ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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オクトラ2小説2作目。
 ヒカリ5章を目前としたお話で、ヒカリキャスティが中心です。
 中心どころかカップリング(ヒカキャス)要素強めです。

 キャスティストーリー全てとヒカリ4章までのネタバレがあります。
 なおかつ前作(幕開-Breaking Loneliness-)の要素が結構含まれているので、先に読んでいただいた方が良いかもしれません。一応、単独でも読めるとは思います。

 案の定長くて1記事に収まらねえよ!って言われたので2分割にしています。
 字数は前後合わせて2.2万字程です。


 それでは「残夜の誓い」です、どうぞ。





残夜の誓い

「へぇ、それがおふくろとひかりんの馴れ初めかぁ~」
 軽快な焚火の音に混じって、なんとものんびりとした声でオーシュットが言った。砂地に敷いた布の上で胡坐を掻きながら梟のマヒナを撫でている。
「な、馴れ初め! 言われてみるとそうだべ!」何故かアグネアが一番に反応し立ち上がったかと思うと、キャスティに向かって歩き出していた。「ねえねえキャスティさん、もっと聞かせて! 馴れ初め!」
 酒瓶を片手に、アグネアが迫る。毎朝丁寧に編まれている三つ編みと耳たぶについたピアスが、まるで犬の尻尾のようにぶんぶんと揺れる。
「……お酒で語らせようとしても駄目よ、アグネアちゃん」
「お、おお! 色っぽく拒否されてしまった……」
「残念です。私も興味があったんですけどね、お二人の馴れ初め」
 焚火で掌の暖を取りながら、テメノスが意味ありげに笑って言ってのけた。口調はいつも通り穏やかなものだが、明らかに揶揄が籠っている。キャスティが非難の視線を向けると、わざとらしく顔を逸らした。
「すみません、どうも人を問い詰めるのが仕事ですからね。こういう状況を見るとつい」
 異端審問と野次馬は違うのではとテメノスの斜め後ろに座るオズバルドの視線が語っている。しかし、寡黙な彼は口には出さない。彼も口を出したら出したで、今度は自分に火の粉が降りかかる事を知っているからだ。
「それにしても強引に成人男性を眠らせてしかも運び去るなんて……やるじゃんキャスティ」
 得意気にキャスティを小突くソローネを見て、ヒカリの隣に座っていたパルテティオが腕を組んで唸りだした。
「そーいや、俺もたまーに酒場で意識失う時あるんだが……もしかしてあれもキャスティが!?」
「それはいつもオズバルドかヒカリが運んでますよ」
「後、ただの飲み過ぎ。反省して」
「あ、うん……」
 テメノスとソローネに矢継ぎ早に否定され、いつもの大きな背中も幾分か縮んでしまっていた。でもあると飲んじまうんだよなーなんて背中が語っているが、口にしたら多分二人に更に腹蔵なく言われるだろうから黙っているのだろう。
 リューの宿場。ヒノエウマの北東部に位置するここは、隣接するハーバーランドとワイルドランドを抜ける道の合間に存在する。砂漠の路次に位置するこの宿場は、慣れない砂漠の道で体力を奪われた者の中休みのための寄る辺であり、常に一定の賑わいを保っている場所だ。
 ヒカリとキャスティは以前この地に泊まった事がある。それぞれが旅立ちを強要された数日後、この地に辿り着いたのだ。二人で当時世話になったミナトという宿場を取り締まっている老人に挨拶をし、懐かしがって輪の中に帰ってきたら、こうして他の仲間達の話の格好の的にされてしまったわけである。因みにキャスティが眠っていたヒカリを一人で運んだ旨は、ミナトが大変だったのうほっほっほと呑気にカミングアウトして去っていった。
