ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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グノーシア小説4作目。

 なんだかんだで4作目。
 久々にこんなに書いてるなぁ……。

 セツとレムナンがシリアスな感じで出てくる今までより少し長めなSSです。
 ストーリー本編の根幹に関わるもの、そしてセツ、それとレムナンや彼に関わる人物のネタバレがあります。

 念のため言っておきますがカップリングではありません。


 では、「彼女を知りたい蛾と、彼女を知る狂犬」です。







彼女を知りたい蛾と、彼女を知る狂犬



 夕食を終え、セツは船内を一人で歩いていた。たとえグノーシア汚染者がいたとしても各々が自由に過ごすこの時間は、セツにとって貴重な休息及び船員の情報を集めるための時間である。
 もうこのルーチンを何度繰り返したかは解らない。自分の身体に寄生した鍵を満足させるために、セツは多くの宇宙を超越している。
 その際に、様々な自分を経験しているのは不思議な感覚だった。とある宇宙ではグノーシア汚染者であったり、そのまた別の宇宙では機械を操作出来る技師であったりするのだ。根本的な自分を形成するものは変わらないが、やはり何度ループしても、少しの違和感も無い宇宙なんてものは無い。
 何の色も持たない壁と天井を見ながらそんな事を考えていると、
「……っ、」
 唐突にどん、と壁に何か叩きつけるような音が廊下の先から届き、セツの思考が中断される。
 何が起こったかを考えるよりも早く、脊髄反射で音の鳴った方へ駆け出していた。円を描いて環状線にもなっているこの廊下は先の見通しが決して良いはずもなく、どうしても気持ちだけが逸る。
 物音が起きた場所までは、当然だがそう遠くは無かった。壁を背に蹲る白髪の青年の姿が目に飛び込んできた。
「……レムナン!?」
 身体をくの字に曲げて肩を大きく上下させている。普段口元を隠している少々不恰好なフードを手で押さえて顔を露にし、そこから見える口は大きく開いていて、激しく呼吸をしていた。
 セツは直ぐに駆け寄り彼に呼び掛けるが、こちらのことは全く神経が回らないようで、応じることがない。
(これは……)
 咄嗟にレムナンの左手首を掴み彼自身のお腹に当てて、正面から彼を見据える。自分が出せる最低限冷静な声でセツは再度呼び掛けた。
「レムナン、良く聞いて。君はきちんと息が出来てる。落ち着いて、大きく、ゆっくり呼吸して、お腹が動いているのを感じるんだ。吸って、ゆっくりと吐いて……」
 焦点の定まっていなかった色素の薄い瞳がうっすらと意思を持ってこちらの視線と交じる。セツは安心させるように薄く笑いかけると、レムナンはセツの声に倣って腹式呼吸を始めた。
 彼の呼吸が落ち着くのに、恐らく三分も掛からなかっただろうが、非常に長い時間に感じられた。
「レムナンの部屋は……」
 この辺りの自室は男性が使用している一画だ。一番近くの扉にはジョナスと達筆に書かれた札がノブの近くに貼られている。レムナンが使用している部屋も、そう遠くは無いだろう。
「肩を貸すから、部屋に行こう」
 冷えた汗を感じる彼の手を引っ張り上げる。まだ全身の力が入りきらないためか足元が覚束ないようで、セツはレムナンが倒れないように、しかし接近しすぎないように適度な距離を保って部屋を目指した。

