ポケ迷宮。
ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。
ドラガリ3周年おめでとう!
2周年から小説を書いて長いの短いの含めてなんと6作目になりました。長続き。
カサンドラとアスラムのちょっと短めのお話。
メインストーリー20章まで、キャラスト「カサンドラ」「アスラム(ドラフェスVer.)」、キャッスト「消えゆくもの、残るもの」のネタバレを含みます。
それではどうぞ。
2周年から小説を書いて長いの短いの含めてなんと6作目になりました。長続き。
カサンドラとアスラムのちょっと短めのお話。
メインストーリー20章まで、キャラスト「カサンドラ」「アスラム(ドラフェスVer.)」、キャッスト「消えゆくもの、残るもの」のネタバレを含みます。
それではどうぞ。
antinomy
「これくらいで良いか」
切り刻んだ青臭い根っこを鍋の中に放り投げる。途端に白い湯気が視界一面に立ち込めて、瞬く間に部屋に広がっていった。
もう暮夜とも言える時間、ここには自分だけしかいない。そんな中で、カサンドラは鍋をかき回していた。
「これ入れる瞬間だけは本当に魔女にでもなった気分だ……」
小窓からもくもくと煙が逃げていく。なんとも苦々しい臭いを放つ鍋を見ていると、一番最初にこれを作った時に火事か何かと城の兵士が雁首揃えて周章していたのを思い出して、思わず口が緩んでしまう。
あの頃の風景はすぐに思い出すことが出来る。鮮やかで何色にも輝いて見えた景色も、自分の惨めさが認められなくて色が抜けて見えたあの景色も。全て自分の中に確かに居続けている。
そこまで考えて、カサンドラは大きく息を吐く。振り切ったはずだと思っていても、こうして事あるごとに思い出して感傷のように感じて、いつまで経っても未練がましくて情けない。一度絡まった糸は中々解けず下手をすればより絡まってしまうその現象と同じで、後悔というものは一度してしまうと複雑に拗れていく。その怪奇っぷりと来たら、そこら辺にいる魔獣の方が可愛く見えてくるくらいの化け物だ。
こうして今、この鍋で作っている物だって、そんな未練の欠片かもしれない。そんなつもりは無いと、善意だけで作っているとそう思っているはずなのに、その疑いの気持ちは膨れ上がっていく一方だ。でも心の端では仕方ないと思っている自分だっていた。観念したのも、どれだけ望んだところでもうどうしようもなく取り返しのつかない状況にあったからだというのに、でも今は、望めば可能性があるかもしれない。そんな小さな希望があるかもしれない。そんなこと――
「――ンドラ! カサンドラ!」
邂逅へと傾いていた意識が唐突に呼び戻される。自分を呼ぶよく知る声。扉を叩く音。
「おい、大丈夫か!」
城の廊下へと続く扉が勢いよく外に消えていき、真っ白い煙の向こうで人影が現れる。足元に散らばっている大小様々な諸々の物体を器用に避けて、その影は目前で唐突に色を取り戻す。
自分の腕に血の通った手が掴まれていた。自分の手よりも少し大きくて角ばっていて、それでいて力強い。
「……大丈夫かって」
問われた言葉が瞬時に理解できず、口から掠れた声で反芻するだけになってしまう。しかしこちらが答えるよりも早くに、彼の方が先に再度口を開いた。
「煙が出ていたので火難かと思ったのだが」眉根を寄せる顔がより一層苦々しくなる。「どうやらその鍋が原因か? それに……うっ、なんだこの臭いは……」
霞んだ幻のように見えた彼の姿も、こうして近場で見ると確かにここにいて、こちらの手首を掴んでいる手からは確かに熱があり、痛みすら感じる。
カサンドラは、その人物と向かい合う形になっていた身体の向きを変えて無理矢理に手を振り解く。未だに白いだけの景色が広がっていた。