「ヒカリくん、ほら」持て余した酒瓶を持ってアグネアが今度はこちらへ駆け寄ってくる。「全然飲まないのも身体に毒だよ?」
「……そうだな、酒は百薬の長らしいからな」
「そうそう! あ、もちろん無理にとは言わないけど」
「いや、いただこう」
 手にした盃に柑橘類の香りが漂う液体が注がれていく。かねてよりパルテティオが好んでいるお酒で濃度も薄く、どちらかというとジュースに近いものだった。こうして雑話に興じながら飲むには手頃な酒である。
「いつ飲んでも美味いな、これは」
「へへ、そーだろ? 俺があれやこれや酒をテイスティングして選び抜いた一本なんだからな!」
「そんなに美味しいの?」
 アグネアが身を乗り出して問い掛けると、パルテティオがからかうように人差し指を立てて舌を鳴らす。
「アグネアにはまだ早い、大人の味だぜ?」
「む! そのうちパルテティオもびっくりするくらいお酒いっぱい飲めるようになるんだから!」
「それはそれで、なんか見てみてーようなそうでないような……」
 隣で二人が並んで笑い合う。それは日常を語り合い明日が来ることを信じている他愛のないもの。
 祖国が近いせいだろうか、この砂漠という環境のせいだろうか、ヒカリの脳内に城下を過ごした日々が否応なしにも思い出される。それは例えば酒場の店主とその客、例えば厩舎の娘、例えば鍛冶屋の息子、例えば路地に立つ家の幼子とその隣家の幼子。
 誰もが自分の生をただ生きていただけの、平凡な日常。
「……どうした、パルテティオ?」
 じっとこちらを見ていた男に対して、ヒカリは問いかける。翡翠の瞳は時に子供っぽく輝き、時に大人の余裕を見せる。今は前者七割、後者三割といったところか。
 何事かと訝しんでいる間に懐に強引に何かを押し付けてきた。冷たく硬く、そして丸みを帯びた手触りの物が、盃を持っていない方のヒカリの掌に置かれる。
「後でさ、キャスティと一緒にこっそり飲んどけ」
 パルテティオが耳元で語りかけるなり、こちらが言い返す前に何事も無かったかのように黄金色の外套を翻して去って行ってしまい、今度は一人外れた所で本を読むオズバルドに話し掛けている。
 身勝手にも去った背中を横目に胸元に入れられた瓶を見やると、飲んどけと言われた通りどうも液体の入った瓶のようだった。拳大の瓶の向こうには自分の掌が映っている。
 パルテティオは知らないだろうが、ヒカリには既視感があった。ヒカリ自身が手に取った事は無かったのだが、決して忘れる事の無いだろう代物だ。
 顔を上げて思わず金色の髪を持つ彼女を密かに見ると、他の仲間と一様に橙色の火に照らされて話し込んでいた。隣に座ったオーシュットが獣人特有の獣の耳を愛らしく動かしている。
「じゃあじゃあ、代わりにわたしとソローネの馴れ初め話してあげるよ!」
 一体何の代わりかは判らないが、キャスティの脇にいた黒髪の女性が急に話題になったものだからか黒紅の目を見開いて、それから温柔な笑みを浮かべる。その二人に挟まれた彼女も「聞かせてもらおうかしら」と微笑んでいる。だがオーシュットとソローネの馴れ初め……と称した出会いの話はヒカリが記憶している限り既に五回は聞いている。そのうち四回は酒に酔って覚えてないのだろうが。事実、近くに座るテメノスが苦笑する顔に幾分かの呆れが入っている。
 そんな何気ない景色を見つつ、ヒカリはパルテティオに感謝しながら手にした酒瓶を自分の荷物に滑り込ませた。
 八人のよもやま話は、薪の炎が小さくなるまで続いた。

+++++

