ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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アークラ小説1本目。
 アークラ15周年おめでとうございます!あの大々的に祝った日から5年経ってるってマジ?

 時系列は飛行艇入手直後、二回目のエブル訪問で教会に入った後の話になります。
 ニコル・サージュ中心のお話ですが、他にも二人くらい出てきます。

 9千字ほどあります。

 それでは、「HIRAETH」です、どうぞ。




HIRAETH


「お前さあ」
 と雑な前振りで話しかけられたのは、その男が実はその道では超有名人なのだと知った日の夜のことだった。
 ラルクのアニキ達がログレス集めを再開させようと直った飛行艇を動かそうとしたものの、もう日も暮れ始めてしまったので、今日はそのままエブル付近に滞在し、飛行艇の中で夜を明かすことになった。
 今日は本当に色んなことがあったので、夕飯も皆がバラバラで食べていた。多分だけど、宿ではなく飛行艇で一夜を過ごそうとなったのは、アニキとオイゲンの二人が必然的に顔を合わせて気まずくなるからというのもあるだろう。
 誰かと騒ぐような空気でもないし船の中にいると息が詰まってきたので、ニコルは外に出て爽やかな夜風を浴びながら数えきれないほどの星がくっついた空を背景に本を読むという健全な時間の使い方をしていたわけなのだが、夜闇にやたらと目立つ山吹色の髪を持った男に急に話しかけられて中断せざるを得なくなってしまった。
 その男は草むらで寝転がっている自分を見下ろしながら、めんどくさそうに頭を掻いて「お前さあ」という雑な前振りと共にいつも通りの軽薄な口調でニコルに言ってのけたのである。
「いつまで昼間みたいな態度を取るわけ?」
「はひ?」
 兵法の本を斜め読みしていたが実情は眠気と戦う状態に陥っていたため、いつも以上に気の抜けた声で応じてしまった。当然、話しかけてきた男――サージュ・レオンハルトの方は、なんだこいつみたいな軽蔑の視線を五割増しにして投げてきた。
「俺が何言ってるか解ってるよな?」
「わ、わーってるよ。でも俺が助けを呼んだから助かっただろ……」
「はー」盛大にわざとらしい溜め息を吐き「そういうことじゃないんだけどね」と小声で、しかしこちらに明確に聞こえるように付け足した。
 昼間、自分達はグラ慈恵教会の中に入った。サージュが育ったその教会は、見た目は廃墟としか言えない建物になってしまっていたのだが、真に恐ろしいのは廃墟になったことではなく、その地下では人を濁竜に変える人体実験を行っている施設があったことである。人気は無いのに何処か人のいた気配やにおいがじんわりと残り香のように漂う、今まで訪れたどんな場所よりも不気味な雰囲気を持っていた。
 そこまで身震いしながら思い出して、見下ろしている男からニコルは顔を逸らした。
 自分の暮らしていた場所がああいう風になってるって、どういう気持ちなんだろうか。二度と平和の戻らない家を見て、どういう感情を抱くのだろうか。
 当然、そんなこと本人に訊けるわけがない。ただ、表面上のサージュは特に自棄になっているような様子もなくて、絶対に口に出して言うことは断じて、間違いなく、一生無いと誓えるが強い奴だと思う。
 しかしそれはそれとして、あの実験場の光景に恐怖を覚えるのは至極普通だよなあとも思うわけで。
「そりゃ……」
 なんて言い訳じみた問答をしかけたが、後が続かない。それで場の空気が改善することなんてなく、上から突き刺さる視線はまだ残ったままだ。それどころか一層鋭さを増している。
「今回は帝国軍が来たおかげで俺達が助かったのは否定はしねえよ。でもそれは誰のためにやってるかってのを今一度考えた方が良いと思うんだがね」
「そんなの、皆がやられそうだったから……」
「ニコル君さあ、嘘だけはダメだぜ」ギリギリ言い返せそうな内容だったが、実行したら即座に被せるようにサージュが畳み掛けてきた。こっちは寝転がったままだというのに、頭の近くで突っ立ってる長身の男が腕組みをするとより圧力を感じる。「濁竜に殺されたんじゃとか言い放ったの、忘れたわけじゃねえだろ。あの場にいた奴全員聞いてんぞ」
「それはまあ……覚えてるけどよ……」
 その後アニキに諌められてリフィアに庇われたことはもちろん、そのリフィアから後光が差していたことまでばっちり覚えている。今自分達を覆っている深く黒い夜空とは全くの逆方向のやつ。サージュがぼんやりとした夜空を背負っているせいで、端正な顔に影を落として彼の表情を判り辛くさせている。
「俺は別に恐怖を感じるなとは言わないさ。痛みも恐怖も躊躇も無い奴は早死にするだけだからな。けどよ、ラルクやリフィアちゃんが少しずつ変わってるって時に、お前は最初に会った時から全然変わってねーよ。一番怖いことが何か、もっとよく考えた方が良いぜ」
 自分より一回りも上の人間からとめどなく殴りつけてくる乱暴な正論に、ニコルという存在がどんどん叩きつけられて小さくなっていくような感覚。
 そんなのはとっくに、言われなくても判ってはいる。
 だが屍を操る人物や倒したら爆発するような濁竜相手に戦うことは、一番ではないにしろ十分に『怖いこと』なのだ。ニコルからしてみればどうしたってそんなものに真正面から立ち向かえるのかが理解できない。
 そんな頭の中でぐるぐるといたことが滲み出ていたせいか、サージュは「まあ良いけどさ」と話題を百八十度変えてきた。
「お前ももう寝ろよ。どうせそーんなお堅い本の中身なんて一文字も頭に入ってねえだろ」
「う、うるせーな。寝るところだったんだよ」
 偉そうに言ってくる声に答えながら、今も逃げの選択を提示されていることに気付いていたけれど、ニコルは立ち上がって「また明日なっ」とぶっきらぼうに言い捨てて、二度と振り返ることなく飛行艇の中へと走り去った。

