ポケ迷宮。
ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。
試合をしますか? ~朽ち寺の幕(2/2)
目的の建物は、起伏のある丘陵地の上の方にあった。断続的にヒノエウマの強風に曝されているものの未だその形の多くを保っていて、かつて立派だったろう面影を残して建っていた。
抜け落ちた屋根の隙間から斑に陽光が差し込み、砕けて元の形の大方を失った石材やこちらを威嚇しているかのように無惨な裂け目を見せた木材が散らばる様子を照らしだしている。壁や屋根の隙間から吹き込む風が、髪をそよがせる。
三度目に眺める景色を、今一番冷静に見れている。細かな砂が満遍なくあちらこちらに降り積もっている様が、ここに立ち入る者がどれだけ少ないかを表していた。それを踏みしめて、ヒカリは薄暗い寺の中を進んだ。
道中にはもう誰の目にも触れることのない石像がいくつか置かれていた。外にあったのなら厳しい砂漠の気候により風化してしまっていただろうそれらは、当時の石工職人によって造りあげられた感情に乏しい荘厳な顔を浮かべて佇んでいる。だが、その目線の先には何人もの人骨が乱雑に転がっており、彼らの身元は最早誰にも判別できない状態になっていた。
もう何十年も、もしくは何百年も前の人物であるかもしれないその魂の行き先に想いを巡らせた。どのような感情を抱いていたかは判らないが、少なくともここで放置されている時点で彼らの意思や怨念といった類いのものは消化されてはいないのだろうと漠然と考えた。この建物に決闘を行おうとする二人しか立ち入ることが出来ないのは、彼らが三途の川の向こうから、あるいは地獄から手招きをしているからなのかもしれない。少なくともそう思えるだけの陰鬱で停滞した空気がここにはあった。時の止まった場所で生き急ぐのも妙な話ではあるのだが。
程無くして最奥に辿り着く。階段が数段設置されており、その先にはヒカリの身長のおよそ三倍ほどあろうかという巨大で荘厳な出で立ちをした四本腕の石像が、同じく石で出来た須弥壇の上に安座している。この辺りは特に風が吹き溜まっているせいか、石像が劣化している様子は一切見受けられない。他の無表情な石像と比べると寛大かつ寛容な尊顔をしていて、この寺院が機能していた時には懺悔も願望も全て受け入れていたのかもしれない。
だが今は、慈愛じみたその表情と周囲の不釣り合いな風景に眩暈すらも覚える。
石像の足元には一人の男がいた。
一体何時の誰のものなのか、赤黒い染みがいくつも床を汚し、その上には巨大な柱の一部が惨たらしい姿になって寝そべっている。その柱に鞘を立てかけ、傍では昨日付いた血を既に洗い流したらしい鮮明な色を放つ水色の羽織りを着込み、黒髪の男は刀を研いでいた。戦闘で立ち合った時の重圧感を今は収めているが、立ち居振る舞いに隙は一切見当たらない。
男はヒカリの姿を認めると口の端を釣り上げ、鉛色の瞳をすっと細めた。
「今度は商人の真似事か?」
石段の数段上から嘲笑混じりに投げかけられる。ヒカリは自分の刀の頭に手を置いたまま応じた。
「商人は未来を見据え勝たぬ勝負はせぬと聞く。それに倣うまでのこと」
「安易で浅はかな考えだ」
「果たして安易なのはどちらか」相手の挑発をヒカリは端的に打ち返した。「これ以上は言葉ではなく剣で語れば良いのではないか?」
男は刀を撫でる手を止めた。心持ち上ずった声で男は一笑した。
「そこまで言うからには、今度こそお前の本気が見れるということだな?」
ヒカリは左手を鯉口へと伸ばし、親指で鍔を押し出す。男はそれを見て愉快そうに肩を揺らすと、ゆらりと立ち上がった。柱に立てかけた鞘を帯に差し込み納刀すると、男の気配も鋭利なものとなる。
男の閉じ込められた闘気がヒカリの肌を打ち、既に気を逸らせていた。昨日までの心持ちならば先手を打っていたかもしれない。ヒカリは短兵急な身体を抑えようと小さく唇の隙間から息を漏らし、
「……さあ、決戦の時だ」
ヒカリが呟いた刹那、男が段の上から跳躍する。大弓から引き絞った矢のように瞬く間に迫った恐ろしく輝く白銀の刀身を、ヒカリは鞘から引き抜いた刀で受け止めた。幼い頃から馴染んだ、そして耳に障る金属音が空虚な建物の中を乱反射する。
力任せに弾かれた刀が再度ヒカリの首を狙って迫るのを、黄金色の外套と共に身を捩って避ける。しかし避けた先で息をつく暇もなく一度、二度、三度……数えるのも億劫になるほど立て続けに来る攻撃が空を切り裂いていく。
(やはり……強い)
攻撃に転じようとするものの、男の刀筋はいつまでもヒカリに反撃の隙を与えない。視線の先を追って剣戟を捌くだけで精一杯だ。隙を縫ってヒカリが斬り込んでも、相手の、サイの街で出会った青年の家宝であるという刀が受け流していく。その度に脳が痺れ、熱に浮かされたような心地を覚える。
件の剣客と刃を交わすのは、案の如く惹き付けられるものはあった。これが手合わせであり、相手が好漢であったならどれほど良かったか。だが目の前の男は余人を傷付けることを厭わない不逞の輩だ。
「……足りないか?」
男はぱさついた黒髪の下で口ずさむように言うと、卒然とヒカリから距離を取り刀を鞘に納める。隙だらけに見えるその行動を、しかしヒカリは追い討ちをかけることはしなかった。その場で刀を正眼に構える。
この二日、男の抜刀術は見てきた。初日は帯刀した瞬間を狙って返り討ちにあった。二日目はその攻撃を掠めた後にキャスティの薬のお陰で多少は渡り合えたが、そこで焦って柄を脇腹に叩き込まれた。
そして今日、自分の腕を覆うのはいつもと異なる黄金色の装い。陽気に笑う青年の顔を浮かべヒカリは呼吸を整えた。身体中の管を巡る血の一滴まで感じ取る。
『俺は今の野宿よりもよっぽどひでー中で寝てたこともあるぜ』
まだ旅に出て間もない頃、野宿の準備どころかリーフランドで絶え間なく響く雨音とむせ返るような土のにおいにすら慣れていなかったヒカリに、旅の共はこんなことを言っていた。
『そんなでもさ……不思議と夜って寝れるもんなんだ。こう、自分の中の緊張の糸を切るっつーのかな。まあ、心を緩めるのにはなーんも考えずに深呼吸ってのが一番だな』
指先まで浮ついた熱を冷ますために、胸を膨らませて深く呼吸をした。細砂の浸透している空気を口の中で転がしていると身体の緊張が緩み、ざわついていた心が落ち着いていく。欠け始めていた精神力が戻ってきたという確かな手応えがあった。
しかしそう感じたのも束の間、男の姿が失せ、虚空から抜き身の刃がヒカリの首をあわや飛ばす速度で迫ってきている。これを冷静に追えていたヒカリは手足の最小限の動きでいなした。
返し刀で更に肉薄する刃を防ぐと、鍔がぶつかり合う。砂漠に突然流れる鉄砲水と同じ、濁りきり先の見えない鉛色の二つの眼がヒカリの眼と交差した。
「お前は天邪鬼な男だ。その意思も、その刀筋も」男が笑むと尖った犬歯が覗いた。「何故従わない?」
「街の者を襲った無法者を兵に叩きだす、そう思うのは俺の意思だ。何も間違ってはいない」
「へえ」
毅然として返すと、短い溜息のようなものが男の口から漏れる。それは感嘆というよりも挑発や揶揄の類が混じった冷ややかなものだった。
「お前の態度には影がある。それを虚飾で必死に隠してる――違うか!」
言下、男が身を引いた。均衡を保っていた身体が不意に傾きかけ、すかさず男が足払いをかけようとする。ヒカリも咄嗟に身体を引いたが右の向こう脛に男の蹴りが入り、痛みが身体中を駆け抜けた。
「っ……!」
歯を食いしばって漏れそうになる声を抑え、よろけかけた両足に力を込める。ヒカリの靴底が地面に零れた砂で滑るところをなんとか踏ん張り留め、再度迫った男の刀を受け止め睨み合いになった。だが元々無理な態勢で受け止めていたせいで男の体重が先程よりも強くのしかかり、眼前に迫った神経を凍らせるほどの輝きを放つ切っ先がヒカリを震撼させる。迷いの無い直刃が刀身を貫いているのがはっきりとヒカリの瞳に映った。
男はその恐れを汲み取ったのか、元々見せていた狂気を何倍にも膨らませる。
「見ろ、この優れた刀を。見れば見るほどいい刀だ。優れた刀は強い剣士にこそ相応しい。では強い剣士とは何だ?」
仰々しく、しかし冷淡に、男は息巻く。
「魔物を斬り、人を断ち、敵と呼ばれるものを全て斬り伏せ、そうして積み重ねていくのだ。栄誉を、名声を、遺勲を!」
「戯言を……!」今度はヒカリの方から力を抜く。有り余る力で払われた相手の刀がヒカリの頬を掠め、その見返りと言わんばかりにヒカリも相手の腹を膝で蹴り上げた。「真に強く優れている者は、他の者を害したりはせぬ!」
反撃をもらった男の方はよろけたものの、大した痛手にはなっていない。ヒカリは更に踏み込むが、男はさっさと距離を取ってしまった。刀をまた手慣れた手付きで鞘に仕舞い込み、先程とは異なる冷めた表情でこちらを睨みつける。
「……それが何百年も威迫を強いたクの国の王子の言葉か」
「何……?」
構えそのまま、ヒカリは眉を顰めて男を見つめた。ただの一度もこの場で自分の名を名乗った覚えはない。だが、自分の存在自体はそれがどういう理由であれよく知られている。刀を握り戦いに生を見出す男が自分のことを知っていても、何もおかしくはないのだろう。
「一騎当千のク王家が聞いて呆れる。この砂漠を根こそぎ欲したいと願ったあの血族の末が、こんなにも欲を隠し言い逃れするだけのつまらん人間だとは」
「俺には欲など無い。ただあるならば、貴様のように身勝手に振る舞う者がおらぬ平和な世が欲しいだけだ」
