ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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 ブレイズ10.5周年おめでとう!!

 本当は10.1周年くらいの時にあげる予定だったのに気付けばもうこんなに世の中の時間が経ってたよ!


 Aルート後のジェノンとメデューテのお話です。カップリングではありません。
 もちろんゲーム本編では一切語られていないのですさまじく妄想が炸裂しています。

 前日譚から読んでいただけると、より楽しめるかと思います。


【ブレイズ・ユニオン】残響の行方【小説】


 それではどうぞ。

>20'11'30 加筆修正&拍手コメント返信




未知の行方

 凝り切った足で地面を踏む。砂利を踏む感触を確かめながら、荷物も引き込んで地面に下ろした。さっきまで揺れる牛車の荷に座り込んでいたため、身体の節々が緊張して少し痛む。固まった筋肉を伸ばすようにメデューテは大きく背伸びをした。
 空に浮かんだ太陽が、自分たちが目指している方角の山にほとんど沈み切った頃に、メデューテ達は今日の目的地の街に辿り着いた。巨大な河口を挟み東西にわかれる漁業が盛んな街で、ここで捕れた魚は様々な国に流れて食されていると聞く。実際、草木の青臭さと共に、香ばしく焼いた魚の匂いが漂っており、自然と意識が空っぽな胃へと向かってしまう。
「ここまでありがとう、小父さん」
「良いってことよ、あんちゃん、ちゃーんと彼女を守ってやれよー」
「はは、もちろん。ほら、僕って腕も立つし顔も良い男だから心配しないでよ」
 隣に立っている相変わらず軽薄な旅のお供が、送り届けてくれた牛車の持ち主に人の好い笑顔で会話をしていた。愛想悪くするわけではないが彼が応対しているから良いかと自分は会話から意識を外し、対岸に点在する光に目を向けた。建物はそこそこの数があるが、大半は既に明かりが無い。朝の早いこの街は夜も早く訪れる。
 その景色を眺めながら、メデューテは肺にめいいっぱい空気を入れて、ゆっくりと吐き出す。
 明日、この河を渡れば、メデューテの故郷にまた近づく。
 メデューテ自身はしがらみだらけの故郷になど戻る気はさらさら無かったが、この三年、共に過ごしたジェノンが旅に一区切りつけるためにと申し出てきたのだった。元々彼との縁は過去の戦で共に戦い、そして共に旅立たなければいけないという事情があったということに他ならない。お互いが根無し草の状態で、大きな当ての無い生活をなんとなく続けていた。
 いや、当ての無い、というのは少し語弊があるかもしれない。少なくともジェノンにとっては。彼には気持ちの整理が必要で、その期間がこの三年だったのだ。
 それも終えて、彼は歩き出そうとしている。それを応援してやらないといけないと思ったメデューテは、彼の提案を飲まないわけにはいかなかった。このままではお互い何も生み出さない、それはメデューテにもよく解っていた。
 牛車が舗装された道を少々やかましい音で通り過ぎるのを見送りながら、ジェノンは足元に置いた背負袋を肩にかける。
「……で、ここ? メデューテの知り合いがいるっていう宿」
 顎で軽く目前の建物を指し示して訪ねてくる。メデューテは建物に掲げられた看板を見上げた。ここ数年は旅をしていたので全く連絡を取っていなかったが、手紙で散々泊まりに来いと書かれていたその店と同じ名前。知り合いが好きな人が出来たと色んな人の反対を押しのけて里から飛び出て、切り盛りを始めたのだというその店は、そう極めて特徴の無い宿場だった。しかし、扉の前に置かれた植物は丁寧に管理されて控えめな小ぶりの白い花を咲かせていたり、テラスに置かれている小さなテーブルでは熟年の夫婦がワイングラスを片手に談笑をしていたりと、何処となく温かみがあった。
「そう、もう何年も会ってはいないけど、良くしてくれた人なの」
「見た目は質素だけど……こういう宿のが当たりが多いんだよね」
「まあ……いつぞやのビーチ近くの宿は派手で気が狂いそうだったしな」
 一年位前の苦い思い出を掘り起こすと、ジェノンも「あーなんか生命力持っていかれたよねあれ」と苦虫を噛み潰したような顔で応える。
 テラスで談笑する老夫婦の傍を通り過ぎ特に飾り気の無い扉を引くと、金属音の擦れる不気味な音が響いて、それからほんの少し甘い香りがした。メデューテはこの匂いに既視感があった。多くの花の咲く時期、が終わった頃に咲く白い大輪の花。その香りに誘われるように足を踏み入れる。
 建物の中も、外と基本的にイメージは変わらない。レンガの壁には小さな受付所を控えめに照らす燭台が設置されて、訪れた者をほっと安心させていた。
 しかし耳に辿り着いた情報は少し多かった。その方向を見やると、少し大きな部屋の中にぎゅうぎゅうと大勢の人間が少し下品な笑いを交えて歓談していた。酒場のようだ、というのは考えずともすぐに理解できた。
「へえ、良い所だね」
 と宿への真っ当な感想の後に「あ、美人さん」と磁石のように引かれて受付までそそくさと歩いて行こうとするジェノンの後を呆れ半分に追いかける。
「ようこそ、二名様ですか?」