 リューの宿場の南にある水辺を小舟で渡った先。砂塵が定期的に掃われ、定期的に人が訪れた形跡がある緩やかな坂道を上ると、宿場を、更にその向こうの砂漠を一望できる場所がある。
 刀、革袋を足元に置きながら以前と同じ手頃な岩場に腰を下ろすと、ひんやりとした温度が岩から伝わってくる。昼間とは全く異なる顔を見せる荒土は余炎すらも残しておらず、寒地の厳寒に勝るとも劣らない。
 ヒカリは角灯の中の蝋燭を消し、自分の荷物の隣に置いた。天界を眺めるのに、手元の灯りは必要ない。
 頭上を見上げても今日の空に月は見えなかった。代わりにいくつか曖昧に千切れた灰色の雲が浮かび、その背後には雲に隠れたりしながらも無数の星が自分の存在を主張するように瞬いている。足元には先程までいたリューの宿場の天蓋がいくつも並んでいるが、時が中夜に差し掛かった今、その殆どに灯りは無い。昼日中から夕刻まではあれ程賑わい人々が往来していた宿場自体が眠りにつき、明日の朝また太陽が昇るのを待っている。
 様々な地方や国を周り巡って、この荒涼な景色には感慨深いものがあった。そびえ立つ巌壁も、波打つ砂の海も、蛇のように荒れ狂う鉄砲水も、昼夜の寒暖差も、川岸を埋め尽くす麦穂の波も、より愛おしく思えてくる。
「今日は……星が綺麗ね」
「ああ、本当に」
 冴え冴えとした声に、ヒカリは頷いた。
 彼女は以前この宿場に来た時に買っていたウィンターランド地方の水色のケープを肩に掛けていた。あれから旅の道中で何度も使っているせいか、当初よりかはくたびれているように見える。その下には薬師の制服を着ているが、今は前掛けやナースキャップは外して幾分かラフな格好をしていた。
 そういう自分も小手だけは外して置いてきた。気を張っているわけではないが、他の装備はそのまま身に付けている。
「ここからの景色は変わらない。俺はその事を安堵している」
 火の海の中で五臓六腑を煮えくらせ汗馬を走らせた時からそんな長い月日が流れていないのにひどく郷愁に襲われるのは、この地に残してきたものが多いからだろうか。
 キャスティとの出会いで始まった旅路の中で、多くの友が増え、多くの旅をした。例えばキャスティは記憶を取り戻してティンバーレインの危機を救った。彼女に出会った時の噂は訛伝に過ぎず、やはり当初感じた通り志の立派な薬師であった。一人でも多くに救いの手を。その信念と行動は、旅の中で多くの者を救ってきた。
 他の仲間達も己が目的に至って尚、自分の助けとなると言ってくれている。死地に向かうと言ってくれている。それがどれ程に心強いことか、ヒカリは噛み締めるように呟いた。
「あれから……色々あったな」
「そうね……」
 黙りこくった二人の間を埋めるように荒涼な風が吹いていく。かといって居心地の悪い静寂ではない。耳慣れたこの地方の風声が鼓膜をそよがし、心地よく駆けていく。この大陸の、そして東大陸の多くの村や街を回ったが、幼い頃から馴染んだこの霞んだ空気を一日たりとて忘れたことは無い。
 だが脳に刻まれた祖国の最後の記憶は、好晴の砂漠よりも熱された炎の中。従者のツキが伸ばした手は煤に塗れ赤黒い血に塗れていた。紅く、黒く、戦場よりも遥かに肺を焼く焦げたにおい。
 頭の中に刻まれた景色をしまいこみ、ふと彼女を見ると、その楚々とした横顔は月の無い空を仰いでいた。焚き火を囲っていた時も団子に結われていた髪は今は麻紐によって簡素に一つに束ねられ、金糸雀の尾っぽのように揺れている。
 あの時は短刀が置ける程に距離があったが、今は風に翻弄されたヒカリの髪が彼女の首元を叩いている程近くに、彼女の顔があった。
 あれこれ思案していることを感付かせないよう、隣にいる女性にヒカリは笑いかける。
