ポケ迷宮。
ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。
オクトラ2小説1作目。
キャスティを選んで左回りに移動した場合のヒカリとの出会いを書いた二次創作です。
案の定長くて1記事に収まらねえよ!って言われたので2分割にしています。
字数は前後合わせて3万字程です。
キャスティの1章、ヒカリの4章までのネタバレを含んでいます。
ほんのり薄味でカップリング要素があります。
それでは「幕開-Breaking Loneliness-」です、どうぞ。
キャスティを選んで左回りに移動した場合のヒカリとの出会いを書いた二次創作です。
案の定長くて1記事に収まらねえよ!って言われたので2分割にしています。
字数は前後合わせて3万字程です。
キャスティの1章、ヒカリの4章までのネタバレを含んでいます。
ほんのり薄味でカップリング要素があります。
それでは「幕開-Breaking Loneliness-」です、どうぞ。
幕開-Breaking Loneliness-(1/2)
今、燦々と空に輝く太陽というものを、恐らく人生で一番身に染みて味わっているのだと思う。
恐らく、という副詞をつけたのは炎暑の程度が数値化出来ないからという意味合いもあるがそれは些細な理由付けであり、大半を占める事由は自分の記憶が無いということからだった。過去に何処にいたのか、何処に行ったことがあるのか、まるで巨大な鰐が記憶の大半を食いちぎってしまったかのように頭の中には空虚が広がり、それらを知ることは叶わない。
二日前、一人で海を流れていたところを幸運にも東西の大陸を繋ぐ定期船に拾われた。今の自分にとって確かな過去はそれだけだ。
それ以上の過去を知るために、自分は旅に出ることにした。
自分を――キャスティ・フローレンツという人間を知っている者は、定期船が辿り着いた街にはいなかった。いや、正確には今着ている薬師の服に関して、噂で聞き付けている者はいた。
水色の服を着た薬師達が村人を殺し回っている、と。
気付けば腕を無意識に掴んで握りしめていた。そこは肌が黒く爛れている場所だった。平凡に生活をしていれば絶対発生しないはずのものは、恐らく何らかの劇薬の痕だとキャスティは考えている。真っ当な薬師であればそんな物は使わないはずで、物理的な痒みや痛みは無いものの、過去への不信感はただただ募るばかりである。
肩に掛けたベージュ色の鞄はただ唯一の持ち物と言っても良いもので、その薬師の肩掛け鞄の奥底には医療日誌が入っていた。日誌に記されていたサイの街は、砂漠に覆われたこのヒノエウマ地方にあり、幸運にも流れ着いたハーバーランド地方に隣接する地域だ。
しかし、ヒノエウマ地方は険しい砂漠地帯である。出来るだけの装備は用意したが、やはりその道のりは楽ではなかった。
元から着込んでいる薬師のフードを頭から被っているが、これだけでは舞い散る砂粒から顔面を防ぐことが出来ないため、合わせてストールで鼻や口を覆って対処している。砂風に浚われて型崩れしてしまっているのを適時整えながら、視線を前へと向けた。
崩れかけた岩石やひび割れた川床を横目に、キャスティは看板を一つ見つける。そこには『リューの宿場 こちら』と乱雑な文字で書かれていた。オアシスの麓に作られた宿場で、過酷な旅路を行き交う旅人や商人が骨を休める場所として使われている旨が書かれていて、中々宣伝上手である。
唾を呑み込もうとして口の中がまた乾いている事に気付く。水筒から生温くなった水を流しながら、キャスティは歩を進めた。
「……宿場……水を補充しないと」
そう口にして、一人でいると独り言が多くなっていけないな、なんて胸中で考えて苦笑する。
甲高い金属音が鼓膜を震わせたのはその時だった。
自然の風景におよそ似つかわしくないその音はキャスティに人の存在を知らせると共に、場の空気が穏便では無い事を告げてくれていた。
キャスティはやや駆け足で宿場へと近付いた。その間にも剣戟の音は鳴り響いており、気だけが急いていく。
行き先を記す看板に『宿場 すぐそこ』と記載されているものを認め、歩調を和らげる。不用意に中に入っては混乱を招くだけだと、地面に積み上げられた木製の木箱の隙間から中の様子を覗き込む。
第一に目を奪われたのは褐色の世界の中で鮮やかにはためく赤い生地だった。控え目な刺繍が施された衣装が鮮やかに翻り、半身程の長さの反り返った刀身が後に続いていく。一つ、二つ、向かってくる武器に交差するように、蒼天の下でその刀身は芸術的とも言える軌道を描いて、相対している男達のナイフを弾いていた。一対二であるというのにそのハンデを感じないどころか、赤い装束を着た者の方が優勢だ。浅い円錐形の植物で編み込まれた帽子を被っているため首から上は良く見えないが、体格からして男だろう。
息をするのも忘れて圧倒されかけていたが、キャスティの視界は別のものも捉えていた。それはひょっとしたら薬師としての直感だったのかもしれない。そして、そこに迫っていた刃に対して身をねじ込むように赤い装束の男が立ち塞がったのを見て、直感は確信に変わった。
瞬時に精神を集中させ、頭の中に描いたイメージを放出させる。拳大程の氷塊は、一定の速度を持って、ナイフを持った男の腕に迫った。
「ぐわあっ!」
濁った声があがり、赤い装束を纏った人物に迫っていたナイフが軌道を逸れる。そこにすかさず刀の柄を用いた鋭い一撃が叩きつけられ、吹き飛ばされた身体が宿場の出入り口付近まで飛び出して、キャスティのすぐ近くまで砂煙を上げて地面にのめり込んだ。
突っ伏した男はこちらに一切気付かないまま、憎々しげに舌打ちをした。
「く、クソ……覚えてろよ!」
口の中に入り込んだ砂粒を唾液と共に吐き出しながら、二人組が不格好な足取りで去っていく。
その背中を見送りながら、キャスティはリューの宿場へと足を踏み入れた。
砂除けのためだろう、隙間なく脛まで締まった黒地の足袋にサンダルという、軽装ではあるが実に理に適った格好の青年が、キャスティに駆け寄る。それは先程、刀を振っていた赤い装束の男だった。円錐形の帽子は間近で見るとそれなりの大きさであり、彼の口から上のパーツを隠してしまっている。
「先程の氷の魔法はそなたのものか、礼を言う」
青年が胸の前に右手を置いて、きっかり三十度腰を折った。首もとでぱりっと立ったスタンドカラーは、彼の性格をそのまま表しているようだった。
「いえ、良いの。それよりも、そちらの方」青年の後方、呻き声が聞こえてくる方向に手を差し伸べながら、「私は旅の薬師なの。怪我を治すから見せてください」
肩にかけた鞄を開けながら男性と幼い女の子の元へと駆け寄る。
キャスティが赤い出で立ちの青年を助けた理由は、彼が怪我人を身を挺して庇っていたからだ。先程逃げた二人組から怪我人を庇うように立ち、武器を構えていた。彼が武力の持たない人を助けている、それは誰の目から見ても明らかだったのだ。
「ここでは日射病になる、テントの元まで運ぼう」
キャスティの後をすぐに追ってきた青年が進言した。確かに頭上ではこれ以上無い程に太陽が自己主張してきており、怪我人だけじゃなく自分も治療に専念することは難しい。彼の言う通り、慎重に、迅速に目前のテントに男性と少女を運ばせる。
「……痛むかもしれないけど我慢してね」
鞄の中に入れていた口の一切つけていない水の容器を開け、男性の二の腕の傷口にかけて汚れを洗い流す。
「ぐっ……」
出血のためか、今も意識が朦朧としているようだ。鞄の中に入っていたハンカチを引っ張り出し、きつく縛り上げて止血する。
鞄からすぐ取り出せる位置に入れられた鉢と棒を出して、膝上に置く。
「俺も手伝おう」
彼は円錐形の帽子(後に彼からこの帽子の名前を聞いたが菅傘と言って、このヒノエウマ地方では一般的な被り物なのだそうだ)を脱いで地面の上に置いた。そうして初めてキャスティは彼の顔を間近で見る事になる。
一言で言ってしまえば端正な顔立ちだった。あまりにありふれた言い方になってしまうかもしれないが、絵になる、という言葉が真っ先に飛び出した。仮にここに十人いたとして、その十人が満場一致で彼の迷いの無い目鼻立ちを美麗であると言うだろう。歳は二十になろうか、この砂漠に照りつける陽光にも負けない琥珀色の瞳はやや幼さが残っており、光芒を錯覚する程に輝きを放っていた。肌は少し蒼く、旋毛で結われた黒髪は緩やかに彼の頬に、そして肩に落ちていた。