 こちらの姿を見るなり引き出しからペンを出す女性の姿があった。深紅のリップが塗られた唇が褐色の肌の上に乗っている。
 同じ色の肌を持つメデューテはそんな彼女の視線を受け止めて笑うと、椅子をこかさんばかりの勢いで立ち上がり、震える声で呟いたのだった。
「え、うそ、もしかしてメデューテ?」
「久しぶり、セカナ姉さん」
 メデューテが控えめに手を振ると、セカナはカウンターから身を乗り出してこちらの手を両手で強く握る。その手は自分の知っているよく自分を引っ張ってくれた綺麗な手で、でも当時と違って綺麗に伸ばしていた爪は短く切られていて、少しだけがさついていた。きっと彼女が忙しくしているからだろうというのが解った。
「あんた、突然しばらく手紙出せないって一方的に送り付けてからどれだけ経ったと……!」
「さあ、三年くらいだと思うけど」
 その間に、自分は彼女と一切連絡を取らなかったのだから、彼女のこの反応も当然のことかもしれない。
 そんな複雑な心情をよそに、「こんばんは」とジェノンが微笑みながら会釈をする。「お仕事ご苦労様です。僕はメデューテさんと旅をしているジェノンという者でして後で――」
「はいはい、そういうのいいから」
 若干強引に入ってきた男をさっさと背後に押し出す。女性を見るとすぐこんな色目を使い出すせいで、何度トラブルに巻き込まれたかは判らない。頭を勝ち割って軽薄な部分だけを抜き出してやりたいと何度思ったことか。
「まさかあんた……結婚の報告?」
「はい?」
 やり取りを見ていたセカナが、隣に並ぶ細身の男に視線をちらちらと向けながら、何やら浮わついた声でどうしましょどうしましょとか言っている。
「違うから。ただの旅の仲間。ただ泊まりに来ただけ。どうもしないから」
「えー何よ、照れなくてもいいのに」
「照れてない。本当」
 冷めた声で返事をし続けると、セカナはつまらなさそうに肩を竦めた。実際口を尖らせて「つまんないのー」と零しながら、彼女はテーブルの上で宿に泊まるための処理を手慣れた手付きで進めていく。
「あ、部屋一つしかないけど、良い?」
「布団が別なら何でも良いわ」
 ふーん、と意味深な溜め息を吐きながら、セカナが記帳する。まだ微妙に勘違いをされているみたいだが、もう三年も一緒に旅をしているとこういう反応に慣れっこなので無視しておく。傍から見ると確かに自分たちは歳の近い男女二人連れということもあって、そういう関係に見られがちではあるがジェノンもメデューテも全くそういう関係を築こうと思ったことは無い。たまたま性別が違うだけであって、同じ性別だとしても態度は変わらないだろう。その感覚を他人に歪と見られることはあるかもしれないが、自分達は絶対にそういう関係にはならないことを、メデューテは強く断言できる。
 セカナは後ろの棚から何かを出そうとしてして、何かに気付いたようにこっちに振りむいて話しかけてきた。
「そういえば夕飯は?」
「あー」横にいるジェノンに向くと、彼は首を横に振るだけ。「まだ決めてないけど」
「なら丁度良いわ。そこの酒場で食べていってよ。こっちにもお金入るからさ」
「なるほど、繁盛してるのね」
「そそ、セカナ姉さんのお得意の料理を作る弟子たちが美味しい料理を出してくれるわよ」
「姉さんの味か、久々だな」里にいた頃、よくご飯を作ってもらったのを思い出して、また空っぽな胃が主張を始める。隣に立っているジェノンを見上げると、彼も「良いんじゃないかな?」と特に思考している様子も無く返答した。それを見て、セカナに向き直りながら頷いた。
「じゃあ僕は先に席取ってくるよ」金銭といった最低限の持ち物だけを懐に詰め込みながら、食堂の方へと歩き出した。「少しくらい、積もる話もあるでしょ?」
「え、……もう、アイツ勝手に」
 と既にその背中は遠くなり始めている。彼の身勝手な行動に呆れつつも、ほんの少しだけでも彼女との時間を貰えたことは素直に嬉しかった。
「あら、良い男じゃないの。やっぱり付き合ってるでしょ」
「そんなんじゃないって」
 心底迷惑そうに答えると、流石に昔馴染みもジェノンへの興味も薄らげてくれた。後ろの棚から鍵を出し、こちらへ放り投げてくる。危なげなくキャッチしている間に、セカナは手元の宿帳に勝手にメデューテの名前を書きながら(勝手に宿の人間が書いていいのか疑問だが)、
「でも、メデューテも腰を据えてくれると、私としても気が楽なんだけどね」
 と穏やかな口ぶりでそんなことを言う。その声は昔から知っている世話好きのお姉さんのお節介というやつで、その気持ちが有難いものであると同時に、気恥ずかしいような複雑な気持ちになり、つい口を尖らせて反論してしまう。
「なんで姉さんに心配されなきゃいけないのよ」
「うーん、理由は二つある」
「二つ? なんで」
 反射的に聞き返すメデューテの、文字通り目の前に羽ペンをびしっと向けてきた。
「私が子供を産んだ時に無条件でお友達が出来るでしょ」
「ちょ、何言ってるの。馬鹿なことを……」
 呆れて言葉を失っていると、セカナも特にこの話を深堀りする気はないらしく、すぐに羽ペンは引き下がって彼女の手元で文字を連ねて……宿泊客の出身地を記載する所でぴたりと止まった。
「それと、もう一つは里のこと。あんた、里を出てからもずっと気にしてるだろうから。家庭を持ったら、そんなことよりも守りたいものがいっぱい出来るわ」
