を歪める。
「ああ。だが俺の力ではない。ムゲン曰く光の血、灯火の血族……俺の母方の血だと言っていた」
「灯火……」テメノスが独り言ちる。「鍵は聖火教会にあるのか……?」
「待て、光の血と言ったか」考え込むように目を瞑っていたオズバルドが、「それはルミナ家の血ではないか?」
「それってオズバルドさんの奥さんの……」
 アグネアが確認すると、オズバルドは小さく頷いた。
「すまない、オズバルド。俺にもまだ何も判らぬのだ」
「ヒカリの母親の家は?」とソローネが言った。「そっちに何かあるんじゃない?」
「俺が幼い頃に母が謀殺されてから縁者は散ってしまった、父の配慮でな」
「そっか……」ソローネは言葉短くそれだけ言った。彼女は状況を察してか、それ以上訊かなかった。「先生の奥さんの方は?」
「……俺は世間的には妻と娘を殺して終身刑、脱走の最中で船で死んだ身の上だ」
 ヒカリと同様の乏しい反応でオズバルドが答える。
「だったら先生の名前を出さずに接触すればいい」
「……いや、結論から言うべきだったな。接触は不可能だ。家元は取り壊され、その後の所在は不明だ。俺が監獄島にいた五年の間にな」
「……そっか」
 ヒカリに対してと同様に、言葉短くソローネが呟く。
 ならば娘は、とは誰も言わなかった。一番娘の近くにいたいはずのオズバルドもそれを望んではいないだろうし、第一に彼女は記憶が戻っていない。非日常の負担がどれ程のものとなるかは想像がつかない。それに彼女の近くには文武両道のオズバルドの助手がいて、不慮の物事があればすぐ駆けつけられるように、彼はいつも行先を知らせてから町を移動しているほど密に連絡を取っている。寡黙な男の不器用な愛情を、この場の誰もが認識している。
 一度会話が止まると、先程から話したそうにしていたテメノスが溜め息交じりに続けた。
「“暗黒”を破るのが灯火の血族と呼ばれる力であるとするならば、我々が追うべきものはそちらなのかもしれません。……と言おうと思ったのですが、どうやらそちらは今は手詰まりのようですね。カル族ももう生き残りはいませんし……」
 要素が繋がっても機縁は見当たらない。その事実に重苦しい沈黙が降り、また囲炉裏の中の炭が焼かれる音だけが時の流れを知らせる物となる。テメノスはこれ以上誰も口を開かないのを見るや次を促した。
「私達書庫組は以上ですが……他のグループは何か見つけましたか?」
 町中で聞き込みをメインとして動いていたアグネアとオーシュット、二人の観察眼でくまなく歩き回ったパルテティオとソローネ、町や城を熟知しているヒカリと付き添ったキャスティがそれぞれ顔を見合わせる。自分達はカザンの家を見た後に人通りの少ない場所や城内部をあたったが、これといった収穫は無かった。
 反応があったのは一組だけだった。パルテティオがよく日に焼かれた手を勢いよく挙げた。
「二日前の夜中、裏路地で男女一組が暴れてた賊をぶっ飛ばしたらしい」
 町に賊がいて暴れているという事実に心が痛むが、カザンが行方知れずとなった日時が一致していることに対して気を引き締めた。
「ほう、情報源は?」
「全く同じ賊が今日真っ昼間に町の人の財布をスッていってよ。それをソローネと二人でぼこした」
「そしたらぐちぐちうるさい男でさ。訊いてもないのに失敗談べらべら喋ったの」
 ソローネが悪態を吐き、彼女の隣でパルテティオが畏まった様子で頷いた。
「そうそ。一抱えの荷物を持っていた、布で隠してたが中身が見えた……それが赤くてごてごてした不気味な剣を持っていた……とかな」
「赤い……?」
 隣でオーシュットが呟いた声が、鮮やかに浮ついて頭の芯にまで反響する。赤。赤い……剣。
「剣身まで赤い剣なんて、俺もそんなに見たことがねえ。一本を除いて、な」
 突如ヒカリの脳内に景色の断片が閃く。その緋色の剣身は、決して朱玄城の柱を照り返しただけでは生まれてこない。剣を持ったその手の先、腕を六本持った異形の鎧が対峙する様は記憶に浅い。剣は枝刃を持ち、その形状から父からは斬る物では無いが一振りで多くの犠牲を払うことになると聞いていた。兄の亡骸を見た今なら理解できる、あれはヒカリの内にいるもう一つの人格と同じ、奪い蹂躙するための暴威。
「馬鹿な……! 黒血剣は兄上の遺灰と共に埋めた!」勢いそのままにヒカリは立ち上がっていた。「棺に入れ封をし、多くの者には内密に弔ったのだ!」
 それも城仕えや民に認知されている王家の墓ではない、王族訳ありの人知れずの墓だ。存在を知る者は限りがある。
「……まさか、あの中にオボロがいるというのか……?」
