ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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当記事はタイトルの二次創作の後編にあたります。
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幕開-Breaking Loneliness-(2/2)


 宿場に帰る道中で砂塵で白んでいた景色にほんの少し赤みが帯び始めていた。今日はサイの街まで行けるだろうかと思っていたが、このまま宿場で足を止めることになるだろう。砂漠の夜は昼間とは打って変わって寒冷であると聞く。キャスティは薬品の品質管理や発熱患者のために氷の魔法は会得をした……ようだが、残念ながら炎の魔法の知識は持っていない。不得手な砂漠の上を、そして暗い夜道を出歩ける自信ももちろん無い。
 宿場に戻るとミナトと数人の商人が自分達を出迎えた。キャスティは咄嗟に周囲を見回したが、先程怪我を治療した父娘はもう既に出立したらしいとのことで、再会することは叶わなかった。
 彼らの旅路に何事も無いことを祈りながら、宿場と賊のアジトを数人がかりで往復して盗品物を回収している間に、空は巨大な光源を失ってすっかり藍色に染まっていた。
 その後火を囲って開かれた夕食会でミナトからはお礼に今日は宿場に無料で泊まってくれと言われたが、そもそも夕食は既に有無を言わせず大盤振る舞いをされたので、宿代くらいは払うと言い放ち、結局半額という折衷案でお互いが折れた。
 ミナトとの話の流れのついでにとある場所を教わった。そこは景色の綺麗な場所で、宿場の中でも自慢の場所だという。
 そして夜空の元、櫂で小舟をゆっくりと漕ぐ青年を正面に眺めながら向かっていた。
 夜の寒さを凌ぐため、宿場に滞在していた商人から水色のケープを買った。この辺りの装飾とはだいぶ異なる物だと不思議がっていると、物自体は東大陸のウィンターランドの物だと言われた。ウィンターランドは雪の積もる寒冷の地で、こういった毛織の物が数多く作られている地域だ。実際ウールから作られたこの生地は冷気を防いでくれていて、心配していた砂漠での夜気もかなり和らいでいる。それでもやはり首元や手は冷えてしまうので、元々持っているストールと皮手袋も身に付けている。 
 目の前に座っている青年は、インナーは昼間の大立ち回りで汗を掻いてしまったので着替えていたが、首元できっちりと立ったスタンドカラーと赤を象徴として緻密にデザインの施された装束はそのまま着ていた。
 手元はつけていた小手を外し、右手には指の付け根辺りから手首まで、キャスティが処置した時の包帯が巻かれていた。裂傷は放っておくと化膿しやすいし、場合によっては傷口から病気に感染することだってある。もちろん頑丈で環境に慣れている彼にはその耐性があるのかもしれないが、少なくとも薬師である自分を頼ってほしいという気持ちは拭えない。
 だって彼は賊を追い払った後に、真っ先にキャスティに言ったのだ。怪我はなかったか、大丈夫だったか、と。自分の方が怪我をしているのに、自分が無理をして心にも無いことを言って賊を追い払ったりしているのに。
「……どうした?」
 進行方向に注がれていた視線がキャスティに向き、突然交わった。切れ長な琥珀の瞳には、ケープを羽織り普段は纏めてある髪の毛を下ろした自分の姿が映っている。
「その、指や手は冷えてないかなって」
「ああ……」彼は手元に視線を一瞬落とした。「この程度は平気だ。砂漠の昼夜の温度差には慣れている」
 涼しい顔で、自然な表情で彼はそう言った。ケープを着てようやく暖かさを得ているキャスティは感嘆する。
「そうよね、生まれ育った土地ですもの」
「しかし他所からの者には辛いだろう。キャスティは寒くないか?」
「ええ。このケープ、風を通さなくてあったかいの」
「そうか、良かった。ウィンターランドの上物なだけあるな」
 それからまた、僅かな静寂が下りる。足元に置いたランタンの中で火が不規則に揺れている。ヒカリが小舟を漕ぐ水の音と夜の砂漠を流れる風の音。時々遠くで鳥が鳴いている。
「……着いたぞ、キャスティ」
 木の板を軽く組んだ桟橋に、野太い枝がビットのように突き刺さっている。ヒカリがビットが頑丈なことを確かめて、輪にした縄を引っ掛けていた。
「……あら、もしかして寝てた?」
 さっきよりも景色が動いているような気がする。ヒカリは穏やかに微笑みながら、「一刻だけだ。昼間の疲れが出たのだろう」と言った。やっぱり寝ていたらしい。
 小舟を揺らさないようにと慎重に、ヒカリが刀を片手に桟橋に足を付け、こちらに手を差し伸べた。キャスティはその自分の手よりも角ばっていて大きな手を取る。舟を漕いでいたからか、彼の手はほんのりと温かい。殆どヒカリに引っ張りあげられる形でゆっくりと舟を降りた。
 目的地への道である上り坂も比較的整備されていた。ミナトが自慢の場所だと言っていたので、彼もしょっちゅう足を運んでいるのだろう。坂道は大きな石も無く整地されており、特段の苦労も無く上りきる事が出来た。
「まあ、綺麗……!」頭上いっぱいに広がる無数の星と、ほんの少し左側が欠けた月が浮かんでいる。「ほら、月が大きく見えるわ」
「宿場よりも天に近いからな。心なしか明るくも感じる」
 月明りに照らされて先程渡ってきたオアシスが、そしてリューの宿場が足元に見える。その向こうはひたすら砂と岩、そしてこの厳しい環境を耐え抜ける植物のみ。遠くからでは砂埃が巻き上がりのたうっている波間がよく見える。
 二人で手頃な岩に腰を下ろした。右側に座った青年に、キャスティは問うた。
「ねえ、ヒカリ君。あなた、お酒は飲める?」
「あ、ああ。飲めるが……」
 ヒカリが未成年か下戸ならそのまま鞄の中に収めておこうと思ったが、そうでないなら今が一番乙な出番なのかもしれない。
「ふふ、じゃあちょっとだけ飲まない? さっきケープ買う時に一緒に買ったの」
 氷魔法で出した氷と共に布で巻いてあった拳大の小さな酒瓶を取り出した。
「……ああ、いただこう」
 少し深めの小皿くらいが丁度良いだろうかとヒカリに自分の分も含めて二つ手渡し、浅く入っているコルクを引き抜いた。