 お互いに、あの縛ってきてばかりの古い考えには嫌気が差して飛び出してきた身だ。メデューテは縛ってきた宿命も血も全てを投げ出して一人で生き抜くために、セカナは自分の中に芽生えたただ一つの感情に素直になるために。
「……そうね、気にしないと言えば嘘になる。勝手に出た身ではあるけれど」
 セカナは、今から自分が里へ戻ることを知らない。いや、そもそもジェノンには里に送ると言われているが、メデューテ自身も気乗りではない。直前で結局引き返してしまうかもしれないということも否定はできない。
「気持ちだけ貰っておく、姉さん」
そんな曖昧な気持ちでこんな話をするのは自分には少し苦痛だ。なんとなく気持ちが落ち着かなくて、手元の荷物から金銭を懐に仕舞い込む。会話が止まって、ほんの少し居座りづらい空気が流れたが、隣の酒場から聞こえてくる雑言罵倒がこの空間にも流れてくる事にほんの少し救われた気持ちになった。
 セカナも言うだけ言って満足したのか、また手元へと視線を落とした。
「で、彼の名前はジェノン、と……えっと、何処出身?」
「ブロンキア」
「ブロンキア? それって」
 セカナが一瞬閉口した。この反応も、言う前から察してはいた。
 彼女との手紙のやり取りは最近途絶えてたものの、ブロンキアにいた頃は腰を据えているのもあって連絡を取っていた。しかし、その手紙にはブロンキアの住所でも無ければ、印もついていない。方伯の元にいた頃は、彼に封を開けたまま渡し中身を見せるという条件付きではあったが、外国から出すように手配していたのだ。
 ブロンキア。魔竜ブロンガの血によって栄えた国の名前……メデューテ達の里では忌み地と言われていたような国だ。そんな所から連絡したらいくら相手がセカナでも何を言われるか判らない。
「じゃああたし、アイツ待たせてるから」
 彼女が何かを言おうとしたが、メデューテは振り返らなかった。ジェノンが置いていった荷物も纏めて抱えて奥の階段を上った。部屋も番号が間違ってない事だけ確認して中はあまりしっかり見ずに荷物を投げ入れ鍵をかけ、ジェノンが去っていった酒場へと駆け足で向かう。戻った頃には忙しない時間だからかセカナはロビーにはおらず、代わりに人を呼ぶためのハンドベルが我が物顔で鎮座していた。
 喧噪の元へと引き付けられるようにメデューテは酒場へと足を踏み入れる。宿の受付が壁色からして明るかった分、目が暗がりに慣れるのに時間がかかった。そのうち目を凝らさずとも見えるようになった頃、両手にジョッキを持った店員が目の前を横切って行った。
 確かにほとんどのテーブルが埋まっており、先駆けて席に着いていたジェノンは店の一番奥、カウンターから最も離れた席に腰を下ろしていた。その席は店の中でも特に照度が低く、吊られた電球が切れかけているのか微妙に明滅していた。
 中央の漁師の騒ぎを横目で見ながら飲食物を注文する。明日朝早くに発つことを考えて、軽めの酒を二人で注文した。
「それにしてもメデューテが誰かの事を『姉さん』なんて呼ぶの、なんか新鮮だったよ」女性の定員が去っていく後ろ姿を眺めながら、少し揶揄を含めた一言でジェノンがそう話を切り出す。「なんというか、普段お姉さんしている人がふっと幼く見えるの、なんかそそられるね」
「そりゃあたしだって幼い頃くらいあるさ。産まれた時から大人じゃない」
「誰だって赤ん坊の時はあるのはね、解っていても中々想像できないから」
 と、悪気しかない笑みでそんなことを言い出すので、
「からかうのも大概にしないと、そこの姉さんの旦那さん呼びつけて一発やってもらってもいいのよ? あたしも知ってる人だから、喜んで手を出しまくる失礼な男を撃退してくれる」
「え、この場にいるの? というか、人妻?」
「あの騒ぎの中心」
 首を少し逸らし、その人物を指し示す。屈強な男達が派手に騒いでいる中でも、一際体格の目立つ男が中心でジョッキから酒を煽っている。
「あー……」短い溜め息の後、「これは……奥さんにも手を出さない方が良いね。岩に括りつけられた挙句、河にでも流されそうだ」
「沈められたら墓くらいは建ててやるぞ?」
「その時はメデューテのところに化けて出ようかな」
 ジェノンは肘をついて片頬を乗せながら目を細めて冗談交じりに相好を崩した。
「あたしの所に化けて出るってことは斬られる覚悟が出来てるってことだな?」
「え、戦う事前提なの? 長年のよしみっていうのは一切ないわけ?」
「どちらかというと普段の鬱憤を晴らす機会かなって思ってさ」
「待って待って。まず話し合いからとかでなく?」
「話し合ったって、ジェノンの女を口説く癖は抜けないだろ」
「まあ、それが僕が僕である由縁だから」
「なんだそりゃ……」
 何やかやと話をしている内に、店員が飲み物と肴を持ってきてテーブルの上に乗せた。
「……乾杯」
 手元にグラスを引きながら、軽くグラスをぶつけ合う。
「うん、美味しい」
 柑橘系の香りが舌をほんのりと刺激した後に素直に喉元を通り、旅で疲れた身体の節々に響いていく。今まで飲んだ酒の中でも随分と落ち着いた味だ。
「このドゼウのグラッセ、すごく美味しいね。お酒が進むよ」