+++++

「落ち着いた?」
 レムナンを自室へ連れていき、ベッドの上に座らせた。横になった方が良いと言ったが、レムナンが頑として拒絶してしまったためである。
 セツは一度その場を離れ、食堂でコップ一杯に水を汲んで戻ったが、全く同じ姿勢で放心しているように彼はその場に座っていた。
 こちらが入ってくるのを見るとレムナンは、少し視線を上げ戸惑いながら口を開いた。
「セツ……さん……すいません」
「気にしないで。さっきまで過呼吸の状態だったんだ、無理はしないで身体を休めた方が良い。私ももう少しここにいるから」
 手足は痺れてないかという問いにこくりと頷いてくれたので、水の入ったプラスチック製のコップを手渡す。両手で包むようにコップを持ち、彼は一口飲んで俯いた。
 隣の部屋の物音も通らないような空間だ。喋らなければ呼吸をするのさえ躊躇われるような静けさが重くのしかかってくる。
 何故、と直ぐに訊いてしまえば良かったのかもしれないが、セツは彼が口を開くまで待つと決めた。今までのループで様々な失敗を経験してきた。彼に対してはあくまでも積極的にはならない方が良い、というのはその教訓から得ている。
 側にある椅子に腰を掛けて、白色の明かりに照らされた無機質な部屋を見渡す。ルゥアン星系での騒乱で身一つでこの船に乗った者も多く、彼の部屋といっても彼自身の物品はほとんど存在しない。あるのはどの部屋にも置いてある個人用のコンピュータと、それを利用するための机と椅子、そして簡素なベッドくらいである。そのコンピュータも今は外部と通信することが出来ないため、少しの暇を潰す程度の道具に過ぎない。
 もっとも、セツはこの宇宙で騒乱当時の事は経験していないし、自分の記憶に残っているその事象も遠い過去の話であまり覚えていない。
 流れに任せて昔を思い出そうと記憶の引き出しを漁っているうちに、沈黙はすぐに終わりを迎えた。
「本当に……」
 視線をあげると、レムナンはコップに向かって全く同じ姿勢で俯いたままだった。絹のように流れる髪の毛が彼の表情を隠してしまい、セツが座っている位置からは見ることが出来ない。少しまだ喉の調子が悪いのか乾いた声色で、フードの奥でぽつぽつと、一つずつ単語を手元のコップへ落とすように言葉を紡いでいく。
「僕、本当に、幸せ、なんだって、そう……思っていました」彼の肩に、そして手元に握られたコップに力が入るのが判った。「こんな、誰も、助けてくれない……こんな世界が、嫌で。でも、そんな時に、グノースを知って……消えたかったんです、この、世界から」
 セツにとってその内容は驚きに値するものだったが、対称的に彼の口調は淡々としていた。自分の内から溢れ出る言葉を、頭を空っぽにして吐き出しているだけ、そんな印象を受ける。
「本当に、嬉しかったんです。ルゥアンでの、騒ぎで、このまま、消える事が出来るって……。でもあの時、セツさんに腕を、掴まれて、この船に乗って……。それから、グノーシアがいるって、LeViさんの放送が、流れた時、僕は嬉しかった……嬉しかったんです」
 あくまでも穏やかだった。彼の言葉がこの船の人間への裏切りだとしても、セツはその事について言及はしなかった。レムナンが口を閉じると、部屋はまた静寂に包まれる。その無音が、彼の話の続きを急かしているようにも思えてくる。
 何か声を掛けるべきかと思った時、コップがからんと音を立てて床に落ちた。
「で、でも嫌だ……!」コップに残された少量の水が解放され床に少しずつ広がっていく。「あの人が、あの人がグノーシアって知ってっ、あの人に、だけは……っ! 逃げたい……! 逃げたくて、消えたい、のに……!」
 元々蒼白な肌から更に血の気が失せ、この世の全てを拒絶するように震える身体を抱き抱える。その怯え方は尋常では無い。彼に触れてしまったら最後、原型を止めない砂の山にでも化してしまいそうな危ういバランスで精神を保っているようだった。
 くぐもった嗚咽が聞こえてくるのを、セツは椅子に座ったまま黙って聞いていることしか出来なかった。
 レムナンは好んで自分の過去を口にしないが、たまに極端に何かに対して同じように畏縮することがあった。それが、今口にしていたあの人、に対してなのだろうか。理由は今まで何度か聞き出そうとしたことがあるが、どのループでも上手く行ったことはない……このループはセツにとって絶好の機会かもしれない。賭けに、出るしかない。
 やがて、レムナンは震える声を恐怖から、力無い乾いた笑いへと変えた。
「……何、言ってるんでしょうね」手を組んで、膝の上に乗せられた手は白い。爪は冷えきった手に呼応するように紫色に染まっている。「セツさんに、話したところで……明日、僕が敵、だって言われて、眠らされるだけで……消える、なんて、出来ないのに」
「――消してあげようか」
「……え?」
 仮に彼が答えを求めていなくても、自分の中にもう一つの解がある。
「君がグノーシアに消されずに、だけど、消える方法がある」
「……どういう、ことですか?」彼は猜疑に塗り固められた声で、「僕は……ずっと逃げ続けてきたんです、でも、何処までも、何十年経っても……この船にまであの人は、追ってきて! それなのに、逃げる場所なんて、消えられるなんてあるわけ」
「私を、ここに存在させてくれれば、それだけで良い」
 レムナンの畳み掛ける言葉に被せて、はっきりと言い放った。
 遮られて中途半端に口を開けたレムナンがまさか、と絶句する。セツは小さく頷いて、話を続けた。