キャスティは一瞥の間に彼の眉目秀麗さを感じながら、親切に応じた。
「ありがとう、えっと……」
「ヒカリだ」
「私はキャスティよ」傷口を洗いながら、続ける。「じゃあヒカリ君、私の鞄の中にある桃色のリボンで結んだ麻袋を取ってくれる?」
「……ああ、解った」
袋を開けるところまでヒカリに任せ、キャスティは開いた麻袋からブドウの葉を取り出して鉢に入れる。これをすり潰して新鮮な搾り汁を作り上げる。
「なるほど、それを煎じて飲ますのか」
「いいえ、これは患部に塗るものね」
「うむ……」
キャスティが作業を進めている間に、ヒカリはこちらの気が逸れない程度に指示を仰いでくれていた。
少女の方は怪我は無かったが、どうやら軽い脱水症状があるようだった。キャスティは自分の口のつけていない水筒に調合に使う時の塩を入れ、少女に飲ませた。
こうして一通り処置を終え、キャスティは一つ溜め息を吐いた。その横でヒカリは称賛を喉からぽろりと落とすように呟いた。
「見事だ」
薬師の知識を持っている者として当然の事をしただけだが、自分には薬師として知識を培った時の記憶がない。だからか今の自身の行動すら何処か他人事のようにすら思えてくる。
キャスティは控え目に首を振って話を逸らした。
「あなたも剣の腕は素晴らしかったわ。私に武術はあまり判らないけれど、見事という言葉はあなたの剣術にも使うのは間違いないわね」
それから水を飲みきった少女から水筒を受け取りながら、キャスティは問い掛ける。
「調子はどう?」
「ぬるくてあんまり美味しくなかった」
と子供らしく素直な感想にキャスティは微苦笑する。視線に迷いがなく、意識もはっきりしている、そのことが確認出来ただけで十分だ。
「ごめんなさいね、そちらの……パパかしら」
「うん。パパ、だいじょうぶ?」
「大丈夫よ、すぐに目が覚めると思うから、パパが元気になったら美味しい冷たい水を飲んでね」
「うん、ありがとうお姉ちゃ――」
「お、お前……っ、」少女が言い切る前に引きつった声が聞こえ、少女がキャスティに伸ばし掛けていた手を抱きかかえるように引き込んだ腕があった。「み、水色の服の……お、お前、エイル薬師団の……」
意識が戻ったらしい男性が少女を力の入らない腕で包み込んだ。斬傷を塞ぐために巻いた包帯が、服に付いていた砂埃と共に動いた。「パパ……?」少女はきょとんとした顔で父親を見上げていた。
彼の表情と震える身体が、恐怖を物語っていた。
キャスティがその感情を向けられるのは、少なくとも二度目だ。ハーバーランド地方の港町カナルブラインで向けられたそれと同じだった。今の自分にとって理解のし得ない悪意であり、しかし決して否定も出来ないものだ。
もしかしたら記憶を失う前の自分は、ずっとこういった視線を受け続けていたのかもしれない。それだけならばまだ自分の事だから構わない、だが噂の内容が事実であったのなら……それは今のキャスティには何よりも心が凍る恐ろしい事だった。
キャスティは道具を片付けながら、穏やかな口調で言った。
「大丈夫です。娘さんに外傷は無かったけど、脱水症状を引き起こしていたからお水を……」
「う、うるさい、東大陸で飽き足らずこの西大陸まで……」
「どうしたのパパ」
「噂になってるんだ、お前らの悪行はっ。む、娘に何かしてみろ……」
震えた唇から漏れ出る言葉に、キャスティは顔を伏せた。最低限の必要な処置は行えたし、これ以上ここにいても身体にも精神的にも良くないだろう。広げていた荷物を纏めながら、再度口を開いた。
「包帯は必ず明日の朝までつけていてください。安静にね」
凝り固まった脚を伸ばすと、少し眩暈がした。日陰とはいえこの暑さの中で作業をしていたからだろうか。思わず手に力が入り、キャスティの手は自然と胸元に縫われた自分の名前を握りしめていた。
フードやストールを整えながら、テントの恩恵から身体が抜け出そうとしたところで、
「そなたは、」強張った声が背後から聞こえた。それは最初は小さな声だったが、次第に張りあるものになっていく。「助けてくれた者に対して敬意も払えぬのか。それとも罵倒するのが礼と申すか」
「良いの」踵を返し、口早に諭した。「良いの、ヒカリ君。今日は休んでお大事にしてください」
「だが……!」
キャスティは、尚も抗議を続けようとする彼の二の腕を強引に掴みテントを出た。この場にいる者の中で一番恐怖を感じていたのは、もしかしたら自分だったのかもしれない。
炎天下、元いたテントから距離を取るうちにヒカリの抵抗も殆ど無くなり、彼の腕からも自然と手が離れた。
「キャスティ」菅傘を胸元に抱えたまま、ヒカリは眉根を寄せてこちらに呼び掛ける。「あの御仁は誰か別の者と勘違いしているのではないか? 俺にはそなたが非難される理由が解らない。治療は俺のような素人目から見ても的確だった」
ヒカリの必死の擁護も、キャスティには空しく通り過ぎていくだけだった。
「……ごめんね」
一言だけ、そんな単語が出ただけで黙りこくったキャスティを回り込むように前へと赤い装束が回り込んだ。
「ならば俺が礼を尽くそう」
「そんな、あなたが気を遣う必要は無いのよ。これは私の問題で……」
「俺の問題でもある。俺も先程キャスティに助力をもらっている、その分だ。ここリューの宿場での用件の間は付き添わせてほしい。ヒノエウマで揃えるべき物は力になれるはずだ」
確かに彼の独特な装束や腰に下げた片刃の武器である刀もこの地方特有の物であり、自分よりは彼の方が何かと詳しいだろう。幾何学的な模様を浮かべた上着とそれを際立たせるような黒色のインナー、他の地方では眩しい鮮やかな色合いは、この地方では珍しくない。
「……君達が先程の賊を追い払ってくれた者かの?」
キャスティが彼への返答を考えあぐねていると、二人の傍に男性が駆け寄ってきた。顔の皺や菅傘から覗く白髪は、もうご高齢と言っても差し支えないであろうことを伺わせるが、真っ直ぐ伸びた腰や危なげない足取りからはとてもそうには見えない。比較的ゆとりのある鼠色の服装で、足元も革製のサンダルを履いているだけだ。
「あ、ああ、確かにそうだが」
ヒカリが応対すると、老人は頭を軽く下げて礼をする。
「すまない、このリューの宿場を代表して感謝の気持ちを」
「いや、当然の事だ。そなたは察するに、この宿場で大夫のようなものか」
「大夫……? かは解らんが、この宿場を管理をしている者じゃ」
老人はミナトと名乗った。彼が昔、私財を投じてこのリューの宿場を造ったという話を聞くのは、ここを利用している別な商人から後程聞いたものである。
彼は双眸を細めて、言葉を重くした。
「君達の腕を見込んで一つお願い事があるんじゃ」
ミナトの話に耳を傾けると、さっきの二人組を含めた野盗がどうやら最近この辺りを荒らし回っているらしいとのことだった。確認しているのは五人程で、旅人や商人を襲っては食料や金品等といった物を奪っているらしい。粗暴な者達で先程のように怪我人も既に何人も出ているようだった。
「なんとか頼れる者を探していたんじゃが、最近この辺りも人手が足りないようでな。兵は戦の準備に大忙しなんじゃ。夜間の警備は昔馴染みの傭兵に頼んであるが、昼間はこの地方の兵に頼りっぱなしだったからのう」
「……なるほど、それでその野盗は無法を働けているわけか」
「ああ。性質の悪い事にあの賊もク国からの流れ者じゃ」あの辺は戦ばかりだとミナトは嘆息する。「一期一会の旅人にこういうことを頼むのは気が引けるが、どうかご一考くださらんか」
「構わない。引き受けよう」
ご一考、という単語とまるで相容れない、青年の間髪を入れない真っ直ぐな返答。ミナトも目を丸くし、「まだ報酬の話すらしとらんが……良いのか?」と念を押している。
「ああ、このような事態を聞いて見過ごすわけにはいかない」彼は、刀の鍔に置いていた左手をミナトへと伸ばした。「報酬も受け取らぬと言うとご納得いただけないだろうから、無理の無い程度でお願いしよう」
それをお人好しと呼べば簡単だったかもしれない。彼の人柄の良さは少し触れただけで理解出来たし、同時に腕が立つとなれば彼がこの賊退治に申し出ることはなんらおかしくはない。