 メデューテが酒を堪能している間に、一緒に頼んでいた肴をつまみ、ジェノンが歓声を上げる。自分も、と取り分けようと手を伸ばす前にジェノンが小皿に移して渡してきた。フォークで一口サイズに切って口に運ぶと、バターの甘い香りとぱさぱさとした薄い味のドゼウが程よく絡んで口の中に広がる。その甘さが絶妙に喉の渇きを促し、爽やかなお酒で喉を潤したくなる。
「あ、お姉さん! これ、もう一杯」
 早々にグラスを空けてしまったジェノンが店員を早速呼んでいる。朝早いのに知らないぞと睨んでいたが、
「メデューテは?」
「じゃあ、トマトのチーズ焼きを一つ」
 と便乗してメデューテもつまみになりそうなものを頼む。さっぱりしたお酒と甘いつまみはきっと口の中で共存してくれるだろう。その味を想像しながら酒をちまちまと飲んでいると、周囲の喧騒が程良く脳を刺激する。とある鍛冶屋が粗悪な品を押し付けてきたから鎧がすぐ壊れただの、子供が自分が楽しみに取っておいた最後の肉の一かけらを父親が食してしまい避難している声だの、それから、
「――しかしどうするよお頭。一つでかい取引先、潰れちまいやしたが」
「おい、酒の席でんな辛気くせぇこと言うなよ。まあ、ブロンキアは国相手ででかいところではあったが……無くなっちまってもファンタジニアが行政から何から引き継ぐっつってるから、損させねーようにはしてくれるとは思うけどよ」
 ……ブロンキア? メデューテが新しくドゼウを切り分けて手元の皿に乗せようとしていた手が止まった。
 今、なんて。
 ブロンキアが、無くなった?
 一瞬目の前が暗くなる……それは比喩でもなく、ジェノンが突然席を立ち、男達の集まりに向かって歩き出して、彼の影が自分に一瞬落ちたからだった。そして、メデューテが止める間も無く遠ざかっていく。呆然として動けなかったが、視線だけはジェノンを追いかけていて、彼は「あの、」と人だかりに向かって何の躊躇もなく声をかけていた。
「ブロンキアが無くなったって、本当ですか?」
 自分が知る中でもあまりにも平常な彼の声は、この騒がしい空間でもメデューテの耳にしっかりと届いた。突然の見知らぬ来訪者に、中心で騒ぎ立てていた彼らは一瞬しんと静まり返った。
「なんだお前?」
「今日この宿に泊まらせてもらう者ですよ」訝しげに睨む男の視線を、ジェノンは相変わらずの人の好い笑顔で受け止める。屈強な男と細身の男と、体格はあまりにも異なるが、特にその差に臆した風もなくジェノンは再度問うた。「ブロンキアが無くなったって――」
「言葉の通りだぜ」ジェノンが改めて言い切る前に、ジェノンが訊いた人物とは別の、それでもジェノンよりは肩幅も身長もやはり一回り大きい男が横から割って入ってきて自慢げに答えた。「隣国のファンタジニアがブロンキアと戦争してファンタジニアが勝ったんだとよ。最後は皇帝さんと女王さんが戦って首を討ち取ったとか」
「え? 俺は皇帝が降伏したとか聞いたけど」
 そうまた別の男が口を挟むと、自慢げに話していた男が口を尖らせる。「馬鹿言え、あの皇帝が降伏なんて生易しい事するわけねーだろ」
「そうだぜ、皇帝は弓に射抜かれたとか」
「首すぱってされて掲げられたんじゃなかったか?」
「俺は誰にも死ぬところを見られないように崖から落ちたとか聞いたけど」
「暗殺されたんじゃないのか? 城と一緒に火炙りにされたから死体は出てないってよ」
 と方々から好き勝手にぎゃあぎゃあと言葉が飛び交って「おい、てめえらうるせーぞ!」と中央の男が一喝する。一瞬にして男の仲間と、唐突な一声に驚いたそれ以外の客すらも黙りきって不気味な静けさが訪れた。
「と、まあ俺達も情報を完全に持っているわけじゃあないんだが」
「あ、いえ、ありがとうございます。すいません、お話中のところ割り込んで」
 その声もやっぱり自分が知る限り、いつもの彼のトーンだった。たとえ今の会話の内容が食事のことだって、明日の天気のことだって、彼は同じような口調で話しているのだろう。それくらい、いつもと変わらない。
 ジェノンと男との間に流れる穏やかな空気に、取り巻きはともかく他の客は何事も無かったかのように話を再開させ、また少しずつざわざわと酒場に賑やかさが戻っていく。
「良いってことよ、イケメンな兄ちゃんに声掛けられてこっちだってガラにもなく緊張しちまったぜ」
「そんなぁ、イケメンだなんて。毎日旅費に困ってるしがない旅人を持ち上げても、何も出ませんよ」
 と再度会釈をしながら青年がメデューテの元へ戻ってきた。その顔は特に普段と変わりない。席に座るその所作にも乱暴さは微塵も無かった。
 何も触れない方が良い、訳が無い。
 彼はその帝国で生まれ育ち、そして皇帝と幼馴染で、しかしその皇帝から半ば逃げてきた身なのだから。
「……ジェノン」
「やだな、メデューテ。怖い顔して」
 彼は出会った時と全く変わらない少し幼い顔で苦笑して、既に空になっていた酒のグラスを爪で軽く弾いた。
「むしろ、メデューテがそういう顔をしてくれてるおかげで、気が楽だよ」
 その話は、店員がジェノンの新しい酒とトマトのチーズ焼きを持ってきたことで、流れるように中断されてしまった。
 もしかしたら、あの時セカナが続けようとした言葉は、ブロンキアへの非難ではなくてこの事だったのかもしれない。
 ブロンキアが、無くなった。
 自分の奥底の泥水に沈めていた何かがもぞもぞとせり上がってきて不快感がした。