 足元を控え目に照らす常夜灯が無機質な飛行艇の中を照らしている。廊下にある人工的な光を頼りに壁を伝って歩いていると自分の足音だけが反響して跳ね返ってくる。ひたすらに先の見えない道を歩き続けているような気がしてくるが、ちょっと歩けば壁の一部が途切れて食堂(らしい。今日使う機会が無かったのでその役目に準じるところをまだ見ていないが)が見えてくる。
(あれ……)
 見えてくる、ということは中で明かりが灯っているということだ。足音を立てないように自分なりに気配と息を殺して中を覗くと、一人の青年が手帳を広げて羽ペンを無為に空中で泳がせている。左は肘をついて掌の上に頬を乗せていて、焦点が何処かあっていないようだった。
 が。ふと、彼の翡翠色の瞳がゆったりとこちらに向けられた。思わず心臓が跳ねあがって曲がっていた背筋がぴんと伸びる。気付けば緩い口から言葉が漏れ出ていた。
「あ、アニキ……」
 目があったかと反射的に声をあげてしまったが、ラルクのアニキからは、「ん? ああ……」今気付いたかのような反応をされた。目が合ったと思ったのは気のせいだったらしく、彼はだいぶ上の空だったようだ。声を漏らしたことを少し後悔した。
 アニキは一度手帳に視線を落として、特に何も書いていないことに安堵したのか強張っていた顔をやや緩めた。
「なんだ、もう寝たんじゃなかったのか」
「いえ、その……」
「お前、そんな本を読んでどうすんだよ」食堂に入りながらニコルが言葉を濁していると手にしていた兵法の本に気付いた様子で、アニキはただでさえ悪い目付きを細めて半眼で睨んできた。「さてはそれ読んで中途半端に寝てたせいで寝付けなくなったんだろ」と呆れ果てた口調で毒づく。自分のだらしないところを指摘してくる刺々しさはいつもの調子に見えて、何処か力が無いようにも見えた。
「ま、まあ、そんなところっス……」我ながら白々しい受け答えではあったが、アニキからそれ以上の追及は無く、逆に時間の空白が気まずさを冗長している。沈黙による居心地の悪さの方が圧倒的に上だったので、自分の方が不利になるのは解っていながらもつらつらと続けた。「フレイア将軍がですね、次に会う時までにこれを全部頭に叩き込んどけーとか言ってきたんですけど、正直俺には文字だけ読むのはさっぱりっつーか、どんどん文字の意味が抜け落ちていくっつーか、なんか逆に絵に見えてくるんスよねー不思議っスよねーははは……」
 ニコルにお喋りでよく回る口があっても、残念ながら頭の回転の方には大きな限界がある。こういう時に困らない話題がいくらでも出てきたりしてほしいところだが、そもそもこんな稚拙な手段で乗り切ろうと思うことが間違っているんじゃなかろうか。
 最後の乾いた笑いを引き延ばし続けることも止めてしまうと、重苦しい沈黙が食堂に降り立った。当然沈黙に他人を思いやる心などさらさら持ち合わせていないので、先程の自分のうるささも相俟って一層気まずく感じてくる。周囲に助けを求めても、負の時代に造られた飛行艇の無機質な壁が無感情に見下ろしてくるだけである。
 あ、あの……。
 とほっとくと口を継いで出てきそうになるのをこらえた。自分もアニキ達に言えないことがあるんです……そう言えたらどれだけ気が楽になるのかを無意識に思考している時点で、嫌気が差した。いつか言うことがあるとしても、間違っても吐き出すのは今じゃない。少なくとも、オイゲンの件があった直後に話すことじゃない……。
 となると最終手段は、