「もしや俺が飲めなかったら、一人で飲む気だったのか?」
 もう既に一度封を開けられた様子なのを見て言ったのだろう。その場合は飲まないつもりだったが、キャスティは冗談めかして言う。
「そうね。この夜にこのお酒を口にすることは決まっていたわ」
「その時は酒を減らさぬ、体の良い話し相手だったな」
 若干弱った声でヒカリがぼやいた。どうも身に覚えのある、といった様子である。そんな青年に苦笑しながらキャスティは瓶を傾け、無色透明の液体を皿へと流した。
「かなり強いらしいから、ちょっとだけね。許容範囲は薬師としてちゃんと見極めますから」
 コルクを閉め鞄の中に仕舞い込んで、ヒカリから皿を一つ受け取る。「乾杯」頭上一帯に広がる星空の下で小さく皿をぶつけて、お互いの口に運んだ。
 さっと入れただけで口の中を、喉を瞬時に焼いて胃へと流れていく。強烈な刺激で一瞬で手が温まってしまった。寒い所で飲まれているというだけあり、血流をよくするのに使われているのだろう。
 隣の青年はというと、一口飲んだだけで咽ていた。
「確かにこれはかなり来るな……ここまでのものは飲んだ事が無い」
 自分もと言いかけて、自分の記憶の浅さに気付き、一呼吸置いて会話を続ける。
「寒い地方で身体を温めるのに使うから。それに飲み過ぎなければ薬としても良いのよ」
「薬か。確かにこの味は納得だ……かなり苦い」
 お互いまた一滴舐めながら、鼻腔を突き通るアルコールと僅かな甘い香りを感じ取る。
「これでも香草で中和してるみたい。無いともっとえぐみがあってとてもじゃないけど商品にならないって言ってたわ」
「こ、これでか……」
「ふふ、良薬は口に苦し。酒は百薬の長よ」
 剣を手に立ち回っていた時はあんなに光り輝いて戦神のようだった彼も、こうして隣に座るとただの年下の男性だ。
 ヒカリは慣れない味に渋い顔をしていたが、
「……確かに、今はこういう酒が良いのかもしれないな」
 端正な顔に影と抑揚の無い言葉を落として、彼は数滴の酒を喉に流し込む。こうして真横から見ると、彼の黒い睫毛一本すらもよく見えた。無色透明の酒を見つめながら、手元で軽く揺らしている。
 夜空よりも遥かに濃い漆黒の髪は旋毛で結われて肩まで優美に流れていて、キャスティの髪よりも長いのだろうと肩甲骨辺りで留まる自分の髪を見る。毛先がくるりと回る自分の髪は癖っ毛なので、彼のような髪質は羨ましい。しかし、そんなキャスティの考えもどこ吹く風で、等しく乾いた風が二人を煽っていく。自然から見れば自分達はただの障害物だ。
 彼は賊を追い払った時に言っていた。今の自分には何もない、と。その意図の真相をいくつか想像することはできるが、訊こうとは思わなかった。彼とはこの一夜限りの仲なのだ。自分の境遇は自分で背負っていくしかない、それは線引きのようなものだった。
 しかし、やはりその線の中の空間は息苦しく感じた。狭くて、孤独で、先が見えない。足元はただひたすらに暗闇で、自分が踏んでいるものが何かすら判らないのだ。薄氷を踏んでいたって、死体が山積みだって何もおかしくはない。
「……」
 ヒカリが酒の入った小皿を座っている岩場に置き、突然懐を漁り出した。
「どうしたの?」
 と訊いている間に、片腕の長さ程度はあるだろう細長い布袋が出てくる。ヒカリが纏っているような煌びやかさとは無縁な烏色の布だった。開口部で絞られていた紐を解いて、中からこれまた細長い、布と同じ色の物体が出てきた。豆粒のような穴が均等に空いていて、途中で途切れたかと思うと端に近い箇所にもう一つ穴が開いている。
「それは……」
「横笛だ」
「ということは、楽器?」
「ああ、いつも持ち歩いていたから……」口を開きその後の言葉を出しかけて、一度噤む。それからまた、話し始めた。「よくこうして城郭に上り一人で吹いていた」
 すぅと息を呑む音がして、一本の絹糸が揺蕩うような、しなやかな旋律が起こる。緩やかな抑揚は目前の砂漠のように雄大で、しかし何処か彩度が低く、聴いていると涙が零れてきそうな程に憂愁を漂わせていた。間近で聴いていると、笛を吹き込む吐息すらもよく聴こえてきて、その息に乗りヒカリの感情も届いてくるようだった。彼の優しさ、思いやり、そして悲哀や怒りも少し混じっている。
 万感の想いを乗せた調べは、やがてすうっと失速し霧散していく。
 曲の終わりを告げるように、どこか遠くで烏の鳴き声が響いて余韻を残す。
 ヒカリは横笛をそっと膝元に置いた。
「……落ち着いたか?」
 そう言われて、キャスティはまた胸元の自分の名前が刺繍された所を握り締めている事に気付く。はっとして手を離し、皿に手を添えた。
「人は不安になると目が泳ぎ身体が緊張するという。城で様々な事があった時……母が、よく幼き俺をこうして宥めてくれたのだ」
 ヒカリの母、つまり王子の母親と言うからには女王や妃といった立場だろうか。彼のように流れる黒髪を持つ嫋やかな女性の笛を吹く姿が、先程のヒカリの姿に重なって想像される。
「……素敵なお母様ね」
「……ああ。――キャスティ」自分の名前が一つトーンを落として発される。「不安は更なる不安を呼び、それは己を否定することの餌になる。それではきっと……きっと、誰もが哀しむことになる」
 置いていた酒をまた手に取り、ヒカリは喉に流して胸元で掲げる。水面には空に浮かぶ左側の少し欠けた月が歪んで映っている。まるで泣くのを堪えているかのように。
「俺の一夜限りの我儘だと思ってほしい。そなたの哀しむ顔は見たくはないという、俺の我儘だと。……良ければ話してくれぬか、キャスティが感じている不安を」
 喉元に蟠っていた吐き気すら感じていたものが、笛の音と彼の言葉と共に胸元へすっと下りていったのが解った。
「……ありがとう、ヒカリ君。じゃあ、私からも約束してほしいの」そんな彼に対して抱く気持ちは、自分にだってある。「あなたも……溜め込まないでほしい。良ければ私が話終えた後に、あなたの抱えているものも吐き出してほしいの」
「キャスティ、俺は……」ヒカリは何か抗議しようとして言い淀む。彼自身も思い当たる節は多くあるはずだ。「……ああ、解った」
 彼は笛を拭いて懐に仕舞いながら、神妙に頷いた。足元に置かれた刀にも彼の視線が動く。青白い月が彼の頬に影を落としている。