「そなたは道を間違えてこの宿場に来たのだったな」
「も、もう……さっきも皆の前でその話してたわ」
 ハーバーランドからサイの街に向かっていたという彼女は道すがらこのリューの宿場に辿り着いた。しかし宿場はこの砂漠を抜けるために設置された地であり、実際は彼女の目的地は道なりには存在しなかったのである。
 微笑を浮かべていたキャスティが予想通り不機嫌そうに言ったのを、ヒカリは穏やかに抑えた。
「野次っているわけではない。ただ、何が物事のきっかけになるかは解らない。キャスティがたまたま道を間違えて、俺がたまたまサイへの近道を知っていて」
「……それから海を渡って、たまたまオーシュット達に出会って」
 偶然という糸を編み込んで、自分達はここにいるのを強く実感する。
「キャスティの話をここで聞いた時、いつまでになるかは判らないが助けたいと思っていた」
「私も別れは寂しいって思っていたわ。それがこんなところまで来てしまうなんて。それに、他にも助けてくれる仲間がいて……縁って不思議なものね」
「ああ。皆、俺の大切な友だ」
 迷いなく頷く。決して優劣をつけるわけではないが、カザン、ライ・メイのような幼時から親しくしていた友たちといた時間と匹敵する程に濃密な時を彼らと過ごした。
 しかし親しみを込めて神妙に同調していると、何処か不満そうに少し下から覗く顔が質してきた。
「私も?」
「む……」正面切って問われると気恥ずかしくなり、ヒカリは咳払いをする。「……そなたは時々意地悪になるな」
 やや下の方から満面の笑みで見つめられてしまい「いや、かなりだな……」と訂正した。常に飄々としているカザン程では無いが、彼女も食えないと思うことはままある。年の功かな、と言うと多分無言で圧を掛けられそうなので胸の内に留めておいたが。
「そうだ、キャスティ。まだ酒は入るか?」
 先程の話を続けられるとむず痒くなってしまうので、誤魔化し半分思い出し半分で切り出した。解ってか、微苦笑してキャスティは応じる。
「ええ、さっきはそんなに飲んでないし。それにあれは弱いから酔えないわ」
「ならばこれを共に飲まぬか」
 足元に置いた革袋から拳大の丸い瓶を出す。かつてこの地を踏んだ時に飲み交わした酒。
「あら、これあの時のお酒……」思い出を呼び起こす酒瓶に、当然キャスティも気付いたようだった、と思ったが後に続いた言葉はヒカリが予想だにしていなかったものだった。「もしかしてパルテティオから貰った物かしら?」
「ど、どうしてそれを」
 そもそもパルテティオから押し付けられたところは見ていなかったはずである。口走ってしまってから気付いたが後の祭りだった。
 やっぱりね、とキャスティは肩を竦めて、
「ヒカリ君は丁度ソローネ達と闇市に行ってた時だったから知らないかもしれないけど、それこの前オーシュットとパルテティオが二人で飲んで大変だったのよ。普段のノリで飲む酒じゃないのは、ヒカリ君なら解るでしょう?」
「うむ……」
 どうやら酒にある程度強いヒカリ達に厄介払いさせたらしい。コルク栓は新品のように見受けられたが、どうやら美品と入れ替えて強引に詰めているようだ。物を決して無駄にしない精神はパルテティオらしいと言えばらしいのだが、なんとも複雑な心情である。
「でもせっかくだし、お言葉に甘えちゃいましょう」
 悩むヒカリとは対照的に気楽な調子で言って、キャスティは肌身離さず持ち歩くベージュの鞄を開けた。
「盃なら俺が持ってきている」
 切り替えの早さに唖然となっていたが、こちらから誘う以上はきちんと準備だってしていたと慌てて取り出そうとすると、
「せっかくならあの時と同じ飲み方をしましょう」