 嫌な符合だ。あの弔いの場には十数名程、ベンケイやヤマ大臣やモズ宰相、それにカザンだっていた。いずれも父の代から多くの貢献をし、ヒカリに共感してくれている者達であり、疑いたくはない。だが、手記の中身と合致しているのは紛れもない事実だ。
「それで、その二人組の特徴とか……どちらに向かったかは訊いたの?」
 黙り込んだこちらに気を配ってかキャスティが話を進め、パルテティオが答える。
「賊にも、賊に絡まれていた男にも訊いた。だが顔は殆ど隠れてたのと暗くて見えなかったってのと、複雑な裏路地でソローネにも跡は追えないとでこれ以上は収穫は無し」
「直後ならまだしも、風で砂が流れるんじゃお手上げ。深夜だからその後見たヤツもいないし」
 その道の腕達者に言われては言い返す隙もない。握り締めた拳から力が抜けていく。
「ひかりん」隣に座るオーシュットが服の裾を掴み引っ張った。「立ってたらこわいし、皆もこわい顔になっちゃうよ」
「……すまない、取り乱してしまった」
 ヒカリは元いた場所に座り込んだ。囲炉裏の炎に近付き、熱がより鮮明に伝わって血の気の引いた身体を暖める。
「良いのよ、あなたの心慮は最もだわ」柔らかく凛とした声はキャスティだ。「ヒカリ君、申し訳ないけどもう一度確認させて。さっき言ってたお兄さんのお墓、公表はしていないのよね?」
「それでは少し語弊がある。正確に言うと事実は民にも伝えたが場所は伝えていない。昔から血縁関係の勢力争いは絶えなかったから、曰くのあるとされている者達が眠っている墓地がいくつか秘密裏にあって、ムゲンもそこに埋めた。弑逆と内乱を起こし町を焼き払った兄を、表の王家の墓に入れては到底納得はできまい」
「町の人も話してたのを聞いたよ」アグネアが活気のない声で呟く。「そんなの甘い、って言ってる人がいた……」
 彼女が消沈するのも無理はないだろう。ムゲンはヒカリが国を追われて出た日の火難、無理な徴兵に出軍、様々な理由でこの国を疲弊させた。
 一方で他の国から見ても桁違いの武力を持ったこの国に酔ったままの者も数多くいる。他者を圧伏させる行為は強烈に影響を受ける。思想の違いはこの国を二分していて不和を招いている。
「そうだろうな。だが俺まで恨みに支配されたとなれば更なる連鎖を生んでしまう」
「妥当なプロセスだと思いますよ。事実ヒカリは恨みで剣を振ったわけではありませんから」
 間髪入れずにテメノスが言うと、囲炉裏を囲う仲間達が一様に頷いた。「……ありがとう」気を遣わせてしまったかと重く礼をすると、パルテティオが重量を増した空気を跳ね除ける様に手をひらひらとさせ、話を戻した。
「ってーと、知ってる人物は限られてるっつーわけか。なら全員こってり絞るか?」
「それはあまり名案とは言えませんね。それが確定ではないですし、本来の味方を疑心暗鬼にさせてしまうし、私達が何処まで知っているかを敵に伝えてしまうことになりかねませんし、それに……」
「ま、まだあんのか?」
 対面でパルテティオが引き攣った顔で仰け反った。「一番大事なところですよ」テメノスは念を押すようにむしろ前のめりになる。
「この国に負担が大き過ぎます。戦の直後に新たな王の元に裏切り者がいるなんて噂にでもなってみなさい。新たな火種となるだけです」
 構えてたパルテティオが目をぱちくりさせた後、唇を歪め声を上げて笑った。
「テメノス……お前のことだから、てっきり真実を見つけるまでやってやりますとか言うかと思ったぜ」
「おや、心外ですねえ、私が慈悲深い聖火教の人間なのをお忘れですか?」片眉を上げ組んでいた腕を解きながら、「しかし、そのことを除いても合理的判断で言ってますよ。……まあ、もしカザン殿以外に欠けた人物がいるのであれば……怪しんでも良いかもしれませんが」
「欠けた人物……か」
 皆も明日にでも出立できるように準備を進めていたが、やはり今の話を聞いて確認したい点がある。
「すまない、出発は二日後にしても良いだろうか」
「掘り起こすの?」
 同じ思考を流していたであろうソローネがすかさず切れ味の鋭い視線を投げる。ヒカリは一身に受け止めてただ頷いた。
「掘り起こすって、お墓を?」
 オーシュットが抵抗もない調子で言い、再度ヒカリは頷いた。間髪いれずにソローネが周囲を見回して、大きくはないもののよく通る声で、
「全員で行くと大所帯になるから、半分くらいで行くと良いかもね。私とキャスティと男手一人くらいで」
「え、私?」
「うん。で、男手は……」
「私は身体を動かすのは苦手なもので」
「誰もキャスティより非力なあんたに期待してない。先生もでかくて目立つし」
「おう、俺は構わないぜ」
「パルテティオはそのコートは着てかないで行くなら合格」