だが、青年が刀の鍔の上で握っていた拳を僅かに動かすのを見た。キャスティが先程、怪我を治した者に拒絶された時に現れた反射的な反応と似ている。彼は今のミナトの話に心当たりがあるのだろうか。彼の表面上の態度は実に冷静なものだったが、中に張り詰めた糸のようなものがあるのを感じていた。
「なら、私も行くわ。困ってる人を見過ごせないのは私もよ」
キャスティも声をあげる。この宿場を混乱させている賊への対処には同意だ。
しかし当然というか、ヒカリは首を振りながら苦い顔で言い立てる。
「俺はそなたに付き合うとは言ったが、俺の用にまで付き合わせるとは言っていない」
「ご心配無用よ。私も十分に戦えますから」
力こぶを作ってみせてヒカリに微笑みかけるが、彼はまだ不安そうに眉をしかめている。
「キャスティは薬師だ、戦場に立つなど……しかも相手は魔獣ではなく人間だ。人を癒す役割を持つそなたが……」
「万人を助けたいという気持ちと、誰かを傷付ける者を許さないという気持ち、根っこは同じよ」
青年の声を遮って、キャスティは毅然と頷いた。生物にとって生きていく上で無くてはならない食料や水を他人から奪う行為は、看過できない。
「それにね、その癒す人の中にはあなたも入っているのよ、ヒカリ君。あなたが怪我をしたら治してあげるわ」
自分よりも少し上から落ちてくる戸惑いの視線にはやがて諦めが浮かんで、それから、
「そうか、それは心強いな」
ヒカリは目尻を下げて笑った。立ち居振る舞いからなのか、口調からなのか、硬くも見える彼の雰囲気が年相応に感じた瞬間だった。じっと眺めていると、菅傘をいそいそと被って顔を隠されてしまったけれど。
+++++
甘い剣筋で喉元へ飛んできた刃を甲でいなし、ヒカリは返し刀で賊の肘を狙う。鋭い衝撃と共に賊の持っていたナイフを弾き飛ばし、武器を無くした賊は子犬のような情けない声で叫んだ。
刀を正眼に構えて砂を踏む感触を足裏で捉えながら、神経を尖らせて周囲を伺う。ヒカリを囲うように立っていた他の賊が、一歩二歩と後退していく。
確認できたのは、事前にミナトから言われた通り五人。一人は出入り口付近に見張りとして立っており、そちらはキャスティが惹き付けてくれている。更に今一人が利き腕が使えなくなったため、自分を囲っているのは長と見える者も含めて三人だ。菅笠で一部遮られた視界の中でそれを認識する。また、岩陰には木箱が山になっており、食材や武器が入っているのが見える。
賊というから彼らは困窮していて身なりは最低限の物かと想像していたが、構えている刀や軽装鎧はそこそこ上等な物だった。
何よりヒカリはそれらに見覚えがあった。随分と勝手に弄られてはいるが祖国の明光鎧の一部が使われている。ク国から来たというのはあながち間違いではないかもしれないが、やや違和感は残る。
しかしそれを確かめるには言葉よりも剣で語る方が早いと判断した。無頼な来訪者には相応の罰を望むもの……もちろん互いに、である。
「あ、兄貴……やっぱりつええよ……敵いやしませんよ……」
「に、逃げやしょうぜ兄貴……!」
中でも一番小柄な男がナイフの切っ先を震えさせ、隣にいる男もがくがくと何度も頷く。この二人にはヒカリは見覚えがあった。先程リューの宿場で逃げ出した二人だ。
そんな小心の男達に体格の大きな、兄貴と呼ばれた男が銅鑼声を張り上げる。
「うるせえ! ここでの盗みを止められるかよ! ここは東大陸の物が流れてくる! 兵も手薄! これ以上ねえ稼ぎ場だろうが!」
何処までも砂と岩肌が続く丘陵に響いたのは、荒々しく浅ましい我欲だった。
己が欲の為に、他人を蹴落とすと明言している。
それは彼らへの慈悲の一切を打ち消す話だった。もし金銭的に困窮しているのであれば少しでも手を差しのべられやしないかと思ってはいたが、その必要は無いようである。賊の溜まり場に対して強襲をせず、こうして話をする機会を得たのもそのためだったのだが。
「成程。どうやら同情の余地は無いようだな」
しかし何故だかそう口にして、胸がずきりと痛んだ。同情の余地は無い、その考えは自分の中ではっきり形を持っているのに、隣にある人影が叩き壊そうとしてきている。
目の前の男と同じように他人を害して成った男をヒカリはよく知っている。
腹違いの兄であるムゲン、そして、
(リツ……)
彼の行動を傍目に見れば、意地汚さはあるだろう。だがヒカリは彼を慕う妹の存在を、そして二人を支えていた彼の父の末路を知っている。彼に対しては同情があったわけではない、だがその言葉を考えずにはいられない。彼は……あの時、この時をどう思っていたのだろうか、と。
「同情だと? そんな甘ちょっろいこと言ってると、微塵切りにされちゃうぜ兄ちゃん」筋肉の浮かんだ太い腕の先で手指を鳴らしながら、「元兵士の俺に勝てるわけねえだろーが!!」
言下、型も何も無い、兵士とは思えない脇の開き方で刀が振り上がる。抜けるような好天の元で弧を描く刀を意識の端に感じながら身体を左方へ傾けて避ける。地面を蹴立てて、勢いに乗せたまま手首を捻り刀の頭を突き出した。先程から弱気な事を言っている男の弱々しく握られたナイフを打ち落とし同時に回転の勢いで横っ腹を蹴ると、男の身体は跳んでいった。
私情を挟んではいけない。現にこの男達に傷付けられている者がいるのだから。
そして、……またリツと対峙したとして、街に火を放った兄に加担した彼への態度を如何とするかは定まらない。あれからまだ三日しか経っていないのだ、この砂漠の地のように熱しやすく冷めやすければ考えも纏まるのだろうが、自分の頭はまだ沸騰しっぱなしであり、結論なんて出ない。
目睫の間に、ヒカリはまた構えを戻した。
残りは二人。
先程からナイフの切っ先が震えている小柄な男と、兄貴と呼ばれている屈強な体格の男。
屈強な男は先程振りかぶった攻撃を無視された事にだいぶ腹を立てているようだった。雄叫びと共に袈裟懸けに空を切った刀を、今度はしっかりと受け止める。鉄と血のにおいの漂う戦場で、嫌というほど耳にした耳障りな甲高い金属音が骨の髄にまで響いた。
男と相対し、彼の顔を間近で見る事になる。
そろそろ中年に差し掛かろうという無精髭の生やした男の顔には、ヒカリは全く見覚えが無い。また服装といい太刀筋といい、やはり自分のよく知るそれではない。
「元は兵と言ったか? ク国の兵であったなら、俺の顔を知らないわけではあるまい」
「あん?」
鍔迫り合いをしながらお互いの顔を睨み合う。大男は口の中をしきりに動かした後、唾をこちらの左頬に向かって吐き捨てた。ほんの僅かに力が緩んだが、それを感知できる程の腕を男は持っていないようで、ヒカリが怯んだ時とは違う拍子で刀にかけていた力を横へと移した。男は拮抗を崩した刀を返し一撃を受け止め、重ねて両足を踏み込んで刀を振る。男の渾身だと言わんばかりの剣戟を受け止めると、またしても金属のぶつかり合う甲高い音が鳴った。
「知らねえよ、お前の顔なんてよ!」
合点がいった。案の如く、この男はク国の者ではない。本来の鎧の着方を知っている者ならば小手を外したり戦袍を疎かにはしないだろう。彼がク国の兵を詐称しているのであればこちらも相応に対処するだけだ。
「……成程、ク国を騙り貶めているというわけか」
「何?」
独白めいたものが口から漏れる。相対する二人の隙をつくようにして横から飛び込んできたナイフの刃を、今度は体勢を全く動かさず右手の小手で受け止める。革製の小手に突きたったナイフと交わらせた刀をそのまま、ヒカリは身体を左へと引く。大男の身体は刀に合わせてくるが、小心の男の手からはあっという間にナイフが離れてしまった。
ナイフを突き立てた対象がそんな行動を取ると思っていなかったのか、小心の男が覚束ない足取りで前のめりにたたらを踏んだところを、すかさず脛を足で小突いた。ぎゃっと小動物のような短く高い悲鳴を漏らすと蹲ってしまった。元々そう強い力で突き立っていなかったナイフも同時に地面へと転がり落ちる。
残り一人――そう思考が閃いた寸時、鍔迫り合いになるように留めていた刀への力を振り切って、更に男の胸元へと斬りかかる。当然男は後退して避けるが、構えが大きくぶれているところにすかさずヒカリは第二撃、第三撃を撃ち込んだ。
(……なんだ……っ!?)