「宇宙は、私がいれば崩壊する。私は、この宇宙のバグなのだから」
「……バグ? セツさんが……」
 レムナンはうっ、と不意に胸と口元を押さえて伏せてしまい、セツは慌てて駆け寄って大丈夫かと問うた。彼は数回咳き込んで、頷く。
「ご、ごめんなさい、急に」
「いや、良い。良いんだ……」
 レムナンのこの反応は理解できていた。何度も自分も経験したことがある。
 バグとはそもそもあってはならない存在であり、宇宙での認識を何らかの形で歪めて今ここにいる。その存在を知ってしまったのだから、本人の意思に関係なく、拒絶反応が起きるのは何もおかしいことではないだろう。
「そう、か……。グノースじゃなくても、消える方法が……」
「そう、あるんだ」一人ごちに呟く掠れ声に、セツは答える。「もう何処にも逃げなくても良いんだ、レムナン。君の願いは私が叶える」
 しゃがみ込んで彼の顔を覗き込む。見上げる形では彼の口元はフードに隠れてしまって見えず、伏せられた竜胆色の瞳も一切の人間的な心情を捨て去っていて、何を考えているのか全く読み取れなかった。
 思案する時間を少し置いて、表情に一切感情を乗せないままぽつりと呟いた。
「本当に、消してくれますか?」
「ああ」
 この場にいる二人の決意を固めるための短い応答。セツにとって迷う理由は無い。敢えて言うなら、自分の我儘で宇宙の崩壊なんていう選択は避けたい、等と言う自分勝手な気持ちが少々あるだけだ。
「……わかり、ました」
 承諾の返事を受け、内心高揚する。彼とここまで接近出来たからには、出来るだけ情報は仕入れたい。ここからがセツにとっては本題だ。
「一つ、教えてほしい事がある。あの人とは誰なんだ? レムナンは誰に怯えているんだ?」
 安直過ぎただろうかと口にしてから思ったが、レムナンは唇を噛み締めて、それから浅く、呼吸してから、
「……マナン」
「マナン?」
 聞き慣れない名前に、つい気の抜けた声で復唱してしまった。
「ええ、彼女の名前はマナン、です」
 マナンという人物の特徴をレムナンがぽつぽつと語るのをセツは静かに聞いた。それは彼の吐き気を催すような過去を聞くに等しかった。部屋に閉じ込められ、四肢の自由を奪われ、衣食の自由すら奪われ、時には視界すらも奪われたという。その時彼が何をされていたのかは彼は濁したが、訊くまでも無いことであろう。
 しかし、マナンという女性はこの船にはいない。自分の知りうる限り、そんな名前の人物がこの船に乗ったことなんて無い。もちろん今回は見知る限り全員が乗船しているが、当然マナンと名乗る人物はいない。
 だが、彼はそのマナンと遭遇している。その点で既に矛盾が生じているのも確かだ。
 今日の話し合いにもマナンという人物がいなかったことも確実であり、この船にいる人物を全て把握しているだろうステラも人物が欠けているなんて一言も言わなかった。
 マナンとは一体誰なのか、そう尋ねると全く予想のしていなかった答えが返ってきた。
「SQ……さん、です」
 はっきりと、彼は言った。それはマナンと違い、自分が良く知る人物だ。
「彼女が、あの人、なんです」
「……SQが、マナン?」
 不思議と自分の中ではすとんと腑に落ちる部分はあった。
 だいぶ前に経験した自分が守護天使として、彼女がエンジニア技師として存していたループでのことだ。彼女は臆病さ故に嘘を吐いて生きてきたと、そうセツに告白してきた時があった。あれは間違いなく彼女の本心であったし、今でもその時の事は信じている。鍵もその情報を得ているので間違いではないと思っている。
 だが一方で、彼女に残虐性が存在するのも確かだ。別のループでは、自分とSQがグノーシアに汚染された時、残された人間達に対して、何処から取り出したのか見事な手際で鎖で縛り上げて高笑いする姿を、確かに見たことがある。
 以上の点から、自分の中では人格を複数持っているのでは、という仮説を立てていた。臆病なSQと、残虐なマナン、なのだろうか。
 レムナンの続く言葉に、セツの疑問はまだ尽きなかった。
「マナン、と一言で言っても、見た目は……知ってるあの人では、なかったです」
「どういうこと?」
「自分の知っているあの人は、もっと、歳を取っていました」
「若返っていたって? でもそんな事」
 あるわけない、とは言えない。自分が時空を飛び越えている不可解な現象を経験しているのは確かであって、その体験をしているものが自分だけとも限らないし、肉体的に可能としている人物もいるのかもしれない。この宇宙には説明がつかない事象が沢山ある。何が起きてもおかしくはない。
「確かな事は……でも、さっき、廊下であの人……に、会った時に……自分が、グノーシアで、僕は、消さないからって。僕と、あの人しか……知り得ない昔の話、を、言ってきて」
 後はセツが通りがかった時の通りだと、レムナンはそう言った。
 正直、許容を越えた情報量に胸が高鳴る。SQと……ではなく、マナンとレムナンの関係性、そしてSQの謎に一つ近付いたのだ。もちろん素直に顔に出しては訝しげに思われるのでその感情はしまっておいた。
 丁度会話が終わったのを見計らったかのように、LeViからの船内アナウンスが流れる。
 セツは床に転がるコップを拾いながら立ち上がり、レムナンに会釈した。
「……ありがとう、レムナン。おかげで君と協力する事への決心が鈍る事は無さそうだ。辛いことを思い出させてしまった」
「いえ、良いんです。僕は、僕の気持ちに、正直になりたかった……それだけ、ですから」
 謙遜も遠慮も無く、目を細めて静かに彼は笑った。