「ほう、」男の双眸が、かっと見開かれた。「ならばお前のその瞳の輝きは! 何だと言うのか!」
瞬きすら許さない瞬息の間に、男の手にした刀が黄金色の外套を裂いてヒカリの左腕と左足を斬りつける。感じた痛みも瞬時に頭の中から追い出した。肌から流れ出る生温い血が服を伝って砂と床石を点々と染めていく。
振り払うように刀を薙ぐと、男はまた後方へ跳んだ。刀に付いた赤い血を興味深そうに見つめている。まるでヒカリから流れた血の色が本当に人間のそれなのか確かめているかのようですらあった。それを羽織りで拭い取りながら、男はひきつった笑みを浮かべた。
「お前の目は饒舌だ。人を殺したいと猛り狂っている。この刀と同じだ」男は僅かに血を吸った刀を鞘に収め、気を詰め始めた。「ほら、この刀も言っているぞ? 俺のような強い剣士に振るわれて……もっと斬り殺したいと!」
余韻を残し、男の声が朽ちた寺の中に響き渡る。無節操な形で散らばる瓦礫が音をいくつも跳ね返し、その響きは頭の中で何度もヒカリに語り掛けてきたもう一人の自分の声を彷彿とさせる。
自分の内から湧き出る声。自分という閉ざされた世界の中でだけ存在するそれを、かつてヒカリは自分の意思と混濁しかけたことだってあった。血を見せろと、人を殺せと、そう教唆する声が、戦の度に自分にしか聞こえない。誰にも聞こえない、見えない自分の願いを、どうして『自分』のものではないと信じられようか。
「俺は確かに幼き頃から剣で語る術を教わった。戦で勝つための稽古を重ねた」
ヒカリも刀を鞘に仕舞った。ぱちんと小気味よい音が鳴る。その音がヒカリの頭の中を切り替えた。構えや呼吸、一挙手一投足の動き、そして闘気。瞼の裏に焼き付いた水色の羽織りを着込んだ男と同じ動作。
強く息を吸った。綺麗とは言えない、しかし砂漠の、戦場の、馴染んだ空気を身体中に取り込む。互いに睨み合うと風に揺さぶられる建物が哭いている音だけが残る。
「俺は……母を殺され、初めて俺の闇に触れた時……友の刃に助けられた時に、自分に恐れを抱いた。だが俺を繋ぎ止めてくれた者達に誓ったのだ。無駄な血は流さぬ、血に溺れぬ」
男はこちらを軽蔑するように口を歪めた。
「クの血で腑抜けになったとでも言うか、笑わせる」
「もしそなたが俺の中に猛るような欲を感じたというならば、それは純粋な武に対してだ、戦いそのものではない。そなたが非道を繰り返すような者で無ければ……。……返してもらうぞ、その刀を」
「ふん。それ程までに認めたくないのであれば、ならば俺が力づくで引き出してやろうじゃないか!」
ヒカリの言葉を遮って男の闘気が極限まで高まったその瞬間、男は駆け出した。水色の羽織りが砂原を切り裂く大蛇のように砂を巻き上げて空を走る。
男の指先一つ、髪の毛一本まで鮮明に、ヒカリは瞬きすらせず神経を集中させて相手の動きを予測する。
「……見切った」
玉石混合から価値ある物を見出だす商人の慧眼の如く、相手の懐から放たれた豪気の軌跡を寸でのところで右足を滑らせて直撃を回避した。遅れてヒカリに追随した髪が何本かは、刀の餌食になり宙を舞う。
左手は鞘を水平になるように押し、右手は刀を抜き、逆袈裟斬りに男へと走らせた。ヒカリの普段の動きよりも明らかに速さと鋭さを伴った、疾風のように空気を断片的に斬り裂いた渾身の一撃を、しかし男はこれを防ぎ止めた。ヒカリの抜刀からの斬り込みを、男は極めて僅かな間に対応し弾いたのだ。刀身から痺れが手に、全身に走る。やはりこの男の剣術には目を見張るものがある。
……ここまでは想定の範囲内だ。自分が男の技を真似ているだけなのだから、熟知している者が防げないわけがない。しかし、こちらに痛打を与えるはずの全精力を注いだ一撃を避けられ、更に立て続けに受けた同程度の衝撃に、男には強く確信できる程の隙が生まれていた。
今この時だけは、ヒカリは自らの“暗黒”に耳を傾ける。
身体の芯、深い晦冥に包まれる陰の底に、手を伸ばす――
「俺はもう……恐れん」
ヒカリは瞬時に諸手で柄を握る。柄を首元へ寄せ切っ先を相手に向けて霞の構えを取った。間髪入れず右足を軸に一回転の勢いそのまま、寺院内に筋となり降り注いでいる太陽の光に向かって満身の力をもって斬り上げた。
――その一撃は、天を貫き、裂くように。
舞い上がった身体が石材を踏みしめ、ヒカリを包む黄金色の外套が孕んだ空気を吐き出しきる時には、鏘然と反響する金属音が二つ、余韻を残していた。
一つは刀がぶつかり合った音。
一つは男の刀が空を飛び、床に落ちている瓦礫にぶち当たった音。
男の手にあった武器は無く、一方でヒカリの刀は男の喉元を狙っている。
互いに肩で息をしながら睨み合った。それは比較的長いと言える時間だったのかもしれないし、短い時間だったのかもしれない。現世から僅かにずれたこの空間では時間の感覚が曖昧に感じる。
「……それがお前の答えか」
先に声を発したのは男の方だった。膝をついて苦々しく歯を食いしばる。先程まで膨らんでいた殺気は、未だ男の鉛色の瞳を物騒にぎらつかせていた。
何秒か睨み合った挙句、こちらから視線を外した。背中を向け、息を整える。鞘に刀を仕舞い込もうとすると、左腕の切り傷に鈍い痛みが走った。そんなに深い傷ではないがキャスティにまた世話をかけさせてしまうなと頭の隅で考えながら、ヒカリは男に問うた。
「何故俺を殺さなかった。似たものを俺の中に見出していたからか?」
すぐに返答は無かった。空っぽになった右手の間を埋めるように流れる血を、男が舐めずっている音がする。
それから淡々と細切れに話す様は、パルテティオが面倒を見ていた壊れかけた蓄音機を思い起こさせた。
「戦争は止んだ。俺を満足させる場が無くなった。でもお前なら満足させてくれると思った。今一番俺に近いのがお前だっただけだ。お前の底を計ったら殺そうと思った」抑揚の無い言葉の羅列を唐突に止め、まだ消え切っていない殺伐とした声音で言った。「だから、殺れよ。お前も俺を」
「……俺は殺さぬ。裁くのは刀でも俺でもない。さあ、大人しく縄に掛かれ」
ようやくあった返答にヒカリはそれだけ言い、懐に手を伸ばした刹那のことだった。
乱暴に砂を引き摺り、背後の気配が急加速した。男が空いた右手を左腰に伸ばして脇差を引き抜き、こちらの無防備を曝している後背へと突きだす――その動きもヒカリも予想していたことだった。
ヒカリは振り向きざまに小石と液体をそれぞれの手からばら撒いた。
空中で飛び散った小石が熱が帯び、それらは小さな火花を散らすように瞬いたかと思うとその瞬間一斉に火が点いて爆ぜた。薄暗く異様な空気を漂わせる寺の中を、一瞬にして過激に照らしだす。
「ぐあ……!」
中心にあった男の右手が火に包まれる。握られていた脇差が音を立てて転がり落ちた。
男は咄嗟に自分の身体に手を撫で付けて消火する。しかし火傷を被って赤く腫れ、一部は爛れた手は、とても何かを握れるような状態ではなかった。それでも諦め悪く伸ばした左手の先に転がる脇差をヒカリは先んじて拾い上げ、手の届かないところへ放り投げた。
食いしばった歯の奥で獣のような荒い息を吐きながら、男は舌打ちと共に吐き捨てた。
「偽善者が……」
「俺は貴様のようにはならぬと決めた。これは偽善ではなく覚悟だ」
キャスティから受け取った外傷の薬とは別の小瓶を、今度は別のポケットから取り出しながら、ヒカリは男の憤慨を一蹴した。
鋭利な刀で刻まれた左腕の痛みが僅かに疼いたのは、多分気のせいではなかった。
+++++
「ヒカリ君!」
「キャス……いっ」
顔を見るなりキャスティの白い腕がヒカリの腕を力強く引っ張ったかと思うと、ぬるい水で湿らせたらしい手拭いを頬に押し付けてきてすっかり乾いた血を拭きとって、傷口に既に用意していたらしい薬を塗りたくってきた。
「うん、大きな怪我では無いわね」
「あ、有難いがキャスティ、せめて一言何か言ってから頼む……」
緊張が解れたところに急に来たものだからつい為すがままにされてしまった。抵抗しても無駄というか、その後の方が恐ろしいので。
「はい、服脱いで」ヒカリの言葉を聞いているのかいないのか、左の腕の傷を見てキャスティが端的に言う。細かい話はとりあえず置いといて大人しく従っておこう。「良かった、これくらいの傷なら明日には全部治っているわね」とか小声で満足そうに頷くのが聞こえた。
彼女の隣で座り込む、ヒカリの赤い装束を被った(どうやら体格が合わず、文字通り上から被っているだけなので着ているとは言い難い)パルテティオが手元でくるくると回していた菅傘を膝上に置き、「よっ、お疲れさん」と軽く手を上げた。ヒカリは自分の頭の上に乗っていた帽子を取り、元の持ち主に差し出した。
「すまない、服を汚してしまった」
「構わねえって。これくらい日常茶飯事レベルだろ? アグネアやソローネが綺麗にしてくれるさ」
からからと乾いた笑いで答える男に、ヒカリは重ねて詫びを入れる。
「それとパルテティオ、勝手ではあったがそなたの懐にあった石を使わせてもらった」
「あー、良いって良いって。商品にならない屑石だから」パルテティオは白い歯を見せながらヒカリの手から帽子を受け取った。ヒノエウマの服装にワイルドランドの商人の帽子と何とも収まりの良くない格好に特に気にした風もなく、パルテティオは続ける。「にしても何処にあるかなんてよく判ったな」
「日頃から友の扱う武器は熟知しているつもりだ」