しかし刹那の時間、視界が滲んだ。情景の全てが歪み、頭の芯が小突かれた様に痛んだ。思わず、刀を握る手が緩む。
「おらっ、どうしたっ!」
攻められ続けるわけにはいかないとばかりに男が腹から声を出して怒鳴った。気付いた時には、右肩に男の刃が肉薄している。咄嗟に身を左へ捩り、足の裏に相当の力をこめて踏ん張ると、左下から右上へと刀を振って耐え凌いだ。
眉間に力を込めて、目眩を強引に抑え込む。頭上の太陽が作る陰影がはっきりと戻ってくる。
その後すぐにペースを取り戻し、何度も滑り込ませた刀が思い描いた展開を生むための隙を捉える。
ヒカリの刀が文字通り白日に晒されている男の手の甲の皮を掠りながら、男の刀の鍔を引っ掛けて弾き飛ばした。持ち主から離れた刀は盛大に宙を回転し、踏み荒らされた足元の岩地にぶつかり鈍い音を立てる。
その音とほぼ同時に無精髭の男の眉間に刀の切っ先を向け、ヒカリは腹に力を込めて吶喊の如く声を張り上げた。
「俺はク国第二王子、ヒカリ・クだ! 賊よ、この場から早々に失せよ! これ以上我が国を玩弄するのであれば、ク家の名において容赦はせん!」
自分の声が一瞬で離れていき、残るのは丘陵を蛇行する風音と丘に落ちる砂の音、そして地面に伏す男達の呻き声。
「王子……!」そのうちの一人が肘を押さえながら言う。自分が最初にナイフを飛ばした男は、ナイフを拾い直して大男とヒカリの間に立とうとしていた。「なら兄貴、あいつ金目の物持って」
「ば、馬鹿言え!」大男は叫んだ。先程とは打って変わって焦燥の滲んだ声だ。「ク家だと!? ざけんなよ、ク家はな、通った後は屍と血しか残らない指折りの戦闘狂だ」
「よく知っているな。ならばこの地を踏む商隊を襲う意味、理解出来ないわけではあるまい」
男が中途半端に知識を持っていて助かった。周辺の地理を知っていてここで略奪行為を行うことを選んでいるのだろうと思っていたが、大方読みは当たったようだ。ここ三年ク国は沈黙していたが、長年の歴史から血に飢えた獣であるという認識は簡単には払拭されていないのだ。
……但し兄が王に代わった以上、否応にもその認識と現実は一つになることは避けられないだろうが。
もちろんそんな事を賊達に言う必要は無い。なるべく温度を下げた声で言葉を叩きつけて、彼らをこの地から追い払うのみだ。
「虚栄のためク国を選んだ貴様らの無謀さと自尊心に免じ、今だけは許してやろう。だが次、この場に姿を表したその時、二度と陽の光は拝めぬと思え」
実際、そこから先は早かった。
「ちっ、本物が来られたら仕方ねえ、ずらかるぞ。ここまであんな国の目が光ってるんじゃやってられねえ」
そう吐き捨て、背後に山になった物にも手を付けず、落とした武器も拾わず、命は惜しいと言わんばかりに五人組は砂漠の彼方へと走っていった。
刀を鞘に納め、肺の奥の方から大きく息を吐いた。この地で生まれ育ってすっかり馴染んでいるはずの噎せ返る様な熱気が、今は苦しく感じられる。乾いた生温い空気は身体だけでなく、思考も鈍らせるのかもしれない。雨を望んでも干天には雲一つなく、遠くの景色は砂礫が霞ませている。
「あらあら……」キャスティが出てきたのは賊達の背中が拳大になったくらいのことで、「まだ傷を治してる途中だったのに行ってしまったわ……」と独り言ちながら歩いてきた。冷やしたハンカチを所在無さげに手に持っている。
「キャスティ、大丈夫だったか」
ヒカリも彼女の元へ駆け寄った。薬師の鞄に隠れる位置にある腰のホルダーに掛かった小ぶりの斧の柄が、陽光を反射する。
ヒカリと水色のフードの下から覗く目が合うと、感情のあまり乗っていない顔でただ、こっくりとだけ頷かれた。態度の薄さに急に心配になって、ヒカリは周章してしまう。
「どうした? まさか怪我を……」
「あ、いえ、そうじゃないの」顔の前で両手と首を思いっきり振ってから、やや遠慮しがちに、ぼそりと。「……王子様だった……んですね」
その彼女の態度は当然だっただろう。キャスティは自分の事を根無し草の旅の剣士のように思っていただろうから。彼女の落ち着いた所作を見る限り自分よりいくつか歳上だろうから、「君」付けで呼ばれる事もおかしくはなかったのだろうし――流石に祖国でそう呼ぶ者はいなかったので面を食らってしまったのは事実だが。
「聞いていたか」
「というか、聞こえていたというか」
「うむ……確かに大きな声ではあったからな……」
なんとも罰が悪く、ヒカリは目を逸らした。己の身分を自身で吹聴しているようなもので、思い返すと気恥ずかしさが沸々と沸き上がってくる。
「えっと……ヒカリ……殿下?」
急に距離感を置かれた呼び方をされ、今度はヒカリが首を振る番だった。
「止めてくれ、今の俺は剣一つしか持たぬ身。……賊に語ったものは嘘では無いが、全てではないのだ」
そもそも賊に言った内容も今は真実だとは言い難い。祖国での今の自分はお尋ね者、さっき言った事も殆どはったりで本心では無い。他人を踏みにじる彼らに手を差し伸べる慈悲は確かに無いが、血を吸って粛清するようなものではない。本来は兵に突き出すべきだろうが情勢的に信頼できない以上は、残る手段は二度と地を踏まないように誘導することしかなかった。あれだけ灸を据えればここらで悪さをすることはないだろうという判断以外のものはない。
「今の俺の手には何も無い。父も、友も、守るべきものも……」
不安げなキャスティを見て余計な事を言ってしまったと咳払いして、改めて彼女に笑いかけた。
「敬称も敬語も必要ない。俺は同等の立場でいられる友でいてほしい」
だから頼む、と菅傘を外し背筋を伸ばして頭を下げる。
彼女から反応があるまでは目を閉じていたので、実際に彼女がどういう顔をしていたのかは判らない。ただ、ぽつりと、
「何も無い、か。それは私も……」
どういう意味か、ヒカリが問おうとした時には、もうキャスティは次の言葉を繋げていた。
「じゃあその、ヒカリ……君で良いのかしら」
「ああ、そのままで構わない」
力強く頷くと、キャスティは肩を揺らした。
「ふふっ、王子様にこんなこと言うのも変かもしれないけど、とても強くて、とってもかっこよかったわ」
彼女は抜けるような空の色をした瞳を細める。フードから覗く、金糸を彷彿とさせる髪を、この地方に広がる荒涼な砂漠と同じ色を、ヒカリは綺麗だと思った。
無意識にこちらが動きを止めていると、休む間も惜しいとばかりにキャスティは鞄を漁り出し、何も飾りの無い手拭いを殆ど強引に手渡された。「汗が冷える前にこれで拭いて」と、言われてから額に汗が流れていることに気付いた。後多分、無精髭の男から吐かれた唾もついたままだ。彼女の気配りの良さになんとなく救われる。
いるだけで体力の奪われてしまう陽の当たる場所を避け、二人は一度山になった木箱を確認した。事前に言われていた通り、商隊から奪った荷物であろう食料、そして書物や衣類等が突っ込まれているが、問題は山になった木箱が自分達の背丈を軽く超えていることだった。
「これは……とてもじゃないけど二人で持てる量じゃないわね」
「一度宿場に戻って助けを呼ぶしかないな」
口元に手を当てて思案する。ここから宿場までそう遠くはないし、馬車と複数人の人手があれば、今日中にでも宿場に全て届けられるだろう。
「賊が戻ってくることはないだろうから、一度二人で戻って……、」言いかけて、自分よりも少し下から覗く視線が自分の顔を注視していた。「どうした?」
すると、何か答える前にキャスティは肩にかけた鞄を漁り始めた。
「……キャスティ?」
「ヒカリ君、あなたって人は……」
ぼそりと呟かれた声は溜め息交じりで、なんだかよく解らないが責められているらしい。謝るにも何に対してなのか判らず狼狽していると、彼女は桃色のリボンで結ばれた麻袋を取り出した。それは先程、宿場で父娘を治していた時に使っていたもので確かブドウの葉が入っていたはずだ。
「ヒカリ君、ちょっとそこの木箱に座って」
「む? あ、ああ……」
有無を言わさない強い口調にわけもわからないまま、とりあえず言われたように、先程鉱石が入っていることを確認した木箱に浅く座る。
「その右の小手、外して」
そう示されてようやくヒカリも気付いた。右の小手、それは賊のナイフの刃を受け止めた場所だ。比較的身軽に作られたこの小手は皮と布で出来ているので、金属の刃は貫通して肌にまで迫っていたようだった。小手の間からは僅かだが赤い血が滴っていて、言われなければヒカリ自身も意識が向かなかった。
「大丈夫だ、これくらいはいつも……」
「いつもは大丈夫だったかもしれない。でも今回は大丈夫じゃないかもしれないのよ」
傷口を拭くようにとこれまた別の小さい布をこちらに渡すと、キャスティは手早く手元で鉢と棒を広げて薬を練り始めた。