 廊下へ出て数歩歩くと、背後でほとんど無音で自動扉がスライドする。
 一歩歩く度に、空気を裂いていく感覚がある。自分の足音が鼓膜まで届くのに異様な不快感がある。
 世界が歪んでいた。
 いや、歪んでいるのは自分の方か。 
(バグ、か……)
 グノーシア汚染者である時もそうだが、バグとしてこの宇宙に存在している時も決して気分の良いものでは無い。一挙手一投足の動きですら世界に否定されている。自分がここにいてはいけない、という気分にさせてくる。
 自分がいるだけで、いずれ宇宙の崩壊が訪れる。こんな話、ループする前の自分が聞いたら笑い飛ばすことだろう。既に、この精神がループしてること自体もそうなのだが。
 実際にバグが存在して、崩壊した宇宙を何度も見てきた。積み上げた積み木が根本から瓦解していくように、水の中の絵の具が溶けていくように、現実の事象には喩え難いが敢えて言うのならそういった感覚を自分自身が感じる事になる。
 なるべくなら感じたくない、だが動物の、否、生物としての本能だろうか、自分が否定されているこの世界に、抗いたくなる。この衝動はグノーシア汚染者として感じるそれに似ている。その本能は、理性に反して貪欲に膨れ上がっていくのだ。
 それに今回は、自分以外にも背負っているものがある。
 負けるわけには、いかなかった。