+++++

 空一面に、数えきれないほどの星が光り輝いている。ほんの少し先に流れる河の流れは穏やかなで、強い風に煽られて澄明な水面を揺らしながらも、空の無数の光を受け止めていた。
 聞くところによると、ここは芸術家が良く腰を掛けて絵画を描きに来る場所でもあるらしい。あの河の中に入ったら、何処かお伽の国に繋がっていると言われたら、確かに幼い頃の自分は信じるかもしれない。清閑なこの景色は、ほんの一時でも戦いの日々を忘れそうになる力があった。
 窓枠に置いていた手を離し、そう広くも無いバルコニーを数歩進む。一切結っていない髪が煽られる。
 強い風を受けながら、ジェノンはバルコニーの笠木に手を置いて立っていた。背中に部屋の煌々とした明かりを受けて、目の前を流れる河よりも深い、紺青色の短く丁寧に切り揃えられた髪が彼の表情を隠してしまっている。髪と同じ色の瞳は目の前の大河を見ようともせず、手元に視線を落としていた。
 一人分の隙間を開けてジェノンの隣に立ち、柵に背中を預ける。彼に語り掛ける事も、彼が語り掛けてくることも無く、ただ風の音が痛いくらいに空間を支配していた。虫の声と葉の擦れる音、そして大河の流れる音だけがこの空間の時の流れを認知させる道具となっている。
 静かだ。
 慌ただしかったあの頃と比べれば、今はそう感じる時も増えてきた。もちろん毎日路銀を貯めてのその日暮らしに身を置いているだけあって特段に暇でもないのだが、ふとこうして空いた時間が生まれてしまう。
 自由であることは心身に余裕が生まれていることである。しかし、衣食の心配をしなくて良いのは何も良い事ばかりでは無い。無聊な時間は余計な事まで思考を回してしまう。
 ブロンキア、ガーロット、ヴェルマン、シスキア、竜の血、そして故郷の事――
 先に口を開いたのはジェノンの方だった。
「未だに鮮明に覚えてるよ」姿勢を変えずに、俯きながら彼は淡々と言った。「あの日、ガルカーサがメデューテに武器を突きつけた姿を」
 ……自分も、よく覚えている。決死の覚悟で一緒に戦ってきた者達に斧を振るった。しかし他の者をなぎ倒す力があっても、ガルカーサの類まれなる戦闘の才には歯が立たなかった。共に訓練して彼の癖も弱さも知っていたはずなのに、その一切が通用しなかった。
 戦いで動けなくなった自分の目の前に振り上げられた巨大な得物の影を。その間に立ち仁王立ちした彼の姿を。新たなる国の長に対し、最後のお願いだと、頭を下げた彼の姿を。まだ、鮮明に思い出せる。
「本当に、強かった。ガルカーサは正に一国の王にふさわしい強さを持っていた。でも……彼は多くのものを失う戦い方をしていた」笠木に置かれた手に力が入っているのか、横目で見た彼の腕に青い血管が浮き出る。「解っていたんだ。いつか、彼を止める者が現れると。単純に、それは僕らには無理だったっていうだけで」
 そこまで話して、彼は一度口を噤んだ。気まずげに風がほんの少しだけ止んで、刹那だけ時が止まったのかと錯覚してしまった。
 しかし、下から子供が父を急いて呼ぶ声が聞こえて意識が戻された。子供の勢いに困った様子で父は苦笑しながら子供の後を追いかけていく。父子がきゃっきゃと騒ぎながら遠ざかっていくまでの間ジェノンは一言も喋ることはなく、また、彼の横顔は、その親子よりも更に遠くを見ているような気がした。
 二つの影が道を曲がって建物に遮られて見えなくなったところで、またジェノンが口を開いた。
「メデューテは故郷が嫌で、縛られるのが嫌で飛び出したって言ってたよね。それは僕も同じなんだ。一応これでも僕は中流階級の家の一人息子でさ、そこそこ英才教育させられて将来も約束されてたんだよね。まぁ、品が滲み出ていたから気付いていたかもしれないけど」
 ジェノンは片足をぶらぶらとさせながらいつも通りの軽い口調で言うその言葉には、確かにとっくに気付いてはいた。ヴェルマン方伯の元で彼らと共に過ごしていた時、方伯に並んでジェノンも貴族社会や地理に精通していた。たまにわざと粗暴に振る舞ったりはしていたが、幼い頃から所作というものはそうそう抜けるものではない。本人がその事について何も触れなかった、だからこちらも同様に何も言わなかっただけだ。そもそも自分だって、あまり詮索はされたくない身なのだから。
「でも父親殿がそこそこ悪いことしてるのに気付いて、自分の中に積みあがってた人を導いていく人っていうものの概念がばらばらと崩れて。面倒になっちゃったわけ、自分が今までやってた事が。そんな頃に会ったんだ――」
 語る彼の表情は相変わらず見えない。背後から部屋から漏れる光を受け、彼の顔に影を落としている。
「もう生きてるのは僕だけか」
 ジェノンの静かな呟きは自分の耳にだけ届き、そして空気に溶けて霧散していく。メデューテにはその背中がいつもより小さく見えた。ふと目を離したら消えてしまいそうな、そんな錯覚に陥ってしまい、躊躇いがちにその背中に、横顔に語りかける。
「なぁ、ジェノン。本当に、良いのか? その……この旅を、このまま……」
 終わらせてしまっていいのか。
 厚かましい事だとは思っている。自分は彼の幼馴染達の代わりには決してなれないし、自分自身もそういう関係を築いていきたいわけでもない。ただ、あの時の痛みを知った仲間だから。だから、何か出来なくても、少なくとも何もないよりはよほど良いのでは無いかと、そう思わずにはいられない。
 それでも明確に判断しかねて言葉を濁している間に、ジェノンはこちらに振り向いた。紺青色の瞳は部屋の光を反射させて静かに輝いている。正に目の前の穏やかな河と同じように。何処か吸い込まれそうになるほどに、その瞳は澄んでいた。
「僕はさ、メデューテ。死にたいと思ったことは一度も無いんだ。家にいた時も、グラム・ブレイズにいた時も……シスキアが死んだ時も、もちろん、今、この時もね」
 自分と同じように柵に体重を預けて、それから無数の星が煌めく空に手を伸ばした。
「死んだら理想は語れない……そう言ったのはメデューテだろう?」
「そうだな……そう、言ったな」
 彼らと出会った日。とある傭兵団と交戦している彼らを見て、当時の自分は発破をかけた。ガーロットが理想のためになら死んでも良いと言っていたのを見て、なんて幼稚なのだろうとも思ったものだった。
「今の気ままな旅暮らしは楽しい、自由だ。でも何も……理想も何もない、自分の心も動かないし、誰の心も動かせない。それも確かなんだ」
 焦燥を少し滲ませ、彼は絞り出すように言葉を落とした。