「判った、じゃなくて知ってた、ってか。流石ヒカリ。行く前に伝えようと思ったんだが、思い出した時にはもうヒカリは扉の向こうだったからなあ」
往生際悪く脇差で襲ってきた男の手を焼いた物の正体、それはパルテティオの服の中に入っていた火の精霊石の欠片だ。パルテティオ自体に魔法の知識は多少しか無く、それでも火の魔法に酷似したものは度々起こしている。その際に精霊石の石木端を媒介に増幅させている……というのはだいぶ前に聞いた話だ。ヒカリにはその些細な知識すらも無かったため、キャスティから受け取って余っていた、『即効性があるが使うには直前に混ぜないと自分自身の熱で蒸発してしまう』という傷薬で熱を補い発火させた。
パルテティオと話している合間にキャスティは切り傷の処置を終えて他の怪我は無いかと問うてきたので、右の脛の痣を指し示した。下衣を脱ぐと内出血しているようで一帯が青黒く染まっていた。彼女は鞄から別の薬草を引っ張りながら、最もな話題を切り出した。
「ところで、相手の方はどうしたの?」
「そなたから受け取った熟睡草で眠らせて出入り口まで運んである。兵を呼んで捕らえたいのだが」「おう、じゃあマヒナに頼もうぜ」「ん……?」自分が残るので兵を呼んできてほしい、とまで頭の中に文章が組み上がっていたのだが、パルテティオに中断されてしまう。
彼の背後にいた梟のマヒナが突然呼ばれたからか、炎天下で参っているからか、間延びした声で鳴いた。その頭を大きな手で撫でながら、
「オーシュットが寄越してくれてよ、さっき飛んできたんだ。ほら、二度あることは三度あるから今日は大丈夫だろって」
「ちょっと、それだと三度目も駄目になるじゃない。三度目の正直、でしょ?」
「あ、そっちだったか」
非難めいたキャスティの指摘にパルテティオは朗らかに笑い、「もう」と彼女も苦笑を返した。
パルテティオは梟に振り返り、軽快な手付きで既に用意していたらしい紙を足に縛り付けた。
「ヒカリ、正直ついでに正直に言うけどよ。最初はまあ突っ走ったことは褒められたことじゃなかったかもしれねーし煽った俺も悪いんだが、それでもお前があの怪我した兄ちゃんのために走ってくれたの、俺はすげー嬉しかったんだぜ。俺のダチはやっぱ最高だってよ」
マヒナを見送りながら、パルテティオは恥ずかしげもなく言い放った。
+++++
サイの街に戻るなり、パルテティオは黄金色の外套をはためかせて、
「俺とオーシュットは兵隊さんとこいつ運んでくるから、二人はあの兄ちゃんに報告に行ってくれ」
と言って、忽ち街の兵士と共に遠ざかっていった。尚、オーシュットに突っつかれてやってきた兵士とは出会うなり銀のコインを手渡され酒の話やらなんやらでパルテティオとすっかり意気投合していて、去り際では自分の妹がいかに愛らしいかを熱弁していた。
残されたキャスティとヒカリは取り返した刀を手に、最初に青年と出会った野戦病院に向かった。キャスティと面識のある薬師のマオが、彼の怪我の完治と剣士道場にいることを教えてくれた。
辿り着いた道場では、数人の訓練生が練習用の木刀を手に何やら言い合いしつつ構えの練習をしており、つい混じりたい衝動に駆られながらも刀を奪われた青年を捜していると訊ねると案内をしてくれた。
「これは親父の刀……! あんたが取り返してくれたのか!?」
二日ぶりに出会った青年がぱっと顔色を明るくした。抱えていた、手入れを終えたらしい武器を元あった場所に慌ただしく立てかけようとして「落ち着け、刀は逃げぬ」ヒカリやキャスティも道場の武器を直すのを手伝うと、もう作業も終わりかけだったようですぐに終わり、改めて話を進めた。
「盗んだ男も兵士に突き出した。もうそなたが狙われることもあるまい」
それを聞いた青年は心底安心した様子だった。最初に見かけた時は薬師に怪我を治してもらいながらも痛切に堪えない思いを吐いていたものだったが、今は年相応に健康的で快活な青年に見えた。
青年は手中に帰ってきた刀をまじまじと見つめる。彼が鞘から中程まで抜くと、対面する相手を戦慄させる程に研ぎ澄まされた白銀の刃が覗いた。改めて落ち着いて間近で見ると利剣であることがよく解る。
「良い刀だ。鍛造から研磨まで携わった鍛冶師の腕も素晴らしいが、使い手の日頃の手入れも行き届いている」
「……ありがとな。こいつは親父の形見なんだ」
「……そうか」
饒舌に刀について誉めちぎったその口を、ヒカリは閉じる。追随して父王を思い出したヒカリの心情を知る由はないだろうが、青年は暗くなった空気を誤魔化すように、小さく笑った。
「もう何年も前の話だ。辛気臭い話して悪い」
キャスティがこちらを気遣ってか、会話に違和感が出ないように滑らかに続けた。
「良いのよ。お父様はご立派な方だったのね」
「ああ……人をよく守ってたよ、魔物から」
引っかかる物言いに、キャスティは首を傾げた。
「あら、兵士さんでは無かったの? この辺りは諍いも多かったからてっきり……」
ここで実際に原住民と移民との諍いを止めた経歴を持つ彼女が訊ねる。青年は首を横に振った。
「いや、親父は兵士じゃなかったよ。ここの道場にいた剣士だったけど、生涯で人を斬らなかった。刀を抜かずに戦いを収めるのが本当に強い剣士だって言ってたんだ……」
「……そうだな。俺もそう思う」
刀は確かに業物だったが、その持ち主も素晴らしい人物だったのだろう。立ちはだかる壁に対して刀を抜き続けてきた自分が目指すところは、きっと彼の父親のような道なのかもしれない。
そう納得して頷いたが、隣に立つキャスティが何故だか悲しげにしていたのが、ヒカリの心に引っかかった。
「この刀に誓うよ。必ず俺も、そんな親父みたいな剣士になるって」
瑞々しい表情で言い切った青年は刀を立て掛け、懐から硬貨を取り出してこちらに差し出した。
「これは礼だ。ありがとう」
「待て、これは受け取れぬ。金のためにやったわけでは……」
普段のヒカリなら相手の感謝を無碍にはできないとその金銭を素直に受け取っていただろう。だがそれはあくまでも普段のことで、本件とはあまりに気の持ちようが異なることもあり、ヒカリは戸惑った。相手は悪人であれど強い剣豪と聞き平静さを欠いたまま無謀に立ち向かった事実がある。もし男の自儘による抑制が無ければ、自分はこの世にいなかったのだろう。それらのあやふやな感情がヒカリを及び腰にさせる。
「いや、受け取ってくれ」青年はヒカリに掌の物を差し出し続けた。「金なんて安直だけど、恩人に礼の一つも出せないなんてそれこそ親父に怒られるさ」
「……だが、」
「ヒカリ君」
ヒカリの弁明を遮り、横に並び立つキャスティが腰の辺りをそっと叩いて促すように呼びかけてきた。穏やかな目でヒカリを見上げる彼女は、ふわりと笑う。彼女らしい笑みではあったが、ここ何日も砂漠の景色を見ていたせいか、それは何処か遠き日に祖国の民に囲まれていた母を思い起こした。たとえ自分に後ろめたさがあろうとも結果的に彼に感謝の念を抱かれているのは違いなく、それを素直に受け止めなければ相手にとっても失礼なのだと教わった。ヒカリの躊躇いは、あくまでもヒカリの問題でしかないのだから。
「……ああ、解った。そなたの気持ちと共に受け取ろう」
貨幣を受け取ったヒカリを見て、青年はほっと胸を撫で下ろした。
「この恩は忘れない。また街に来た時に道場に寄ってくれ。もてなすよ」
青年はヒカリ達を道場の出入り口まで送り届けて、自分達が見えなくなるまで礼を続けていた。
相も変わらずうだるような熱気に包まれたサイの街を歩く。日干し煉瓦で出来た家が建ち並ぶ様はク国と何も変わらない。往来する人々は舞い上がる砂と日射から身を守るために被り物をしていたり口元を隠している者が殆どだ。その肌色もヒカリの良く知る薄い橙色、髪や瞳も落ち着いた色の者ばかりで他地方ほど旅人は見られないせいか、フードの下から覗くキャスティの白い肌、金糸のような鮮やかな髪と透き通る青い瞳に興味深げに一瞥する人達が何人か見受けられた。
露店で琵琶を扱う商人を横目にしながら宿屋に戻る道の途中、不意にキャスティが日除けのフードの下から言った。
「何か言いたそうよね?」
彼女の方が先に歩調を緩めたので、ヒカリは彼女を振り返る形になる。
「……そう、見えるか」
「それはもう。パルテティオも解ってたわよ」
そんなに顔や態度にぎこちなさが出ていたのだろうかとヒカリは目を瞬かせた。さっきからこちらと目が合う、特に男性に顔を逸らされるのはそれが原因なんだろうかと頭の片隅で思いながら、羞恥を感じて思わず菅傘の鍔を引き寄せた。
だが、察せられてしまったものは仕方ない。ヒカリは一呼吸置いて口を開いた。
「……似ている、と思ったのだ。刃を交えたあの男と、俺の中の血を求める存在に。だから、思い出していた」
奴は自分の奥底に眠るものを見抜いていた。二度の寺での戦いで気絶したヒカリの息の根を止めなかったのも、元より男は自分と剣を交えたかったわけではなかったからなのだ。男の鉛色の濁った眼はヒカリのことを見ていなかった。
その事実に命は救われていたのだとしても、元々の原因は自分なら救えるといった自身の大層な慢心と強者への興味本位であることが、今回のヒカリの大きな反省点でもある。
「二日前、キャスティに指摘されたな。手合わせの延長線上で今回の件に首を突っ込んでいると」
「……そうね」
「あの男と交えていた時に間違いなく胸の高鳴りがあった。強者を相手にして悦んでいる自分が確かにいたのだ。俺は……そういう感情とは決別せねばならぬのだろうと考えていた……」