+++++

 そして、その日はやってきた。
 少し狭く感じられたメインコンソールも、今では三人の人間しかいない。
 今朝目を覚ました時から、早打つ心臓の鼓動をずっと感じている。こんな機会を逃すわけにはいかない。上手く、やれるだろうか。ここ何日も持っていた緊張が身体をいっぱいにする。
 火照った体をなんとか落ち着かせながら、セツは改めて彼女に身体を向けた。
「SQ、訊きたいことがある」
「ん? ナニ? SQちゃんがグノーシアじゃないかって、もしかして疑われてる? SQちゃん的にはセツがアヤしいんだけどな?」
 爪に塗られたマニキュアを弄りながら、SQは笑みを絶やさずに返答する。その雰囲気は紛れも無く自分が良く知るSQ、その人である。
 だが彼女が、グノーシア汚染者であることは間違いない。今朝LeViが船内アナウンスでグノーシア汚染体を検知している、そして自分と隣に立つ青年はグノーシアではあり得ないのだ。
「単刀直入に問おう、SQ……いや、マナン、君が何者なのか、ということを」
 手元の動きがぴたりと止まった。 見た目も、その笑みもセツがよく知っている彼女のままだ。彼女の濃紅色の瞳から感情が読めないのも、同じだ。だが、確かにどことなく違和感みたいなもの、獣のような気配を彼女の周囲に感じ、思わず総毛立つ。これが、マナンの人格か。
「……ふうん、レムにゃんチクったんだ、アンチ・コズミックなのに? グノーシアラヴなのに?」
「ひっ……」
「からかうのは止めてくれ」彼女の鋭い視線を遮るように歩を進める。「彼はもう君の味方じゃない、君のものじゃない。君の味方は、もうこの船にはいない」
「なーんだ。順調に二人っきりになれる良い舞台を作れたと思ったのに。ってこと考え出したのは途中からだケド。ま、怯えたレムナン久々に見たら可愛くて楽しかったし良いけどサ」
「今はそんな話をしていない。質問に答えて」
「ちぇー、ホントにセツってマジメなんだからなー」
 彼女は唇を尖らせながら肩を竦めた。その仕草だって、自分が知っているSQとほとんど変わらない。彼女は一体何者なのだ?
 疑念を振り切って、セツは表情そのままに彼女に問いただす。
「レムナンは君の見た目が若返っていると言っていた。どういうことなんだ? SQというのは偽名なのか? SQとマナン、その関係は一体――」
「質問いっぱいで覚えられないなぁ」耳を抑える仕草をしながらマナンが苦い顔で答える。「でもでも、みーんな秘密なのDEATH。アタシにも黙秘権ってものがあるし?」
「私は軍人だ、仮にここで黙秘権なんて出したってところで、君にはグノーシア汚染者であることと子供を監禁したという事実は残る。証言者はここにいるし、基地へ行けばいくらでも口の割り方なんてある」
 言葉巧みな彼女を追い詰めるには言い逃れが出来ない状況を作る他にない。セツは出来るだけ絶望的な状況を羅列して、場の流れをこちら側へ持ってこさせようとした。
 実際に彼女は眉を顰めながら、返答しかねていた。大丈夫、上手く出来ている……。
「ひーん、それは困っちゃうなぁ。――でもさぁ、」
 コツ、とヒールの踵が床とぶつかって固い音を出す。余韻がコンソール内から消える前に、上半身を折って上目遣いで覗きこんでくる。天井から照らされた明かりが自分の影を作り、彼女の上へと落としていた。
「セツってバグでしょ? だってアタシが消そうとしても、翌朝けろっとしててさ。で、この宇宙がコワれちゃうなら、アタシが捕まることだってないし、だったら別に言う必要だってないよねー」
 先程よりも声のトーンを下げて彼女はそう言った。