「なんだはこっちの台詞だよ。もう夜だってだいぶ遅いんだから」
「質問に質問で返すのは感心せんぞ」
「急な訪問者に門訊される謂われも無いねェ」
ここは偶然通りがかるような所などではない、聖城の研究室は少し城の外れにある。危険な物を扱っていたり、子供の教育上良くない笑い声が聞こえてきたり、こうして異物を大量発生させていては当然だろう。自分で言うのもなんだが、偏屈な人間も多いので、他人に邪魔されないという意味では、研究者側にとってもメリットなのだ。
「新しい魔法の実験をしてたのさ」
異臭の説明に関しては誤魔化しながら、鍋にかけていた火を消し蓋をして一通り煙が飛んで行ったところで、訪問者の要件をようやく訊き出す事が出来た。
「それで? こんな夜遅くにお姉さんと密会したいって?」
口の端を上げてにやりと笑いながら話しかけたが、彼は全くのしかめっ面で応対した。
「そういう戯言は好かんが……ともかく、お前に伝えねばならんことを思い出してな」
何なのかと訝しむと、彼は懐から出した紙の束を何の情感も無く押し付けてきた。目を通すと、数日前に訪れた村が最近夜盗の被害が増えているから兵を増やせだの、あの山道でこの前土砂が崩れていたから整備しておけだの、これまた何の感慨も浮かばない事務的な話が並んでいる。
「本当は明日の朝にと思ったのだが。お前はいつもこの時間は起きていたから、多少話は良いだろうと思ってな」
などと言うその顔は間違うことなく民を憂う一人の王そのものであり、それ以外の感情や中身等何もない。
窮屈な男だな、と思ってしまう。朝夕、自分以外に対して顧慮する割には、自分の事になると頓着をしない。頭から一切が抜け落ちているというべきか、だからこそ己に向けられる感情を何も感じ取れないのだろう。特にこの目の前に存在しているアローラスは、自分の知っているアローラスよりもそれが顕著だった。
カサンドラは大きく息を吐いてから応諾した。
「解ったよ」
彼はきっとそう言わないとここから立ち去る気は無いのだろう。自分が断れないのを知っての事であればこれほど憎らしい事は無いが、きっと彼はそんな考えを持って来ているわけではなく、純粋に一国の王として適任と思われただけなのだ。だからこそ質が悪いというか、寂しさを覚えてしまうのだけれど。
「明日、レオニード坊ちゃんに掛け合ってみるよ。情報提供者は……流離いの美男子からって言っておくさ」
冗談めかして言ってみたが、当の本人はまるで聞いていなかったかのように、紙に書かれていない物事も追加で色々と押し付けてきた。聖城のとある部屋の建付が悪い、畑の柵が一部風化していたから仮に直したが今後の木材はこの村の物を使え、とよくもまあそれだけ気が配れるなという感心が先立ってしまう。
もうほとんどの者が寝静まっているようなこの時間帯、ごちゃごちゃした部屋には彼のよく通る声だけが響く。実際は情緒も色気も無い話ではあるのだが、なんだか内緒話をしているようで自然と身体の中が高揚した。胸の奥深くへと埋めたはずの、もう忘れ去ってしまっていた温かな自分でも制御できない何かがぷかぷかと何処からともかく雲のように現れる。
「カサンドラ」
渋い声色で名前を呼ばれはっとする。手元に落としていた視線を上げると声と同じく渋い顔をした人物が言葉を畳みかけてくる。
「筆が止まっている。今の備蓄の話が抜けているぞ」
あくまでも無情に彼は言う。そこに期待するような感情は微塵もない。
「はいはい。っとに、年寄りは自分のペースで物事を考えるからいけないねェ……」
「それは己の事を言っているのか?」
「っていうのはアンタの独り言かい?」
「……」
「クックック、他の誰かが聞いていたらさぞかし滑稽に見えるだろうねェ」