「問題ないぜ。っていうか全員ここの服じゃねえとまずいだろ」
「それもそうか」
 ヒカリが口を出す前にトントン拍子で物事が決まってしまう。「本当に良いのか? 愉快な話ではないぞ」念を押すと、「愉快じゃないから、皆でさっさとやっちまうんだよ」と咄嗟には理解し難い理論でねじ伏せられてしまった。
 キャスティよりも役に立たないと判を押され肩を竦めていたテメノスは、こちらに向き直り、
「ヒカリ、城に戻るのであれば先程の件も考えておいてください」
「カザン以外に誰か姿を眩ました者がいるか、ということだな?」
 昨日も今日も城に行ったが、一人一人の行動自体ヒカリは殆ど把握していない。もし誰かが一方的な判断で国を出ていたら、剣を持ち出したと疑わざるを得なくなる。
「ええ。違和感があれば伝えてください」
 パルテティオとソローネから始まった話も一通り終えると、話は次に何処へ向かうか、という内容になった。
 真っ先に議題に対して反応をしたのはオズバルドだった。
「俺から提案がある。クレストランドのモンテワイズに向かいたい」
 俄に皆が戸惑いを見せた。学者の都モンテワイズには先程触れなかったオズバルドの娘がいるはずだ。彼の方から話題に出すのは想定外だった。
 それにカザンをきっかけで旅立とうとしている今時分にその名を真っ先に聞くとは。ヒカリが正面のキャスティを見やると同じことを考えていたせいか、彼女の穏やかでない視線とぶつかった。
「……旦那、まさか」
 パルテティオが怖々と訊ねると、特に意に介した風もなくオズバルドは淡々と言った。
「エレナは関係ない。目的は大図書館とハーヴェイの研究室だ。奴はリタの血を使って実験をしていた」
「あの気味の悪い石榑か……」
「あーカザンのおっちゃんもいた所だっけ」
「へ? カザンさんがいるの?」
 オーシュットの気ままな言葉にアグネアが素っ頓狂な声を上げた。話がややこしくなってはいけないとここ三年カザンが住んでいた町だと説明すると、「じゃあ目的一つ増えるね?」とオーシュットが耳を立てて言った。
 オズバルドが咳払いを挟む。話を戻したがっているようだったので、ヒカリが後を押して続きを促した。
「ハーヴェイが“暗黒”の情報共有をしていたのならば、オボロや他の協力者の名前が出てくる可能性もある。月影教の頭とかもな」
「なるほどなるほど。あの男には協調性の欠片もありませんでしたが、オズバルドの研究を奪ったように他に協力者がいてもおかしくない。それも利害が一致しただけの中途半端な協力者とやらが」
「でもよ、ハーヴェイが死んだ時点でその協力者に処分されてるんじゃねーか?」
「それはまあ……十二分にあるでしょうね。でもあの男は狡猾でしたから、長い付き合いのあったオズバルドにしか判らないようなものもあるかもしれませんよ」飄々とテメノスが頷いた。「それに利点はまだまだありますよ。道中にフレイムチャーチがあるんですよね。祈りを捧げに行こうかと思うのですが」
「不良神官が何を……」ソローネが呆れた声を出しかけ、ふと止めた。「はーん、読めたよ。本物の“灯火”を拝みに行くってことか」
「それってあの青い炎?」
 オーシュットの問いに、テメノスは頷いた。
(青い炎、か……)
 脳裏に一瞬過った奇妙な像は暗闇の中に浮かぶ青い炎。あれは時折見る夢の光景。何処かで実際に見かけたとは思っていたが、確かにフレイムチャーチの聖火が青く神秘的だった。あれに対して畏怖と敬意を同時に覚えるのが自分の身に流れるものであるというのなら漠然とではあるが納得がいった。
 夢の内容の殆どを起きた時に忘れてしまっていたが、ここ数日はぼんやりと頭の中にちらついている。
 あれは暗闇の中で青い炎が消える夢、それも何者かによって――
「確かに灯火といえば教会の聖火だけど……でもテメノスさん、教会に戻って大丈夫なの?」
 アグネアがテメノスを気遣って訊ねる。ここ最近聖火教会は大きな動きがいくつもあった。長年教会に尽くしてきた教皇が身罷り、若き俊秀だと謳われていた聖堂騎士団長カルディナは異端者で教皇謀殺の主犯だった。巨大な組織の混乱は未だに続き、実態調査と再編にはまだ時間を要すると聞いている。テメノスは「あー……まあ……」天井を見上げて濁しかけたが、頭の中で咄嗟に解答を組み立てたのか、淀みなく答えた。
「騎士団はストームヘイル中心の組織ですからね、フレイムチャーチは多分平気でしょう。教皇の権威はそう揺らぎません。今治めている神官長は教皇派ですし、私の数少ない知人です」
 そんなことよりも、と誰かが言葉を挟む隙を与えずにテメノスは流暢に続けた。