 彼の言う事は、メデューテにもよく理解できる。自分も旅に出て長い。家柄を否定して故郷を発って、それからずっとメデューテ自身やりたいように動いてきた。でも、それは今のところただの自己満足が手元にあるだけだ。
「どうなっているか判らないけど」そう切り出したジェノンの声は先程よりもほんの少し明るい。「一度家に戻ってみようかと思う」
「ちょ、ちょっと待って。敗戦国の中流階級の家なんて、おめおめと戻ったら……!」
「大丈夫、戻ると言っても別にあの家の息子として戻るわけじゃない。僕も一度ケジメをつけて、それから国のこれからを考えようかなと思って。敗戦国だからって国民全員が悪いわけじゃないだろ?」
 声を荒らげると、対照的にあくまでも穏やかにジェノンは続けた。
「僕はガルカーサとは違う道で、理不尽を無くしていきたい。父さんのようなただ権力のある人間が、賊のようなただ武力のある人間が、力を振りかざして蹂躙する世界は間違ってる。それを否定する事なんて、そんなの、死んだって出来やしない、今のままじゃ何も成し得ないじゃないか」
 空に突き出した拳を強く握り、ジェノンは静かに、しかし端然と立っていた。
「それが……ガルカーサじゃない――ガーロットが……シスキアが望んだことだから」
「その、枷に思ってるわけじゃないんだよな?」
「……そう、だね。枷かもしれない。死んだ人は強いから。もしガルカーサがいなかったら、シスキアの死を言い訳に何かを力任せにしたのは僕だったかも」
 気まずげにジェノンは言葉のトーンを下げる。
「でも、彼を見て思ったよ。死んだ人を盾にするのって生きてる人間の勝手な言い訳なんだよね。屁理屈ってやつだよ」
 突然ジェノンが露わになった手の平で笠木をばんと叩いた。寄りかかっていたメデューテは背中から伝わる振動に「いたっ」と思わず抗議の声をあげるとジェノンが「あ、ごめん」と軽い調子で謝った。真剣な話をしていたはずなのに微妙に緊張感が少し抜けた。
「屁理屈か……」
 ガルカーサが革命を起こし、前皇帝の圧政は終わりを告げた。国民から見ればガルカーサはその立役者であるが、事情を知る自分達には国を巻き込んで当時のガーロット達の思想を捻じ曲げているだけに過ぎないのも確かだ。
 今、ジェノンが口にした、死を言い訳にしているということを、メデューテは当時ガルカーサに投げかけ、そして彼は否定した。
 ガルカーサがどこかで自分の屁理屈を棄てて、今のジェノンと同じような意見を持てたのだとしたら、結末はまた変わったのだろうか。
「屁理屈……なんて言われると、人の生き死にが関わっているはずなのに、酷く単純な事のように思えてしまうな」
「実際単純なんだよ。自分が見つけた答えのために邪魔者を排除しているだけ、そんなのただの本能で動く動物と一緒なんだから」
 その人生を狂わされた邪魔者の一人である彼は、そう軽い口調で言った。首を手に当てて捻りながら、大きく息を吐く。
「でも、逆に理性に縛られて何も行動しないで答えを先延ばしにしているのも、甘えだよね」
 夕飯の時、話を聞いて子供っぽく笑った顔と少し違う、大人の笑顔だった。自分の中の何かをほんの少し我慢して出る笑顔は、あの頃から何度も見ている。でも、当時の彼のその笑顔は逃げだった。関係を崩したくない、現状維持のための笑顔だった。
 しかし、今の笑顔の意味するところは、前進だろう。
 確実に自分達は変わっている。それが良いことかは解らない。ただ、決して悪い方向へは行っていないのだと、そう思いたい。
 ジェノンは大きく背伸びをした。いつも長剣を振るっている細腕を力いっぱいに天に伸ばし、息を大きく吸う。
 メデューテもそれに倣って、首を後ろへと持っていくと、強めの風が髪の毛を巻き上げて視界半分くらいを埋め尽くしていく。
 それから一つ深呼吸。身体の中に溜まった濁った空気と、長年溜まった想いも広々とした空の下から流れていくように感じる。
「ちょっと、危ないって」
 焦った声でジェノンが呼びかけてくる。傍から見るとバルコニーを頭から墜落していく人間にしか見えなかったろう。「大丈夫だって、あたしが落ちるわけないだろ」冗談めかして言うと、笠木からほんの少し人為的な振動が伝わってきた。体勢を立て直すと隣に立ったジェノンの手から震えが伝わっているのが判った。身体がこちらに振りむいていて、数歩先の部屋の明かりが横顔に刺さって端正な顔の半分に影を落としていた。
 彼の喉仏が大きく上下して、そこでようやく、メデューテの脳内に閃いた景色があった。
 今のは、自分が不用心過ぎた。
「ごめん」
 メデューテが謝って、初めて自分の顔が強張っているのを自覚したのか、笠木にかけていない方の掌の上を顔に当てて隠すようにして、くしゃりと笑った。
「いや……あはは、駄目だな。せっかく前向きな話してたはずなんだけど」
「解っていても、気持ちが追い付かないことはある。今のはあたしが軽率だったよ」
「ありがとう、そういう気遣いも僕にはすごく有難いというか、でも同時に情けないというか……」
 そこまで言ってジェノンの言葉が急に減速した。かと思うと、手で髪の毛を掻き上げて「あー」とか全く意味の成していない盛大な溜め息を吐いて、それから両手でばちんと両頬を叩き出した。百面相の極め付けに、
「ま、そんなわけでいつまでもお姉さんに甘えてられないかなってさ」
 さっき引っ叩いたせいで頬が少し赤いが、今まで様々な女性に放ってきては誰も落とせていないウィンクを飛ばしてきた。しかも挙句少し思案してから何故か、
「いや、お母さんかな?」
「そんな歳じゃないわよ」
 反射的にメデューテは言葉を切り返すと、ジェノンは白い歯を見せる幼い顔で笑った。メデューテからしてみれば下手にかっこつけるよりかは余程良い顔をしているし、母性本能をくすぐるんじゃないかと思うが、本人には言ったことはない。
 甘え、か。先程のジェノンの言葉を脳内で反芻する。それならば、自分も彼に甘えていたかもしれない。彼が答えを出すまで共にいようと、そう思ったがそれはまた同時に、自分の中の答えを先延ばしにしていることと同義であったのだ。
 メデューテもまた、大きく息を吐いて、吸う。
「ジェノン……ちゃんとこの旅、最後までエスコートして。あなただけじゃない、あたしも……意味のあることだから」
「……うん」
 遠くの木々を揺らす風が二人の間にも穏やかに流れ、少しの無言の時の間を補っていった。
 こんな穏やかな日が続けば良いと、ほんの少し思ったことはあった。
 でも、今は。