ヒカリの発言をぴしゃりと封じて行動されてしまい、もちろん見ているだけでいるわけにもいかず、ヒカリは言われた通り小手を外しにかかった。締めていた紐を解いて鞐を外した途端に小手と手首の間にぬるい風が入り込み、じんわりと浮かんだ汗を冷やしていく。
先程彼女から受け取った布で拭き取ると、キャスティは綿に薬を染み込ませてヒカリの右手を取った。
「ちょっと我慢してね」
女性らしい自分のよりも小さく丸い手が、傷を軽く叩いていく。鈍く刺すような痛みが一瞬あった。
ふと、こうして対面して怪我を治してもらったのはいつぶりだろうかと考えた。戦は三年間しておらず、その間にこさえた怪我は自分で処置してきた。大した怪我では無い、正に今手当てしてもらっているようなものばかりだった。
戦時では国で抱えている薬師団が戦場にいた。但し、ヒカリが世話になったことはあまり無い。友と共に並んで戦う中で大怪我はしなかったし、小さな怪我はやはり隠していることが多かった。身分も相俟って大袈裟にされるのは好きではなかったからだ。
(そうか……)
キャスティが自分の手に包帯を巻いているのを見て思い出す。
あの記憶はもっと遡る。ジン・メイとの稽古の時、城下町を走って膝小僧を擦りむいた時、木刀を振っていたら二の腕を木の枝で擦った時、魔物と対峙して脚を咬まれた時――
「はい、もう大丈夫」
これは、母親との記憶だ。もう随分昔に失ってしまった温もり。無茶をするなと静かに諭し、それから子供だから仕方無いか、なんて微苦笑しながら手当てしてくれた。もちろん母親は薬師ではなかったので、キャスティのようにこんなに完璧な処置ではなかったが、それも含めて忘れられない思い出だ。
「やはりそなたは優秀な薬師だな」
キャスティの手際を見ながら、零れるように口にしていた。馴れた手付きと素早い判断力や行動力、彼女は薬師に必要なものを持っているように思う。
「……ありがとう」
しかし、その賛辞を聞いてキャスティは躊躇いがちに微笑んだ。触れたら消えてしまいそうな淡い笑みだった。
まただ。宿場でも彼女は少しの言葉と控えめな態度で、この話を続けることを拒んでいる。
噂になっているんだ、お前らの悪行は。そう言っていた男の顔が閃く。当初は完全に人違いだと考えていたが、彼女はこのことを否定しない。……当然だが肯定もしていない。
賊退治に着いていくと断固として言った果敢な彼女と、こうして身を引くだけの彼女を同一人物と認めるのは、些か疑問だった。
今、燦々と空に輝く太陽というものを、恐らく人生で一番身に染みて味わっているのだと思う。
恐らく、という副詞をつけたのは炎暑の程度が数値化出来ないからという意味合いもあるがそれは些細な理由付けであり、大半を占める事由は自分の記憶が無いということからだった。過去に何処にいたのか、何処に行ったことがあるのか、まるで巨大な鰐が記憶の大半を食いちぎってしまったかのように頭の中には空虚が広がり、それらを知ることは叶わない。
二日前、一人で海を流れていたところを幸運にも東西の大陸を繋ぐ定期船に拾われた。今の自分にとって確かな過去はそれだけだ。
それ以上の過去を知るために、自分は旅に出ることにした。
自分を――キャスティ・フローレンツという人間を知っている者は、定期船が辿り着いた街にはいなかった。いや、正確には今着ている薬師の服に関して、噂で聞き付けている者はいた。
水色の服を着た薬師達が村人を殺し回っている、と。
気付けば腕を無意識に掴んで握りしめていた。そこは肌が黒く爛れている場所だった。平凡に生活をしていれば絶対発生しないはずのものは、恐らく何らかの劇薬の痕だとキャスティは考えている。真っ当な薬師であればそんな物は使わないはずで、物理的な痒みや痛みは無いものの、過去への不信感はただただ募るばかりである。
肩に掛けたベージュ色の鞄はただ唯一の持ち物と言っても良いもので、その薬師の肩掛け鞄の奥底には医療日誌が入っていた。日誌に記されていたサイの街は、砂漠に覆われたこのヒノエウマ地方にあり、幸運にも流れ着いたハーバーランド地方に隣接する地域だ。
しかし、ヒノエウマ地方は険しい砂漠地帯である。出来るだけの装備は用意したが、やはりその道のりは楽ではなかった。
元から着込んでいる薬師のフードを頭から被っているが、これだけでは舞い散る砂粒から顔面を防ぐことが出来ないため、合わせてストールで鼻や口を覆って対処している。砂風に浚われて型崩れしてしまっているのを適時整えながら、視線を前へと向けた。
崩れかけた岩石やひび割れた川床を横目に、キャスティは看板を一つ見つける。そこには『リューの宿場 こちら』と乱雑な文字で書かれていた。オアシスの麓に作られた宿場で、過酷な旅路を行き交う旅人や商人が骨を休める場所として使われている旨が書かれていて、中々宣伝上手である。
唾を呑み込もうとして口の中がまた乾いている事に気付く。水筒から生温くなった水を流しながら、キャスティは歩を進めた。
「……宿場……水を補充しないと」
そう口にして、一人でいると独り言が多くなっていけないな、なんて胸中で考えて苦笑する。
甲高い金属音が鼓膜を震わせたのはその時だった。
自然の風景におよそ似つかわしくないその音はキャスティに人の存在を知らせると共に、場の空気が穏便では無い事を告げてくれていた。
キャスティはやや駆け足で宿場へと近付いた。その間にも剣戟の音は鳴り響いており、気だけが急いていく。
行き先を記す看板に『宿場 すぐそこ』と記載されているものを認め、歩調を和らげる。不用意に中に入っては混乱を招くだけだと、地面に積み上げられた木製の木箱の隙間から中の様子を覗き込む。
第一に目を奪われたのは褐色の世界の中で鮮やかにはためく赤い生地だった。控え目な刺繍が施された衣装が鮮やかに翻り、半身程の長さの反り返った刀身が後に続いていく。一つ、二つ、向かってくる武器に交差するように、蒼天の下でその刀身は芸術的とも言える軌道を描いて、相対している男達のナイフを弾いていた。一対二であるというのにそのハンデを感じないどころか、赤い装束を着た者の方が優勢だ。浅い円錐形の植物で編み込まれた帽子を被っているため首から上は良く見えないが、体格からして男だろう。
息をするのも忘れて圧倒されかけていたが、キャスティの視界は別のものも捉えていた。それはひょっとしたら薬師としての直感だったのかもしれない。そして、そこに迫っていた刃に対して身をねじ込むように赤い装束の男が立ち塞がったのを見て、直感は確信に変わった。
瞬時に精神を集中させ、頭の中に描いたイメージを放出させる。拳大程の氷塊は、一定の速度を持って、ナイフを持った男の腕に迫った。
「ぐわあっ!」
濁った声があがり、赤い装束を纏った人物に迫っていたナイフが軌道を逸れる。そこにすかさず刀の柄を用いた鋭い一撃が叩きつけられ、吹き飛ばされた身体が宿場の出入り口付近まで飛び出して、キャスティのすぐ近くまで砂煙を上げて地面にのめり込んだ。
突っ伏した男はこちらに一切気付かないまま、憎々しげに舌打ちをした。
「く、クソ……覚えてろよ!」
口の中に入り込んだ砂粒を唾液と共に吐き出しながら、二人組が不格好な足取りで去っていく。
その背中を見送りながら、キャスティはリューの宿場へと足を踏み入れた。
砂除けのためだろう、隙間なく脛まで締まった黒地の足袋にサンダルという、軽装ではあるが実に理に適った格好の青年が、キャスティに駆け寄る。それは先程、刀を振っていた赤い装束の男だった。円錐形の帽子は間近で見るとそれなりの大きさであり、彼の口から上のパーツを隠してしまっている。
「先程の氷の魔法はそなたのものか、礼を言う」
青年が胸の前に右手を置いて、きっかり三十度腰を折った。首もとでぱりっと立ったスタンドカラーは、彼の性格をそのまま表しているようだった。
「いえ、良いの。それよりも、そちらの方」青年の後方、呻き声が聞こえてくる方向に手を差し伸べながら、「私は旅の薬師なの。怪我を治すから見せてください」
肩にかけた鞄を開けながら男性と幼い女の子の元へと駆け寄る。
キャスティが赤い出で立ちの青年を助けた理由は、彼が怪我人を身を挺して庇っていたからだ。先程逃げた二人組から怪我人を庇うように立ち、武器を構えていた。彼が武力の持たない人を助けている、それは誰の目から見ても明らかだったのだ。
「ここでは日射病になる、テントの元まで運ぼう」
キャスティの後をすぐに追ってきた青年が進言した。確かに頭上ではこれ以上無い程に太陽が自己主張してきており、怪我人だけじゃなく自分も治療に専念することは難しい。彼の言う通り、慎重に、迅速に目前のテントに男性と少女を運ばせる。
「……痛むかもしれないけど我慢してね」
