ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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小さな村の、
   小さな平穏、小さな日常。




ドラガリ小説10本目。
 二千字くらいの短いものから六万字くらいの中編程度のものまで、色々書いたな。
 あ、まだこれからも書く予定はありますよ? ネタはあるので。

 今日は悲しい日。それでも未来を見ていたい。

 メインストーリー26章までのネタバレを含みます。

 それでは、どうぞ。

23.11.30 一部加筆修正





全て懐かしくなる陽だまりへ


 自分の隣には同い年くらいの女の子がいて、その間にはうんと小さな女の子がいる夢。いつも一緒にいて、何気ない話をして笑い合い、ただ流れていくだけの時間には確かに幸福があった。
 でも何故だか隣にいる彼女達の顔が見えない。ぽっかりと空洞なわけでもない、確かにそこに存在しているはずなのに闇に包まれていて、自分には認識が出来ないのだ。
 それでもどうにか確かめようとして、彼女の頬に手を伸ばし――
 そして、目が覚めて、全てを忘れる。

+++++

 服の皺を引っ張りながら、ぎしぎしと軋む階段を下っていく。下から三段目は特に危なげな音がするので、踏まずに一段飛ばしていなすのが癖になっていた。しかし、自分よりも体格の大きな父親が我関せずで使っているし、フーブはよくどたどたと駆け上ったりしているから、自分なんかが気に留める必要なんて無いだろうなんて思わなくはない。
「おはよう、母さん」
 階段を降りて正面に見える玄関を横目に旋回し、簡素なテーブルと椅子の並ぶ部屋へと辿り着く。まだ瞼は重く、うっかり目を二秒間くらい閉じると世界は一時間くらい先に移動している可能性が高い。
「全く、そろそろ毎日一人で起きれるようになりなさい」
 部屋の奥からやや不機嫌な女性の声が聞こえて辛うじて意識が繋ぎ留められる。唇を尖らせながらも焼いたパンに、保温しておいた目玉焼きをてきぱきと乗せてテーブルの上に置いてくれた。頭を覚ますような良い香りに自然と腰が低くなる。
「うーん、昨日早くに寝たんだけど……」
「また夢なの?」
「うん……多分……」
 いただきます、と手を合わせて牛乳を喉に流し込んだ。この牛乳は三つ隣の家に住むセスコフさんの自慢の牛達の物だ。
 セスコフさんの頭の上に乗った細い耳は兎のように長い。その違いを自覚して、自分は初めて種族の違いというものに触れた幼い頃。彼はフォレスティアという種族で寿命もヒューマンである自分とは違って長生きらしく、事実自分が幼い頃から彼の見た目は変わっていない。
 彼は言った。この世界は広い。色んな種族がいて、そして色んな者がいて、それぞれの生を精一杯に生きているのだと。その話を聞いて、自分は強く思ったものである。
 いつか旅に出たい、と。
「って、ほら、言ったそばから服が前後ろ逆よ」
「え? あ、あー……」
 確かに少し息苦しいなとは思っていた。とぼけた声を出すと、母は小さく溜め息を吐いた。
「本当にもう……今日は父さんいないんだから、農作業の間にそのまま遭難しないでよ?」
 母にこんな事を言われる始末である。旅に出るいつかのタイミングは、まだ先延ばしにすべきだろうか。確かに寝起きに魔獣に襲われて生還出来る気は、あまりしない。
「ああ、芋を採って今日の内に干しておかないと、シガーさんにどやされちゃうし。そもそも遭難って、何処まで行ったらするんだよ」
 シガーとはこの村の長のことである。気は良い人物であるが、若干気分屋でもある。まあこの程度で機嫌を損ねるようなことは無いだろうから半分冗談であり、遭難という露骨な軽口への返事に母も「確かにねー」なんて特に緊張感の無い言葉を零した。
 が、五度程瞬きする時間が流れたところで、「あ、ユーディル」母の狼狽した声で意識を戻される。「フーブにご飯あげといて。母さん、シガーさんの所に持っていかないといけない物があるんだったわ」
 おっちょこちょいなのはどっちなのだか、とばたばたと外出の用意をする母を横目に、ユーディルはパンを齧る。残念ながら親子そういうところは似ているものである。
 頭を振って視線を逡巡させると、廊下の方から何かが忍び寄ってくる。
「おはよう、フーブ」
 椅子の下と膝より下の辺りをくるりと何者かが動く気配を察し、話し掛ける。話し掛けられた方はというとマイペースに二回三回と歩き回って、わん、と一回だけ吠えて傍に伏せただけだった。膝ぐらいまである身体はただの白い綿の塊にしか見えずもこもことしている。これでも夏毛に生え変わったはずなのだが、近寄られると相当に暑い。
 耳は普段通りに垂れ、毛に埋もれたぱっちりとした黒目はこちらを見据えて動かない。そう上目遣いに頼られるとこちらも弱い。すぐに椅子を引いて、穀物と野菜の切れ端を雑に混ぜ合わせて入れられた皿を手に取った。
 するといつ立ち上がったのか、早くくれと言わんばかりに膝から足首まで毛玉が擦り寄ってくる。しゃがみ込んで足元に皿を置くと、こちらが何かを言う前にすぐにがっついてしまった。
 咀嚼音が頭の中に残る事無く流れていくのを心の何処かで認識しながら曲げていた膝を伸ばし視界を正面に据える。キッチンの換気用の小窓からは晴れやかな青空が覗いていて、シガーの家へと駆ける母親の背中が見える。
「今日は暑くなりそうだ」
 雲一つない紺青の空を見上げながら、ぽつりと呟いた。