笑みを口の中で転がしながら、手元の紙の隙間に『聖城の保存食の追加』と書いた。
齢は既に老人とも呼べる年齢であるはずの二人は、こうして何十年も前の姿で顔を突き合わせている。事情こそ違うが、異様な事態である事は間違いない。
こうしていると、否応にも思い出すのはやはり昔の光景だ。まだ、お互いに何も無かった頃が頭の中を掠めていく。年月の流れを隠せない皺が刻まれる程に生きた自分達には、その証となるものは今は無い。
戻ったかのようだ、あの頃に。
「――これで、終わりかい?」進めていた筆を止め、彼に尋ねる。「他に……無いのかい?」
「ああ……そう、だな」
思案の言葉を落として、足元へと視線を逸らした。いや、正確に言えば、目が泳いだと言った方が良いかもしれない。しかし悟られないようにか、彼が思考したのは刹那だった。
「いや、」伏せた眼を上げて、真っ直ぐとカサンドラを見た。その表情は柔らかいが、まるでここではもう何も思い残したことが無いとでも言いたげな、彼からの拒絶の感じられる薄い作り物の笑顔だった。「もう遅い、お前もあまり夜更かしはするな」
「……そうさね。明日も早いし、程々にしとくさ」
不思議と、その表情に救われている自分がいた。彼も自分の世界の彼と同じように自分を扱っていたのかという醜い安堵感とか、自分の決心を鈍らせてくれるなという身勝手な気持ちがあった。そして、可能性が全く無いという事を突き付けられているということに。
彼はそんな自分の感情など小指の垢程にも感じ取っていないのだろうけれど、ただ彼が言わんとした事は察してしまった。
話は終わりとばかりに部屋を去ろうとしている背中に、カサンドラは呼び掛けた。
「アローラス」
迷いなく扉へ向かっていた脚が止まった。七面倒そうに頭を振りながら、上半身を少しだけこちらに向けて、非難の言葉を投げる。
「その名で呼ぶなと――」
「無茶だけは、しないでおくれよ」彼の言葉を遮って、震えた喉からはカサンドラが思っていたよりも毅然とした声が出た。「この世界の坊ちゃんは、目の前でアンタを亡くしてるんだ。だから、同じ事だけは……しないどくれ」
振りむきかけていた身体を彼は戻した。だから、彼がどんな心情であったかはカサンドラには図れない。
「……解った」
短くそれだけ応えると、彼は部屋を出ていった。立ち去る彼の、文字通り背の向こうに聖城の廊下が透けて見えた。彼という人物はこの世界には不必要なものなのだから、いつ排除されてもおかしくはない、そのサインなのは間違いなかった。
そんな事実を隠して、別世界の自分の子供達を支えようとしている。何処までも窮屈な男だ。
カサンドラは手元の紙束をそっと撫でた。
本当はこう言いたかった。
全て、アンタが背負わなくても良いんだよ、と。この世界のアンタがツケを払う必要はないんだよ、と。だって、アンタ達は別人なんだから。
でもきっとそんな言葉は、あの真面目な男は一切取り合わないだろう。だからあんな乱暴な言い方しか自分には出来ない。
それがとてももどかしかった。
+++++
「それで? ハァ~、抱くくらいしなかったのかぁ?」
「……」
「手を繋いだりは? キスは? 一切甘~い話は無いのか? 何日もいたのに?」
「うっさいねェ……」
「アッチコッチ行って色々と手伝ったんだろう? なんかイベントあったっておかしくねえぜー? それがなーんも無かったとかよぉ」
寝床で横向きに転がっていると、片耳から耳障りな声が殴りかかってくる。重たい頭を上げる気にもならず、カサンドラは寝床から動く気にはなれなかった。
早朝にアイツの見送りをして、その後は聖城に宛がわれた自室に戻るなり寝てしまい、外は気付けば夕陽が景色一面を橙色に染めていた。
今日の昼間どころか、ここ数日はろくに相手にしなかったからか、そこで寝そべっている本はえらくご機嫌斜めのようだった。