最後には独白するように言葉を紡いでいた。
兄との決戦の時、ヒカリはあの力を乗り越えた。その感覚は未だ新しい。『あれ』は自分と違うと今では断言できるが、思考の全てが違うとは言い切れない。恐怖の念は薄れても、未だ潜在的に存在していることは常々自覚していた。平和を祈る限り自分の中に存在する矛盾、それを噛み締めない限り覚悟があるとは言えないのかもしれない。
「むぐ」
意識を思考に回していたせいか、急に後ろから服を引っ張られて喉から自分の声とは掛け離れた変な声が出た。
足を止めたヒカリの隙を突いてぱたぱたと追い越す水色のフードの姿。薬師の前掛けが腰元で蝶々結びになっていて、二本の尾のように悪戯に揺れた。
「ヒカリ君、ちょっと真面目に考え過ぎよ」
砂の街にあまり適していない靴底が軽く滑って、ヒカリの数歩先で止まった。
「別に私は今のままでも良いと思うわよ? 私だって優れた薬師を見ると緊張も興奮もするもの。ヒカリ君もそうなんでしょう?」
凛とした声で背中越しに問われ、ヒカリは再度自問した。
子供の頃から剣を振るのは好きだった。稽古の時間は、ひょっとするとご飯の時間よりも余程好きな時間で、振り返ってみるとよく母や城の者を困らせていたように思う。
中でも誰かの技を見るのが好きだった。自分の何倍も生きてるような大人達、年の近しい者達、多くの人間の技を見てきた。自分も同じように出来たら良いと思っていたそれは、果たして誰の意思だっただろうか。
間違いないとはっきり言える。それらの思いと『あれ』は無関係であると。だって、まだ『あれ』が目覚めていない時から抱いていたのだから。
「……ああ。緊張も興奮も……確かに俺の……俺の感情だ」
キャスティの背中に、知らず握りしめていた拳を緩めて、気付けばそんな回答を投げていた。
彼女は華奢な背中をこちらに向けたまま、
「私はその感情を否定することは、学ぶことを止めることと同じだと思ってる」淀みなくばっさりと言い切る。「決別なんて、どうしてする必要があるの? そんなことしたら勿体無いじゃない」
勿体無い。そんなの、ヒカリには身に覚えの無かった感覚だった。だが不思議とすとんと喉元を通り過ぎて身体に染み込んでいく。今こうして思い悩んでいるのはヒカリ自身が誰かの剣技を見て高揚する思いを捨てきれずにいるからであって、だからこそ彼女の言うことに自分は納得しているんだと、そう思った。今の感情をきっと勿体無い、と呼ぶことができるのだろう。
不意にキャスティが振り向き、ヒカリの包帯の巻かれた左手を取って引っ張られる。この地方ではむしろ皮手袋を外していることの多い自分よりも小さく柔らかい手にどきりとしながら、そのまま二人でまた往来を歩きだした。
「それにさっきの子のお父様の言葉……刀を抜かずに戦いを収めるのが本当に強い剣士だって言っていたけれど……私はヒカリ君の強さは違うと思うの」隣に並んではいるが、若干前を歩いたりフードだったりのせいで、彼女の顔は良く見えない。「あなたは誰かのために自分が行動することができる、傷つくことができる。それはとても尊いことだわ。自分のために行動するよりも、覚悟のいることなのよ。私はあなたがそういう人だから、こうして一緒にいるの」
彼女の吐露する想いを、ただヒカリは黙って聞いた。道場で彼女が一瞬だけ悲しそうな、複雑な顔をしていたのはそんなことを思ってくれていたからだったのか。
歩きながら角を曲がった。キャスティの方が外側で大回りする必要があったのもあって、そうしてようやく見えたキャスティの顔はヒカリに向いてはおらず、正面をただ見据えている。ヒカリにはそれはただ行き先を見ている、というようには見えなかった。
「もちろん、今回みたいな勝手や犠牲は絶対に駄目よ。自分を大切にするのが第一。人を頼るのも、あなたの責任の一つなんだからね?」
諭す口調は彼女らしい振る舞いだったが、まるでヒカリに対してではなく他の誰かに語り掛けているような素振りで……そこまで考えて、ふと思い当たった。希望と悲哀が裏表となった過去を持つ彼女の前で、一人で突っ走ることがいかに愚かだったのか。
「……俺はそなたを……苦しませていたのだな」
彼女の空色の瞳がほんの少しの間だけこちらを覗いた。それから無表情と微笑みの間くらいの表情を浮かべて呟いた。
「苦しかった……はちょっと違うかもしれない。あの感覚は、悲しかったのかも」
胸が締め付けられる思いがした。今のヒカリには謝ることしかできない。
「……すまない。すまない、キャスティ」
二日前に宿で見えた背後の崖下から荒波の音が聞こえてきたような気がした。眉を顰める横で、キャスティの表情は変わらないままだ。すぐに返事が無いのが余計に物憂さを覚える。繋いだままの手に汗すらも感じてきたがどちらかというとキャスティの方ががっしり掴んできているので、こちらからはどうにもできない。
どうしたらいいのか曖昧な気持ちを腰元にくくりつけて気まずげな沈黙を引き摺ったまま、二日間泊まっていた宿屋が直に見えてくる。
それから引っ張られているだけの温かいような冷たいような触感の覚束ない左手が、先程よりも強く握られる。それは決して締め上げてくるものではない、全てを包み込む温もりに近くて。
「そうよ、だから……ちゃんと反省してね?」
こちらを見上げて、淡く笑った。子供のやった悪戯を許すような、そんな笑みを浮かべた。
「……ああ、反省する。二度とこんなことはしないと誓おう」
今回の件、ヒカリにとって振り返るべき点はいっぱいある。だが何よりも一番に省みるべき点は、自分が皆を想っているように、皆が自分を想ってくれていることを自覚することだったのだろう。思えば彼女は最初からそのことにしか怒っていなかった。彼女は誰よりも一人の限界を知っていたのだから。
そもそもヒカリのすぐに手合わせしにいくような性格も、血に潜む存在にも、真っ先に気付いた上で受け入れてくれていた彼女には、ヒカリの思い悩みなど今更の問題だったのだ。今更そんなことを発言したが最後、キャスティがへそを曲げるか、またお説教が始まりそうだったので止めておいた。
ただ一つだけ、彼女に応えるようにヒカリは手を握り返すと、
「そうだぜヒカリ、もっと反省しろー」
ひょいと背後から日に焼けた長い両腕が伸び、ヒカリとキャスティの肩を纏めて抱き抱える。ヒカリがなんとか堪えて回避したのに、次の瞬間にはキャスティの顔は二日前の鬼の顔つきになっていた。
「こら。あなたも反省しなさい」
「もう十分したって。つか、俺は身ぐるみ剥がされてまで反省したじゃねーか」
黄金色の外套に負けず劣らず根っからの明るさを保ったまま、パルテティオが抗議する。
「うーん、でもまだ足りないわね、反省の色が」
「そりゃないぜ姐さん……ま、それよかさ」と都合の悪い話を唐突にぶった切って、パルテティオはにやりと含みのある笑いをした。「アグネアがうめえもん作って待ってるぜ」
「アグネアが?」今日はソローネやオズバルドと街の市に顔を出すと言っていたはずなので、パルテティオの言ったことが一瞬理解できなかった。だが、どうもキャスティを見下ろしても驚いた様子はない。「……知らぬのは俺だけか?」
「私が頼んでおいたの。今日はきっとヒカリ君が勝つから美味しいスイーツ用意しておいてって」
自信満々に断言するキャスティに対抗する言葉が咄嗟に出なかった。面食らった自分の表情もまた二人にはおかしく映ったようで、二人で笑い合っている。
背後から追い立てる大きな腕と、そしてまだ繋ぎっぱなしの手に宿場に連れ込まれながら、ヒカリも自然と頬が緩んでいた。
目的の建物は、起伏のある丘陵地の上の方にあった。断続的にヒノエウマの強風に曝されているものの未だその形の多くを保っていて、かつて立派だったろう面影を残して建っていた。
抜け落ちた屋根の隙間から斑に陽光が差し込み、砕けて元の形の大方を失った石材やこちらを威嚇しているかのように無惨な裂け目を見せた木材が散らばる様子を照らしだしている。壁や屋根の隙間から吹き込む風が、髪をそよがせる。
三度目に眺める景色を、今一番冷静に見れている。細かな砂が満遍なくあちらこちらに降り積もっている様が、ここに立ち入る者がどれだけ少ないかを表していた。それを踏みしめて、ヒカリは薄暗い寺の中を進んだ。
道中にはもう誰の目にも触れることのない石像がいくつか置かれていた。外にあったのなら厳しい砂漠の気候により風化してしまっていただろうそれらは、当時の石工職人によって造りあげられた感情に乏しい荘厳な顔を浮かべて佇んでいる。だが、その目線の先には何人もの人骨が乱雑に転がっており、彼らの身元は最早誰にも判別できない状態になっていた。
もう何十年も、もしくは何百年も前の人物であるかもしれないその魂の行き先に想いを巡らせた。どのような感情を抱いていたかは判らないが、少なくともここで放置されている時点で彼らの意思や怨念といった類いのものは消化されてはいないのだろうと漠然と考えた。この建物に決闘を行おうとする二人しか立ち入ることが出来ないのは、彼らが三途の川の向こうから、あるいは地獄から手招きをしているからなのかもしれない。少なくともそう思えるだけの陰鬱で停滞した空気がここにはあった。時の止まった場所で生き急ぐのも妙な話ではあるのだが。
程無くして最奥に辿り着く。階段が数段設置されており、その先にはヒカリの身長のおよそ三倍ほどあろうかという巨大で荘厳な出で立ちをした四本腕の石像が、同じく石で出来た須弥壇の上に安座している。この辺りは特に風が吹き溜まっているせいか、石像が劣化している様子は一切見受けられない。他の無表情な石像と比べると寛大かつ寛容な尊顔をしていて、この寺院が機能していた時には懺悔も願望も全て受け入れていたのかもしれない。