+++++

 ユーディルの日常は至って平穏なものだった。
 太陽が昇る頃に起床し朝食を食べ、畑仕事に精を出す。穫れた物は村の皆で分け合うか村長の家から纏めて売りに出す。そのついでに何気ない話に花を咲かせ、最近はセスコフの家に来た愛らしい子猫と、五軒隣のミネとタイラの間に産まれた赤ん坊が立ち上がったという話題で持ちきりだ。
 そして一仕事を終えたら本を読んだり、楽器の練習をする。時にはセスコフの家でチェスをすることもある。穏やかじゃない事といえば、作物や家畜を荒らす魔獣を退治するために罠や剣の練習をしているくらい。
 今日は本格的に暑くなる昼下がりになる前に、自家の畑の芋を掘り起こそうと思っていた。半分はそのまま街に卸し、半分は干して街に卸す。

 今日収穫した芋を背中の籠に抱えながら、緩やかな起伏のある土地を僅かに下り小川に着く。村の背後に構える山から流れるこの清流で、泥を洗い流すのが習慣である。小川といっても踝程度のせせらぎで、涼やかな水音がさらさらと鼓膜を泳いでいく。
 ここら一帯は樹木が自生している。彼らが腕から伸ばす枝葉は地面に影を作ってくれており、太陽から降り注ぐ光線を直接浴びるよりかは幾分もまともである。また、時折流れる山から吹き下ろす風はぬるいままで、気持ちよさというものはあまりない。この風だって無いよりはましという程度で、怪我をしないよう、また日に焼けないように長袖長ズボンを着ているのも相まって、改めて今日はさっさと作業を終わらせて家で先日の商隊が持ってきた楽譜を読みたいと思う気持ちが強まった。
 視界を遮って邪魔になりかけてきた前髪を整えるためにユーディルは麦わら帽子を一度外し、首にかけたタオルで額や首筋の汗を拭う。一度大きく呼吸を整えて、ユーディルはもう一度帽子を深く被り直す。
 籠の蓋の役目を担っていたザルを草むらの上に乗せて、さて、と気合を入れて袖を捲り籠から芋を取り出そうとしたその時だった。
 背後から乱雑に草を踏む音がユーディルの耳に届き、殆ど反射で懐に差してある短刀の柄に手を伸ばした。最初は猪か猿か野犬かと思ったが、四足歩行のそれではない。それに獣にしては足音が重い。
 となると、村の人間か――
 振り返ると、確かに二本の足、二本の腕を持った人がいた。上空の無数の葉にくり抜かれた陽光を受けて輝く金糸雀の羽根のような髪の毛が腰まで踊り、紺碧から白藍までグラデーションの掛かったドレスの裾を翻した少女がいた。裾から覗く膝は白く非情に華奢で、その足を支える白いサンダルのヒールが湿った地面に食い込んで少し土で汚れていた。少なくとも野良仕事をしている者では無いのは一目瞭然だった。頭につけた髪飾りは今まで見たどんな銀細工の物よりも輝いている。