「重ね重ねですが東に向かうべき理由はまだあります。パルテティオ、オーシュット、あなた達の保護者の住まう村町が道中にあります」
「ほえ?」
「俺? まあ、確かにあるけど」
「ご挨拶に伺ってあなた達を貰い受けるとお伝えせねば」
「は?」
 パルテティオが素っ頓狂な声を上げる横で、オーシュットが淡泊な態度で答える。
「わたしはまだ一緒に行くって決めてないけど。でもトト・ハハまで皆がいてくれるのは嬉しいな」
「オーシュット、俺ら貰われちまうぜ……」
「まあ、その時はその時なんじゃない?」
 身体を前後に揺らしながら言うと壺の口の上に停まったマヒナが鳴いた。「そうなの? よく判らんけど……」なんと言っているかは解らないが、オーシュットがぼやいている。
「じゃあ、明日からの動きは決まり?」
 皆が一様に橙色の火に照らされた顔を合わせて頷いた。
 目まぐるしく流れた数日も振り返ると一瞬で、それでも倦怠感は大きく残った。
 国に戻るために始まったヒカリの旅がまたこうして始まろうとしている。決して喜ばしいことではなく、まだ戦の傷痕が疼いているこの国から離れなければいけない現実が胸を引き裂く。
 ふと正面に座るキャスティを見ると、彼女は先駆けてヒカリを見つめていた。目が合うなり、左耳を飾る小ぶりな宝石を指し示した。
 菫青石……道標の石だ。
 不鮮明で闇に包まれた未来を、少しでも正しいと胸を張って歩んでいくのに、八人の旅の供はこれ程に心強い。それだけではない。ヒカリがいない間に国を守ると約束してくれたベンケイ、宰相や大臣達、旅で出会ったゼト、城下で砂漠の陽光に焼かれながらも前を向き復興に勤しむ城下の友たち。誰かをこれ以上失いたくはない。
 ……カザンはどうなのだろうか。上を見上げると小さな窓の外は真っ暗な夜空が額縁に入っているかのように切り抜かれてそこにあった。窓の先で遠く広がる空の下で同じように考えているのだろうか。ヒカリのことを友であると考えてこの旅を仕向けたのだと思ってはいても、キャスティに伝えた当の問題を筆頭に、あの手紙の内容全てを噛み砕くことは到底出来ない。
『助力させてもらおう、新たなク国の王を』
(……どういうつもりで言ったのか、説明してもらうまでは許さぬぞ)
 あの夜の誓いは最初から眼中にすらなくオボロとの因縁を考えていたのか、それともヒカリへの助力の第一歩がこれなのか……考えていると僅かに夜空の闇が深くなったような気がした。霞んで見えない朧のようで、未知が恐ろしいと言ったキャスティの言葉を空恐ろしいほどに自覚する。
「うーし! じゃあ寝る前に晩酌でもしようぜ」
 出し抜けの明るい声にヒカリは我に返った。声をあげた男の手には小瓶が握られている。
「もしかしてさっきあんたが酒屋で買ったやつ?」
「そうそう、にごり酒って言うんだと。試し飲みしたら美味くてよ、これは間違いなく他の国でも売れるぜ」
「じゃあ、あたし注ごうか?」
 酒の飲めないアグネアが真っ先に立ち上がるが、パルテティオはまた荷物を漁り今度は巾着を取り出した。
「良いって良いって。それよりアグネアは旦那とこれ飲んでくれ。このミントで作ったハーブティーもな、めちゃくちゃ美味かったんだぜ」
「わあ、ありがとう! ヒカリくん、この囲炉裏でお湯を温めても良い?」
「構わん。炊事場の道具は自由に使ってくれ」アグネアが土間に駆け出すのを横目で見ながら、迷いなく酒を注ごうとしているパルテティオに呼びかける。「パルテティオ、底の方に澱が沈んでいるからゆっくり振ってから入れてくれ」
「ん、おり?」
「白く濁った澱が底の方に沈んでいて、上ずみと混ぜて飲むと口当たりがまろやかになる」
「ヒカリ。その飲み方、第二の飲み方だって聞いたよ」パルテティオの隣からソローネが口を挟んだ。「最初は混ぜずに濁ってない部分だけ飲んで、その後混ぜて二度楽しむんだって」
「なんと……そうなのか」
 初耳だった。ヒカリが酒を飲み始める前からも、先日のあの夜も、この酒を常習的に飲んでいたカザンが真っ先に酒を混ぜていたせいで、どうも固定観念があったようだ。
「にしても……オリのヤツ、元気にしてるかな」
「それって新聞記者のオリさん?」
 荷物から盃を出しながら、キャスティが問うた。オリといえばパルテティオがよく顔を合わせていた溌溂とした歳上の女性だったはずだ。東大陸は新聞が蒸気機関によってわんさと作られ民が様々な情報を得ているらしく、オリは新聞に書く文面を書いているのだとか。
「ああ。なんかつい思い出しちまった。あいつ、きっとどっかで特ダネ探しに今日も走り回ってたんだろうな」
 しみじみと頷きながらパルテティオが酒を傾けた。
「さ、今夜は再結成の祝いだ。飲もうぜ、皆!」