だが今は、慈愛じみたその表情と周囲の不釣り合いな風景に眩暈すらも覚える。
石像の足元には一人の男がいた。
一体何時の誰のものなのか、赤黒い染みがいくつも床を汚し、その上には巨大な柱の一部が惨たらしい姿になって寝そべっている。その柱に鞘を立てかけ、傍では昨日付いた血を既に洗い流したらしい鮮明な色を放つ水色の羽織りを着込み、黒髪の男は刀を研いでいた。戦闘で立ち合った時の重圧感を今は収めているが、立ち居振る舞いに隙は一切見当たらない。
男はヒカリの姿を認めると口の端を釣り上げ、鉛色の瞳をすっと細めた。
「今度は商人の真似事か?」
石段の数段上から嘲笑混じりに投げかけられる。ヒカリは自分の刀の頭に手を置いたまま応じた。
「商人は未来を見据え勝たぬ勝負はせぬと聞く。それに倣うまでのこと」
「安易で浅はかな考えだ」
「果たして安易なのはどちらか」相手の挑発をヒカリは端的に打ち返した。「これ以上は言葉ではなく剣で語れば良いのではないか?」
男は刀を撫でる手を止めた。心持ち上ずった声で男は一笑した。
「そこまで言うからには、今度こそお前の本気が見れるということだな?」
ヒカリは左手を鯉口へと伸ばし、親指で鍔を押し出す。男はそれを見て愉快そうに肩を揺らすと、ゆらりと立ち上がった。柱に立てかけた鞘を帯に差し込み納刀すると、男の気配も鋭利なものとなる。
男の閉じ込められた闘気がヒカリの肌を打ち、既に気を逸らせていた。昨日までの心持ちならば先手を打っていたかもしれない。ヒカリは短兵急な身体を抑えようと小さく唇の隙間から息を漏らし、
「……さあ、決戦の時だ」
ヒカリが呟いた刹那、男が段の上から跳躍する。大弓から引き絞った矢のように瞬く間に迫った恐ろしく輝く白銀の刀身を、ヒカリは鞘から引き抜いた刀で受け止めた。幼い頃から馴染んだ、そして耳に障る金属音が空虚な建物の中を乱反射する。
力任せに弾かれた刀が再度ヒカリの首を狙って迫るのを、黄金色の外套と共に身を捩って避ける。しかし避けた先で息をつく暇もなく一度、二度、三度……数えるのも億劫になるほど立て続けに来る攻撃が空を切り裂いていく。
(やはり……強い)
攻撃に転じようとするものの、男の刀筋はいつまでもヒカリに反撃の隙を与えない。視線の先を追って剣戟を捌くだけで精一杯だ。隙を縫ってヒカリが斬り込んでも、相手の、サイの街で出会った青年の家宝であるという刀が受け流していく。その度に脳が痺れ、熱に浮かされたような心地を覚える。
件の剣客と刃を交わすのは、案の如く惹き付けられるものはあった。これが手合わせであり、相手が好漢であったならどれほど良かったか。だが目の前の男は余人を傷付けることを厭わない不逞の輩だ。
「……足りないか?」
男はぱさついた黒髪の下で口ずさむように言うと、卒然とヒカリから距離を取り刀を鞘に納める。隙だらけに見えるその行動を、しかしヒカリは追い討ちをかけることはしなかった。その場で刀を正眼に構える。
この二日、男の抜刀術は見てきた。初日は帯刀した瞬間を狙って返り討ちにあった。二日目はその攻撃を掠めた後にキャスティの薬のお陰で多少は渡り合えたが、そこで焦って柄を脇腹に叩き込まれた。
そして今日、自分の腕を覆うのはいつもと異なる黄金色の装い。陽気に笑う青年の顔を浮かべヒカリは呼吸を整えた。身体中の管を巡る血の一滴まで感じ取る。
『俺は今の野宿よりもよっぽどひでー中で寝てたこともあるぜ』
まだ旅に出て間もない頃、野宿の準備どころかリーフランドで絶え間なく響く雨音とむせ返るような土のにおいにすら慣れていなかったヒカリに、旅の共はこんなことを言っていた。
『そんなでもさ……不思議と夜って寝れるもんなんだ。こう、自分の中の緊張の糸を切るっつーのかな。まあ、心を緩めるのにはなーんも考えずに深呼吸ってのが一番だな』
指先まで浮ついた熱を冷ますために、胸を膨らませて深く呼吸をした。細砂の浸透している空気を口の中で転がしていると身体の緊張が緩み、ざわついていた心が落ち着いていく。欠け始めていた精神力が戻ってきたという確かな手応えがあった。
しかしそう感じたのも束の間、男の姿が失せ、虚空から抜き身の刃がヒカリの首をあわや飛ばす速度で迫ってきている。これを冷静に追えていたヒカリは手足の最小限の動きでいなした。
返し刀で更に肉薄する刃を防ぐと、鍔がぶつかり合う。砂漠に突然流れる鉄砲水と同じ、濁りきり先の見えない鉛色の二つの眼がヒカリの眼と交差した。
「お前は天邪鬼な男だ。その意思も、その刀筋も」男が笑むと尖った犬歯が覗いた。「何故従わない?」
「街の者を襲った無法者を兵に叩きだす、そう思うのは俺の意思だ。何も間違ってはいない」
「へえ」
毅然として返すと、短い溜息のようなものが男の口から漏れる。それは感嘆というよりも挑発や揶揄の類が混じった冷ややかなものだった。
「お前の態度には影がある。それを虚飾で必死に隠してる――違うか!」
言下、男が身を引いた。均衡を保っていた身体が不意に傾きかけ、すかさず男が足払いをかけようとする。ヒカリも咄嗟に身体を引いたが右の向こう脛に男の蹴りが入り、痛みが身体中を駆け抜けた。
「っ……!」
歯を食いしばって漏れそうになる声を抑え、よろけかけた両足に力を込める。ヒカリの靴底が地面に零れた砂で滑るところをなんとか踏ん張り留め、再度迫った男の刀を受け止め睨み合いになった。だが元々無理な態勢で受け止めていたせいで男の体重が先程よりも強くのしかかり、眼前に迫った神経を凍らせるほどの輝きを放つ切っ先がヒカリを震撼させる。迷いの無い直刃が刀身を貫いているのがはっきりとヒカリの瞳に映った。
男はその恐れを汲み取ったのか、元々見せていた狂気を何倍にも膨らませる。
「見ろ、この優れた刀を。見れば見るほどいい刀だ。優れた刀は強い剣士にこそ相応しい。では強い剣士とは何だ?」
仰々しく、しかし冷淡に、男は息巻く。
「魔物を斬り、人を断ち、敵と呼ばれるものを全て斬り伏せ、そうして積み重ねていくのだ。栄誉を、名声を、遺勲を!」
「戯言を……!」今度はヒカリの方から力を抜く。有り余る力で払われた相手の刀がヒカリの頬を掠め、その見返りと言わんばかりにヒカリも相手の腹を膝で蹴り上げた。「真に強く優れている者は、他の者を害したりはせぬ!」
反撃をもらった男の方はよろけたものの、大した痛手にはなっていない。ヒカリは更に踏み込むが、男はさっさと距離を取ってしまった。刀をまた手慣れた手付きで鞘に仕舞い込み、先程とは異なる冷めた表情でこちらを睨みつける。
「……それが何百年も威迫を強いたクの国の王子の言葉か」
「何……?」
構えそのまま、ヒカリは眉を顰めて男を見つめた。ただの一度もこの場で自分の名を名乗った覚えはない。だが、自分の存在自体はそれがどういう理由であれよく知られている。刀を握り戦いに生を見出す男が自分のことを知っていても、何もおかしくはないのだろう。
「一騎当千のク王家が聞いて呆れる。この砂漠を根こそぎ欲したいと願ったあの血族の末が、こんなにも欲を隠し言い逃れするだけのつまらん人間だとは」
「俺には欲など無い。ただあるならば、貴様のように身勝手に振る舞う者がおらぬ平和な世が欲しいだけだ」
「ほう、」男の双眸が、かっと見開かれた。「ならばお前のその瞳の輝きは! 何だと言うのか!」
瞬きすら許さない瞬息の間に、男の手にした刀が黄金色の外套を裂いてヒカリの左腕と左足を斬りつける。感じた痛みも瞬時に頭の中から追い出した。肌から流れ出る生温い血が服を伝って砂と床石を点々と染めていく。
振り払うように刀を薙ぐと、男はまた後方へ跳んだ。刀に付いた赤い血を興味深そうに見つめている。まるでヒカリから流れた血の色が本当に人間のそれなのか確かめているかのようですらあった。それを羽織りで拭い取りながら、男はひきつった笑みを浮かべた。
「お前の目は饒舌だ。人を殺したいと猛り狂っている。この刀と同じだ」男は僅かに血を吸った刀を鞘に収め、気を詰め始めた。「ほら、この刀も言っているぞ? 俺のような強い剣士に振るわれて……もっと斬り殺したいと!」
余韻を残し、男の声が朽ちた寺の中に響き渡る。無節操な形で散らばる瓦礫が音をいくつも跳ね返し、その響きは頭の中で何度もヒカリに語り掛けてきたもう一人の自分の声を彷彿とさせる。
自分の内から湧き出る声。自分という閉ざされた世界の中でだけ存在するそれを、かつてヒカリは自分の意思と混濁しかけたことだってあった。血を見せろと、人を殺せと、そう教唆する声が、戦の度に自分にしか聞こえない。誰にも聞こえない、見えない自分の願いを、どうして『自分』のものではないと信じられようか。
「俺は確かに幼き頃から剣で語る術を教わった。戦で勝つための稽古を重ねた」
ヒカリも刀を鞘に仕舞った。ぱちんと小気味よい音が鳴る。その音がヒカリの頭の中を切り替えた。構えや呼吸、一挙手一投足の動き、そして闘気。瞼の裏に焼き付いた水色の羽織りを着込んだ男と同じ動作。
強く息を吸った。綺麗とは言えない、しかし砂漠の、戦場の、馴染んだ空気を身体中に取り込む。互いに睨み合うと風に揺さぶられる建物が哭いている音だけが残る。
「俺は……母を殺され、初めて俺の闇に触れた時……友の刃に助けられた時に、自分に恐れを抱いた。だが俺を繋ぎ止めてくれた者達に誓ったのだ。無駄な血は流さぬ、血に溺れぬ」