 ――妖精のようだ、と思った。
 そう、そんなことを考えていたからか、気付くのが一足遅かった。彼女が周囲を忙しなく見回していて、足元がおぼつかない様子だったことに。
 彼女の足の行く先には小川が流れていることに。
「きみ、そっちは!」言葉足らずな咄嗟の言葉では彼女は止まらない。ユーディルは手に取っていた芋を投げ捨てて地面を蹴る。「危ない!」
「きゃっ!」
 少女の腕を引くと、短く悲鳴をあげた。長くて細い髪の毛が不安定に揺れ、そこで初めて、彼女は小川の存在に気付いたようだった。
「す、すみません。前が見えてなくて」
 彼女は一礼し、やや乱れた髪の隙間から耳飾りと同じ空色のビー玉のような瞳がユーディルを見上げる。虹彩に映る自分の姿もくっきり見えるくらい、澄んだ空色。白い肌に乗せられた顔のパーツは、遠目で見た通り整然としていた。
「助けていただきありがとうございます」透明で凛とした声。「……その、重ねてすみませんが、ここに女の子が来ませんでしたか?」
「女の子? いや、見てないかな」
「その、女の子と言ってもこれくらいの……」
「あ、ちょっと待って。葉っぱがついてる」
 先程は髪の毛に付いていたのかすぐには気付かなかった。傷一つない白い肌に乗った小指の爪くらいの葉が目に入り、咄嗟に口を開いてしまう。少女は澄んだ目を見開いて顔に手を当てる。
「え、ど、何処でしょう……」
 取ろうとしているが、細い指は見当違いな所に触れている。
「じっとしてて」
 少女の右頬についていた葉っぱを取ろうとして、肌に触れる。作り物のような肌に乗った自然の産物を手に取ろうとし。
 頭の中に、静電気のように一瞬景色が閃く。唐突な既視感がユーディルの思考を走り抜けていった。彼女の瞳と同じ青い空の下で響く、無邪気な笑い声――
「あれ、きみ……」
「きゃああああ!!」
 言下、背後から突然甲高い女性の悲鳴が飛んだ。少女の頬から取った葉がユーディルの指から零れ落ちる。
 ユーディルが振り返ると同時に、目の前の少女も叫んだ。
「ナーム!」
「ナーム? きみの連れかい?」
 首をまた正面に戻すと、整った顔立ちに乗る空色の瞳が揺れている。
「ええ」
「解った、助けに行こう」不安そうにする少女を励ますように、ユーディルは懐を叩いた。「大丈夫、獣除けも魔獣除けも持ってるからおれが何とかするよ」
 少女は一瞬戸惑っている様子だったが、すぐに頷いてくれた。