+++++

 夜空を振り仰ぐ。空は晴天で無数の星が瞬き、凪いだ海が空を鏡のように映しては仄かに揺らいでいる。水面近くに浮かぶ月はその多くが欠けているが、これから毎晩少しずつその形を取り戻していくだろう。
 地上の光点は灯台が豆粒のようなサイズになっているものの明かりは未だ強く届き、その足元には水の都カナルブラインに建ち並ぶ建物から漏れる光がエレメントの群れのようにいくつもぼんやりと光っている。
 誰かに、呼ばれた気がした。
 ……誰に?
 自問が心臓を小刻みに叩く。鼓動が俄かに早くなった。
 ここには道連れの船乗りと自分と兄しかいない。兄は船内で船乗りと話し込み、自分は甲板にただ立っている。数歩歩けば行き止まりに辿り着く小さな船の上で自分に語り掛けてくる者などいやしない。
 目前に広がる海は変わらず黒く浅い波を作っては消えていく。この世の何もかもを吸い込んでいく貪欲な命すら感じる。ずっと見ていると砂の海で見ていた光景を思い出してしまったので、視線を下げて船が掻き分ける白波を眺めることにした。
 最近こういう時間には新聞社に提出する記事を書いていたせいか、手持無沙汰の時間はひどく長く感じた。意味もなく鉛筆を手の中で転がして、足をぷらぷらとさせる。
 しばらく海を眺めていると、背後で扉が開き若干不規則な足音が近付いた。
「明日は一日歩かないといけないんだ、今日はもう寝ろ」
 昔から変わらない深く水の底に沈むような抑揚の無い声で言った。少しだけ呂律が回っていないのを見るに既にかなりの酒が入っている。
「兄様こそ、また船に乗りながら酒を飲んで。明日に残さないでよ」振り向きざまに返答すると、兄は手に磁器の小瓶と盃を持っていた。覗き込むと白濁した液体が入っている。「それはにごり酒?」
 訊ねると兄は片眉を上げて答えた。
「そうだ。あの憎き国が生んだ唯一の宝だ」
 ……本当に?
 そう頭に浮かびかけ、すぐにかき消した。一体自分は何を言おうとしているのか。戸惑いと怒りが自分を突発的に満たした。
「……そうね」
 短く同意だけした。熟れていない苦い果物でも噛み締めているような声が出た。
 それを先程の注意を知らん顔した故の不機嫌だとでも思ったのか、兄は些か言い訳がましく、
「安心しろ、酒は残さない。優れた薬師の作った酔い醒ましの薬があるからな」
「薬師? いつ買ったの?」
「買ってはいない。少し頂戴しただけだ」
「ふうん……」
 上目で兄を見ると、焦点が自分を通り越して船の進行方向とは逆の、カナルブライン方面に向いていた。薄鈍のくすんだ瞳には遠ざかっていく水の都が誇る灯台の灯りが滲んで映っている。
 一時、黙りこくっていたかと思えば、
「お前は……やはり美人になったな」不意に瞳を細め、「……気に食わん」とだけ吐き捨てるとまた屋根のある方へ戻ってしまった。
 一瞬意識が喪失してしまったが、追いかけて中を覗くと兄は頭から布を被って眠りの体勢についていた。
 黒血剣の影響はムゲンが力の大半を使ってくれたおかげで無いはずだが、兄はあの国を離れてからかなり苛立っているようにも見えた。これから兄が警戒をしているあの女に会わねばならないのが緊張の正体なのだろうか。または、自分達を地獄に引き摺り込んだあの忌まわしき国に戻ったからか、火を消すのにあんな国に従順だった人物を始末したからか……いや、それは無いか。ずっとあの男のことを気に入らないと言っていたし。
 となると、あの国の王子……いや王になった……ヒカリに会ったからだろうか。自分達と同じように赤く染まった砂漠を見てきたはずなのに、それどころか他人の血を求め蹂躙する忌まわしい血が流れているはずなのに、今まで見た誰よりも真っ直ぐな琥珀の瞳が脳裏に焼き付いていていて、それは同時に自分の中に一人の男を思い起こし――
 半時考えて思考を止めた。聡明な兄が捧げた計画が佳境を迎えようというこの時に何を考えたって仕方ない。
 三日月とカナルブラインの灯台が真っ暗な海の表面に薄っすらと白い光の道を作っている。その景色を尻目にオリは船の進行方向へ向き直って手狭な船内に入り、兄の近くで寝る準備を始めた。
 ……いつだって自分達の周りには悪意と苦痛と裏切りに満ち満ちている。何に対しても抱く感情などは、当の昔に亡くしてしまった。
 空っぽな自分を埋めるのは兄への信頼と、目の前の海と同じ一色に染まった黒い感情だけ。
 ただ、それだけ――