「じゃ、じゃあ俺は瞼も重くなってきましたし、そろそろ寝るっス」
 踵を返して逃げ帰るだけである。敗走。仕方ない。自分には手に負えない。
「あのさ……」
 しかしそんなニコルの背中を追いかけるように、声が掛かった。踏み出した足が勢いづいて摩擦できゅっと鳴り響く。冷たい汗を感じる手を握り締めて極めて機械的な動作で振り向くと、部屋の中の僅かな白色の明かりに照らされた顔が何か言いたげな顔でこちらに向いていた。
 僅かな時間、今度こそ確かに目が合っていたが、
「いや、なんでもねえ」それも先に向こうから逸らされてしまった。普段は大剣を振るっている頼りがいのある掌を顔面に押し当てて、「なんか……考えることが多くて、今何言ってもダメな気がする」
 到底彼がニコルになんか言わないような泣き言とも言えるもので、胸に打ち据えられたような衝撃があった。もしかしたらアニキなりに助けを求めていたのかもしれないが、何処か頭の端に引きずり込まれるといった危機感のようなものが先走った。不安とか、恐怖とか、そういった類いのものが泥沼から手招きしているような気がしてくる。
「でも、」端的な言葉に意識を引き戻されると、泥沼も怨念のこもった手も何処にもない。無機質な空間で一人椅子に座り込んだアニキがテーブルに片肘をついたまま、ぽつりと。「お前の変わらねえ面見てると安心した」
 自嘲気味というか、皮肉も混じっていたが、普段のアニキの様子を知っているからこそニコルは何も返せなかった。
「……おやすみなさいっス」
 辛うじて絞り出した挨拶に帰ってくる言葉は無く、ニコルも振り返らなかった。
 今日は本当に色々あった。ジャダで竜縛塔に侵入して飛行艇を盗みに行き、でかい鳥に飛行艇を落とされ、直す手掛かりを探しに来たら山吹色の髪の男と再会し、その先で見た非道の実験と因縁の人物との遭遇、それからアニキを中心にした色んな話があって……。
 いや、実際に今日、自分の身にあった出来事はもう一つある。アニキ達がジャダに立ち入る前、自分一人でジャダの様子を偵察しろと言われた時。その時に何があったのかを知る者はこの飛行艇の中にはいない。さっきはつい勢い余ってフレイア将軍の名前を出してしまっていたが、あんなんでバレるわけもない。
 ニコルの行動がきっかけになり、今日のようにアニキたちの障害を増やすきっかけになっているのは自覚している。ひょっとしたら、アニキ達は皇太子に捕まって旅を終えていたのかもしれないのだから。
(俺が監視役だと明かしたら……もうここにはいられないんだろうな……)
 ……サージュのことを強い、と思ったのは、何も教会の件だけじゃなかった。自分の身の振り方を明確にして、それでも尚、信頼を得ていることがニコルには羨ましくも映るのだ。
 今だって何も明かせないのは傷心しているアニキを気遣ってのことじゃない。間違いなく身勝手な保身行為だった。自分は他の仲間たちのように腕が立つわけでもないのだから。
 でも、それでも良いんだ。今のままで。自分が壊すきっかけになってしまったとしても、今は、このまま変わらないで。
『ったく。相変わらずうるせぇな、お前は』
 アニキの幼馴染であるアルス殿下やアデールちゃんが自分達から離れたあの時に苦笑しながら言われたのを、未だに覚えている。
 あの時から自分はここを離れたくないって、そう感じている。彼らを裏切っていることは解っていても、ここにある居場所を失いたくない。
 そうして今までだってなんとかなったんだから。
 だから、これからだって――