鞄の中に入れていた口の一切つけていない水の容器を開け、男性の二の腕の傷口にかけて汚れを洗い流す。
「ぐっ……」
出血のためか、今も意識が朦朧としているようだ。鞄の中に入っていたハンカチを引っ張り出し、きつく縛り上げて止血する。
鞄からすぐ取り出せる位置に入れられた鉢と棒を出して、膝上に置く。
「俺も手伝おう」
彼は円錐形の帽子(後に彼からこの帽子の名前を聞いたが菅傘と言って、このヒノエウマ地方では一般的な被り物なのだそうだ)を脱いで地面の上に置いた。そうして初めてキャスティは彼の顔を間近で見る事になる。
一言で言ってしまえば端正な顔立ちだった。あまりにありふれた言い方になってしまうかもしれないが、絵になる、という言葉が真っ先に飛び出した。仮にここに十人いたとして、その十人が満場一致で彼の迷いの無い目鼻立ちを美麗であると言うだろう。歳は二十になろうか、この砂漠に照りつける陽光にも負けない琥珀色の瞳はやや幼さが残っており、光芒を錯覚する程に輝きを放っていた。肌は少し蒼く、旋毛で結われた黒髪は緩やかに彼の頬に、そして肩に落ちていた。
キャスティは一瞥の間に彼の眉目秀麗さを感じながら、親切に応じた。
「ありがとう、えっと……」
「ヒカリだ」
「私はキャスティよ」傷口を洗いながら、続ける。「じゃあヒカリ君、私の鞄の中にある桃色のリボンで結んだ麻袋を取ってくれる?」
「……ああ、解った」
袋を開けるところまでヒカリに任せ、キャスティは開いた麻袋からブドウの葉を取り出して鉢に入れる。これをすり潰して新鮮な搾り汁を作り上げる。
「なるほど、それを煎じて飲ますのか」
「いいえ、これは患部に塗るものね」
「うむ……」
キャスティが作業を進めている間に、ヒカリはこちらの気が逸れない程度に指示を仰いでくれていた。
少女の方は怪我は無かったが、どうやら軽い脱水症状があるようだった。キャスティは自分の口のつけていない水筒に調合に使う時の塩を入れ、少女に飲ませた。
こうして一通り処置を終え、キャスティは一つ溜め息を吐いた。その横でヒカリは称賛を喉からぽろりと落とすように呟いた。
「見事だ」
薬師の知識を持っている者として当然の事をしただけだが、自分には薬師として知識を培った時の記憶がない。だからか今の自身の行動すら何処か他人事のようにすら思えてくる。
キャスティは控え目に首を振って話を逸らした。
「あなたも剣の腕は素晴らしかったわ。私に武術はあまり判らないけれど、見事という言葉はあなたの剣術にも使うのは間違いないわね」
それから水を飲みきった少女から水筒を受け取りながら、キャスティは問い掛ける。
「調子はどう?」
「ぬるくてあんまり美味しくなかった」
と子供らしく素直な感想にキャスティは微苦笑する。視線に迷いがなく、意識もはっきりしている、そのことが確認出来ただけで十分だ。
「ごめんなさいね、そちらの……パパかしら」
「うん。パパ、だいじょうぶ?」
「大丈夫よ、すぐに目が覚めると思うから、パパが元気になったら美味しい冷たい水を飲んでね」
「うん、ありがとうお姉ちゃ――」
「お、お前……っ、」少女が言い切る前に引きつった声が聞こえ、少女がキャスティに伸ばし掛けていた手を抱きかかえるように引き込んだ腕があった。「み、水色の服の……お、お前、エイル薬師団の……」
意識が戻ったらしい男性が少女を力の入らない腕で包み込んだ。斬傷を塞ぐために巻いた包帯が、服に付いていた砂埃と共に動いた。「パパ……?」少女はきょとんとした顔で父親を見上げていた。
彼の表情と震える身体が、恐怖を物語っていた。
キャスティがその感情を向けられるのは、少なくとも二度目だ。ハーバーランド地方の港町カナルブラインで向けられたそれと同じだった。今の自分にとって理解のし得ない悪意であり、しかし決して否定も出来ないものだ。
もしかしたら記憶を失う前の自分は、ずっとこういった視線を受け続けていたのかもしれない。それだけならばまだ自分の事だから構わない、だが噂の内容が事実であったのなら……それは今のキャスティには何よりも心が凍る恐ろしい事だった。
キャスティは道具を片付けながら、穏やかな口調で言った。
「大丈夫です。娘さんに外傷は無かったけど、脱水症状を引き起こしていたからお水を……」
「う、うるさい、東大陸で飽き足らずこの西大陸まで……」
「どうしたのパパ」
「噂になってるんだ、お前らの悪行はっ。む、娘に何かしてみろ……」
震えた唇から漏れ出る言葉に、キャスティは顔を伏せた。最低限の必要な処置は行えたし、これ以上ここにいても身体にも精神的にも良くないだろう。広げていた荷物を纏めながら、再度口を開いた。
「包帯は必ず明日の朝までつけていてください。安静にね」
凝り固まった脚を伸ばすと、少し眩暈がした。日陰とはいえこの暑さの中で作業をしていたからだろうか。思わず手に力が入り、キャスティの手は自然と胸元に縫われた自分の名前を握りしめていた。
フードやストールを整えながら、テントの恩恵から身体が抜け出そうとしたところで、
「そなたは、」強張った声が背後から聞こえた。それは最初は小さな声だったが、次第に張りあるものになっていく。「助けてくれた者に対して敬意も払えぬのか。それとも罵倒するのが礼と申すか」
「良いの」踵を返し、口早に諭した。「良いの、ヒカリ君。今日は休んでお大事にしてください」
「だが……!」
キャスティは、尚も抗議を続けようとする彼の二の腕を強引に掴みテントを出た。この場にいる者の中で一番恐怖を感じていたのは、もしかしたら自分だったのかもしれない。
炎天下、元いたテントから距離を取るうちにヒカリの抵抗も殆ど無くなり、彼の腕からも自然と手が離れた。
「キャスティ」菅傘を胸元に抱えたまま、ヒカリは眉根を寄せてこちらに呼び掛ける。「あの御仁は誰か別の者と勘違いしているのではないか? 俺にはそなたが非難される理由が解らない。治療は俺のような素人目から見ても的確だった」
ヒカリの必死の擁護も、キャスティには空しく通り過ぎていくだけだった。
「……ごめんね」
一言だけ、そんな単語が出ただけで黙りこくったキャスティを回り込むように前へと赤い装束が回り込んだ。
「ならば俺が礼を尽くそう」
「そんな、あなたが気を遣う必要は無いのよ。これは私の問題で……」
「俺の問題でもある。俺も先程キャスティに助力をもらっている、その分だ。ここリューの宿場での用件の間は付き添わせてほしい。ヒノエウマで揃えるべき物は力になれるはずだ」
確かに彼の独特な装束や腰に下げた片刃の武器である刀もこの地方特有の物であり、自分よりは彼の方が何かと詳しいだろう。幾何学的な模様を浮かべた上着とそれを際立たせるような黒色のインナー、他の地方では眩しい鮮やかな色合いは、この地方では珍しくない。
「……君達が先程の賊を追い払ってくれた者かの?」
キャスティが彼への返答を考えあぐねていると、二人の傍に男性が駆け寄ってきた。顔の皺や菅傘から覗く白髪は、もうご高齢と言っても差し支えないであろうことを伺わせるが、真っ直ぐ伸びた腰や危なげない足取りからはとてもそうには見えない。比較的ゆとりのある鼠色の服装で、足元も革製のサンダルを履いているだけだ。
「あ、ああ、確かにそうだが」
ヒカリが応対すると、老人は頭を軽く下げて礼をする。
「すまない、このリューの宿場を代表して感謝の気持ちを」
「いや、当然の事だ。そなたは察するに、この宿場で大夫のようなものか」
「大夫……? かは解らんが、この宿場を管理をしている者じゃ」
老人はミナトと名乗った。彼が昔、私財を投じてこのリューの宿場を造ったという話を聞くのは、ここを利用している別な商人から後程聞いたものである。
彼は双眸を細めて、言葉を重くした。
「君達の腕を見込んで一つお願い事があるんじゃ」
ミナトの話に耳を傾けると、さっきの二人組を含めた野盗がどうやら最近この辺りを荒らし回っているらしいとのことだった。確認しているのは五人程で、旅人や商人を襲っては食料や金品等といった物を奪っているらしい。粗暴な者達で先程のように怪我人も既に何人も出ているようだった。
「なんとか頼れる者を探していたんじゃが、最近この辺りも人手が足りないようでな。兵は戦の準備に大忙しなんじゃ。夜間の警備は昔馴染みの傭兵に頼んであるが、昼間はこの地方の兵に頼りっぱなしだったからのう」
「……なるほど、それでその野盗は無法を働けているわけか」
「ああ。性質の悪い事にあの賊もク国からの流れ者じゃ」あの辺は戦ばかりだとミナトは嘆息する。「一期一会の旅人にこういうことを頼むのは気が引けるが、どうかご一考くださらんか」
「構わない。引き受けよう」
ご一考、という単語とまるで相容れない、青年の間髪を入れない真っ直ぐな返答。ミナトも目を丸くし、「まだ報酬の話すらしとらんが……良いのか?」と念を押している。