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 先程から流れていた湿った風は、とうとう雨粒を運び地上へと雨を降らし始めた。
 駆け込んだ洞穴の中でめいめいに身体や髪を拭く。幸いにも雨宿りの後に土砂降りになったので、拭くと言ってもそう大した手間では無かった。
 キャスティ自身も頭の上のカチューシャを外し、団子にしていた髪を一度ほぐした。湿気を含んだ髪がいつもよりも更に散らかってしまっている。細く癖のある髪質はどうも天気に左右されやすくて旅には合わないなどと思案する。
 布で髪を拭いている間に目前で建ち並ぶ木々を注視する。縦にひび割れした黒褐色の樹皮、倒卵形の互生した葉。どうやらウバメガシだと推測できる。硬い皮を持った木の実を煎って皮を剥けば暑気払いに役立つ薬の材料になるが、今は実がなる時期ではないようだ。
 折り重なった葉の向こうには高く濃い灰色の雲が立ち込めている。オーシュットの濡れた頭を拭いていると彼女もコバルトグリーンの瞳を空へと向けていた。
「通り雨だね。すぐ止みそう」
「そうね……日が暮れる前に止んでくれるのが一番だけれど」
 ハーバーランドのカナルブラインに向かうキャスティ達八人は港町を目前にして足止めをされていた。この辺りは潮風が強いので武具や調理器具といった旅に必要な物が錆びてしまうこともあり早めに通り過ぎたい心境だったのだが、どうもままならないものである。
 もちろん、それ以上に自分達には急いでいる理由はあるわけだが。
「でも夜に船も出ねーだろうし、最悪ここで野宿でもま、悪かねえかもな」
 濡れた外套を脱ぎながら気楽にパルテティオは言うがオーシュットが、
「うーん。あの町のウミスズメくんのヤキトリ、ウマくて食べたいから止んでほしいな」
 マヒナを布で拭いている最中で途端にオーシュットのお腹が鳴り、「あ、いけね。腹へってきた」と開けっ広げに言った。
 キャスティ達がク国を旅立ち三日が経った。今はサイを通り過ぎ、船に乗るためにハーバーランドの港であるカナルブラインに向かっている。砂の海はすっかり遠退き、この地方では塩害に強い植物達が森林を作り上げている。
「オーシュット」
 各々身体を拭き終わり一息ついたところで、テメノスが不意に彼女を呼びつけた。オズバルドやヒカリも混じって“暗黒”について考察を始めたらしい。最初は小難しいとあまり気乗りしていなかったオーシュットも自分の島を訪れた災厄と青い炎の話を繰り返されるうちに本人にも危機意識が芽生えてきたようで、島に戻るなりオーシュットの師匠であるジュバや遺跡を訪ねる予定も加わっている。
 ク国を出る前日にはもう二つ重要な出来事があった。ヒカリの兄の墓を暴きに行ったことだ。ヒカリが城の多くの目を盗んで兄の墓を掘り起こしに向かった時にキャスティも付き添った。迷路のような城をヒカリの案内で歩き続けた先の閂の付いた隠し扉。その先にあるのは城の壁に囲まれ日も殆ど射さない、寂寥感のある小さな墓場だった。そして棺の中の目的の剣は消え失せ、遺灰と無数の傷の残った彼の鎧だけ残されていた。
 そして、彼が危惧していたカザン以外の失踪者もまた、一人いた。内密で捜索をしていた大臣に聞き出してようやく、将軍アゲハの名前があがったのだ。だが、オボロが王に下った年月や生い立ちは大きく異なり、ムゲンが埋まっている墓も知らないはずだとヒカリは言っていた。失踪の理由はともかく、彼がオボロということはあり得ない。謎はより深くなってしまっただけだった。
 その時のヒカリの顔を、ライやリツと戦う前でも見せていたからよく覚えている。雄志を抱いた眼差しの中には目に見えない涙を流していた。決して肌を濡らさない涙を自分の中に溜め込んで、彼はその場を去った。
 依然として相手の正体は判らない。その事実がしっとりとした霧のように自分達の周りに纏わりついている。
 キャスティは大きく息を吐く。四六時中こう考えていては息が詰まってしまう。気分を変えようとキャスティは髪を慣れた手付きで団子に直して岩陰に座り込み、必死に何かを考え込んでいる隣人に声を掛けた。
「……アグネアちゃん」
「うひゃあ!」
 肩をびくりと震わせて勢いよく彼女が振り向いた。「いでっ」更に隣でサイの町で受け取った手紙を読んでいたパルテティオにどうやらアグネアの三つ編みが当たったらしく、立て続けに声が上がった。