 話が思っても見ない方向へと進んでいく。今回のループでは被害の無かった日なんて存在しなかったはずだ。何時気付かれた? いや、今は議論の内容はどうでもいい。案を……だが、自分の中で彼女に攻撃する手段は先程言ったもので全てだった。何とか動揺を悟られないように視線を逸らさないまま答えを振り絞る。
「そうか、解った。言葉を変えよう。どうせお互い消える身だ、一人の人間の知識欲を満たす事に協力くらいしてくれないか?」
「んーメンドイ。モテるのは嬉しいけどNE」彼女はあっけらかんとした口調で答える。それから唐突に思いついたように片頬を上げながら、「あー、でも、そうだなぁ、宇宙崩壊までそのコくれるっていうなら良いケド?」
 背後で萎縮する気配がした。数日前にレムナンが口にしていた彼の過去の出来事を思い出す。狭い空間で監禁されていたという惨たらしい話を、ここでまた繰り返そうと彼女は言う。それに仮にレムナンを渡したとして、彼女が口を割るとは限らない。レムナンの話を聞く限り、彼の話がいくら着色されている可能性を加味したところで、信用のならない人物であることは理解できる。
「……それは、出来ない」
 今回協力してくれたレムナンを裏切ることは出来ないというのが、自分の中で出した結論。彼女はその答えを聞いて、愉快そうに一笑した。
「交渉決裂、ね。じゃ、アタシはLeViちんにも知られちゃったわけだし、軍人サンにも知られちゃったわけだし、暴れたらイターイだけだから大人しくコールドスリープするわん」
 そう言って舞うように彼女はコールドスリープ室へと大人しく、それどころか上着を道中で脱ぎ捨てながら先行して入っていった。その雰囲気はやはり自分の知っているSQにも似ているようで、違うようで、奇妙な感覚に眩暈がした。
 彼女の存在は強く自分の網膜の裏に焼き付ける。これからはしっかりと見極めなければいけない、SQと、マナンという人物を。
「セツさん、ありがとう、ございました」
 ポッドの電源ボタンを押して、しばらくその姿勢のまま身体の神経に信号が一切走っていなかったらしい。遠慮がちに背後から声を掛けられて、はっと我に返った。
「……油断ならない相手だな、彼女は」
「はい、本当に……」
 レムナンが苦い顔で言う。あんな彼女に振り回されて大変だったろうと気軽に声を掛けるのも躊躇われて、自分も俯きがちになった時、ぽつりと彼は呟く。
「本当は、さっき悩みましたよね……僕か、あの人の、事かって」
「それは……」
 誤魔化し切れず、つい言葉を濁してしまう。確かに、考えなくは無かった。船員の情報が手に入れる、鍵を満足させるのに大変有益な機会を逃しているのは確かだ。
「その、責めてるわけじゃ、無いんです。ただ、きっと、セツさんにとって、大切な……事、だったんじゃないかって。知り合って間もない、僕なんかより……きっと」
「……すまない」
 自分は、今この時、レムナンにいくつも嘘をついている。疲れ切った精神には言い訳の言葉も出てこず、謝罪の一言だけが気まずい空気を緩和させるために身勝手にも出てきた。
 だが、レムナンは怒っているわけではなかったらしく、少し口早になって、セツの言葉を否定した。
「どうして謝るんですか? むしろ謝るのは僕の、方なんです。何から何まで、守って、もらって……僕、返せるものなんて、ないのに」
「返してもらってるよ、十分」
「そんなの……」
「安心して、返してもらってる」
 セツは胸に手を当てて笑いかける。
 きっと、そんなのは嘘だと、気休めだと、彼は言いたかったのだと思うが、ループを繰り返している自分にとって一つの収穫であることは間違いない。寄生している鍵を満足させるためには彼女のことも紐解かなければいけないだろう。