+++++

 また、白い夢を見た。
 白い椅子と白い机、その上には何も書かれていない真っ白な本がある。白く狭い部屋にあるのはそれだけ。
 自分はその部屋の何処にもいなかった。部屋を遠くから見ている。そうして初めて気付いた。その部屋の外は非常に鮮やかで、何万、何億の刺激が網膜に飛び込んでくる。
 無限の色を持つ景色を見渡しながら地面を踏みしめる。硬くて何も感触のしなかった床は、いつの間にか緑溢れる柔らかな土になっている。青々と茂る木々は幾重にも枝を伸び連ねてその隙間から細切れになった陽光が控えめに自分を照らしていた。
 気付けば右手には筆が握られている。左手には木を削って作られたパレットを握っていた。パレットの上には虹を彷彿とさせる無限とも思える階調の絵の具が乗せられていた。
 右手の筆を、ジェノンは強く握りしめた。

+++++

 ハーブが香る温まったコーンスープを掬って口に運びながら、窓の外に視線をやった。まだ夜明けとも言える時間で、空は吸い込まれそうな黒い夜の空から、薄い白藍に染まり始めているところだった。
 朝が早いせいか、この場に人は自分しかいなかった。朝食も準備中のところを一人分作ってもらったのだ。
 昨晩、飲食をした酒場であるが、同時にこの宿の食堂として朝も機能しているらしい。昨晩の賑やかに人がごった返していた場所とは打って変わって、全く別の景色に見える。
 必要以上に早起きをしたし、食後は買っておいた癖に荷物の奥に詰め込まれたままの本でも読もうかなと考えながら見回しているうちに、とある物が目についた。
 席を立ち、物が置かれた棚まで歩み寄り、棚に乱雑に置かれた紙の束を引っ張り出して、食事をしていたテーブルまで持っていく。
 ほんのりとバターの香るパンを齧りながら、その紙に書かれた内容を読み漁る。ほとんどがここらの地元に関係のある話で、今年はこの魚が美味いだの、あの八百屋の犬に赤ちゃんが生まれただの、近くの村の村長の娘が離婚しただの、そんな無節操極まりない話を掻き分けて、かろうじてそのページを見付けた。その日付を瞳に焼き付ける。……それは、十日前のことだった。
 本当は、嘘だったらと心の片隅で考えたりもした。だがこうして活字にされると、ほんの少し、心の奥がぽっかり空いたような虚無感を感じてしまう。
 昨夜、メデューテに溜まっていた気持ちを吐き出したからか、このページに書かれた事を自分が思っていた以上に沈着に向かい合う事が出来た。ぱたりと閉じて、また特に面白みも無いローカルな話題の活字や絵を斜め読みしながらコーンスープを啜った。
 そんなジェノンの正面に、朝食の乗ったトレイを置いて腰を掛ける人物がいた。後頭部で銀色の髪をお団子にして髪留めでまとめあげている。褐色の肌とは対照的な、クリーム色のチュニックを着ていて、普段の鎧姿と比べてだいぶとラフな格好だ。
「おはよう、ジュノン君」
 というのが第一声だった。懐かしいようなちょっと腹立たしいような、苦い思い出が脳裏を過ぎる。思わず脱力して肘に引っ掛けてスープをひっくり返すところだった。
「久々に聞いたよその呼び方」
 慌てて口周りのスープを手拭いで拭きながら、口を尖らせて抗議する。目の前に腰を落とした彼女は仏頂面で、
「昨日おばさんとか言ってきたからその仕返し」
「いや言ってないって……お母さんだよお母さん」
「女からしてみれば一緒」
「えー……男からしてみたら結構、っていうか全然違う感覚なんだけど」
 フォローを入れても聞く耳持たずでメデューテは澄ました顔でいた。
 しかし彼女はスープを一口飲んだところで、その気まずい沈黙を彼女自身が壊し、突然肩を震わせて笑いを漏らす。
「突然どうしたの……」
 奇異な目で見つめると、メデューテは少しの笑みを残しながら、「いや、」と大きく息を吸う。手元の木苺のジャムをパンに塗りながら独白するように口を開いた。
「あたしもね、色々考えた。今までも考えてたつもりだったけど、全然だったなって。だから、ジェノンと昨日話した後にさ、もう一度」ジャムの山から更に一掬いし、そして足りていないところにジャムを足していく。「里に戻ったら長と今後について考えようと思う。帝国が斃れた今、魔竜や竜殺しの血統についてどう向き合うかを今一度、あたし達は思考する時だ」
 まだ今日一度も合っていなかった菖蒲色の瞳がこちらを向く。その瞳には彼女の言葉を待っている自分の顔が映っていた。きっと昨晩、自分の話を聞いていた彼女は今の自分と同じような顔をしていたのだろう。
「あたしも逃げてばかり、甘えてばかりだったから……向き合わないとね。……っていうのを、迷える息子に教えられたよ」
「そりゃどうも」
 最後に軽口を交えて話すメデューテを見て、ジェノンは心の中で胸を撫で下ろした。どうやらお母さん呼ばわりした事を怒ってはいないようだということと、それと、ふっ切れたような彼女の態度に。
 彼女もまた悩んでいたのをジェノンは知っている。彼女が故郷の話をする時は決まってばつが悪そうにはっきりと語らない、その姿は全く自分と同じだった。今までうやむやにしてきた事から目を逸らしていたのを、他でもない自分が一番よく知っている。
 パンに齧りつく彼女の口から小気味よい音が聞こえる。ジェノンもスプーンを手に取ってスープを一掬いし、口に運ぶ。口の中にあるものを喉へ流して、メデューテは窓の外に目をやった。
「川渡り、楽しみだな。今日は天気が良いから」
「……そうだね、太陽の光で水面がきらきらと輝いて――」
 目を逸らして来た事は決して悪い事では無かった。きっとすぐ決断していたらもっと多くの失敗を連鎖的に増やしていただけだろうから。失敗という経験は決して悪いことではないけれど、その失敗の行き先が、例えば死であったりしたら……なんて、自分達はそういう段階のところにいたのだ。
 でも今は違う。自分なりに、生きていきたいと心の底から思えている。
 一度は壁にぶつかってしまった道だが、いずれまた先に繋がるものだと信じて。
「――きっと、とても綺麗な景色だよ」
 自分たちの在り方の行方は、明るいものだと信じて。