「わわ、ごめんパルテティオ」
 アグネアが三つ編みを抱き込む傍で、パルテティオはからからと笑った。
「俺もビビっちまって悪ぃな。別に本当に痛かったわけじゃねーよ」
「私もごめんなさいね、驚かせてしまって」
 全員で順番に謝ったのがおかしくて一笑してから、改めて会話が戻ってくる。
「えっと……それでキャスティさん、どうしたの?」
「アグネアちゃんが熱心に何か書いてるから、気になっちゃって」
「お、キャスティもか? 実は俺も気になってたんだよな。いやに真剣だなーって」
 両側から彼女に近寄るとアグネアは窮屈そうに背筋を丸めた。
「えっと……まだ途中だからちょっと恥ずかしいんだけど」
 彼女はそう言って普段は丸めて仕舞っているのだろう紙をこちらに広げて見せた。
「へえ、楽譜か? おたまじゃくしが踊ってんぜ」
 確かに黒や白の丸が五線譜の上に書かれている。旅の仲間で楽譜が読めるのはアグネアとヒカリくらいなので、キャスティの興味は音符の羅列よりも五線譜の外に書かれた文字に向かっていた。
「『八人の旅路』……?」
「うん。まだ仮で、さっきつけたばっかりなんだけど、今、新曲を考えてて。それはこの曲名」
「良いじゃねーか。俺達のことだろ? マヒナがいねーけど」
「マヒナも大事な仲間だもん! 歌の中で出すべ!」
「ちょちょい、そんな必死に言わなくても解ってるって」
「本当かなあ?」
「え、疑われてるの俺?」
「うん」
「うんって……おい、言いながら顔が笑ってんぞ」
「へへ、バレた?」
 二人のいつまでも続く賑やかな笑い声に混じりながら、改めてこの旅路と共にある仲間の大切さを認識した。
 この再出発した八人の旅も、いつかそのうち終わりが来る。だがその終わりを決めるのはあくまでも自分達自身だ。エイル薬師団のように、トルーソーのように、誰かの意志を殺すのはとても非情で、何よりも悲しい。第二、第三の犠牲の芽があるのなら対処をしなければいけない。だからこそ、自分はこの旅を続ける。
「うっし、雨止んだ!」別の輪から声があがった。「ニクがわたし達を待ってるぞ!」
 言下、出入口で外を警戒していたソローネの目前を通り抜け、オーシュットが荷物片手に洞穴を飛び出していく。
「おーい! 雨でぬかるんでるから足元気を付けろよ!」その後をパルテティオが黄金色の外套を翻して追いかけていった。「お、あれ虹じゃねーか!? 景気良いねえ」
 荷物を纏め終えた順に他の仲間達も続く。
「本当だ、綺麗……!」
「虹の中にさ、俺らっぽい色あるんじゃね? 一番上の赤がヒカリで……」
「アグネアは下の明るい橙色か?」
「パルテティオはその下辺りの自己主張の強い黄色ですかねえ」
「テメノスはあの陰気臭い緑色のところらへん?」
「……オーシュット? ちょっと待ってください」
「バカ言ってないで、足元ちゃんと見て歩いてよ」
「言われてますよ、パルテティオ」
「俺だけかよ!?」
「ほげっ!」
「うおっ、と! 大丈夫か、アグネア?」
「う、うん。ありがとう。あたしが一番気を付けなきゃいけなかったみたい……」
「大丈夫だよ、でかくてさわさわしてる壁がアグねえが倒れる前に支えてくれるって。いけー、とっつぁん!」
「……うむ」
 皆の声が遠ざかる前にキャスティも最後に忘れ物が無いかを洞穴の中を見渡してから、外へと出る。辺りに充満していた土臭いにおいも落ち着き、冷たい潮風がまた鼻孔を擽った。
 空を見上げると仲間たちが盛り上がっている通り、無限とも言える色彩が空をアーチ状に塗っていた。あの虹の足元には、ここからでも長細い建築物が見える。何も目印の無い海上を船が迷わないように照らす灯台を内包する水の都カナルブラインはもう遠くはない。
 キャスティは未だ着続けているエイル薬師団の制服の胸元を、自分の名前が縫い取られている部分を握り締めた。
 記憶を失った自分の、始まりの場所。あれがきっと最初の道標だ。
(私が……必ず守るから)
 鞄の小ポケットに仕舞い込んだイヤリングを人差し指と親指で詳らかに確かめ、キャスティも歩を進めた。
 他の仲間達に混じり、赤い痩躯の背中が木立から漏れるまばらな太陽光に照らされている。
 自分達の旅は、まだ続いていく。