+++++

「ちょっと! 助けて! 動けない~!」
 想像をしていたのは今、隣にいる少女と同年代、つまり自分と年端の変わらぬ少女が凶暴な何かに襲われている光景だった。その心構えのため、懐に差してある短剣と獣や魔獣を避けるための匂い玉をすぐ取り出せるように手を伸ばしていた。一定の距離までは走って来たが、近付くにつれ足音を抑えて木陰から様子を見るようにしていた。警戒心の強い獣相手に刺激してはいけないと慎重に動いたのだが。
 しかし、その予想はあっさりと裏切られる。
「わたし食べ物じゃない~! 食べても美味しくないよ~!!」
 まず少女と思っていた声の主は、胸の中にすっぽりと収まる人形のように小さかった。しかしばたばたとひっくり返った亀を彷彿とさせる暴れ方に命が宿っている事を認識させる。
 次に目を引いたのは彼女の背中に生える羽根ともいうべきもの……と、それを咥える白いぶかぶかの犬だった。
「ナーム!?」
「フーブ!?」
 隣の少女と同時に叫び、思わずお互いの顔を見る。
「えっと、きみが探してた子って……」
「はい、ナームといって、妖精なんです」
「妖精……」身近で馴染みのない非現実的な言葉を反芻し、先程少女に対して比喩表現で使ったそれが現実に現れつい思考が固まってしまう。しかしその間にも我が家の大きな毛玉は頭をぶんぶんと振っているせいで甲高い少女の悲鳴が上がっており、すぐさま現実に引き戻される。「と、とにかくフーブから引き剥がさないと!」
 フーブは好奇心が旺盛で、そこそこの体躯なのも合わせて暴れられるとてんやわんやになることもあるが、人の言う事は大人しく聞いてくれる好い子である。……ナームという妖精の離してという言葉に反応しないのは、慣れ親しんだ人ではないからか、あのサイズの生物を人と認識していないのか、ただのおもちゃとしか思っていないのか。
 ともかく、ユーディルが叱るとフーブはすぐに妖精のスカートを口から離した。
 ナームと呼ばれた妖精は解放されると同時に、服と髪の毛をぱたぱたと整える。桃花色の癖のある髪には愛らしいシロツメグサみたいな花の髪飾りがついていて、ぬるい風に揺れていた。
「ふうう……し、死ぬかと思ったああ……」
 身体を二つに折って項垂れる掌程の大きさの女の子に、金髪の少女は窘めていた。
「もうナーム、一人で遠くに行っちゃダメって」
「遠くに行ったんじゃなくて、連れてこられたの!」
 小枝のような両腕を彼女なりに力いっぱい振りながら非難の声を振り払う。
 連れてこられた、というのを聞いてユーディルは思い至る結論があった。彼女の言い分は間違いでは無いだろうと助け船を出す。
「ああ……フーブはこの辺に宝物をよく埋めるから、それでここまで来たのかもしれない」
「わたし、食べられるんじゃなくて埋められそうだったの!? なんてことするの!」
 むう、と頬を膨らませて白い毛に埋もれた黒目を睨みつけている。睨まれている方は我関せず尻尾をぶらぶらとさせているだけだったので、代わりにユーディルが謝ることになる。
「ごめん。きみを危険な目に遭わせてしまって。おれが代わりに何か詫びを……」
「わ、詫び? む……うう、その、怪我してないから、そこまで気にしてないんだけど……」
 と何故か先程とは正反対の事をしどろもどろに言われてしまって、こっちも大層困った顔をしていたと思う。
「ナームの言う通り、あまり気にしていないのは本当だと思うので、そんな真剣に謝らなくても良いですよ」
「そ、そうなのか?」
「ええ、大丈夫です。ね、ナーム?」
「そ、そう、うん! 気にしてない! 気にしてないよ!」
「そ、そうか……」
 なんとなくたどたどしい返事のような気がしたがこちらからかける言葉も見つからず、これ以上踏み込むのもどうしたものかと考えていると、目の前の少女が口元を抑えてくすりと笑った。
 自分がだいぶ変な顔をしているのだろうかと一瞬気恥ずかしくも思ったが、彼女の視線はユーディルの足元に向いている。
「ふふ、可愛らしいわんちゃんですね」
「ああ。ちょっと……かなり、夏は暑苦しいけどね」
 ユーディルの足元に引っ付いている白い犬は長い尻尾をぶらぶらさせながら周囲に視線を巡らせて鼻を鳴らしている。こちらの悩みなんか全く気にも留めていないようである。フーブの脳みそには悩みというものは入ってないんだろうなあと思わずにはいられない。
「確かにすっごいもこもこしてるよね」ナームと呼ばれた妖精はフーブの周りを一周する。動かない様子を見て、警戒しながらもそっと触れた。「ふかふかだ~」
「これでも夏用の毛皮に生え変わったんだ。だから冬はもっともこもこしてるよ」