 しかしそれも一瞬で、ヒカリは手元の酒を数滴舐めて、キャスティに向かって小さく頷いた。キャスティも心の中で一つ大きく頷いて話し始める。
「私、ハーバーランドからサイの街に行く途中だったのだけれど………」
「サイの街」
 しかし意を決して話始めたら噛み締めるように反芻され、いきなり会話の腰を折られてしまった。
「え、えっと……私、もう変な事言ったかしら?」
 元々身長が高いのに加えて相変わらず背筋をきちんと伸ばしているため、ヒカリの顔は自分の視線よりもだいぶと上にある。思わず覗き込むような態勢になりながら訊くと、
「……非常に言いにくいが、サイの街はこの道の先には無い」
「ええ?」
「ハーバーランドということはここより東から来たのだろう? 先にハーバーランドを南に下らないと、ここからでは大河があって渡れない」
 つまり自分は分かれ道に気付かないまま直進し続けて、見えない街を目指してこの宿場に辿り着いたらしかった。
「そ、そうなのね……」
「無理もない。時期によっては河は枯れていて通行も出来るからな」
 なんだか自分の情けなさに微妙に傷付いていると、「して、」ヒカリがやたらと大きな咳払いを入れて話を戻してくれた。「サイの街が何か?」
 気を取り直して話そうとして、しかしやはり改めて何かと問われるとキャスティの頭の中は靄がかかってしまった。話そうと思ってもそのとっかかりが無いに等しい。
「……判らない」
「わからない?」
 想像していなかっただろう単語を聞いて、ヒカリは訝しげにこちらの顔を見ている。キャスティは一呼吸置いて、
「海の上で定期船に拾われて……私にはそれ以前の記憶が無いの」
「記憶が……無い? そんなことが……」
「原因は……色々考えられるわ。怪我、病、精神的ショック……とかね。それで薬師の知識が私の中にあるのが判った。でも、それだけ。今私にあるのはその知識と、この制服と鞄だけ」
 足元に置いていた鞄を探り、一つの紙の束を取り出した。
「医療日誌、これが唯一の手掛かり」表紙に書かれた文字をなぞるように呟く。「自分が何者かを知るには、自分を知る人を訪ねれば良いと思って」
「そこにサイが書かれていたというわけか」
「ええ。かろうじて読み取れたのはサイとウィンターブルームに立ち寄ったことがあるということだけ。自分が、わからないの。もしかしたら本当に患者を殺し回って、そして都合よく忘れているのかもしれない。だから……」
 自制していたものが決壊しそうだったのをなんとか押し留める。まだ何も判っていないのに立ち止まってなんかいられない。急いてしまう気持ちを戻すように、キャスティは酒を煽った。
「……苦しかったろう。自分が判らなくなるというのは」
 何処か平坦にヒカリが語りかける。隣を見ると、彼は月を見上げていた。琥珀の瞳に映る月が波を打ったような気がした。
 しかしそれも一瞬で、ヒカリはこちらに向き直る。冷静に、そっと背中を押すように、落ち着いた声音で続けた。
「だがキャスティ、俺は信じるべきだと思う。そなたの薬師としての腕を、そして包み込む母のような温かさを。記憶を手放す前のそなたの志は決して悪では無かったと……少なくとも、俺は信じている」
 滔々とヒカリは言った。彼の抜刀した刀が流麗な筋を描いていたように、彼の言葉には一切の迷いが無い。彼は口にした通り、心の底からキャスティのことを信じてくれているのだろう。手を伸ばしても指先すら見えない闇夜に、彼は光を投げ入れてくれているのだ。それは小さな灯火ではあるけれど、ふわりとキャスティの胸の中に入ってきて主張してくるのだった。
 そんな明け透けの無い彼を見ていると、自らの憂苦も余所に思わず吹き出してしまった。そして、そんな自分に対して落ち着きなく手を泳がせながら青年が慌てふためいているのがまたおかしい。
「ど、何処か変なことを言っただろうか」
「……ありがとう。なんだか告白されてるみたいだなって」
「なっ……!」ヒカリが突然すくっと立ち上がり、「そ、そういうつもりでは断じて……」
「ふふ、冗談よ、ヒカリ君」
「じょ、冗談……そ、そうか」
 かくかくとぎこちない動きで改めてヒカリが座るのを見て、キャスティは肩を揺らした。
 医療日誌を鞄の中に入れ、入れ替えに酒を再び取り出し、眉を潜めて空を仰いでいたヒカリの皿にぶつけて殆ど強引に酒を次ぎ足した。
「わ……」拍子抜けした声が青年の口から漏れる。「く、薬師として許容量を調整するのではなかったか」
「してるわよ。これで最後だから、ね」
 自分の皿にも先程と同じ量を次ぐ。そもそもの入れ物が小さいのだから、まだこれくらいなら酔い潰れたりはしないだろう。
「さて。私が話したから、次はヒカリ君の番よ」
 顔を見上げると、ヒカリは酒で少し高揚した頬をきりりと結んで首肯した。
 彼は意を決するように、酒を口元に持っていく。無色透明の酒には空の無数の星と月が映り無節操に動いている。その様子をキャスティは一瞥して、自分も酒を舌の上で転がした。この味に慣れてきたと言えど、舌や喉には相応の刺激が残る。
「そうだな……キャスティはク国をどれだけ知っている?」
 突然問われ、キャスティは思案した。
 この地方は普段から戦乱の渦に巻き込まれており、サイの街もその地域の特性の一環で訪れたのかもしれない、とは思っていた。そして、中でもク国は地方の西の川を独占しており、兵の練度も高い。とりわけ王家が戦場の矢面に立って他国を蹂躙している国だ、というのは宿場で知り合った商人も言っていた。実際、賊もその知識を持っていてク国を名乗っていたし、ヒカリを見て実際に恐れてもいた。言ってしまえば、軍事国家、侵略国家……そういうワードしか出てこない。
「……あまり……」
 ただ、それを彼に対して言うには憚られた。ヒカリの揺らぎの無い太刀筋を見て確かに噂通りだと納得はしたのだ。しかし噂通り非情で残虐ならば、あんな賊に情けをかけるようなことも、こんなに優しく人と接してくれることもないだろう。そしてそもそもキャスティ自身、噂というものにどう向き合うかの答えを未だ出せていない。
 しかしヒカリはキャスティの態度で察したのか、「言い出しづらい質問ですまないな」と一言添えた。
「奴隷が堀を起こし、屍で防壁を作り、城は他国の血で朱に染める……ク国をそう書に記しているのもある。それ程に血塗られた歴史を持っている国だ。俺は……そのような国の在り方を歎じていたのだ、民を戦に巻き込む事を……そしてそれは父上も同じだった。父は三年前に戦を止め、ク国は安らかな道を歩み始めていた」