※ここから言い訳エリア
・名物の小豆粥を包むという所業に自分の中で全く未だに出せずにいて出せていません。粥だよ……?
・リアル砂漠の家をしらべれば調べるほど、ク国の家どーなってんねん疑惑が起こりました。結果煉瓦造りにしましたが、焼けなくない?と言われそう。屋根や壁は煉瓦で焼け辛いけど、工作物や梁が木製なので、外の物燃えたり油撒かれて爆発してたり、梁燃えたら屋根が落ちてきたりとかしてるんだと思います。後はオズバルドの罪と一緒で魔法が解決します
24.1.10追記 エレナがクリア後にいるのはモンテワイズではなくコニングクリークなことに後から気付きました……学校あるのでてっきりそっちかと……学びの場を求めてそっちに移ったってことに……しておいて……ください(土下座)
・毎回書く度にヒカリとキャスティの髪型を弄り倒しています。最高に趣味です。普段髪結んでる人が下ろすの最高じゃないですか?うんうんそうですよね
※ここまで言い訳エリア


 人生で初めてキスシーンを書きました(挨拶)。
 最初のやつ、色気が……全然ねぇ……ってなってちゃんとしたのをするべきか一か月くらい悩んでましたヴィオです。前回はヒカリに肩を抱き寄せてもらうためだけに書いてましたがあれですら書いたことないレベルでした。前回は戦の前にひかりんがイチャイチャできるわけねえ!ってなってあれが限界だったんですが、今回は(も?)キャスティの方が動いてくれたので大変良かったです。


 とまあ戯れ言はさておき。


 ヒカリのストーリーを終えた時に(なんでこの人は旅を続けてんだろう……)という疑問に自分なりの回答をつけたくて筆を取りました。
 最終章の存在自体は好きではあるのですが、展開的にこれだけ手掛かりあるのに何も本人達で謎解きをしないまま進んでいくのが正直言うと結構疑問を抱いていました。ゲームシステム上仕方ないんだけど、今回は八人集まらないと進められない話があるわけで。
 で疑問を抱くのであれば書くしかないんじゃね!? 1の時にテリオンとハンイット一緒に旅し始めたの何故?というところから始まった二次創作と行動原理が全く同じです。
 しかし改めて全員全ての話を終えた時点だと逆に手札があり過ぎて考察一生終わらないよう……ってなりました。でも尻尾は全然見えてこないので難儀。


 そして自分が想定していたボリュームの1.5倍くらいになりました。書いてて、これ前後編にしてサブタイつけるべきでは……?となり今の形に。計63,000字超えてるらしいです。更にこんなチラシの裏まで読んでいただけている皆様には足を向けて寝れません。拍手ついてから一ヶ月くらいは逆立ちして寝ることになるでしょう。
 因みに前半のサブタイ「二人の夢現」の二人の意味合いは一つじゃなかったりします。

 そうそう。せっかくの八人!だったので、できるだけ全員が絡んだ会話を心掛けてはいたのですがどうでしたでしょうか。自分はとても楽しかったです。狂言回しはどうしてもお喋りかつ頭の回るテメノスになりがちではありますが。ある程度わちゃわちゃな空気をお送りできていれば幸いです。


 というわけで。
 ヒカキャスへの熱はいつ収まるのか正直自分でもよくわかりません。自分でもこの思いを何処にぶつければいいのかわからないので、なんかまだ書くかもしれませんというかこれ推敲してる間にネタが浮かんでしまったので書きます。しかしながら相変わらず亀もびっくりな執筆速度なので、もし待っていただけるなら気長に待っていただければと思います。

 よし、早速キャスティとヒカリをガチャってきます!うおー!


 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 もしよろしければ拍手やコメントなどいただけると嬉しくて飛び跳ねます。

※次作 24.2.17よりちょっとしたバレンタインなエピソード

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    ・どんなゲームでも大体腕前は中の下~上の下辺りに生息
    ・小説(ゲームの二次創作)書いたり、ゲーム内の台詞まとめたり

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    ・SFC GC(GBAプレイ可) Wii WiiU NSw NSwlite PS2 PS3 PS4 PS5
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