 自分もいつもの調子で屈んで胴回りを抱き締める。空からの光線が草木に遮られてまばらに落ちる中でこの行為は自分の寿命を縮めているような気さえしてくるが、何となく肌から伝わるちょっとした幸福感が癖になってしまっているのも事実である。
「これで夏なんだ……犬ってすごいね」普段犬を見ることは無いのだろう、動かないフーブの周りをくるくると飛び回り矯めつ眇めつ見つめている。こちらももちろん妖精という存在を見たことが無かったので、その彼女の半透明な羽根をじっと見てしまう。サイズも相まって妖精の羽根というものは蝶を想起させる鮮やかな色合いをしている。厳密には小柄な身体と羽根は離れていて、どういう原理で飛んでいるのかも解らない、本当に物語の中のような存在だ。
 フォレスティアのセスコフさんが言っていた通り、自分が思っているよりももっともっと村の外は広くて、想像だにしない人や物が溢れているのだろう。もう少し剣の腕が上達したなら旅に出たい……その気持ちはユーディルの胸の中でより膨らんでいく。
 妖精の行く先を追ってそんなことを考えていると、少女の顔へと視線が辿り着く。彼女は胸の前に握りしめた両手を組み直して、何処となくそわそわとしているように見えた。空と同じ青い瞳はどうやら手元の飼い犬へと向いていた。
 自然とユーディルは彼女に声を掛けていた。
「触ってみる?」
「え?」
 少女は驚いて見開いた目をこちらに向ける。
「大丈夫。身体は大きいけど、大人しいから噛んだりしないよ」
 飼い犬の背中を軽く叩くと、のっそりと数歩だけ歩いて二人の中間地点で止まった。なんともマイペースな家族に苦笑しながら自分も歩み寄り、少女に向けてユーディルは手招きをする。
 戸惑いがちに少女が近寄り、やがてフーブの側面に手を伸ばして二、三度触れる。それから、全く動じる様子のないフーブの身体に手を沈めた。
「あ……ふ、ふわふわです」
 緊張していた彼女の顔が綻ぶ。淡く笑う桃色の唇の隙間からは綺麗に並んだ白い歯がうっすらと見えた。その歯に負けない白い肌はやはり彼女の家柄を示しているようで、無意識のうちにユーディルは被っている麦わら帽子のつばを押した。今の自分の農作業を行う機能性だけを重視した格好とは月とすっぽんだ。そもそもうちに帰っても彼女に釣り合う服装なんて家をひっくり返しても無いが。
 彼女の仕草はやはり控え目に言っても気品がある。土にまみれた土地に不釣り合いな見知らぬ少女、思いがけず話の流れでラフな口調で話してしまっているが、なんだかまずい気もする。
 彼女は恐らく貴族の令嬢だ。観光なんてする所のないこんな辺鄙な村にいるのかは解らないが、格好も外を出歩き、とりわけ真夏の日差しを避けるようなものではないから、御者が休憩にただ立ち寄っただけなのかもしれない。
「その、すみま……いえ、申し訳ございません。きみ……いや、貴女は……」
「あの!」言いかけた言葉は彼女の方から止められる。「出来れば身分を気にせず接していただけませんか?」
 彼女の傍を飛んでいる妖精は眉を顰めて困ったように彼女を見つめている。ユーディルは先程までには考えられなかった勢いに気圧されて、思わず頭一つ分仰け反ってしまった。
 ユーディルが答える前に、少女の方から視線を逸らされた。細い腕を頬に伸ばし、その頬は暑さからなのか、焦燥からなのか、ほんのりと高揚している。
「あ、これでは明かしているようなものですよね……でも、その……」
「解った、きみのことは訊かない」ユーディルは安心させるように強く頷く。「でも、きみを待っている人がいるだろう? だから、村までは送っていく。それだけは譲れない」
 頭上を覆い繁る無数の葉が、ユーディル達三人に斑模様に影を落としながらざわざわと歌っている。白と黒の二色しか彼女達を照らす明かりは無いが、きっと貴族の社交場で、魔法で点けられたシャンデリアの元にいる彼女は、絵本の中のお姫様のように優雅に華やいで見えるのだろう。そして庭に出た彼女を照らすのは、真夏の猛る太陽の元ではない、暖かな陽だまりの世界。
 彼女は、その風景を想起させるようにたおやかに微笑する。
「ありがとうございます」
「じゃあ行こうか」
 村に行くのになるべく起伏が少ない所を通ろうと、雑草を踏んで歩み始めた時だった。
「……あ、村に帰る前に川に置いてきた芋は回収したいんだけど、良いかな?」
 山から吹き下ろすぬるい風に混じった声は田舎特有の、なんとも土臭いものだった。
「そういえばそうでした。ナームのことで置き去りにしてしまいましたね……」
「ん? わたし? いも?」
 首を傾げて一切の解らない飛び回る妖精の様子を見て、ユーディルは少女と顔を合わせて笑った。