 淡々と事実を述べていたヒカリの口元に薄い笑みが浮かぶ。彼はやはり無用な争いを好まない。戦乱の無かったこの三年はきっと彼にとって穏やかなものだったのだろう。
「だが、ムゲンは違った」
 しかし、突然ヒカリの瞳は獣のような炯眼を湛えた。昼間、賊と戦っていた時よりも遥かに鋭利な怒気だった。彼の眼に裏に映る風景を、キャスティは読み取れない。
「……ムゲン?」
「俺の……兄だ」噛み締めるように言うと、ヒカリは喉に酒を流した。「奴は武力での侵略を是としている。父との意見の相違は、奴に剣を取らせるのに十分な理由だった」
 兄の事を奴と言うヒカリの横顔を見ていると、彼はこちらを向いた。鋭い獣のような視線を引っ込め、ヒカリの顔つきは穏やかなものに戻っていた。
「昼間、賊に名乗りをあげたのは間違いではない、だが刻下の真実でもない。俺は今は王子という身分でもなく、俺の元に……友はいない」
 空に浮かぶ月を仰ぎ、ヒカリは一つ息を吐いた。酒の乗った苦い溜め息は、風に流れて広大な砂漠へと流れていく。
「停戦の間に散ってしまった友たちと再び会い、ムゲンを……討つ。そしてク国を取り戻し、血の流れぬ国へと導く。それが俺がここにいて、そして旅立つ理由だ」
 ……息が、止まった。
 今は王子ではない等と言ってはいるが、キャスティから見ても、きっと誰の目から見てもそんなことはない。その実、何よりも、誰よりも民のことを想っている。彼の思想は、理想は、産まれてきた時から背負ってきた彼に課せられたものは、あまりに茫漠としていた。
「血の流れぬ世を夢見ながら血の流れる道を選ぶ……力に対抗出来得るのは力であるというのも皮肉ではあるが……」
 ヒカリの口元にそっと人差し指を伸ばした。先を続けようとする口が止まり、「……キャスティ?」困却した声と表情を浮かべる。
 右手を下ろしながら、キャスティはヒカリの顔を覗き込む。整った眉目、目前の雄大な砂一面の景色を凝縮したかのような琥珀の瞳、風が吹き流す漆黒の髪、第一印象と変わらない真面目で少し不器用な青年の頬は、酒か夜風かでほんのり桃色に染まっている。
「そうね、あなたの理想と道のりは確かに矛盾してる。だけどその矛盾に悩んで、苦しんで……そういう人が統治する国は、きっと素敵よ。少なくとも、お父様が戦いを止めていた三年間はあなたも、国の皆も幸せだったのでしょう? その時の事を忘れては絶対に駄目」
 宿場で出会った時、賊退治をした時、加えてさっきの彼の話し方。彼の人柄は短期間ではあるが理解できる。温雅で、寛闊で、そして真面目で。このままだと、いつか抱えきれない重圧に潰されてしまう。
「……そうだと良いが」
 ヒカリのきゅっと締められた唇が戸惑いがちに動いた。
 自分の言葉がどれくらい届いているのかは判らない。彼の中ではまだ消化できていない事があって、きっと戦っている。
「ヒカリ君は優しいのね」
「そんなこ……」
 ヒカリが言葉を紡ぎかけ、中途半端な所で唐突に途切れる。まだ少量の酒が残っていた皿がヒカリの手から滑り、足元に軽い音を立てて転がり落ちていく。上から糸で釣られているように真っ直ぐに張っていた背中が曲がり、身体がぐらりと揺れたところを、キャスティは待ち構えていた腕を背後に回して支えた。
 ――どうやらようやく効いてきたようだ。
「こ……れは……」
 明瞭だった琥珀の瞳がキャスティを見ようとして、しかし焦点が合わないまま徐々に閉じていく。
「……キャスティ……まさか……そな……た……が…………」
 キャスティの右肩に、ヒカリの左肩が、首元にはヒカリの頭が乗っかる。キャスティの金の髪とヒカリの漆黒の髪が風に乗って絡まりあった。
「……おやすみなさい」
 眠ってしまったヒカリを横目に、キャスティは薬師の道具である鉢や棒と同じく手に馴染んでいる医療日誌を再度取り出して開いた。紡がれている紙の全てに濡れた跡があり、波打ってしまっている。
 そしてサイの街、ウィンターブルーム、辛うじて読み取れるその二つの街の名前の近くには赤黒い血が滲んでいる。
 鞄の奥底に日誌を仕舞い込み、今度は小瓶に仕舞っていた白い花を取り出した。三枚の白い花弁は定期的にキャスティが氷の魔法で凍らせており、劣化は殆どしていない。
 これがどういった花なのか、今のキャスティには解らない。貴重な物であるのならばなおのこと何かの手掛かりになるはずだと考えている。
 それに、船で辿り着いた街で出会った薬師マレーヤだってそうだ。記憶を失う前に会っていたはずの彼女はきっと、何かを知っている。彼女にもまた会わなければならないだろう。
 花もまた鞄の中に仕舞い込み、自分が掛けていたケープを、肩を預けられているヒカリに掛けた。黒髪が風に煽られて流線を描きキャスティの肌をくすぐる。耳元で聞こえる寝息は穏やかそのものだ。
「……私も、か」
 まだ消化できていない事があって、それと戦っている。それは自分も同じだ。
 ……自分も、休息を入れないと息が詰まってしまう。薬師の不養生、という言葉は今の自分に突き刺さる。いざという時に動くためにはまず自分が健康でなければいけない。当たり前の事のはずだが、それすら実行できないのは余裕が無いからなのだろうか。
 皿に残った酒を飲み干すと、否応なく視線は空へと向いた。闇夜の中に浮かぶ上弦の欠けた月が、地上をあまねく照らしている。岩肌が、この地に育つ力強い植物達が、リューの宿場が見える。空に舞う無数の砂や塵で暗澹としていても、踏みしめる大地がある限り歩み続けることが出来る。
「さて、運びますか」
 少し躊躇して、キャスティは服の裾を捲る。腕に刻まれた黒い腫瘍は、やはり見ていると先程までの心持ちを無視して染みのように不安は広がっていく。
 キャスティもヒカリも、互いが互いにもっと自分に自信を持つべきだと考えている。それはきっとお互いが相手の全てを知らないからだ。キャスティだって彼に話したことが全てでは無いのと同様に、ヒカリにもまだ悩み抱えていることがある。それが如何ほどであるかは計り知れない。
 出会って半日しか経っていない、そして自らの目的のために別れてしまうような関係なのだから、仕方ないのかもしれない。
 それを寂しい、と思う自分がいた。