 仮に鍵の事を差し引いても、今回のループで自分がバグとしてこの宇宙を生き延びることが出来たのはレムナンの立ち回りのおかげだ。感謝こそすれど、恨むことなんて何一つ無い。
「……解りました。もうこの話は、止めましょう」
 このままだとお互いの謝罪の応酬になるだけだったので、レムナンが強制的に切ってくれた事にほっとする。しかし話題を失ってしまい、なんとなく視線はこのコールドスリープ室の設備へと向く。
 部屋にはコールドスリープのポッドを稼働させている機械音が慢性的に響いていた。この部屋にはセツとレムナン以外にも何人もいるが、みんな冷凍保存されて眠っている。この宇宙では彼らは何の認識も出来ないまま宇宙の崩壊に巻き込まれることになる。それを引き起こしているのは紛れも無く自分だ。
 そろそろバグによる崩壊も始まるだろう。なるべく見ないようにしよう、と顔を逸らすと結局レムナンに身体が向く形になる。セツの思考を邪魔しないようにしてくれていたのか、申し訳なさそうに「その」と口を開いた。
「セツさんに……僕は、本当に、救われました」
 両の手を握り締めて、フードの奥から温和な声が聞こえる。
「今、凄く……穏やかな気持ちです。もう、何にも、怯えなくて良いんだって。だって、僕は、消えることが、出来るんですから」
 じじ、と視界に微細なノイズが走る。豆粒のような存在だったそれは、すぐに周囲の空間を裂いて肥大していく。横目でその光景を眺めながらセツは呟く。
「消えるのは、私達だけじゃない、この宇宙ごと、だけどね」
「良いんです、それでも。……きっと、そっちの方が……良かったんです。僕にとって」
 レムナンが顔を上げる。唇を噛み締め、ふっと目を細めた。
 このループでこの竜胆色の瞳を、はっきりと見るのは二回目だ。色素の薄い色であるにも関わらず昏く淀んでいて、そこに映っているはずの自分の姿さえ鈍い。
 だが、その瞳は確かに笑みを湛えていた。
「だって僕は、この世界を……憎んでいたんですから」
 一体自分は、この時どんな顔をしていたのだろう。
 ループする度に考える。
 もし自分がループを止める時、自分は誰も犠牲にしない道を選びたい。
 自分の知ってる宇宙とは少し違う宇宙であっても。無数に存在する宇宙のうちのただ一つの宇宙であっても。出来る事なら、こんな結末はやはり選びたくない。
 微細なノイズがあちこちに蔓延り始める。歪みは一瞬で膨れ上がり、船が、世界が、宇宙が、物理的に不可解に一瞬にして決壊していく。
 目の前にいるはずの青年の姿も、自分の身体すらも何もかも巻き込んで、はっきりとものを捉える事が出来ない。
 五感が全て無に染まる前に、セツは声を張り上げた。実際に自分の声帯が震えている感覚は無かったがそれでも確かに彼に対して声を発した。
「レム……ン……!」
「な……ん…………す……?」
 鼓膜に更に一枚膜を張った、その先で、彼の声が乱反射して聞こえる。雑音が邪魔しているわけでもないのに、彼の声は何処か遠くから聞こえてくる。
「ほん……に……れで……かっ……?」
 色が抜け落ちていく世界で自分の声すら細切れにぶった切られて、正確に自分の耳には届かなかった。
 もう神経のほとんどが混乱している状態だったので、それは錯覚だったのかもしれない。レムナンがセツの疑問に答えるように自分の手を握ったような気がした。でもそれは、この宇宙を壊してしまった事への罪悪感を払拭してほしかった自分の、ただの、錯覚だったのかもしれない。
 急速に意識が遠退いていき、
 全ての崩壊と、ループの終わり、そして始まりが訪れる。