「大体、昨日の夜だって苦労して火の中水の中掻き分けて手に入れた薬草を炊いて作った万能薬作ってただろぉ? 価値を知ってる奴は喉から手が出る程の代物じゃねえか、魔法力だって健気に枯れるくらいに使っちゃって、今日は立つのがやっとだろうってのに、あの王様は呑気に旅立ってよー」
「灰になりたくないならこれ以上話すんじゃないよ、ルグレ」
ピシャリと言い放ってもルグレは「ケケケッ」と笑い声を止めなかった。
確かに、何も無かった。昔の自分ならそう思うかもしれない。これでも人並みに、いや、人よりも欲張りな程に甘い夢を見てきた。それも、その対象が人並みに恋をして、婚礼の儀をして、子供も産んでからもだ。
惨めになって自分は中途半端に逃げ出した。その間に彼は死んだ、その事実は覆る事は無い。いくら悔やんだところで過去が塗り変わる事は無い。仮にたとえその方法があったとしても、今は選ぶことは無いだろう。
今は、あの頃とは違うのだ。
彼の子供は、父の背を追っている。カサンドラが後悔に苛まれ続けている間にも、父に似た思想を持って戦っている。
彼らの何倍も生きてきた自分が何もやらなくてどうしようというのか。
その姿を見て強く思ったのである。彼らを支えよう、アイツの分まで、と。
(アンタは知らないだろうけど、アタシの中のこの気持ちは膨らむ一方なんだよ)
だから、少しの躊躇いはあれど彼の背中を送り出す事が出来たのだから。たとえその目的の果てが存在の消滅だったとしても。
カサンドラは重たい頭を抱えて、もうひと眠りすることにした。沈んでいく意識の中で、今は少し離れた地にいるこの聖城の主と、その異界の父を想って。
21.9.27 ヴィオ(twitter:@name_heinden or @chiika_kirby)
「これくらいで良いか」
切り刻んだ青臭い根っこを鍋の中に放り投げる。途端に白い湯気が視界一面に立ち込めて、瞬く間に部屋に広がっていった。
もう暮夜とも言える時間、ここには自分だけしかいない。そんな中で、カサンドラは鍋をかき回していた。
「これ入れる瞬間だけは本当に魔女にでもなった気分だ……」
小窓からもくもくと煙が逃げていく。なんとも苦々しい臭いを放つ鍋を見ていると、一番最初にこれを作った時に火事か何かと城の兵士が雁首揃えて周章していたのを思い出して、思わず口が緩んでしまう。
あの頃の風景はすぐに思い出すことが出来る。鮮やかで何色にも輝いて見えた景色も、自分の惨めさが認められなくて色が抜けて見えたあの景色も。全て自分の中に確かに居続けている。
そこまで考えて、カサンドラは大きく息を吐く。振り切ったはずだと思っていても、こうして事あるごとに思い出して感傷のように感じて、いつまで経っても未練がましくて情けない。一度絡まった糸は中々解けず下手をすればより絡まってしまうその現象と同じで、後悔というものは一度してしまうと複雑に拗れていく。その怪奇っぷりと来たら、そこら辺にいる魔獣の方が可愛く見えてくるくらいの化け物だ。
こうして今、この鍋で作っている物だって、そんな未練の欠片かもしれない。そんなつもりは無いと、善意だけで作っているとそう思っているはずなのに、その疑いの気持ちは膨れ上がっていく一方だ。でも心の端では仕方ないと思っている自分だっていた。観念したのも、どれだけ望んだところでもうどうしようもなく取り返しのつかない状況にあったからだというのに、でも今は、望めば可能性があるかもしれない。そんな小さな希望があるかもしれない。そんなこと――
「――ンドラ! カサンドラ!」
邂逅へと傾いていた意識が唐突に呼び戻される。自分を呼ぶよく知る声。扉を叩く音。
「おい、大丈夫か!」