 キャスティがこちらを制止させ、やや深めの陶器の小皿を出した。一目瞭然だが酒を入れる物ではない。旅の道中何度も通常の用途で使われたそれの最初の記憶は、無色透明の酒を湛えたあの日。
「……そうだな。いただこう」
 お互いに酒を注ぎ合い、二人の僅かな間を埋めるように酒瓶を置き、「乾杯」掲げた皿を小さく鳴らす。皿を傾け舌に数滴流し込むと焼けるような刺激が脳髄にまで響き、後には苦味が口腔いっぱいに広がった。相変わらず、相当に強い酒だ。
 だからこそ、なのか。胸元辺りに停滞した淀んだ靄を晴らすのに一役買ってくれるのではと思ってしまうのは。
「久々に飲むけど……」
「やはり強烈だな、この味は」
「ね、でも身体があったまるわ」
 それからいくつか他愛ない話をした。殆どが旅の道中での出来事を思い出すものだった。アグネアが地図を見間違えて反対方向の町に出てしまったこととか、とある洞窟で見た昼夜で変わる景色の美しさとか、夕立に降られ雨宿りにと立ち寄った館が打ち捨てられ荒廃した屋敷で事件性を感じるとテメノスが張り切ったこととか。どれもこれもかけがえのない思い出として話をした。
 そうしているうちに手にしていた皿が空く。
「薬師としての許容量は?」
「後一杯くらい?」
「……そう言うと思ったぞ」
 砂漠の冷気と歓談と酒で薄桃色に染まった頬に小さなえくぼを作りながら即答されてしまっては、こちらも断り辛い。
 ヒカリが彼女の皿に先程と同じ量の酒を入れ、彼女に酒瓶を手渡す。座った小岩に置いた皿を手に取り、彼女が注ぎやすい所に差し出し、ヒカリは顔を伏せ瞑目する。
「……キャスティ、一つ訊きたいことがある」
「うん」
 短い応答の後、鼓膜にそよそよと酒を注ぐ音が聞こえた。多少の酔いで浮遊感を感じる事もあってか、ふと赤子の眠る羊水の中はこんな心地なのだろうかなどと考えた。母親を頼って素直に泣ければ、胸の遣えも取れるのだろうか。
「……ティンバーレインで……トルーソーと戦った時の気持ちを教えてくれぬか」
 彼女には辛い記憶を掘り起こしてしまうものだったかもしれない。しかし、ヒカリは知っておきたかった。その道は五日後、己が歩むのと同義の道だろうから。
「はい」
 問いの前に注ぎ終わった事を短くヒカリに知らせる。
 顔を上げ恐々とキャスティを見ると、彼女自身も訊かれる事を予見していたのか狼狽や躊躇した様子は一切見せていなかった。既に酒瓶を足元に置いている動作から立ち戻り、手元の酒に口をつけていた。薄桃色の唇が酒を堪能するように揺れ動く。
 正面に据えた空色の瞳が砂漠の風景を反射している。濁った砂塵が角膜の表面を流れ、巻き上がる。
 そうね、と無感情な短い呟きの後、キャスティは口を開く。
「ただ……必死だったのかも。トルーソーを止めないと多くの人があの悲劇に見舞われてしまうんだって」
 あの悲劇、とキャスティの言う話を、ヒカリ達は直接聞いてはいない。
 だが、キャスティの記憶を取り戻す最中に訪れた村がある。ヒールリークスと言う村の名前は地図や看板から伺い知れたが、迎えてくれる村人の声は一切無い村だった。だがその村を打ち捨てられた、生気の無い、というのは語弊がある。ある日、何もかもを残しそこに住まう人だけが忽然と消え幾時間が経った、そんな印象を受ける村だった。敷石の隙間から生えていた草は全て痩せ衰え、畑には手入れを欠いて葉を枯らした野菜が雨飛や虫に荒らされ乱雑に転がっていた。