+++++

 覚醒は突然だった。
 五感が唐突に世界を作り出す。形を取り込み、色を流してくる、音を届けてくる。頭上には雨風と陽光を遮断する無地のテントが覆い、外からは人の喋り声がする。砂塵の焼き付いたにおいがして、ようやくいる場所を自覚した。リューの宿場だ。睡眠で遅くなっていた心臓の鼓動が緩やかに加速していく。
 身体の上に乗っていた毛布を引き剥がし、ヒカリは上半身を起こした。首を回すと結われていない髪が踊った。宿場の中でもここは何処なのか、それはすぐに解決した。視界に飛び込んできた既視感のあるこの景色は、怪我人を一人の女性が薬で治療し、そしてその彼女の背を追いかけた時のものと同じだ。
 この中に入った記憶はあの時以来無い、それは確かだ。頭を抱えると右手に巻かれた包帯が目に付く。
「……キャスティ?」
 彼女の事を思い出すと同時に、月を眺めながら酒を飲んでいた光景が浮かんだ。酒に程好く酔いながら心情を吐露して、それから……自分は何故ここにいるか解らないというところに話は戻ってくる。寝床に入った覚えもなく、着物も昨晩のもののままだ。
 酒で酔い潰れたのか、そんな考えは過去の経験から排除される。カザンやベンケイに煽られて飲んだ時でも眠りこけた事は無かったし、何よりも二日酔いが酷くて起きていられなかった。だが今日はそれがないし、むしろ体調は昨日よりも良いくらいだ。経験上あれだけの酒を飲んで、次の日の朝に残らなかったことはない。
 そこまで思考して、はた、と思う。もしかしてキャスティが何か酒に入れたのか、と。飲む前に先に封が開いていたのがそもそも怪しい。注いでいたのも彼女だし、自分が器から目を離していることも多かった。彼女の酒に何も入っていなくても、自分の酒に何かを入れることは可能だ。
 周囲を見渡すと、刀や横笛を始めとする自分の荷物が置かれていた。といってもク国からは着の身着のまま出てきたので物という物はそれくらいしか無い。
 テントの外へと視線を向けると、既に空に浮かび始めているらしい太陽がじりじりと地上を焼き始めているようだった。
 そんな外に向かって、テントに背中を向けて、もう良いのと微笑む彼女の姿が脳裏に焼き付いている。笑っているはずなのに何処か痛々しい小さな背中が、残像として見えたような気がした。
 彼女は、今何処にいるのだろうか。
「まさか……」
 口だけは意味のある形を作ったが喉は鳴らず、その後の言葉を続けられなかった。口にしたら現実となってしまいそうだった。胸の辺りがざわついていてもたってもいられない。握りしめた手の中にじんわりと汗が滲んで、右手に至ってはしっかり手入れしているはずの爪が包帯に引っ掛かる。
 ヒカリは靴を締め髪を縛り、最低限身なりを整えてテントを飛び出した。刺激の強い陽光が虹彩を攻め、思わず目を細めた。
 積もる砂は行き交う人々が払うので、景色はどちらかというと剥き出しの岩肌の方が目につく。いくつかのテントや露店の下では売り物の準備をしていたり、商人は輸送に使う馬やラクダのケアをしていた。
「おや」
 テントから出てきたヒカリに真っ先に気付いたのは、見知った顔の菅傘を被った老人だった。口の端に浮かぶ皺を引き上げて、顎に蓄えた髭をしごきながら、
「起きておったか、おはよう」
「あ、ああ。おはよう、ミナト殿」
「その様子だと……昨晩はよく眠れたようじゃな?」必要最低限の会話をしただけのヒカリに、ミナトは一部欠けてる歯を見せながら、「彼女が一人でお前さんを担いできた時には驚いたもんじゃ。余程疲れていたんだと言っていたが……」
「ひ、一人で? 担ぐ?」確かに自分の状況を鑑みればその結論に辿り着くのは至極当然なのだが、今重要なのはそこではない。「いや、それより彼女は……キャスティは何処にいるかご存じか?」
 話をさっさと進めようとするヒカリに対して悪感情を持った風もなく、ミナトは答えた。
「ああ、さっき朝飯を買っとったぞ。売ってるパンを面白そうに見て、今はあそこで休憩して……」
「ありがとう、ミナト殿」
 話もそぞろにヒカリは指差されたテントへと駆けだしていた。
 途中で昨日共に荷物を運んだ商人達に何度か声を掛けられたが、ミナトと同様に軽く挨拶を返して足早に通り抜けた。靴と細かい砂粒が素知らぬ顔で乾いた音を鳴らす。
 目的のテントに辿り着き急いた足取りのままくぐると、人が一人背を向けていた。テントの中で、用意されている台に向かって何か作業をしているようだった。肩より少し長かった金色の髪は丁寧に後頭骨の辺りでまとめ上げられ、カチューシャ型のナースキャップにより締まった印象を受ける。白と水色を基調とした落ち着いた配色のスカートは膝元まで伸び、恐らく清潔感のために上から被せられた前掛けは彼女の細い腰元で蝶々結びで締められている。
 一人だけでいたその先客は、急にテントに押し入った来訪者に驚き振り向いた。手には今日の旅支度なのか、食料や水を持っている。一瞬目を見開いたが、すぐに何事もなかったかのように、顔を綻ばせた。
「おはよう、ヒカリ君」
 彼女は合わせた目をすぐに逸らして手元の食料を見下ろす。