城の廊下へと続く扉が勢いよく外に消えていき、真っ白い煙の向こうで人影が現れる。足元に散らばっている大小様々な諸々の物体を器用に避けて、その影は目前で唐突に色を取り戻す。
自分の腕に血の通った手が掴まれていた。自分の手よりも少し大きくて角ばっていて、それでいて力強い。
「……大丈夫かって」
問われた言葉が瞬時に理解できず、口から掠れた声で反芻するだけになってしまう。しかしこちらが答えるよりも早くに、彼の方が先に再度口を開いた。
「煙が出ていたので火難かと思ったのだが」眉根を寄せる顔がより一層苦々しくなる。「どうやらその鍋が原因か? それに……うっ、なんだこの臭いは……」
霞んだ幻のように見えた彼の姿も、こうして近場で見ると確かにここにいて、こちらの手首を掴んでいる手からは確かに熱があり、痛みすら感じる。
カサンドラは、その人物と向かい合う形になっていた身体の向きを変えて無理矢理に手を振り解く。未だに白いだけの景色が広がっていた。
「なんだはこっちの台詞だよ。もう夜だってだいぶ遅いんだから」
「質問に質問で返すのは感心せんぞ」
「急な訪問者に門訊される謂われも無いねェ」
ここは偶然通りがかるような所などではない、聖城の研究室は少し城の外れにある。危険な物を扱っていたり、子供の教育上良くない笑い声が聞こえてきたり、こうして異物を大量発生させていては当然だろう。自分で言うのもなんだが、偏屈な人間も多いので、他人に邪魔されないという意味では、研究者側にとってもメリットなのだ。
「新しい魔法の実験をしてたのさ」
異臭の説明に関しては誤魔化しながら、鍋にかけていた火を消し蓋をして一通り煙が飛んで行ったところで、訪問者の要件をようやく訊き出す事が出来た。
「それで? こんな夜遅くにお姉さんと密会したいって?」
口の端を上げてにやりと笑いながら話しかけたが、彼は全くのしかめっ面で応対した。
「そういう戯言は好かんが……ともかく、お前に伝えねばならんことを思い出してな」
何なのかと訝しむと、彼は懐から出した紙の束を何の情感も無く押し付けてきた。目を通すと、数日前に訪れた村が最近夜盗の被害が増えているから兵を増やせだの、あの山道でこの前土砂が崩れていたから整備しておけだの、これまた何の感慨も浮かばない事務的な話が並んでいる。
「本当は明日の朝にと思ったのだが。お前はいつもこの時間は起きていたから、多少話は良いだろうと思ってな」
などと言うその顔は間違うことなく民を憂う一人の王そのものであり、それ以外の感情や中身等何もない。
窮屈な男だな、と思ってしまう。朝夕、自分以外に対して顧慮する割には、自分の事になると頓着をしない。頭から一切が抜け落ちているというべきか、だからこそ己に向けられる感情を何も感じ取れないのだろう。特にこの目の前に存在しているアローラスは、自分の知っているアローラスよりもそれが顕著だった。
カサンドラは大きく息を吐いてから応諾した。
「解ったよ」
彼はきっとそう言わないとここから立ち去る気は無いのだろう。自分が断れないのを知っての事であればこれほど憎らしい事は無いが、きっと彼はそんな考えを持って来ているわけではなく、純粋に一国の王として適任と思われただけなのだ。だからこそ質が悪いというか、寂しさを覚えてしまうのだけれど。
「明日、レオニード坊ちゃんに掛け合ってみるよ。情報提供者は……流離いの美男子からって言っておくさ」
冗談めかして言ってみたが、当の本人はまるで聞いていなかったかのように、紙に書かれていない物事も追加で色々と押し付けてきた。聖城のとある部屋の建付が悪い、畑の柵が一部風化していたから仮に直したが今後の木材はこの村の物を使え、とよくもまあそれだけ気が配れるなという感心が先立ってしまう。