 亡くなった者を偲び墓を立てていた人物がいただけ、まだ良かったのかもしれない。キャスティは村の外から来たというその男に頭を下げると、男の方も恐らく牢記された制服の人物のそれを見たからだろうか、彼はただ神妙に頷き、自分達に墓前を譲った。若い雑草がまばらに生えた広い敷地に、立ち腐れしたであろう、樹皮が剥げ落ちた枝が突き立てられているだけの簡素で真新しい墓標が林立していた。その事実が、この村の悲劇をこれ以上ない程に知らしめていた。
 それは彼女のかつての仲間だったトルーソーという男が引き起こしたものだったのだ。その記憶を手繰り寄せたキャスティは苦渋の決断をし、彼を止めるために戦う道を選んだ。
「ヒカリ君は……リツ君のこと、助けてあげたいって思ってる?」
「……リツも、ライ・メイと同じク国の闇に振り回されてきた者の一人だ」手元の酒を揺らしながら、思考する。「助ける……とは少し違うな。俺は、隣で並んで歩み続けたいと思っていた。何度も盃を交わして語ったのだ、戦と格差の無い未来を」
 今は遠い過去を想起する。他国との戦が日常だったあの国で開かれたささやかな宴の中で、細部まで鮮明に思い出せるはずの追憶の光景を、夢物語だと思いたくはない。
「……甘えだろうか、これは」
 思わず、吐息が漏れる。眉根を寄せた自分の顔が、膝に乗せた皿の中に映っている。どうにか苦い表情を戻そうとして、しかし化石のように動かない。
 俯くヒカリから彼女は顔を逸らし、独白するように返した。
「私もね、同じ事を考えてた。でもね、あの城の屋上でトルーソーを前にして思ったの。どれだけ願っても、何処かで必ず決断が必要になる。道を突き進む限り、ね」
 一人でも多くを救うために、彼女はトルーソーを、かつての仲間の命を奪った。人を救うために昼夜学び続ける薬師達にとって、それがどれ程に残酷な事であっただろう。
 しかし、臓腑を掻き乱されるような葛藤があっても尚、彼女はその信念を曲げなかった。瘢痕のように何か例え難い感情が蟠っていたとしても、真っ直ぐと前を見つめて突き進んでいる。彼女の信念の元で。
「ヒカリ君は、もう理解しているんじゃないかしら」
 ……その通りだ、と思った。
 同じ道が自分の目前にあったとして、きっと自分は彼女と同じ道を選ぶ事になるだろう。リツと命を賭けて剣を交えるその時を、何度も考えてきた。仲間達が困難を乗り越えていく度に、己の身の上に降りかかるであろう裁定の時を考えた。絶対的な首魁という立場でムゲンが立ち塞がる以上、何処かで必ずぶつかり、解決を求められることだ。
 カザンからの書信には、リツは戦没したローの立場に取って変わるようにク国の将軍になったと書かれていた。結果のみを評するムゲンの元で戦場を重ねて功を奏してきているのは想像に難くない。今のリツの足元に転がる多くの屍が、彼を頂に押し上げている。それはかつてヒカリが思い描いていた友の姿とは掛け離れた存在になっているということだ。
 リツがムゲンへの道を遮るその時は……、
「……ああ、その時は……」
 血を流すまで止まれないのだとしたら、それは他を蹂躙し己以外を顧みないムゲンと、何ら変わりないのだ。
 多分、とっくに理解していた。
 雪が吹き荒ぶ中でライ・メイと剣を交えた時に己が言った言葉は、何より自分の本意だ。己が信ずる道だけは譲ってはならない。信ずるもののため立ち向かうのだ、と。それと今の話に何の違いも無い。
 真に確かめるべき己の感情はもっと、もっと根底のもの。
 決断をし道を突き進んだ先にある、一つの懸念。
 かつての父の腹心であったロー将軍に肉を断ち深手を負わせた時の感覚を反芻する。あの時、自分は正気だった。肉を裂き、骨まで達しようとしていたあの傷を作り出した感触は生々しく手に残っている。
 しかし目的は彼を殺すことではなかった。撤退させ荷を奪いさえすれば良かっただけなのだ。あの結果を求めたのは、蓋し自分の意思ではないはずだ。