+++++

「今日はありがとうございました」
 玄関口で中肉中背の男性が腰から身体を折り、丁寧に礼をした。
 彼の家から出たゼシアは振り返り、同じく一礼する。
「いえ、何かご不便や不足している物がありましたらまたご一報ください」
 そう彼に言うと、隣にいる兄も小さく頷く。
「先程も言ったが、ここで採れる作物は王都でもよく売れている。盗賊は必ず対処しよう。これからも是非良い物を作ってほしい」
「お心遣いありがとうございます」
 再度彼は身体を折る。今日は、この村と隣村の間の盗賊被害について聞き取って来いと直々に父に言われ、自分と双子の兄、とその友である妖精で来たのである。この村の長は中年の男性で、村の農作物の管理を担っていた。
 何度か言葉を交わし、彼は家へと戻っていった。
「どうした、ゼシア?」
 村の周囲を見回しているゼシアを不審に思ったのか、傍らにいたネデウが心配そうに声を掛けてくれた。
「いえ、」兄が見ていなかった出来事を言いかけ、あの青年の名前すら聞いてないことに気付いた。「その、今日会った方にもう一度お礼をと思ったのです」
「そういえば名前も聞いてないし……」ナームが傍で飛びながら言葉を続ける。「帽子も深く被ってたから顔も良く見えなかったね。歳はゼシア達と同じくらいって感じだったけど」
「そうですね……」
 ここは小さな村でも無いが、そう大きくも無い。同い年くらいで、白くもこもこの大きな犬を飼っているその人物を探そうと思えば難しい事でも無いだろう。
「気持ちは解るし俺も礼を言いたいのだがすまないな、次の予定がある」
「ええ、そうですよね、兄さま」
 声音だけでも気遣ってくれるのがはっきりと解る。そんな兄を困らせるのはゼシアの本意ではない。
 視線を足元に移すと、あの時汚れていたサンダルは頭上の太陽からの光を浴びて輝いている。あの少年が送ってくれた時に小川の水で濡らしたタオルで拭いてくれたのだ。
「……またこの村に来よう、ゼシア。今度は父上に内密にな」
 肩にそっと置かれた手は大きく、ゼシアのぽっかりと空いた胸に火を灯していく。ゼシアは再度頷いた。
 兄の斜め後ろを歩き、やがて馬車に近付くとそれまで口を開かなかったナームがぼそぼそと話し掛けてきた。
「……ねえ、ゼシア?」言い辛そうに、続きの言葉まで一呼吸置かれる。しかし既にもう声を掛けた時には決心を固めていたのか、躊躇は一瞬だった。「どうしてあんなことを言ったの?」
「あんなこと?」
「あの男の子に、身分を気にせずにーって」首を傾げながら、彼女は続ける。「元々ゼシアってわたしえらい! っていう感じじゃないけど、わざわざそういうこと言った事無いよね?」
 小さい頃から隣にいる小さな友からの疑問は、ゼシア自身もずっと引っ掛かっていた。
「それは……私にも、解らない」
 王家の人間として生まれたゼシアはその時から人の上に立つ事を宿命付けられた。兄や姉が政治や軍事に妙々たる才を発揮しているのを傍目に、ゼシアは近々王位継承権を捨てて教会の巫女を担うこととなっているが、どう転がっても民から敬われるような立場である事に変わりは無い。その事に対して多少の抵抗はあれど、不満があるわけではない。
 何故だろうか。あの忙しない王都を離れゆったりと流れる穏やかな情景を見て、そこで暮らす人を見て、何のしがらみも無い、ただの一人の少女としてありたいと、そう思ったのかもしれない。彼のような、同い年の知人とただ同じように笑い合いたいと……。
「気軽に話せる知友の方が欲しかったのかも、しれない」それだけのはずなのに、何処か嘘を吐いている気持ちになってくる。胸の辺りに何か理解できないものが滞留している。「ナームや兄さま達がいるのに、十分幸せなのに、そんなこと願っちゃ駄目ですよね……」
「ゼシア?」
「……ううん、何でもない。行きましょう、兄さまが待ってます」
「う、うん」
 会話を中途半端に投げ出されたナームが訝しみながらもこれ以上訊いてくることはなかった。
 先に馬車に乗った兄の手を取り、その横をナームも滑り込むように乗り込む。全員が乗ったことを確認すると御者は馬を叩き、轍を辿っていく。
 ふと、何処かの家からバイオリンの音が聴こえる。移ろっていく音色は式典で聴くような煌びやかさとも高度な技術とも縁遠い。まだ持ち主が慣れない手つきで奏でている姿が想像できる。
 この世界に存在する小さな村の、小さな平穏、小さな日常。
「ゼシア、疲れたなら寝ておけ。次の村までは少し時間がある」
「……はい」
 葉擦れや鳥の囀りに滲む弦の音を背に、ゼシアの乗った馬車は村から出立する。小窓から覗く空はただひたすら遠く、そして抜けるように青く、そこに貼り付いた太陽がじりじりと地表を焼いていた。
 網膜に刺激が来る前にゼシアは瞼を閉じる。馬車から伝わる不規則な振動が僅かに浮いた思考を曖昧にさせ、自分の中にある不安がぼんやりと不鮮明になっていく。
 こんな迷いは一時のものなのだと、ゼシアは自分に言い聞かせた。