「ああ、このような事態を聞いて見過ごすわけにはいかない」彼は、刀の鍔に置いていた左手をミナトへと伸ばした。「報酬も受け取らぬと言うとご納得いただけないだろうから、無理の無い程度でお願いしよう」
それをお人好しと呼べば簡単だったかもしれない。彼の人柄の良さは少し触れただけで理解出来たし、同時に腕が立つとなれば彼がこの賊退治に申し出ることはなんらおかしくはない。
だが、青年が刀の鍔の上で握っていた拳を僅かに動かすのを見た。キャスティが先程、怪我を治した者に拒絶された時に現れた反射的な反応と似ている。彼は今のミナトの話に心当たりがあるのだろうか。彼の表面上の態度は実に冷静なものだったが、中に張り詰めた糸のようなものがあるのを感じていた。
「なら、私も行くわ。困ってる人を見過ごせないのは私もよ」
キャスティも声をあげる。この宿場を混乱させている賊への対処には同意だ。
しかし当然というか、ヒカリは首を振りながら苦い顔で言い立てる。
「俺はそなたに付き合うとは言ったが、俺の用にまで付き合わせるとは言っていない」
「ご心配無用よ。私も十分に戦えますから」
力こぶを作ってみせてヒカリに微笑みかけるが、彼はまだ不安そうに眉をしかめている。
「キャスティは薬師だ、戦場に立つなど……しかも相手は魔獣ではなく人間だ。人を癒す役割を持つそなたが……」
「万人を助けたいという気持ちと、誰かを傷付ける者を許さないという気持ち、根っこは同じよ」
青年の声を遮って、キャスティは毅然と頷いた。生物にとって生きていく上で無くてはならない食料や水を他人から奪う行為は、看過できない。
「それにね、その癒す人の中にはあなたも入っているのよ、ヒカリ君。あなたが怪我をしたら治してあげるわ」
自分よりも少し上から落ちてくる戸惑いの視線にはやがて諦めが浮かんで、それから、
「そうか、それは心強いな」
ヒカリは目尻を下げて笑った。立ち居振る舞いからなのか、口調からなのか、硬くも見える彼の雰囲気が年相応に感じた瞬間だった。じっと眺めていると、菅傘をいそいそと被って顔を隠されてしまったけれど。
+++++
甘い剣筋で喉元へ飛んできた刃を甲でいなし、ヒカリは返し刀で賊の肘を狙う。鋭い衝撃と共に賊の持っていたナイフを弾き飛ばし、武器を無くした賊は子犬のような情けない声で叫んだ。
刀を正眼に構えて砂を踏む感触を足裏で捉えながら、神経を尖らせて周囲を伺う。ヒカリを囲うように立っていた他の賊が、一歩二歩と後退していく。
確認できたのは、事前にミナトから言われた通り五人。一人は出入り口付近に見張りとして立っており、そちらはキャスティが惹き付けてくれている。更に今一人が利き腕が使えなくなったため、自分を囲っているのは長と見える者も含めて三人だ。菅笠で一部遮られた視界の中でそれを認識する。また、岩陰には木箱が山になっており、食材や武器が入っているのが見える。
賊というから彼らは困窮していて身なりは最低限の物かと想像していたが、構えている刀や軽装鎧はそこそこ上等な物だった。
何よりヒカリはそれらに見覚えがあった。随分と勝手に弄られてはいるが祖国の明光鎧の一部が使われている。ク国から来たというのはあながち間違いではないかもしれないが、やや違和感は残る。
しかしそれを確かめるには言葉よりも剣で語る方が早いと判断した。無頼な来訪者には相応の罰を望むもの……もちろん互いに、である。
「あ、兄貴……やっぱりつええよ……敵いやしませんよ……」
「に、逃げやしょうぜ兄貴……!」
中でも一番小柄な男がナイフの切っ先を震えさせ、隣にいる男もがくがくと何度も頷く。この二人にはヒカリは見覚えがあった。先程リューの宿場で逃げ出した二人だ。
そんな小心の男達に体格の大きな、兄貴と呼ばれた男が銅鑼声を張り上げる。
「うるせえ! ここでの盗みを止められるかよ! ここは東大陸の物が流れてくる! 兵も手薄! これ以上ねえ稼ぎ場だろうが!」
何処までも砂と岩肌が続く丘陵に響いたのは、荒々しく浅ましい我欲だった。
己が欲の為に、他人を蹴落とすと明言している。
それは彼らへの慈悲の一切を打ち消す話だった。もし金銭的に困窮しているのであれば少しでも手を差しのべられやしないかと思ってはいたが、その必要は無いようである。賊の溜まり場に対して強襲をせず、こうして話をする機会を得たのもそのためだったのだが。
「成程。どうやら同情の余地は無いようだな」
しかし何故だかそう口にして、胸がずきりと痛んだ。同情の余地は無い、その考えは自分の中ではっきり形を持っているのに、隣にある人影が叩き壊そうとしてきている。
目の前の男と同じように他人を害して成った男をヒカリはよく知っている。
腹違いの兄であるムゲン、そして、
(リツ……)
彼の行動を傍目に見れば、意地汚さはあるだろう。だがヒカリは彼を慕う妹の存在を、そして二人を支えていた彼の父の末路を知っている。彼に対しては同情があったわけではない、だがその言葉を考えずにはいられない。彼は……あの時、この時をどう思っていたのだろうか、と。
「同情だと? そんな甘ちょっろいこと言ってると、微塵切りにされちゃうぜ兄ちゃん」筋肉の浮かんだ太い腕の先で手指を鳴らしながら、「元兵士の俺に勝てるわけねえだろーが!!」
言下、型も何も無い、兵士とは思えない脇の開き方で刀が振り上がる。抜けるような好天の元で弧を描く刀を意識の端に感じながら身体を左方へ傾けて避ける。地面を蹴立てて、勢いに乗せたまま手首を捻り刀の頭を突き出した。先程から弱気な事を言っている男の弱々しく握られたナイフを打ち落とし同時に回転の勢いで横っ腹を蹴ると、男の身体は跳んでいった。
私情を挟んではいけない。現にこの男達に傷付けられている者がいるのだから。
そして、……またリツと対峙したとして、街に火を放った兄に加担した彼への態度を如何とするかは定まらない。あれからまだ三日しか経っていないのだ、この砂漠の地のように熱しやすく冷めやすければ考えも纏まるのだろうが、自分の頭はまだ沸騰しっぱなしであり、結論なんて出ない。
目睫の間に、ヒカリはまた構えを戻した。
残りは二人。
先程からナイフの切っ先が震えている小柄な男と、兄貴と呼ばれている屈強な体格の男。
屈強な男は先程振りかぶった攻撃を無視された事にだいぶ腹を立てているようだった。雄叫びと共に袈裟懸けに空を切った刀を、今度はしっかりと受け止める。鉄と血のにおいの漂う戦場で、嫌というほど耳にした耳障りな甲高い金属音が骨の髄にまで響いた。
男と相対し、彼の顔を間近で見る事になる。
そろそろ中年に差し掛かろうという無精髭の生やした男の顔には、ヒカリは全く見覚えが無い。また服装といい太刀筋といい、やはり自分のよく知るそれではない。
「元は兵と言ったか? ク国の兵であったなら、俺の顔を知らないわけではあるまい」
「あん?」
鍔迫り合いをしながらお互いの顔を睨み合う。大男は口の中をしきりに動かした後、唾をこちらの左頬に向かって吐き捨てた。ほんの僅かに力が緩んだが、それを感知できる程の腕を男は持っていないようで、ヒカリが怯んだ時とは違う拍子で刀にかけていた力を横へと移した。男は拮抗を崩した刀を返し一撃を受け止め、重ねて両足を踏み込んで刀を振る。男の渾身だと言わんばかりの剣戟を受け止めると、またしても金属のぶつかり合う甲高い音が鳴った。
「知らねえよ、お前の顔なんてよ!」
合点がいった。案の如く、この男はク国の者ではない。本来の鎧の着方を知っている者ならば小手を外したり戦袍を疎かにはしないだろう。彼がク国の兵を詐称しているのであればこちらも相応に対処するだけだ。
「……成程、ク国を騙り貶めているというわけか」
「何?」
独白めいたものが口から漏れる。相対する二人の隙をつくようにして横から飛び込んできたナイフの刃を、今度は体勢を全く動かさず右手の小手で受け止める。革製の小手に突きたったナイフと交わらせた刀をそのまま、ヒカリは身体を左へと引く。大男の身体は刀に合わせてくるが、小心の男の手からはあっという間にナイフが離れてしまった。
ナイフを突き立てた対象がそんな行動を取ると思っていなかったのか、小心の男が覚束ない足取りで前のめりにたたらを踏んだところを、すかさず脛を足で小突いた。ぎゃっと小動物のような短く高い悲鳴を漏らすと蹲ってしまった。元々そう強い力で突き立っていなかったナイフも同時に地面へと転がり落ちる。
残り一人――そう思考が閃いた寸時、鍔迫り合いになるように留めていた刀への力を振り切って、更に男の胸元へと斬りかかる。当然男は後退して避けるが、構えが大きくぶれているところにすかさずヒカリは第二撃、第三撃を撃ち込んだ。
(……なんだ……っ!?)