もうほとんどの者が寝静まっているようなこの時間帯、ごちゃごちゃした部屋には彼のよく通る声だけが響く。実際は情緒も色気も無い話ではあるのだが、なんだか内緒話をしているようで自然と身体の中が高揚した。胸の奥深くへと埋めたはずの、もう忘れ去ってしまっていた温かな自分でも制御できない何かがぷかぷかと何処からともかく雲のように現れる。
「カサンドラ」
渋い声色で名前を呼ばれはっとする。手元に落としていた視線を上げると声と同じく渋い顔をした人物が言葉を畳みかけてくる。
「筆が止まっている。今の備蓄の話が抜けているぞ」
あくまでも無情に彼は言う。そこに期待するような感情は微塵もない。
「はいはい。っとに、年寄りは自分のペースで物事を考えるからいけないねェ……」
「それは己の事を言っているのか?」
「っていうのはアンタの独り言かい?」
「……」
「クックック、他の誰かが聞いていたらさぞかし滑稽に見えるだろうねェ」
笑みを口の中で転がしながら、手元の紙の隙間に『聖城の保存食の追加』と書いた。
齢は既に老人とも呼べる年齢であるはずの二人は、こうして何十年も前の姿で顔を突き合わせている。事情こそ違うが、異様な事態である事は間違いない。
こうしていると、否応にも思い出すのはやはり昔の光景だ。まだ、お互いに何も無かった頃が頭の中を掠めていく。年月の流れを隠せない皺が刻まれる程に生きた自分達には、その証となるものは今は無い。
戻ったかのようだ、あの頃に。
「――これで、終わりかい?」進めていた筆を止め、彼に尋ねる。「他に……無いのかい?」
「ああ……そう、だな」
思案の言葉を落として、足元へと視線を逸らした。いや、正確に言えば、目が泳いだと言った方が良いかもしれない。しかし悟られないようにか、彼が思考したのは刹那だった。
「いや、」伏せた眼を上げて、真っ直ぐとカサンドラを見た。その表情は柔らかいが、まるでここではもう何も思い残したことが無いとでも言いたげな、彼からの拒絶の感じられる薄い作り物の笑顔だった。「もう遅い、お前もあまり夜更かしはするな」
「……そうさね。明日も早いし、程々にしとくさ」
不思議と、その表情に救われている自分がいた。彼も自分の世界の彼と同じように自分を扱っていたのかという醜い安堵感とか、自分の決心を鈍らせてくれるなという身勝手な気持ちがあった。そして、可能性が全く無いという事を突き付けられているということに。
彼はそんな自分の感情など小指の垢程にも感じ取っていないのだろうけれど、ただ彼が言わんとした事は察してしまった。
話は終わりとばかりに部屋を去ろうとしている背中に、カサンドラは呼び掛けた。
「アローラス」
迷いなく扉へ向かっていた脚が止まった。七面倒そうに頭を振りながら、上半身を少しだけこちらに向けて、非難の言葉を投げる。
「その名で呼ぶなと――」
「無茶だけは、しないでおくれよ」彼の言葉を遮って、震えた喉からはカサンドラが思っていたよりも毅然とした声が出た。「この世界の坊ちゃんは、目の前でアンタを亡くしてるんだ。だから、同じ事だけは……しないどくれ」
振りむきかけていた身体を彼は戻した。だから、彼がどんな心情であったかはカサンドラには図れない。
「……解った」
短くそれだけ応えると、彼は部屋を出ていった。立ち去る彼の、文字通り背の向こうに聖城の廊下が透けて見えた。彼という人物はこの世界には不必要なものなのだから、いつ排除されてもおかしくはない、そのサインなのは間違いなかった。
そんな事実を隠して、別世界の自分の子供達を支えようとしている。何処までも窮屈な男だ。
カサンドラは手元の紙束をそっと撫でた。
本当はこう言いたかった。
全て、アンタが背負わなくても良いんだよ、と。この世界のアンタがツケを払う必要はないんだよ、と。だって、アンタ達は別人なんだから。