「さっきね、美味しそうなパンを見つけたの。聞いたらリーフランドのお野菜とお肉を入れて挟んでるんですって。旅路だとどうしても栄養不足になりがちだから、エネルギーと野菜が同時に取れるサンドイッチはぴったりだと思って、二人分買っておいたわ。あ、苦手なお野菜とかあるといけないから中身は違う物を……」黙り続ける自分に対してキャスティは流石に話を止めた。「……ヒカリ君?」
 彼女の両肩にそっと両手を乗せて、触れられる事に心底安堵した。このまま彼女が陽炎のように消えてしまったらと焦燥に駆られたが、杞憂で済んだようだった。
 更に彼女の存在を確認するように名を呼ぶ。
「キャスティ」
「は、はい」
「昨夜はここからサイに行くにはハーバーランドを通らねば着けないと言ったと思うが……」
「え、ええ。だから今日は東に戻ろうかと……」
「秘密裏のものだが、俺が大河を渡る方法を知っている。良ければ案内しよう」
「でもそれって……」
 彼女が戸惑う理由も解る、ヒカリは頷いて話を進めた。
「戦の時に使っていた、機密のものだ。かつてウ国を攻める時に使ったと言われている。……父がいずれカナートを作ろうとしていた地でな、俺ももう一度見ておきたくて……」なんだか回りくどい事を言っているような気がしてきて段々と口調が弱くなる。彼女に会って最初に話す事がこれなのかと自問し直し、ヒカリは呼吸を整えた。落ち着きを取り戻した頭の中で、一つの言葉が組み上がっていく。
 そして彼女の空色の瞳を見据えて。
「……共に行ってくれるか、旅に」
 意を決して出てきた答えが、声帯を震わせて一つの形となる。昨晩から蜃気楼のように不鮮明な何かだったものが、意思を持って精巧な感情を持ち始めた。
 困惑したキャスティの顔に、ほんの少し笑みが孕んだように……そう思いたくて見えただけなのかもしれない。
 実際は、唇を締めて口角を下げて彼女は、「でもヒカリ君、あなたの用だってあるわ……」困ったように何度も首を振っている。
「確かに俺はクレストランドのモンテワイズに行かねばならない」そう訊かれることだって当然理解していた。ヒカリは続ける。「だがサイの後、海を渡るならば道は同じだ」
 脳内で思い描いていた旅路をすらすらと並べ立てた。
 昨晩、彼女が言っていた。サイとウィンターブルームの名。ウィンターブルームは東大陸の北、ウィンターランドにある街だ。そして自分の目的地も同じく東大陸にある。そこは学者の都モンテワイズ。旧友であり軍師であるカザンが滞在を決めた街。
「本当は昨日の最後にそれを伝えたかったのだ」
 何処でかは判らないが、ヒカリが寝不足なのをキャスティが察したのだろう。顔色からか、賊と戦っていた時の目眩を起こした時からか、それは定かではない。彼女自身がどう思っていようが、彼女は優秀な薬師なのだから。
 それに助けてもらったのは何も身体だけではない。改めてク国を思い出したことで感じたのだ。城郭から見たあの偉観とした晩陽を、そしてその元で暮らして笑い合っていた友たちを。干天を頂く砂漠の空のように渇いていた心には、彼女との語らいによって慈雨が降っていた。
「……もしかして、怒ってるかしら」
「そうではない、ただ……」戸惑いがちなキャスティの声に気持ちが先走る。「……無念を残し、友と別れることをしたくはなかったのだ」
 昨夜、ミナトから教えてもらった景色を見に小舟で揺られている時のことだった。キャスティが僅かにうたた寝をした。その時、彼女は何人か人の名前のようなものを言っていたのだ。はっきりと聞き取れなかったが、彼女にも友がいるのだろう。そしてそれは彼女が失ってしまった記憶の一片に過ぎないのだろう。それが自分にとってのカザンなのか、ライ・メイなのか、リツなのかまでは判らない。だが彼女は確かに「待って」と言っていた。
 彼女には昨晩のことも含めてまだ伝えたいことがある。まだこの言葉は届かないかもしれないが、やはりそれでも口にしておかないといけないような気がした。それは数日前に父を、そして多くの友を失い、時間は有限であると改めて痛感したからかもしれない。そのうち互いの目的のために道が分かたれる時が来るだろうが、少なくともそれまでは彼女の手助けをしたいと、そう思う。
「……ごめんなさい、勝手なことをして」
「責めているわけではない。むしろ感謝すべきは俺の方だ。ただ、キャスティにも己を大事にしてもらいたい、それだけだ」
 自分より少し低い所にある彼女の視線がヒカリに合った。空色の瞳に閉じ込められている感情の中に、ヒカリの必死な諫言が届いたのか、それとも彼女の芯の強さなのか、昨日垣間見えた憂悶の情は薄くなっていた。
「ありがとう。本当に昨日でだいぶ気が楽になったの。心と身体は繋がってる。だから負担をかけ過ぎないようにしないといけない……私もそう思ったの、本当よ。悩むのは、立ち止まるのは真実が判ってから。今は……ただ、やれることをやるわ」
 そう噛み締めるように言うキャスティの声色は固い。窮屈に縮こまっているかのようにも見えた昨日の彼女とは、違うと思わせられた。
「それにね、今ヒカリ君が一緒に行こうって言ってくれて……ふふ、嬉しいの、とっても」
「それは……肯定と捉えて良いのか?」
 彼女は首を縦に振った。
「ええ、少しの間だけどよろしくお願いね、ヒカリ君」
 昨日の触れたら消えてしまいそうな笑みではない、心から破顔する彼女は砂漠に浮かぶ太陽のように眩しかった。