しかし刹那の時間、視界が滲んだ。情景の全てが歪み、頭の芯が小突かれた様に痛んだ。思わず、刀を握る手が緩む。
「おらっ、どうしたっ!」
攻められ続けるわけにはいかないとばかりに男が腹から声を出して怒鳴った。気付いた時には、右肩に男の刃が肉薄している。咄嗟に身を左へ捩り、足の裏に相当の力をこめて踏ん張ると、左下から右上へと刀を振って耐え凌いだ。
眉間に力を込めて、目眩を強引に抑え込む。頭上の太陽が作る陰影がはっきりと戻ってくる。
その後すぐにペースを取り戻し、何度も滑り込ませた刀が思い描いた展開を生むための隙を捉える。
ヒカリの刀が文字通り白日に晒されている男の手の甲の皮を掠りながら、男の刀の鍔を引っ掛けて弾き飛ばした。持ち主から離れた刀は盛大に宙を回転し、踏み荒らされた足元の岩地にぶつかり鈍い音を立てる。
その音とほぼ同時に無精髭の男の眉間に刀の切っ先を向け、ヒカリは腹に力を込めて吶喊の如く声を張り上げた。
「俺はク国第二王子、ヒカリ・クだ! 賊よ、この場から早々に失せよ! これ以上我が国を玩弄するのであれば、ク家の名において容赦はせん!」
自分の声が一瞬で離れていき、残るのは丘陵を蛇行する風音と丘に落ちる砂の音、そして地面に伏す男達の呻き声。
「王子……!」そのうちの一人が肘を押さえながら言う。自分が最初にナイフを飛ばした男は、ナイフを拾い直して大男とヒカリの間に立とうとしていた。「なら兄貴、あいつ金目の物持って」
「ば、馬鹿言え!」大男は叫んだ。先程とは打って変わって焦燥の滲んだ声だ。「ク家だと!? ざけんなよ、ク家はな、通った後は屍と血しか残らない指折りの戦闘狂だ」
「よく知っているな。ならばこの地を踏む商隊を襲う意味、理解出来ないわけではあるまい」
男が中途半端に知識を持っていて助かった。周辺の地理を知っていてここで略奪行為を行うことを選んでいるのだろうと思っていたが、大方読みは当たったようだ。ここ三年ク国は沈黙していたが、長年の歴史から血に飢えた獣であるという認識は簡単には払拭されていないのだ。
……但し兄が王に代わった以上、否応にもその認識と現実は一つになることは避けられないだろうが。
もちろんそんな事を賊達に言う必要は無い。なるべく温度を下げた声で言葉を叩きつけて、彼らをこの地から追い払うのみだ。
「虚栄のためク国を選んだ貴様らの無謀さと自尊心に免じ、今だけは許してやろう。だが次、この場に姿を表したその時、二度と陽の光は拝めぬと思え」
実際、そこから先は早かった。
「ちっ、本物が来られたら仕方ねえ、ずらかるぞ。ここまであんな国の目が光ってるんじゃやってられねえ」
そう吐き捨て、背後に山になった物にも手を付けず、落とした武器も拾わず、命は惜しいと言わんばかりに五人組は砂漠の彼方へと走っていった。
刀を鞘に納め、肺の奥の方から大きく息を吐いた。この地で生まれ育ってすっかり馴染んでいるはずの噎せ返る様な熱気が、今は苦しく感じられる。乾いた生温い空気は身体だけでなく、思考も鈍らせるのかもしれない。雨を望んでも干天には雲一つなく、遠くの景色は砂礫が霞ませている。
「あらあら……」キャスティが出てきたのは賊達の背中が拳大になったくらいのことで、「まだ傷を治してる途中だったのに行ってしまったわ……」と独り言ちながら歩いてきた。冷やしたハンカチを所在無さげに手に持っている。
「キャスティ、大丈夫だったか」
ヒカリも彼女の元へ駆け寄った。薬師の鞄に隠れる位置にある腰のホルダーに掛かった小ぶりの斧の柄が、陽光を反射する。
ヒカリと水色のフードの下から覗く目が合うと、感情のあまり乗っていない顔でただ、こっくりとだけ頷かれた。態度の薄さに急に心配になって、ヒカリは周章してしまう。
「どうした? まさか怪我を……」
「あ、いえ、そうじゃないの」顔の前で両手と首を思いっきり振ってから、やや遠慮しがちに、ぼそりと。「……王子様だった……んですね」
その彼女の態度は当然だっただろう。キャスティは自分の事を根無し草の旅の剣士のように思っていただろうから。彼女の落ち着いた所作を見る限り自分よりいくつか歳上だろうから、「君」付けで呼ばれる事もおかしくはなかったのだろうし――流石に祖国でそう呼ぶ者はいなかったので面を食らってしまったのは事実だが。
「聞いていたか」
「というか、聞こえていたというか」
「うむ……確かに大きな声ではあったからな……」
なんとも罰が悪く、ヒカリは目を逸らした。己の身分を自身で吹聴しているようなもので、思い返すと気恥ずかしさが沸々と沸き上がってくる。
「えっと……ヒカリ……殿下?」
急に距離感を置かれた呼び方をされ、今度はヒカリが首を振る番だった。
「止めてくれ、今の俺は剣一つしか持たぬ身。……賊に語ったものは嘘では無いが、全てではないのだ」
そもそも賊に言った内容も今は真実だとは言い難い。祖国での今の自分はお尋ね者、さっき言った事も殆どはったりで本心では無い。他人を踏みにじる彼らに手を差し伸べる慈悲は確かに無いが、血を吸って粛清するようなものではない。本来は兵に突き出すべきだろうが情勢的に信頼できない以上は、残る手段は二度と地を踏まないように誘導することしかなかった。あれだけ灸を据えればここらで悪さをすることはないだろうという判断以外のものはない。
「今の俺の手には何も無い。父も、友も、守るべきものも……」
不安げなキャスティを見て余計な事を言ってしまったと咳払いして、改めて彼女に笑いかけた。
「敬称も敬語も必要ない。俺は同等の立場でいられる友でいてほしい」
だから頼む、と菅傘を外し背筋を伸ばして頭を下げる。
彼女から反応があるまでは目を閉じていたので、実際に彼女がどういう顔をしていたのかは判らない。ただ、ぽつりと、
「何も無い、か。それは私も……」
どういう意味か、ヒカリが問おうとした時には、もうキャスティは次の言葉を繋げていた。
「じゃあその、ヒカリ……君で良いのかしら」
「ああ、そのままで構わない」
力強く頷くと、キャスティは肩を揺らした。
「ふふっ、王子様にこんなこと言うのも変かもしれないけど、とても強くて、とってもかっこよかったわ」
彼女は抜けるような空の色をした瞳を細める。フードから覗く、金糸を彷彿とさせる髪を、この地方に広がる荒涼な砂漠と同じ色を、ヒカリは綺麗だと思った。
無意識にこちらが動きを止めていると、休む間も惜しいとばかりにキャスティは鞄を漁り出し、何も飾りの無い手拭いを殆ど強引に手渡された。「汗が冷える前にこれで拭いて」と、言われてから額に汗が流れていることに気付いた。後多分、無精髭の男から吐かれた唾もついたままだ。彼女の気配りの良さになんとなく救われる。
いるだけで体力の奪われてしまう陽の当たる場所を避け、二人は一度山になった木箱を確認した。事前に言われていた通り、商隊から奪った荷物であろう食料、そして書物や衣類等が突っ込まれているが、問題は山になった木箱が自分達の背丈を軽く超えていることだった。
「これは……とてもじゃないけど二人で持てる量じゃないわね」
「一度宿場に戻って助けを呼ぶしかないな」
口元に手を当てて思案する。ここから宿場までそう遠くはないし、馬車と複数人の人手があれば、今日中にでも宿場に全て届けられるだろう。
「賊が戻ってくることはないだろうから、一度二人で戻って……、」言いかけて、自分よりも少し下から覗く視線が自分の顔を注視していた。「どうした?」
すると、何か答える前にキャスティは肩にかけた鞄を漁り始めた。
「……キャスティ?」
「ヒカリ君、あなたって人は……」
ぼそりと呟かれた声は溜め息交じりで、なんだかよく解らないが責められているらしい。謝るにも何に対してなのか判らず狼狽していると、彼女は桃色のリボンで結ばれた麻袋を取り出した。それは先程、宿場で父娘を治していた時に使っていたもので確かブドウの葉が入っていたはずだ。
「ヒカリ君、ちょっとそこの木箱に座って」
「む? あ、ああ……」
有無を言わさない強い口調にわけもわからないまま、とりあえず言われたように、先程鉱石が入っていることを確認した木箱に浅く座る。
「その右の小手、外して」
そう示されてようやくヒカリも気付いた。右の小手、それは賊のナイフの刃を受け止めた場所だ。比較的身軽に作られたこの小手は皮と布で出来ているので、金属の刃は貫通して肌にまで迫っていたようだった。小手の間からは僅かだが赤い血が滴っていて、言われなければヒカリ自身も意識が向かなかった。
「大丈夫だ、これくらいはいつも……」
「いつもは大丈夫だったかもしれない。でも今回は大丈夫じゃないかもしれないのよ」
傷口を拭くようにとこれまた別の小さい布をこちらに渡すと、キャスティは手早く手元で鉢と棒を広げて薬を練り始めた。
ヒカリの発言をぴしゃりと封じて行動されてしまい、もちろん見ているだけでいるわけにもいかず、ヒカリは言われた通り小手を外しにかかった。締めていた紐を解いて鞐を外した途端に小手と手首の間にぬるい風が入り込み、じんわりと浮かんだ汗を冷やしていく。
先程彼女から受け取った布で拭き取ると、キャスティは綿に薬を染み込ませてヒカリの右手を取った。
「ちょっと我慢してね」
女性らしい自分のよりも小さく丸い手が、傷を軽く叩いていく。鈍く刺すような痛みが一瞬あった。
ふと、こうして対面して怪我を治してもらったのはいつぶりだろうかと考えた。戦は三年間しておらず、その間にこさえた怪我は自分で処置してきた。大した怪我では無い、正に今手当てしてもらっているようなものばかりだった。
戦時では国で抱えている薬師団が戦場にいた。但し、ヒカリが世話になったことはあまり無い。友と共に並んで戦う中で大怪我はしなかったし、小さな怪我はやはり隠していることが多かった。身分も相俟って大袈裟にされるのは好きではなかったからだ。
(そうか……)
キャスティが自分の手に包帯を巻いているのを見て思い出す。
あの記憶はもっと遡る。ジン・メイとの稽古の時、城下町を走って膝小僧を擦りむいた時、木刀を振っていたら二の腕を木の枝で擦った時、魔物と対峙して脚を咬まれた時――
「はい、もう大丈夫」
これは、母親との記憶だ。もう随分昔に失ってしまった温もり。無茶をするなと静かに諭し、それから子供だから仕方無いか、なんて微苦笑しながら手当てしてくれた。もちろん母親は薬師ではなかったので、キャスティのようにこんなに完璧な処置ではなかったが、それも含めて忘れられない思い出だ。
「やはりそなたは優秀な薬師だな」
キャスティの手際を見ながら、零れるように口にしていた。馴れた手付きと素早い判断力や行動力、彼女は薬師に必要なものを持っているように思う。
「……ありがとう」
しかし、その賛辞を聞いてキャスティは躊躇いがちに微笑んだ。触れたら消えてしまいそうな淡い笑みだった。
まただ。宿場でも彼女は少しの言葉と控えめな態度で、この話を続けることを拒んでいる。
噂になっているんだ、お前らの悪行は。そう言っていた男の顔が閃く。当初は完全に人違いだと考えていたが、彼女はこのことを否定しない。……当然だが肯定もしていない。
賊退治に着いていくと断固として言った果敢な彼女と、こうして身を引くだけの彼女を同一人物と認めるのは、些か疑問だった。
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