 ――本当にそうだったのかと自問する。戦場に立つ時、個我を判断出来なくなるあの感覚が、日増しに短くなっている。白刃が描く軌跡が何かを斬り裂く度に、身体中を流れる血が盛るような感覚がある。
 希薄な星明かりに照らされ岩肌に落ちたぼやけた影が笑っているかのような錯覚に陥る。
 真に血を流すまで止まれないのは自分の方ではないかと、影が笑っている。
 下を向くのを止め、ヒカリは手元の皿に残った酒を煽った。口から胃まで強烈な刺激が走り、止まっていた息を浅く吐く。
 ふと、衣擦れと共に隣の気配がヒカリにより近付く。拳一つ分程の距離すらを詰められ、身体の側面に重みが掛かった。ふわりと、鼻孔を野花のような甘い香りが擽った。彼女からはいつも自然の、緑樹の香りがする。
 反射的に背筋を伸ばしてしまったが、控え目に視線を落とすと金糸の如く細く柔らかな髪と旋毛、そして小さな肩が見えるだけだ。その身体は心持ち震えていた。
「キャスティ……」
「……お願い、少しだけこうやってさせて」
 俯きがちに身体に寄せられた彼女からか細い声が落ちる。キャスティが今どんな表情をしているのかはヒカリからは見えない。だが、こうして身体に触れていると体温を通じて直接心が流れてくるような気がした。
 ありがとう、その端的な言葉すらも飲み込んだ。代わりに左腕を背中に回し、彼女の肩を抱く。柔らかな毛織のケープが掌を覆う。彼女との間に流れていた砂漠の冷気も遮断され、羽毛に包まれたような暖かさすら感じる。
 回した手に、皮手袋を外された左手が緩慢と乗った。柔らかく自分のそれより小さな手は、しかし普段薬や水を扱っているせいか些か荒れている。自分と出会った時も、それ以前も、そして今に至りこれからも、多くの人間を救い、救ってきた手だ。
 自分も後に続き、必ず実現させて見せると強く誓う。争いの無い国を、血の流れぬ国を。
 それにはやはり『自分』に勝たねばならない。
 知らず早くなっていた鼓動を深い呼吸と共に抑えつける。リツと剣を交える時も、ムゲンと対峙する時も、そしてその先も、ヒカリは自分でありたい。
 頭上に瞬く星達が照らす黄金色の細い髪を見下ろし、自分の中で彼女の存在を確かにしながら、声を落とした。
「俺にとっての月は……今はここにあるのだな」
 この血を継いだ自分は、きっと暗闇を歩まなければいけない運命だった。己の姿も全く見えない、何があるかも判らない空間で喘ぎ足掻いていかねばならなかったのだろう。
 だがそんな自分が迷わないように、母がいて、父がいて、そして今はキャスティがいてくれる。周囲には幾多の仲間という、友という星が煌めき、自分の行き先を照らし続けてくれている。
 皆がいる限り、あの国に風に巻き上げられ天へと上り行く砂がある限り。
「今日は夜空が……近い……」
 ヒカリは静かに瞼を閉じる。水上を揺蕩うかのような心地よい感覚が、徐々に沈んでいくのを頭の端で感じ取ったところで、
 意識は急速に途絶えた。

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    ・どんなゲームでも大体腕前は中の下~上の下辺りに生息
    ・小説(ゲームの二次創作)書いたり、ゲーム内の台詞まとめたり

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    ・SFC GC(GBAプレイ可) Wii WiiU NSw NSwlite PS2 PS3 PS4 PS5
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