「世話になったのう」
 ミナトが腰を曲げ一礼する。こちらも菅傘を外しながら謝辞を述べた。
「こちらこそ夕餉や宿の融通、とても助かった」
「是非また近くに来た時は寄らせてください」
 挨拶を交わし、ミナトの前から立ち去る。馬もどうかと言われたが余裕も金も無い身である上に、流石にそこまで世話にはなれない。丁重に断りを入れ、ヒカリとキャスティは宿場の出口へと歩き始めた。彼女は身なりこそは昨日と大きく変わらないが、鞄の中には水や食糧、薬の原料等が増えている。出会った当初には砂漠での装備品を整える手助けをと申し出たが、今日の道のりの多くは地下の暗がりを移動することになる。砂漠での防備を多く携えての移動では却って邪魔になると判断したのだ。
 かく言う自分はク国を出てから着の身着のままだったので、荷物を仕舞う物を調達するところから旅支度をする必要があった。背中に背負った打飼袋には火打ち金や提灯、方位針等を入れている。昨日の賊退治で知り合った商人が一通り用意をしてくれた物だ。
 出入口付近まで来て、向かい側から馬車がやってくる。そう広く作られているわけではなく、加えて先方がもう宿場に入り始めていたので身軽な自分達が道を譲った。二人の行商人に軽い会釈をして通り過ぎるのを見てからヒカリとキャスティは歩き出そうとして、
「……ク国の話、聞きましたか?」
 先程挨拶を交わした行商人がそんな話をするので、うかと振り返りそうになる。だがどうやら、宿場に元いた商人に話しかけたもののようで、気軽な調子ですぐに返事があった。
「ク国がどうかしたのかい?」
「弟王子が反乱を起こして兄王子と争いになったらしいんですよ。王様が亡くなって兄王子が後を継いだとか……」
「なんてこった。ここんとこ戦もなかったってのに」
「武器扱ってる奴らは涎が止まらないでしょうね」
「ま、今更参入出来ないし、こっちは細々とやるしかないわな」
 何気ない世間話をして商人が嘆息した。職業柄だろうが、彼らの耳は早い。
「ヒカリ君」自然と足が止まっていたヒカリの数歩先から、彼女が語り掛ける。「行きましょう……サイの街に。そしてモンテワイズに」
 先程の商人の話は彼女の耳にも届いていただろう。しかし、キャスティはその事について特に言わず、行き先を促した。
 その彼女の小さくて、でも誰よりも大きな背中が語っていた。
 何もかも無くした自分達だからこそ、今はただひたすらに前へ歩こうと。
「ああ。まずはここから西へ、そしてすぐに道を外れて南下だ」
 全ては、ここからだ。
「さあ、参ろうか」
 目前には昨日と変わらぬ景色が広がっている。風で砂が巻き上がり、遠くが黄色く霞み、燦々と輝く太陽が地上を焦がし続けている。赤子の頃からこの景色を見続けてきた自分には馴染み深い、砂漠の風景。今は遠くにあるク国を、強く想う。
 ――必ず戻るぞ、我が友たちと。
 先程の馬車が通って出来た轍の上に二人分の足跡を残しながら、頭上からの光の幕を裂いて進んでいく。