男はこちらを軽蔑するように口を歪めた。
「クの血で腑抜けになったとでも言うか、笑わせる」
「もしそなたが俺の中に猛るような欲を感じたというならば、それは純粋な武に対してだ、戦いそのものではない。そなたが非道を繰り返すような者で無ければ……。……返してもらうぞ、その刀を」
「ふん。それ程までに認めたくないのであれば、ならば俺が力づくで引き出してやろうじゃないか!」
ヒカリの言葉を遮って男の闘気が極限まで高まったその瞬間、男は駆け出した。水色の羽織りが砂原を切り裂く大蛇のように砂を巻き上げて空を走る。
男の指先一つ、髪の毛一本まで鮮明に、ヒカリは瞬きすらせず神経を集中させて相手の動きを予測する。
「……見切った」
玉石混合から価値ある物を見出だす商人の慧眼の如く、相手の懐から放たれた豪気の軌跡を寸でのところで右足を滑らせて直撃を回避した。遅れてヒカリに追随した髪が何本かは、刀の餌食になり宙を舞う。
左手は鞘を水平になるように押し、右手は刀を抜き、逆袈裟斬りに男へと走らせた。ヒカリの普段の動きよりも明らかに速さと鋭さを伴った、疾風のように空気を断片的に斬り裂いた渾身の一撃を、しかし男はこれを防ぎ止めた。ヒカリの抜刀からの斬り込みを、男は極めて僅かな間に対応し弾いたのだ。刀身から痺れが手に、全身に走る。やはりこの男の剣術には目を見張るものがある。
……ここまでは想定の範囲内だ。自分が男の技を真似ているだけなのだから、熟知している者が防げないわけがない。しかし、こちらに痛打を与えるはずの全精力を注いだ一撃を避けられ、更に立て続けに受けた同程度の衝撃に、男には強く確信できる程の隙が生まれていた。
今この時だけは、ヒカリは自らの“暗黒”に耳を傾ける。
身体の芯、深い晦冥に包まれる陰の底に、手を伸ばす――
「俺はもう……恐れん」
ヒカリは瞬時に諸手で柄を握る。柄を首元へ寄せ切っ先を相手に向けて霞の構えを取った。間髪入れず右足を軸に一回転の勢いそのまま、寺院内に筋となり降り注いでいる太陽の光に向かって満身の力をもって斬り上げた。
――その一撃は、天を貫き、裂くように。
舞い上がった身体が石材を踏みしめ、ヒカリを包む黄金色の外套が孕んだ空気を吐き出しきる時には、鏘然と反響する金属音が二つ、余韻を残していた。
一つは刀がぶつかり合った音。
一つは男の刀が空を飛び、床に落ちている瓦礫にぶち当たった音。
男の手にあった武器は無く、一方でヒカリの刀は男の喉元を狙っている。
互いに肩で息をしながら睨み合った。それは比較的長いと言える時間だったのかもしれないし、短い時間だったのかもしれない。現世から僅かにずれたこの空間では時間の感覚が曖昧に感じる。
「……それがお前の答えか」
先に声を発したのは男の方だった。膝をついて苦々しく歯を食いしばる。先程まで膨らんでいた殺気は、未だ男の鉛色の瞳を物騒にぎらつかせていた。
何秒か睨み合った挙句、こちらから視線を外した。背中を向け、息を整える。鞘に刀を仕舞い込もうとすると、左腕の切り傷に鈍い痛みが走った。そんなに深い傷ではないがキャスティにまた世話をかけさせてしまうなと頭の隅で考えながら、ヒカリは男に問うた。
「何故俺を殺さなかった。似たものを俺の中に見出していたからか?」
すぐに返答は無かった。空っぽになった右手の間を埋めるように流れる血を、男が舐めずっている音がする。
それから淡々と細切れに話す様は、パルテティオが面倒を見ていた壊れかけた蓄音機を思い起こさせた。
「戦争は止んだ。俺を満足させる場が無くなった。でもお前なら満足させてくれると思った。今一番俺に近いのがお前だっただけだ。お前の底を計ったら殺そうと思った」抑揚の無い言葉の羅列を唐突に止め、まだ消え切っていない殺伐とした声音で言った。「だから、殺れよ。お前も俺を」
「……俺は殺さぬ。裁くのは刀でも俺でもない。さあ、大人しく縄に掛かれ」
ようやくあった返答にヒカリはそれだけ言い、懐に手を伸ばした刹那のことだった。
乱暴に砂を引き摺り、背後の気配が急加速した。男が空いた右手を左腰に伸ばして脇差を引き抜き、こちらの無防備を曝している後背へと突きだす――その動きもヒカリも予想していたことだった。
ヒカリは振り向きざまに小石と液体をそれぞれの手からばら撒いた。
空中で飛び散った小石が熱が帯び、それらは小さな火花を散らすように瞬いたかと思うとその瞬間一斉に火が点いて爆ぜた。薄暗く異様な空気を漂わせる寺の中を、一瞬にして過激に照らしだす。
「ぐあ……!」
中心にあった男の右手が火に包まれる。握られていた脇差が音を立てて転がり落ちた。
男は咄嗟に自分の身体に手を撫で付けて消火する。しかし火傷を被って赤く腫れ、一部は爛れた手は、とても何かを握れるような状態ではなかった。それでも諦め悪く伸ばした左手の先に転がる脇差をヒカリは先んじて拾い上げ、手の届かないところへ放り投げた。
食いしばった歯の奥で獣のような荒い息を吐きながら、男は舌打ちと共に吐き捨てた。
「偽善者が……」
「俺は貴様のようにはならぬと決めた。これは偽善ではなく覚悟だ」
キャスティから受け取った外傷の薬とは別の小瓶を、今度は別のポケットから取り出しながら、ヒカリは男の憤慨を一蹴した。
鋭利な刀で刻まれた左腕の痛みが僅かに疼いたのは、多分気のせいではなかった。
+++++
「ヒカリ君!」
「キャス……いっ」
顔を見るなりキャスティの白い腕がヒカリの腕を力強く引っ張ったかと思うと、ぬるい水で湿らせたらしい手拭いを頬に押し付けてきてすっかり乾いた血を拭きとって、傷口に既に用意していたらしい薬を塗りたくってきた。
「うん、大きな怪我では無いわね」
「あ、有難いがキャスティ、せめて一言何か言ってから頼む……」
緊張が解れたところに急に来たものだからつい為すがままにされてしまった。抵抗しても無駄というか、その後の方が恐ろしいので。
「はい、服脱いで」ヒカリの言葉を聞いているのかいないのか、左の腕の傷を見てキャスティが端的に言う。細かい話はとりあえず置いといて大人しく従っておこう。「良かった、これくらいの傷なら明日には全部治っているわね」とか小声で満足そうに頷くのが聞こえた。
彼女の隣で座り込む、ヒカリの赤い装束を被った(どうやら体格が合わず、文字通り上から被っているだけなので着ているとは言い難い)パルテティオが手元でくるくると回していた菅傘を膝上に置き、「よっ、お疲れさん」と軽く手を上げた。ヒカリは自分の頭の上に乗っていた帽子を取り、元の持ち主に差し出した。
「すまない、服を汚してしまった」
「構わねえって。これくらい日常茶飯事レベルだろ? アグネアやソローネが綺麗にしてくれるさ」
からからと乾いた笑いで答える男に、ヒカリは重ねて詫びを入れる。
「それとパルテティオ、勝手ではあったがそなたの懐にあった石を使わせてもらった」
「あー、良いって良いって。商品にならない屑石だから」パルテティオは白い歯を見せながらヒカリの手から帽子を受け取った。ヒノエウマの服装にワイルドランドの商人の帽子と何とも収まりの良くない格好に特に気にした風もなく、パルテティオは続ける。「にしても何処にあるかなんてよく判ったな」
「日頃から友の扱う武器は熟知しているつもりだ」
「判った、じゃなくて知ってた、ってか。流石ヒカリ。行く前に伝えようと思ったんだが、思い出した時にはもうヒカリは扉の向こうだったからなあ」
往生際悪く脇差で襲ってきた男の手を焼いた物の正体、それはパルテティオの服の中に入っていた火の精霊石の欠片だ。パルテティオ自体に魔法の知識は多少しか無く、それでも火の魔法に酷似したものは度々起こしている。その際に精霊石の石木端を媒介に増幅させている……というのはだいぶ前に聞いた話だ。ヒカリにはその些細な知識すらも無かったため、キャスティから受け取って余っていた、『即効性があるが使うには直前に混ぜないと自分自身の熱で蒸発してしまう』という傷薬で熱を補い発火させた。
パルテティオと話している合間にキャスティは切り傷の処置を終えて他の怪我は無いかと問うてきたので、右の脛の痣を指し示した。下衣を脱ぐと内出血しているようで一帯が青黒く染まっていた。彼女は鞄から別の薬草を引っ張りながら、最もな話題を切り出した。
「ところで、相手の方はどうしたの?」
「そなたから受け取った熟睡草で眠らせて出入り口まで運んである。兵を呼んで捕らえたいのだが」「おう、じゃあマヒナに頼もうぜ」「ん……?」自分が残るので兵を呼んできてほしい、とまで頭の中に文章が組み上がっていたのだが、パルテティオに中断されてしまう。
彼の背後にいた梟のマヒナが突然呼ばれたからか、炎天下で参っているからか、間延びした声で鳴いた。その頭を大きな手で撫でながら、
「オーシュットが寄越してくれてよ、さっき飛んできたんだ。ほら、二度あることは三度あるから今日は大丈夫だろって」
「ちょっと、それだと三度目も駄目になるじゃない。三度目の正直、でしょ?」
「あ、そっちだったか」
非難めいたキャスティの指摘にパルテティオは朗らかに笑い、「もう」と彼女も苦笑を返した。
パルテティオは梟に振り返り、軽快な手付きで既に用意していたらしい紙を足に縛り付けた。
「ヒカリ、正直ついでに正直に言うけどよ。最初はまあ突っ走ったことは褒められたことじゃなかったかもしれねーし煽った俺も悪いんだが、それでもお前があの怪我した兄ちゃんのために走ってくれたの、俺はすげー嬉しかったんだぜ。俺のダチはやっぱ最高だってよ」