+++++

 なんとかなる。
 それは無敵の言葉で、そして無能な言い訳に過ぎない。調子に乗るということは、何処かで必ず痛い目を見るというおまけが付いてくる。
「ちっ、あいつ……」
 そりゃサージュから彼に対して偉そうなことを言える立場ではない。曲がりなりにも中心核にいる青年に誘われた立場であるとはいえ、今も変わらない自分の目的のために彼らを都合よく利用しているのは事実だ。それにニコルから見れば自分の慕っている人間を一度は裏切った野郎なわけで、そんな奴がのこのこと出戻って説教垂れるのも面白くはないだろうなあなんてのも十分解る。
 だからといってこれまでの自分の行動を否定する気は全く無い。イグナーツの所業で壊されたものがあるという明確な事実が一つ増えたと、むしろ今日はあの土地に戻ったおかげで改めて決意を固めたくらいだ。
 自分だってずっと驕りを持っていたわけじゃない。ただ、あの頃は何処までも行けるんだって信じていたのは本当だ。生きてきた中で間違いなく、一番幸せだったから。
 草むらにどかっと乱暴に寝転がった。当然男が暖めたところに座る気はないのでニコルが寝っ転がっていたところは避けて、枕代わりに頭の後ろで手を組んでなんとなしに景色に目をやる。エブル周辺の見慣れた植物達が、等しく頭上から落ちる月明りに淡く照らされている。
(一番怖いことって……なんなんだろうな)
 瞼を閉じて、さっきだらしなさ満載の男に話した言葉を反芻する。少年時代にはそれがはっきりしていた。でも今は、自分にとって執着していることが復讐とかいうあまり褒められた行為ではないし、自分の手じゃなくてもどっかであの男が勝手にくたばっててくれても別に良いかなくらいにも思っている。……実際にそうなったら嫌かもしれないが。
 ぼんやりとそんなことを考えて、結局答えが朧気にしか見えなかったので自分もなんかだらしない人間の一人に該当するのかなあとか虚しくなりながら目を開けたら、
「……」
 目が合った。さっきから気配は感じていたから驚きはしなかったが、夜空を背に陰気な顔で見られると化けて出られてるような感覚になるので割と止めてほしい。モンスターが出ない保障も無いからだろうが、わざわざ剣も佩いてきてるし。
 そんな長い間見つめていたわけではないと思うが(そもそも野郎の顔を誰が好き好んで見続けなきゃいけないのか)、先に口を開いたのは向こうの方だった。
「顔が悪い」
「なんだよそのシンプルな悪口」
「言い間違えた。顔色が悪い」
 嘘だ。絶対わざとだろこいつ。
「そっくりその言葉をお返ししますよ、オイゲンさんよ」
 開口一番にこんな応酬ももう何度目になるやらだが、これから一緒に行動するとなると毎日することになるのかと思うと若干うんざりはする。
 身を起こすのが億劫なので寝そべったままでいるとオイゲンの方から寄ってきて、奇しくもさっきニコルが座っていた所に腰を下ろした。
 その間にもぬるい自然界の風が我関せずで吹き抜けて、草木に葉擦れを起こさせる。
 意味もなくわざわざ隣に居座ったりしないだろうから向こうが話すまで黙り込んでいると、いつも通りの陰気臭い顔つきのまま、
「すまなかった」
 とだけ言った。全くもって不器用で不愛想な突然の謝罪に、サージュはニコルに対してしたのと同様にこれ見よがしな深い溜め息を吐いた。身に覚えはまあ色々とあるが、それぞれに対して浮かんできた感情はすぐに泡になって消え去っていった。
「おいおい、そりゃなんの謝りだよ。あんたが俺の名を騙ってたってことか?」
「騙ってはいない。その件はずっと否定していた」
 冗談で言ったことには、むしろ前のめり気味で否定しやがった。正直そっちの方がプライドとか考えたら傷付くが、淡泊に相槌を打って装った。「そうらしいな」
 噂の一人歩きっぷりとあれやこれやな状況を考慮すれば仕方ないとすら言える。オイゲンは黙して語るような男だから、坊やのような年齢層にはウケが良い。サージュとしてもオイゲンが勘違いを受けているなんて事実を知っても自分のことを明かそうなんて微塵も思わなかったし、いっそ都合が良かった。無条件にラルク達の面倒を見てもらう役目を負わすことができたからだ。
「で?」
 なんとなく先が解ってきたので、返すべき単語を頭の中で組み立てながら続きを促す。
 オイゲンは表情を作るための筋肉が無いのかと思わせるくらい無感情な顔を、頭上の月と星の明かりにぼんやりと照らされながら口を開いた。
「私がもっと早くあの教会の惨状を知っていれば、あるいはお前の家族を……婚約者をあんな姿に」
「――させなかった、だって? 仮定で語られて謝罪なんて、そんなのアホらしいから止めてくれ」
 案の定だった。何考えてるか解り難そうに見えてそう感じないのは、なんだかんだで付き合いがそこそこあったからなのだろう。それは世界中どれだけ探してもこれ程くだらないものはないという謝罪だった。
「お前さんがね、それで謝らなくちゃいけないなら、俺だって家族を失ったあんたに詫びなきゃいけなくなる。あんたを誘ったのはレックスで、レックスを誘ったのは俺だ。因果の根本なんて探り出したらキリないぜ」
 オイゲンもとっくに理解しているだろう。だが今日は十何年も抱え続けた後悔が噴き出したのだ、思考的に弱ってしまっていても無理はない。こういう時に古くからの付き合いのある自分にできることは、尻を叩くことくらいか。……自分のも含めて。