 この宇宙は、セツにとって収束への始まりだった。






※ここから言い訳エリア
・思った以上に話が長くなりました。思いっきり一回目のお約束(気軽に!)を破ってますははは
・めっちゃ話暗くてすいません
・マナンとレムナンのせっかくの会話の機会でしたが一切無くてすいません
・最後にセツがなんと言っていたかはご想像にお任せします
※ここまで言い訳エリア


 バグって、結局なんなんでしょうね(挨拶)。
 はっきりとバグについてゲーム中で確認できるのは、ストーリーだとバグ発見時、バグオトメ、夕里子の言及、ラキオの言及時くらいで、汎用台詞に至っては絶対に敵だ(バグVer.)とバグ勝利エンドの台詞しかない。

 背徳者という役職はこのゲームにはありませんが、レムナンの役回りは完全にそれです(背徳者とは妖狐[グノでいうバグ]が誰かを知っており、妖狐陣営が全員いなくなると後追いで死ぬ役職)。
 しかし、グノ世界の設定で背徳者は流石に難しいよね。グノーシアと違って、バグという存在自体が作中では唐突に現れるので。


 一体バグの人間達はどう思って宇宙に存在しているんだろう? いるだけで宇宙崩壊なんて、グノーシアよりも罪深い存在だと思うのです。
 でも、自分がバグにはじめてなる時はなんか一瞬じりじりしたなーくらいなのでたぶんこんな重症なことにはならないでしょう。

 なんて、思いながら書いておりました。わーい暗い話大好き。
 こういう話書いてる時一番嬉々としてる自分はきっと病気です。


 書き始めた頃はせっちゃん珍道中2を書いてたんですがタイトルが全く思い浮かばなくて途方に暮れてる中、「そろそろ次のネタを考えるかー」と思いつつ、段々レムナンが恋しくなってきちゃったので、セツとレムナン書くかーってなりまして、あっちが珍道中ならやっぱり暗い話書きたいな、ってなってこのネタが急に降ってきたのでした。
 でも珍道中の2って別にギャグじゃないよね?って言われたらまあそうですよねとしか言えない。



 いつもの全体書く前の話の流れを公開。今回は最初にテーマが決まってて、物凄い速度で流れも決まりました。

「バグセツと消えたいレムナンのお話」
廊下に倒れてる偽エンジニアACのレムナンを見つける→部屋で介抱→グノSQにちょっかいをかけられた→消えたいけどあの人の元では……→セツが全部消すよっていう→マナンの情報を手に入れる→バグ勝利

 もうこの時点で大雑把な流れというか中雑把くらいなものを書いてましたが、偽エンジニア設定が宇宙の彼方飛んでったな……。

 そして当初はマナンとの会話が無かったのですが、どうしても書きたくて増えちゃいました。いつもの悪い癖!すっぱり!短く!お気軽に!は1000年前の地球に置いてきました。



 実はこれを書いてる最中に、twitterでいつもグノーシアのお話をさせていただいている方が同じようにレムナンがAC主義者であるSSを出していて、やべー先にやられた!とか思いながらうるうる感動しながら読ませてもらってました。
 哀しいことにあっちの方がハッピー度高めだった。
 当小説でレムナンが救われてるかというとそうだろうし、救われてないと言われればそうだろうし、そこは個人の解釈にお任せします。



 どうでもいいですが、本編3周目を物凄いスピードで始めたんですけど、相変わらずセツが愛おし過ぎて辛いです。

 そしてこの話を書いてる間に4周目も始めました。

 相変わらず集めている汎用台詞も穴空きだし、先日から調査しはじめている初手仲の良い人悪い人についてもまだまだ情報不足ですが、のんびり生きていこうと思います。
 どちらもいずれブログで公開予定ですが時期は未定です。


 そのうちペルソナ5Rとルイマン3がきて防衛軍来ても多分グノはやり続けると思うので、約束は守りますはい。
 ただ!
 ただ、時間泥棒ことぶつ森が来ると流石に怪しいので、それまでには……。


 次のネタもなんとなく決まったので、ゆっくりと書きます。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 拍手やコメントなどいただけますと嬉しくて飛び跳ねます。


☆これまでの作品
【グノーシア】私と君のオルゴール【小説】
 セツとレムナン中心のちょっと真面目な作品です。
【グノーシア】せっちゃん珍道中1 ~しげみち改造計画~【小説】
 珍道中一発目。
【グノーシア】せっちゃん珍道中2 ~猫から繋がる絆~【小説】
 珍道中二発目。
【グノーシア】せっちゃん珍道中3 ~グノーシア対策会議ババ抜き編~【小説】
 珍道中三発目。

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