マヒナを見送りながら、パルテティオは恥ずかしげもなく言い放った。
+++++
サイの街に戻るなり、パルテティオは黄金色の外套をはためかせて、
「俺とオーシュットは兵隊さんとこいつ運んでくるから、二人はあの兄ちゃんに報告に行ってくれ」
と言って、忽ち街の兵士と共に遠ざかっていった。尚、オーシュットに突っつかれてやってきた兵士とは出会うなり銀のコインを手渡され酒の話やらなんやらでパルテティオとすっかり意気投合していて、去り際では自分の妹がいかに愛らしいかを熱弁していた。
残されたキャスティとヒカリは取り返した刀を手に、最初に青年と出会った野戦病院に向かった。キャスティと面識のある薬師のマオが、彼の怪我の完治と剣士道場にいることを教えてくれた。
辿り着いた道場では、数人の訓練生が練習用の木刀を手に何やら言い合いしつつ構えの練習をしており、つい混じりたい衝動に駆られながらも刀を奪われた青年を捜していると訊ねると案内をしてくれた。
「これは親父の刀……! あんたが取り返してくれたのか!?」
二日ぶりに出会った青年がぱっと顔色を明るくした。抱えていた、手入れを終えたらしい武器を元あった場所に慌ただしく立てかけようとして「落ち着け、刀は逃げぬ」ヒカリやキャスティも道場の武器を直すのを手伝うと、もう作業も終わりかけだったようですぐに終わり、改めて話を進めた。
「盗んだ男も兵士に突き出した。もうそなたが狙われることもあるまい」
それを聞いた青年は心底安心した様子だった。最初に見かけた時は薬師に怪我を治してもらいながらも痛切に堪えない思いを吐いていたものだったが、今は年相応に健康的で快活な青年に見えた。
青年は手中に帰ってきた刀をまじまじと見つめる。彼が鞘から中程まで抜くと、対面する相手を戦慄させる程に研ぎ澄まされた白銀の刃が覗いた。改めて落ち着いて間近で見ると利剣であることがよく解る。
「良い刀だ。鍛造から研磨まで携わった鍛冶師の腕も素晴らしいが、使い手の日頃の手入れも行き届いている」
「……ありがとな。こいつは親父の形見なんだ」
「……そうか」
饒舌に刀について誉めちぎったその口を、ヒカリは閉じる。追随して父王を思い出したヒカリの心情を知る由はないだろうが、青年は暗くなった空気を誤魔化すように、小さく笑った。
「もう何年も前の話だ。辛気臭い話して悪い」
キャスティがこちらを気遣ってか、会話に違和感が出ないように滑らかに続けた。
「良いのよ。お父様はご立派な方だったのね」
「ああ……人をよく守ってたよ、魔物から」
引っかかる物言いに、キャスティは首を傾げた。
「あら、兵士さんでは無かったの? この辺りは諍いも多かったからてっきり……」
ここで実際に原住民と移民との諍いを止めた経歴を持つ彼女が訊ねる。青年は首を横に振った。
「いや、親父は兵士じゃなかったよ。ここの道場にいた剣士だったけど、生涯で人を斬らなかった。刀を抜かずに戦いを収めるのが本当に強い剣士だって言ってたんだ……」
「……そうだな。俺もそう思う」
刀は確かに業物だったが、その持ち主も素晴らしい人物だったのだろう。立ちはだかる壁に対して刀を抜き続けてきた自分が目指すところは、きっと彼の父親のような道なのかもしれない。
そう納得して頷いたが、隣に立つキャスティが何故だか悲しげにしていたのが、ヒカリの心に引っかかった。
「この刀に誓うよ。必ず俺も、そんな親父みたいな剣士になるって」
瑞々しい表情で言い切った青年は刀を立て掛け、懐から硬貨を取り出してこちらに差し出した。
「これは礼だ。ありがとう」
「待て、これは受け取れぬ。金のためにやったわけでは……」
普段のヒカリなら相手の感謝を無碍にはできないとその金銭を素直に受け取っていただろう。だがそれはあくまでも普段のことで、本件とはあまりに気の持ちようが異なることもあり、ヒカリは戸惑った。相手は悪人であれど強い剣豪と聞き平静さを欠いたまま無謀に立ち向かった事実がある。もし男の自儘による抑制が無ければ、自分はこの世にいなかったのだろう。それらのあやふやな感情がヒカリを及び腰にさせる。
「いや、受け取ってくれ」青年はヒカリに掌の物を差し出し続けた。「金なんて安直だけど、恩人に礼の一つも出せないなんてそれこそ親父に怒られるさ」
「……だが、」
「ヒカリ君」
ヒカリの弁明を遮り、横に並び立つキャスティが腰の辺りをそっと叩いて促すように呼びかけてきた。穏やかな目でヒカリを見上げる彼女は、ふわりと笑う。彼女らしい笑みではあったが、ここ何日も砂漠の景色を見ていたせいか、それは何処か遠き日に祖国の民に囲まれていた母を思い起こした。たとえ自分に後ろめたさがあろうとも結果的に彼に感謝の念を抱かれているのは違いなく、それを素直に受け止めなければ相手にとっても失礼なのだと教わった。ヒカリの躊躇いは、あくまでもヒカリの問題でしかないのだから。
「……ああ、解った。そなたの気持ちと共に受け取ろう」
貨幣を受け取ったヒカリを見て、青年はほっと胸を撫で下ろした。
「この恩は忘れない。また街に来た時に道場に寄ってくれ。もてなすよ」
青年はヒカリ達を道場の出入り口まで送り届けて、自分達が見えなくなるまで礼を続けていた。
相も変わらずうだるような熱気に包まれたサイの街を歩く。日干し煉瓦で出来た家が建ち並ぶ様はク国と何も変わらない。往来する人々は舞い上がる砂と日射から身を守るために被り物をしていたり口元を隠している者が殆どだ。その肌色もヒカリの良く知る薄い橙色、髪や瞳も落ち着いた色の者ばかりで他地方ほど旅人は見られないせいか、フードの下から覗くキャスティの白い肌、金糸のような鮮やかな髪と透き通る青い瞳に興味深げに一瞥する人達が何人か見受けられた。
露店で琵琶を扱う商人を横目にしながら宿屋に戻る道の途中、不意にキャスティが日除けのフードの下から言った。
「何か言いたそうよね?」
彼女の方が先に歩調を緩めたので、ヒカリは彼女を振り返る形になる。
「……そう、見えるか」
「それはもう。パルテティオも解ってたわよ」
そんなに顔や態度にぎこちなさが出ていたのだろうかとヒカリは目を瞬かせた。さっきからこちらと目が合う、特に男性に顔を逸らされるのはそれが原因なんだろうかと頭の片隅で思いながら、羞恥を感じて思わず菅傘の鍔を引き寄せた。
だが、察せられてしまったものは仕方ない。ヒカリは一呼吸置いて口を開いた。
「……似ている、と思ったのだ。刃を交えたあの男と、俺の中の血を求める存在に。だから、思い出していた」
奴は自分の奥底に眠るものを見抜いていた。二度の寺での戦いで気絶したヒカリの息の根を止めなかったのも、元より男は自分と剣を交えたかったわけではなかったからなのだ。男の鉛色の濁った眼はヒカリのことを見ていなかった。
その事実に命は救われていたのだとしても、元々の原因は自分なら救えるといった自身の大層な慢心と強者への興味本位であることが、今回のヒカリの大きな反省点でもある。
「二日前、キャスティに指摘されたな。手合わせの延長線上で今回の件に首を突っ込んでいると」
「……そうね」
「あの男と交えていた時に間違いなく胸の高鳴りがあった。強者を相手にして悦んでいる自分が確かにいたのだ。俺は……そういう感情とは決別せねばならぬのだろうと考えていた……」
最後には独白するように言葉を紡いでいた。
兄との決戦の時、ヒカリはあの力を乗り越えた。その感覚は未だ新しい。『あれ』は自分と違うと今では断言できるが、思考の全てが違うとは言い切れない。恐怖の念は薄れても、未だ潜在的に存在していることは常々自覚していた。平和を祈る限り自分の中に存在する矛盾、それを噛み締めない限り覚悟があるとは言えないのかもしれない。
「むぐ」
意識を思考に回していたせいか、急に後ろから服を引っ張られて喉から自分の声とは掛け離れた変な声が出た。
足を止めたヒカリの隙を突いてぱたぱたと追い越す水色のフードの姿。薬師の前掛けが腰元で蝶々結びになっていて、二本の尾のように悪戯に揺れた。
「ヒカリ君、ちょっと真面目に考え過ぎよ」
砂の街にあまり適していない靴底が軽く滑って、ヒカリの数歩先で止まった。
「別に私は今のままでも良いと思うわよ? 私だって優れた薬師を見ると緊張も興奮もするもの。ヒカリ君もそうなんでしょう?」
凛とした声で背中越しに問われ、ヒカリは再度自問した。
子供の頃から剣を振るのは好きだった。稽古の時間は、ひょっとするとご飯の時間よりも余程好きな時間で、振り返ってみるとよく母や城の者を困らせていたように思う。
中でも誰かの技を見るのが好きだった。自分の何倍も生きてるような大人達、年の近しい者達、多くの人間の技を見てきた。自分も同じように出来たら良いと思っていたそれは、果たして誰の意思だっただろうか。
間違いないとはっきり言える。それらの思いと『あれ』は無関係であると。だって、まだ『あれ』が目覚めていない時から抱いていたのだから。
「……ああ。緊張も興奮も……確かに俺の……俺の感情だ」
キャスティの背中に、知らず握りしめていた拳を緩めて、気付けばそんな回答を投げていた。
彼女は華奢な背中をこちらに向けたまま、
「私はその感情を否定することは、学ぶことを止めることと同じだと思ってる」淀みなくばっさりと言い切る。「決別なんて、どうしてする必要があるの? そんなことしたら勿体無いじゃない」