「俺も……あんたも帰る所を失った。あの時に戻りたくない、なんて言えば正直嘘にはなるけどよ、今が悪いなんて思ってねえよ。それはまた別の話だろ? 俺は明日からレックスの息子と旅をするの楽しみにしてるぜ、あいつが……レックスを越えてくれるかどうかも含めてな」
 頭の中に流れてきた考えをそのままの形で吐き出していく。この三十年と少しの人生で積み上げてぐちゃぐちゃになっていた頭の中をそうして整理していくと、自分でも驚くくらい前向きな意見が出てきた。割と身の上を話したら他人から同情されても良いようなこともいっぱいあると思うのだが、少なくとも頭の近くに座っているおじさんよりかは精算できているのもあるのかもしれない。
「あんただってまだ死ねないと思ったから生きてるんだろ、オイゲン」
 昼間にレックスの息子に殺してほしいと懇願していた男に言うのは酷なことなのかもしれない。オイゲンの巌のような顔は眉一つ動きはしない。だが、これ以上何かを言い出すような雰囲気はなかったので言葉を続ける。
「ラルク坊やはまだ俺達の半分くらいしか生きてない、考えを整理するのに時間が掛かる。だから今は……ま、とりあえず待っておけよ。愚痴なら五日に一回くらいなら聞いてやるからさ」
 軽口混じりに言うと、オイゲンも強張っていた顔をようやく緩めた。
「……なら私も、お前の愚痴をそれくらいの頻度で聞いてやろう。毎日女にフラれた話をされてはたまったものではないからな」
「へっ、両手に花になっても絶対譲ってやらないもんねー」
「要らぬし、万が一にもそんなことにはならんだろう」
「言うじゃねえか……マジで花束抱えることになっても泣いて懇願してきても譲ってやらないもんねー」
 さっきとあんま進歩のしてない捨て台詞で吐き捨てると、オイゲンがふっと口の端を少し釣り上げて嫌味に見える笑みを浮かべた。余計な親切心と後悔を抱えてくれるよか圧倒的にマシだが、面白いか面白くないかで言えばなんだか面白くない。人の世話を焼いた褒美に可憐で甲斐甲斐しい女の子でも空から降ってこないだろうか。
「はー、なんか俺様ってば寝る前に野郎と話してばっか」
「……先程ニコルとすれ違ったが、まさかお前と話していたのか?」
 そこまで驚くこたないだろうってくらい驚かれてしまった。そりゃ野郎は眼中にないけども。「そのまさかだって。あーなんか二つも辛気臭い顔を拝んでたら酒飲みたくなってきた」
「二日酔いで倒れても、明日は皆でログレス周りをするのだ、誰も介抱はせぬぞ」
「待てよ、付き合ってくれねーの? ケチな御仁だねぇ」
「大体夜も遅いだろう。遅酒は身体に響く」
「そんなヤワじゃないでしょうに。ほらーせっかくお前さんで我慢してやろうって言ってるんだからさー」
「……ではな」
「ではなって……」
 段々しょうもないと判断されたのか、中途半端なところで強引に話を打ち切られて、頭上辺りにあった男の影が飛行艇の方へと去っていく。向こうの懺悔には付き合ったのに、こちらの愚痴に付き合ってくれる気は全くないらしい。
「……サージュ」
「ん」
 首を上に向けて帰ろうとしていたぴんと伸びた奴の背中を眺める。もちろんそれだけだと相手に反応していることが判らないだろうから一番労力の使わない短い返事で返した。男も大きな背中をこちらに向けたまま、小さな声ではあるもののよく通る渋みのある声で言った。
「明日から、またよろしく頼む」
「おう」
 何の迷いもなく返事をした。反応を受けた方は小さく微苦笑を漏らしてそのまま立ち去っていった。
 寝転がった姿勢のまま頭上に広がる星空をぼんやりと眺めた。夜目も含めて視力は良い方だ、数えきれない星が暗黒の空にくっついているのがよく見える。この眺めは十年も二十年も、自分が産まれる前からもそう対して変わっていないのだろう。それこそ、オイゲン達が生きた負の時代の頃から。
 だが話し相手がいなくなると、また自然界に流れる風が鼓膜の上を泳いでいくのを意識する。葉擦れの音が欠かさず情報を届けてくるので、時間が止まっていないことを実感できる。
 時は流れ、あの光り輝いていた時は過去になって、こうして今がある。なんとなく、今の自分の心境はこの夜空に似ている気がした。闇が深過ぎない紺青の空はいくつもの星を抱えていずれ来る夜明けを待ち続けている。
(一番怖いことって……)
 ニコルとオイゲンに話したことを噛み締めるように思い出して、頭の中でかちりと一つの回答が組み上がった。
 きっと今一番怖いのは、もう一度帰る場所を無くしてしまうことだ。それがエブルで、セレナの妹のマリアがいる所で、それと……レックスの忘れ形見がいるここになるのかもしれない。利用している、なんて惟てはいたが自分の心の中でもそんな単純に片付けられるものでもないのだなと漠然と考えた。
『少なくとも今、俺が敵だと断言できるのはイグナーツだけだ。お前だってそうじゃないのか?』
 昼間に何の迷いも躊躇もなくそう言って仲間に引きずり込んだ青年の顔が呼び起こされ、サージュはふっと笑みをこぼした。
 やっぱり人たらしの息子は人たらしってわけだ。人たらしな親子に人生を振り回されるというのも悪くはない。
 足で勢いをつけて上体を起こし、子供の頃から見慣れたエブルの夜空に向かってサージュは大きく伸びをした。