 この数か月後、ゼシアは首都で数奇な出会いをすることになる――



※ここから言い訳エリア
・ユーディルこんなんじゃないって言う方すいません。ただ人の性格は生まれつき5割、成長段階5割みたいな感じらしいので全く同じになるわけもないと思っています
・フーブは空想の犬です。空想の犬です。犬です
・ゼシアが巫女になるのはイリア教ではなく(多分イリア教無いし)、別の宗教組織です
・仄かに少女漫画みたいな香りがしますが、恋愛ものではありませんよはい
・タイトル名は某歌よりいただいています
※ここまで言い訳エリア

 ドラガリ、4年近く様々な体験をさせてくれて本当にありがとう。

 本作は一か月かからないくらいで書きました。なんか後一か月って思うと急激に寂しくなって、本編後の話を書きたいなと思って。一万字程度のを書こうと思ったらまさかのまたそこそこピッタリ賞。ですがかなりギリギリで書いたので普段よりも更に稚拙です(いつも言ってる)。
 本編後と言いながら、エピローグ前の某シーン前です。


 実を言うとですね、ドラガリのエンディング、正直どうかなって思ってた。
 例えばレフコス親子は良い話だなーって思ってたのに、無かった事になってるのも気にならなくもないし。
 何よりキャラストで王子とかに救われている人たちはどうなったのと。それこそ自分の好きなノーストンとか、ユリウスとか、ヒルデとか、後はムムとか、ジュウロウタとか、プロメテとか、アデルペインとか、リナーシュとか。当然だけどメインストーリーで描かれるわけもないから、もやもやしたわけですよ。
 

 で、これを書いてる最中にドラガリを(ほぼ)サービス開始時から遊んでる知り合いとその話をしてたんだけど、知り合いが「あれは王子が望んだ『皆が幸せな世界』なのかもな」って言って妙に納得はした。納得はしたが……だけどね。
 確かに最後に王子自身が世界の創造はしてたしなあ……。その世界にユーディルが王子としていないのも納得ではあるし(ユーディルとネデウの関係を思えば)、それでも皆の心にいるユーディルがあの村人ユーディルということで形作られたならそれもまた素敵なのかなあとか思ったり。

 しかし、ゼシアとの邂逅で一番に思ったのが「つまりユーディルとゼシアが結婚できるってこと!?」という思考だった。大丈夫かこの人。大体、自分の人生のバイブルが原因です。気になる方は「天使禁猟区」で調べてください。


 そしていつもの簡易プロット公開。
「漫画の読み切り的なの
 村人ユーディル 村に訪問するゼシアと村外れで出会う
 犬を追いかけるナームを追いかけるゼシア→魔獣に追いかけられるナーム」
 と書いてありました。なんというか、要素だけは残ってる……?なんか飾りの要素を継ぎ接ぎして今の形になりました。


 というわけで。
 再三になりますが、ドラガリ本当にありがとう。
 とはいえ、今の所は二次創作は続けていこうかなと思ってはいます。相変わらず亀だとは思いますが……。

 これからも、よろしくね。


 (要約:サントラや設定資料集、願わくばコンシューマーとかにリダイブください)

☆こちらもよろしくお願いします
cry sky cring(ユーディル・ゼーナの真面目なちょっと短いお話)
小さな小さな夜の華(スオウとソフィのちょっと真面目なお話)
爪痕を覗いた日(ノエルとノーストンのちょっと真面目なお話)
催花雨(ノーストンとリナーシュのちょっと短いお話)
紅鏡-empty rhapsody-(1/2)(ユリウスとベリーナのちょっと真面目なお話)
antinomy(カサンドラ・アスラムの真面目なちょっと短いお話)
双星のカレイドスコープ(1/4)(アルベール・ユリウス中心の真面目なお話)
名残 - gain or…(カサンドラ・ワイスの真面目なちょっと短いお話)
無私の愛は果てを目指し(メーネの真面目なちょっと短いお話)

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    ・どんなゲームでも大体腕前は中の下~上の下辺りに生息
    ・小説(ゲームの二次創作)書いたり、ゲーム内の台詞まとめたり

    【所持ゲーム機】
    ・SFC GC(GBAプレイ可) Wii WiiU NSw NSwlite PS2 PS3 PS4 PS5
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