ここから言い訳エリア
・この街何処ですか?→何処でしょう……
・ソルトロードは暴いていないので、ジェノンが帝国にいた時に両親が逃げ出したイベントは無いです
・セカナという女性はゲームにはいません
・ジェノンが何故家出したかはゲームにないため捏造してます
・というかこのお話の9割くらいが捏造
・今何月やと思ってんねんワレ→すいませんすいませんもうすぐ12月です
ここまで言い訳エリア

 Aルートの彼らがどうなったかは全く公式では明かされていないですよね。
 というわけで妄想は自由だ!!(挨拶)
 10周年に上げると言ったのに今はいつだ!?誰だよつい最近ダイ大を読破してた奴は!?

 メデューテも葛藤の多い人間ですが、今回はジェノン中心。
 というのも単純に自分がジェノンというキャラクターが好きだからです。

 自分はジェノンは強い人間だと思っているので、ほっといても独り立ちはすると思っています。そもそもAルートの途中で、


 辛い事ばかりじゃない、か。▽
 いつまでも悲しんでられない、
 そういう事だよね……▽


 とか言えちゃう事がもう強い。

 でもやっぱり幼馴染で好きだった子を上司の裏切りという形で亡くして、その上司も倒しちゃって、もう一人の幼馴染は別人のようになって、それから、国をあんな形で追い出されて……いや、出て行って?整理に時間がかからないはずが無い。その過程を描けていればいいなって……。
 それでも前を向いていける人間だと思ってる。ジェノンも、もちろんメデューテも。


 実は、本当に一番最初の構想は5年以上前にあって、当初から数百文字は書いてたんですよね。その時は帝国の崩壊を知るのは後で、ジェノンがなんとなく過去を気にするだけのお話だったのだけど、案の定物語は肥大化していきました。


 ちなみにいつも小説を書く時は大まかな流れを書くのですが、

 馬車の上→明日は川渡る予定だったけど厳しいかもね→夜、酒場で帝国崩壊を知る→土砂降りの雨の中で

 っていう文面がずっとこの小説を書いているファイルの上にありました。おい、原型がほぼ無いぞ!
 土砂降りも当初は夜には嵐みたいになっていたんですが、でもそれも止めて、嵐は翌日にして、更に8割方この小説を書いたところでそれも合わないなと晴れにしました。
 もっとこう、よくある雨の中で無表情で語ってるシーンを浮かべて、その日のうちに悩みを解決したので翌日晴れ!とかよくある展開を妄想してましたが、書いていくうちに想像以上にジェノンが強くて……。

 ちなみにタイトルも当日のおやつの時間に決まりました。
 ジェノン好きというか、ブレイズ好きならすぐ解ると思いますが、ジェノンのテーマのタイトル「機知の行方」が元になっています。

 そんなこんなで思ったよりも難産でした。


 気付けば10.5周年に……でも何の変哲もない日じゃなくて、多少説得力のある記念日にあげられて良かったです。
 今でも本当に大好きな作品です。
 おめでとう、これからも好きであり続けます。

 ここまで読んでいただいた方も本当にありがとうございます。
 コメントや拍手等いただけると嬉しくて飛び跳ねます。

P.S.
 switchで早く出してください。

>20.11.30 (名無し)さん
 はわわ!? まさかあげてその日に見ていただけるなんて全く想像もしていなかったです……こちらこそ本当にありがとうございます! 祝ってるの一人じゃなくて良かったです……!
 ジェノンとメデューテのその後は本当に何一つ語られていないだけあって、無数に二人の像というものがあると思います。その一解釈が描けて自分もとても幸せな気持ちでしたし、そう言っていただけるのもこのゲームのファン冥利に尽きます。

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    ・小説(ゲームの二次創作)書いたり、ゲーム内の台詞まとめたり

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