でもきっとそんな言葉は、あの真面目な男は一切取り合わないだろう。だからあんな乱暴な言い方しか自分には出来ない。
それがとてももどかしかった。
+++++
「それで? ハァ~、抱くくらいしなかったのかぁ?」
「……」
「手を繋いだりは? キスは? 一切甘~い話は無いのか? 何日もいたのに?」
「うっさいねェ……」
「アッチコッチ行って色々と手伝ったんだろう? なんかイベントあったっておかしくねえぜー? それがなーんも無かったとかよぉ」
寝床で横向きに転がっていると、片耳から耳障りな声が殴りかかってくる。重たい頭を上げる気にもならず、カサンドラは寝床から動く気にはなれなかった。
早朝にアイツの見送りをして、その後は聖城に宛がわれた自室に戻るなり寝てしまい、外は気付けば夕陽が景色一面を橙色に染めていた。
今日の昼間どころか、ここ数日はろくに相手にしなかったからか、そこで寝そべっている本はえらくご機嫌斜めのようだった。
「大体、昨日の夜だって苦労して火の中水の中掻き分けて手に入れた薬草を炊いて作った万能薬作ってただろぉ? 価値を知ってる奴は喉から手が出る程の代物じゃねえか、魔法力だって健気に枯れるくらいに使っちゃって、今日は立つのがやっとだろうってのに、あの王様は呑気に旅立ってよー」
「灰になりたくないならこれ以上話すんじゃないよ、ルグレ」
ピシャリと言い放ってもルグレは「ケケケッ」と笑い声を止めなかった。
確かに、何も無かった。昔の自分ならそう思うかもしれない。これでも人並みに、いや、人よりも欲張りな程に甘い夢を見てきた。それも、その対象が人並みに恋をして、婚礼の儀をして、子供も産んでからもだ。
惨めになって自分は中途半端に逃げ出した。その間に彼は死んだ、その事実は覆る事は無い。いくら悔やんだところで過去が塗り変わる事は無い。仮にたとえその方法があったとしても、今は選ぶことは無いだろう。
今は、あの頃とは違うのだ。
彼の子供は、父の背を追っている。カサンドラが後悔に苛まれ続けている間にも、父に似た思想を持って戦っている。
彼らの何倍も生きてきた自分が何もやらなくてどうしようというのか。
その姿を見て強く思ったのである。彼らを支えよう、アイツの分まで、と。
(アンタは知らないだろうけど、アタシの中のこの気持ちは膨らむ一方なんだよ)
だから、少しの躊躇いはあれど彼の背中を送り出す事が出来たのだから。たとえその目的の果てが存在の消滅だったとしても。
カサンドラは重たい頭を抱えて、もうひと眠りすることにした。沈んでいく意識の中で、今は少し離れた地にいるこの聖城の主と、その異界の父を想って。
21.9.27 ヴィオ(twitter:@name_heinden or @chiika_kirby)
※ここから言い訳エリア
・異界パパのこれからは保証しません。これで王子庇ったらどうしようあわあわ
・万能薬は多分道中で傷ついた村民に使ってしまっているのでしょう。因みに酷いにおいなのは作ってる時だけで、完成品はしません。イメージとしてはDQの世界樹の雫に近いです
・いつも以上に勢いで書いたもので、時間が無い中で推敲があまり出来ず、いつもより更に拙い文章なのをご了承ください……上げてから目を通すと加筆修正したさが凄い。一応、誤字だけ直しましたが……
※ここまで言い訳エリア
ドラガリ3周年おめでとうございます!15時投稿目指してたけど無理でした!
今回は長くなり過ぎた、twitterにあげきれんぞこれは!って思ってたけど、二段構えにしたらなんとか2ツイートで収まったのであげました!助かったー。
去年書いたのが昏過ぎて夢も希望も無い内容だったので、今年はもうちょい明るい話を書きました。いや明るいのかこれ。明るいよな!希望の光しか見えないわー!