※ここから言い訳エリア
・宿場作ったご老人に勝手にお名前つけさせていただきました
・作中にリューの宿場からサイまでの近道はありません
・お酒と薬を同時に飲んではいけません
・剣士は剣と槍持ちですが、今回は着の身着のまま刀一本です
・飲んでる酒はグラチェス編オーシュットでパルテティオとのパーティチャットにあったお酒、かもしれません
・キャスティおかんが結構ゴリラなことしてますが、薬師って体力仕事だし、そういう事も求められると思うので……まあ本来は男性と女性でその辺りは分担するでしょうが、キャスティだからね!(?)昼の旅立ち絵では子供を背負ってますが、それで成人男性を抱えるのはどう考えても無理だと思うので、ファイアーマンズキャリーとかレンジャーロールみたいなことしてると思います調べてみてね。っていうか、作中も1章でマルロ(倒れた患者)を一人で運んでるし……
※ここまで言い訳エリア


 書きながら、「また砂漠だ……」と頭を抱えながら書いてました(挨拶)。
 しかもまたしても薬師と剣士の出会う物語。

 今回、オクトラ2の1章は誰とも合流しないという流れだったので正直その展開の持って行き方に悩みました。
 というのも、オクトラ1で最初に書いた理由が「テリオン主人公にしたけどその後すぐ合流したハンイットと一緒に旅に出る構図が全く思い浮かばねえ」→「あ、もしかしてこうじゃね?」だったので、自分のプレイ経験に忠実だったわけです。
 今回ももちろんそんな話が書きたい!って思ったら、まさかの合流の仕方が話関係無いところだった。
 でも出会いの際に賊から人を庇って戦っているヒカリ、を助けるキャスティという図は同じです。そっから二十倍くらいに拡大解釈したのが今回の話になります。なんだかんだでプレイ経験に忠実に出来てそこはほっとしている。実際はサイに行かずに西回りにパルテティオ回収したけど……賊と戦ってるのキャスティ一人だけだったけど……。

 二人とも責任感と芯が強いので、その中で仲間を求める過程というのが正直な所ぴんとしなくて。言ってしまえばキャスティは人殺しかもしれないという汚名を着ているし、ヒカリはこれから戦争をしようとしている。ゲームではシステムの都合上「一緒に旅どうだい?」なんて気軽に言っているけど、いやいやそうはならんでしょ、と思うわけです。

 やっぱりその辺の補完は個人の自由!ということで好き勝手に書きました。
 キャスティはかなり始まりが不穏なお話だから、もうちょい迷ってても……自分は良いと思うんですよね。
 当然彼女はとても強い人だと知っていますが……そこは前作のオフィーリアに対して抱いたのと同じかな。オフィーリアトレサの話を書いた時も決断と孤独をテーマにした感じでしたしね。


 ゲーム中も基本的にこの二人はほぼずっとメンバーに入れてました。キャスティはストーリーが気になり主人公に、ヒカリは西回りで一番に出会うキャラ。
 ヒカリは最初の一話からかなり惹かれて。厨二病的な設定が最高ですねはい。それとやってる時に「大陸の覇者だったっけこれ?」って思いました。

 後、キャスティがヒカリ君呼びするのも最高過ぎてね。そこからどんどん妄想が膨らんでいってしまいました。何しろゲーム中だけの情報だと彼らの年齢が判らないので、色々とこう考えてしまって。
 苦手な方には大変申し訳ないのですが、そんな過程を経て出来ている作品ですので、ほんのり恋愛色があります。自分の小説は男女が出てるものが多いですがお互いに矢印が出ているのはほぼほぼ書いてなかったので、なんだか新鮮というか懐かしい気持ちになりました。いや過去でも別にそんな書いてない気がするのでいっそ新境地かもしれません。おかしいな……。

 しかしお陰さまでというかなんというか、結構展開難産でした。書き始めてから三ヶ月も経ってるんですってよ。なんてこったい。
 没の文面だけでかなり……あるので……あはは。
 タイトルも多分今まで書いたどの創作よりも没案が生まれています。

 でもでも、オクトラ2の小説はもう少し頑張る予定です。
 恐らく亀執筆だと思いますが、麒麟も驚愕するくらい首を長くして待っていていただけると幸いです。
 オクトラ1でもテリオン・ハンイットオフィーリア・トレサプリムロゼ・オルベリク・アーフェンの出会いを書いてるので、良ければお手に取ってくださいませ。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 もしよろしければ拍手やコメントなどいただけると嬉しくて飛び跳ねます。
23.7.11更新 続きであるヒカリ5章目前の残夜の誓いも良ければどうぞ

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    ・どんなゲームでも大体腕前は中の下~上の下辺りに生息
    ・小説(ゲームの二次創作)書いたり、ゲーム内の台詞まとめたり

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