勿体無い。そんなの、ヒカリには身に覚えの無かった感覚だった。だが不思議とすとんと喉元を通り過ぎて身体に染み込んでいく。今こうして思い悩んでいるのはヒカリ自身が誰かの剣技を見て高揚する思いを捨てきれずにいるからであって、だからこそ彼女の言うことに自分は納得しているんだと、そう思った。今の感情をきっと勿体無い、と呼ぶことができるのだろう。
不意にキャスティが振り向き、ヒカリの包帯の巻かれた左手を取って引っ張られる。この地方ではむしろ皮手袋を外していることの多い自分よりも小さく柔らかい手にどきりとしながら、そのまま二人でまた往来を歩きだした。
「それにさっきの子のお父様の言葉……刀を抜かずに戦いを収めるのが本当に強い剣士だって言っていたけれど……私はヒカリ君の強さは違うと思うの」隣に並んではいるが、若干前を歩いたりフードだったりのせいで、彼女の顔は良く見えない。「あなたは誰かのために自分が行動することができる、傷つくことができる。それはとても尊いことだわ。自分のために行動するよりも、覚悟のいることなのよ。私はあなたがそういう人だから、こうして一緒にいるの」
彼女の吐露する想いを、ただヒカリは黙って聞いた。道場で彼女が一瞬だけ悲しそうな、複雑な顔をしていたのはそんなことを思ってくれていたからだったのか。
歩きながら角を曲がった。キャスティの方が外側で大回りする必要があったのもあって、そうしてようやく見えたキャスティの顔はヒカリに向いてはおらず、正面をただ見据えている。ヒカリにはそれはただ行き先を見ている、というようには見えなかった。
「もちろん、今回みたいな勝手や犠牲は絶対に駄目よ。自分を大切にするのが第一。人を頼るのも、あなたの責任の一つなんだからね?」
諭す口調は彼女らしい振る舞いだったが、まるでヒカリに対してではなく他の誰かに語り掛けているような素振りで……そこまで考えて、ふと思い当たった。希望と悲哀が裏表となった過去を持つ彼女の前で、一人で突っ走ることがいかに愚かだったのか。
「……俺はそなたを……苦しませていたのだな」
彼女の空色の瞳がほんの少しの間だけこちらを覗いた。それから無表情と微笑みの間くらいの表情を浮かべて呟いた。
「苦しかった……はちょっと違うかもしれない。あの感覚は、悲しかったのかも」
胸が締め付けられる思いがした。今のヒカリには謝ることしかできない。
「……すまない。すまない、キャスティ」
二日前に宿で見えた背後の崖下から荒波の音が聞こえてきたような気がした。眉を顰める横で、キャスティの表情は変わらないままだ。すぐに返事が無いのが余計に物憂さを覚える。繋いだままの手に汗すらも感じてきたがどちらかというとキャスティの方ががっしり掴んできているので、こちらからはどうにもできない。
どうしたらいいのか曖昧な気持ちを腰元にくくりつけて気まずげな沈黙を引き摺ったまま、二日間泊まっていた宿屋が直に見えてくる。
それから引っ張られているだけの温かいような冷たいような触感の覚束ない左手が、先程よりも強く握られる。それは決して締め上げてくるものではない、全てを包み込む温もりに近くて。
「そうよ、だから……ちゃんと反省してね?」
こちらを見上げて、淡く笑った。子供のやった悪戯を許すような、そんな笑みを浮かべた。
「……ああ、反省する。二度とこんなことはしないと誓おう」
今回の件、ヒカリにとって振り返るべき点はいっぱいある。だが何よりも一番に省みるべき点は、自分が皆を想っているように、皆が自分を想ってくれていることを自覚することだったのだろう。思えば彼女は最初からそのことにしか怒っていなかった。彼女は誰よりも一人の限界を知っていたのだから。
そもそもヒカリのすぐに手合わせしにいくような性格も、血に潜む存在にも、真っ先に気付いた上で受け入れてくれていた彼女には、ヒカリの思い悩みなど今更の問題だったのだ。今更そんなことを発言したが最後、キャスティがへそを曲げるか、またお説教が始まりそうだったので止めておいた。
ただ一つだけ、彼女に応えるようにヒカリは手を握り返すと、
「そうだぜヒカリ、もっと反省しろー」
ひょいと背後から日に焼けた長い両腕が伸び、ヒカリとキャスティの肩を纏めて抱き抱える。ヒカリがなんとか堪えて回避したのに、次の瞬間にはキャスティの顔は二日前の鬼の顔つきになっていた。
「こら。あなたも反省しなさい」
「もう十分したって。つか、俺は身ぐるみ剥がされてまで反省したじゃねーか」
黄金色の外套に負けず劣らず根っからの明るさを保ったまま、パルテティオが抗議する。
「うーん、でもまだ足りないわね、反省の色が」
「そりゃないぜ姐さん……ま、それよかさ」と都合の悪い話を唐突にぶった切って、パルテティオはにやりと含みのある笑いをした。「アグネアがうめえもん作って待ってるぜ」
「アグネアが?」今日はソローネやオズバルドと街の市に顔を出すと言っていたはずなので、パルテティオの言ったことが一瞬理解できなかった。だが、どうもキャスティを見下ろしても驚いた様子はない。「……知らぬのは俺だけか?」
「私が頼んでおいたの。今日はきっとヒカリ君が勝つから美味しいスイーツ用意しておいてって」
自信満々に断言するキャスティに対抗する言葉が咄嗟に出なかった。面食らった自分の表情もまた二人にはおかしく映ったようで、二人で笑い合っている。
背後から追い立てる大きな腕と、そしてまだ繋ぎっぱなしの手に宿場に連れ込まれながら、ヒカリも自然と頬が緩んでいた。
※ここから言い訳エリア
・商人の火花の仕組みは……というか学者以外の属性魔法って……どういう仕組み……?大魔法化が効かないってことはつまり魔法じゃないじゃん……??ど、どういうこと……??というわけで捏造です
・Q.切り傷が翌日治るのはどういうこと A.ふぁんたじぃです
・ゲームで確認したら天裂斬の動きがフレーム的に無駄だらけだったけど、割とそのまま書いてます
・ヒカリ君って若干脳筋なところあるよね……と思っています。相手が剣を抜いたらすぐ戦いたがるし……※個人の見解です
※ここまで言い訳エリア
今まで書いた重たいヒカキャスの空気をぶっ壊せ!!(挨拶)
って思って書き始めたはずなんですが、なんかいつも通りになりました。大体ヒカリ君が尻に敷かれがちなのはどうしてでしょう。歳のせいですk(文章はここで途切れている)
というわけで今回は(も?)ある程度自由に書かせていただきました、ヴィオです。気付けば外も暖かい通り越して暑くないか、みたいになっていてびっくりしましたがまだ4月も中頃過ぎたくらいですね。……え、もうそんなに?
最初の注意書きにも記載したように時系列的には前回の「おわりとはじまり」のラストシーン前にあってもおかしくはないものにはなりますが、カザンを急いで追いかけようみたいな展開になってるのにサイでのんびり二泊以上もしてるのはどーなんだと思わなくもないので、解釈は自由です。
今回の内容は八割くらい実話です。薬師ヒカリでいきゃ良いだろと行ったら十文字ぱなしすぎてSP切れでターン足りない後にオーバーキルで頭かち割られ、商人にして勝ってきたという。ひと休み強いなー。
隠しているわけでもないので書いたきっかけなどを。
某SNSでよくヒカキャスを描いていらっしゃる方がいるのですが、その方のとある絵に看過されてこの話を書き始めた次第です。最初の始まりだけでぴんと来た方もいる、かもしれません。いつもいいねを押してるだけですが実際は画面の前でめちゃ気持ち悪い笑みをしています、いつも素敵な絵やお話をありがとうございます。
そしてパルテティオに「姐さん」と言わせた翌日に同じワードを目撃。やはりそういう関係性に……なるよな!
パルテティオは体験版の時に最後に仲間になったキャラでもあります(海を渡ってトト・ハハに行く方法が7人集まっても解らなかった)。ギャグもシリアスもどっちもいけるこういうキャラってなんというか、良いですよね。いるだけで場の雰囲気をぐっと明るくしてくれるし、何よりとても書きやすい。
そういえば短編を除けば初めてお酒飲んでない系オクトラ2小説が出来上がりました。酒が飲めないのに何故いつも登場人物に酒を飲ませているのだろうか。酒は……酒は全てを解決する……!
そして戦闘シーンを久々に書いたら鬼のように時間が掛かりました。一行書くのにどれだけ時間かけてんねんと……この世にあるという書き終わるまで帰れませんなカフェに行ったが最後、二週間くらい出られなくてパソコンを涙で濡らしてそうです。
なお、自分が「朽ち寺の刀狩り」をプレイした時の呟きです。
・寺に一人で行ったらやべーやつがいる
・!!? 即死だが?
・一休みと返しの太刀で全て解決してしまった……つんよい……
・あんなに頑張ったのにジャムと金だけ??
謙虚なヒカリを見習えと言わんばかりの言い草である。だって……なんか寺、微妙に街から遠いし……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ拍手やコメントなどいただけると嬉しくて飛び跳ねます。
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HN:ヴィオHP:性別:非公開自己紹介:・色々なジャンルのゲームを触る自称ゲーマー
・どんなゲームでも大体腕前は中の下~上の下辺りに生息
・小説(ゲームの二次創作)書いたり、ゲーム内の台詞まとめたり
【所持ゲーム機】
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