どこかで絶対カサンドラとアスラムは大なり小なり書きたいなと思っていたので、今回書けて楽しかった。
本編ストーリーの異界アスラムがどう転んでいくかは全くの未知数なわけですが、どちらにせよ消える事は確定っぽいのが辛いところ。なんかの間違いが起きてずっといられるようになったところで、居場所なんてないしなぁ……カサンドラだってこの世界のアローラスを諦めたわけでは無いわけで。
だからこそ切ないし、どうしようもならないし、噛み合わない。お互い想ってはいるんだよ、その形は全然違うわけだけどね……。
そんなわけで、タイトルは「antinomy」。「相互に矛盾し対立する二つの命題が、同じ権利をもって主張されること」とか「ある二つの命題が、相互に対立・矛盾すること。甲が真なら乙は偽、乙が真なら甲は偽となるような関係」とか辞書には書かれております。
それにしてももう3年かぁ。システムもだいぶ変わって本当に遊びやすくなったよね。
それと毎年言ってるかもだけど、ドラガリリリースの日はすばせかFLと閃の軌跡4の発売日でもあって、どれ付けてもうっちーの声がするんですけど……っていうか全部主人公……というなんか凄い事態になっていた。ファルコムゲー、いつも9月末に出るのでね……今年も出たし……。
それはともかく。
前回のユリウスとベリーナのお話が長かったので少し燃え尽きたりとか、PS5が当たったりとかしてエンジョイしてたりとか、NS版イース9だのテイルズだのキムタクだのと楽しみにしていたゲームが出て、実は一か月くらい物を書いていませんでした。本も読んでたのはカービィやスマブラ生みの親の桜井のコラム本だったし。最近コードギアスのノベライズ読み始めたくらいで。
キャラ語り。
カサンドラは実装当時からもうね……。当時はカサンドラもデルフィもどっちも目当てで引いて、来たのはカサンドラだけ。そしてカサンドラストーリーが刺さり過ぎて。最近だとニーノでも出てきたし、フェスパパの話にも出てきてフルボイスで喋って号泣しました……今回のこれを書くきっかけにもなったり。
普段は浴衣カサンドラの方をよく使ってる。マナサ50の時は火ルデのが使ってたけど、今は専ら火サンドラ。ヒルデさんも好きなので、こっちも使ってないわけじゃないけどね。通常カサンドラはあまり使えてませぬ……。毒活きるところが欲しいよ~イブみたいなのをくれ~。
アスラムはね~。まずちょっと声が卑怯だったのよ。FE覚醒のマイユニ、というかルフレ。スマブラでね、うん。本当にがつーんと来て。男ルフレも女ルフレも同じくらい愛用しておりまして、で、男がほそやんなんですよ。
後は単純に、王子好きなので、王子と対になるような技だーわっきゃっきゃって感じで、当時の真ユピとかでも使ってたりして好きになりました。
が、一番決定的なのはアスラムのキャラスト。多分今でもキャラストの中だと3本指に入るくらいには好き。なんで、なんでフルボイスじゃないの……!!
ちなみに今回の書く前に作った超簡単プロットはこちら。
旅立つアスラムの為に何かを作るカサンドラ。傷薬とか。
夜
カサンドラに伝えたい事があってアスラムが来た→顔色をうかがうアスラム→アスラムが急に翌日発つと言ったので睡眠時間を削って作っていた。
顔色伺うシーンどこ……ごめんねカサンドラおばあちゃん。あの人つっけんどん過ぎて……。
さてこの次の展望。
実は書きたいな~って思ってるの、7月中旬くらいからプロット書いてたんですけどここ1ヶ月くらい全然手を付けておりません。色々と考えてて面白いのかなぁこれって考え込んだりして中々進まない。
更に別に書きたいネタ浮かんだんだけど、これお約束のコンビで今回お約束を書いちゃったので連チャンはどうなのよ~ってなって悩んでる。
はて、何処へ行くのかこの人は。いつも通り気紛れですすんません。書き出すと基本一か月以上はかかるのでどうも踏み込みも時間がかかってしまう……速く書ける人間になりたいなぁ……。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
拍手やコメントをいただけると嬉しくて飛び跳ねます。
☆こちらもよろしくお願いします
cry sky cring(ユーディルとゼシアの短めなお話)
小さな小さな夜の華(スオウとソフィのちょっと真面目なお話)
爪痕を覗いた日(ノエルとノーストンのちょっと真面目なお話)
催花雨(ノーストンとリナーシュの短めなお話)
紅鏡-empty rhapsody-(1/2)(ユリウスとベリーナのちょっと真面目なお話の前編)
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HN:ヴィオHP:性別:非公開自己紹介:・色々なジャンルのゲームを触る自称ゲーマー
・どんなゲームでも大体腕前は中の下~上の下辺りに生息
・小説(ゲームの二次創作)書いたり、ゲーム内の台詞まとめたり
【所持ゲーム機】
・SFC GC(GBAプレイ可) Wii WiiU NSw NSwlite PS2 PS3 PS4 PS5
・GBAmicro GBASP DS DSlite 旧3DS PSP PSV
・ミニファミコン ミニスーファミ PSクラシック
・PCは十万円くらい。ゲーム可だがほぼやってない
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