※ここから言い訳エリア
・記念すべき日になんて暗いもの書いてるんだ!僕もそう思う!
・タイトルの「HIRAETH」とは「二度と目にすることが叶わないかもしれないという恐れを含んだ、故郷へ戻りたいという願い」のことです。ウェールズの言葉ですね
※ここまで言い訳エリア

 アークラ、15周年おめでとうございます!早すぎでは……?低レベルプレイしてたり台詞回収してたあの時がもう5年前だって?信じられん……。低レベルのやつ終わってなくない?うん……。
 でも未だにコマンドRPGでは戦闘は最高峰だと思っています。

 アークラの二次創作はいつか書きたいなと思いつつも全然手が付けられず、今回のこのめでたい日をきっかけに書き始めました。めでたいのになんで作中シーンがそんなところなんだ?って感じですね。なんででしょう……最初は違うネタだったんですが、そっちも同じくらい暗い奴でした。二転三転しています。
 この話はタイトルにもなっているhiraethという単語から着想を得ました。
 二転三転していることもあって、推敲が今回時間が取れず……今日少しだけできただけなので、読みづらい文章が更に読みづらいことになってるような気がします。

 サージュかオイゲンを中心に書こうとするとこうなる……?でも一番泥沼にはまっているのはニコル君ですが……ストーリー上は、この次に逃げるシーンがニコルとの決別にあたるところだったりします。彼の性格は物語上はアレだけど、至極一般人的感覚で自分はかなり好きだし、同情というか、同感しやすいところはあるのかなと。それにスパイみたいなことして罪悪感も抱えていただろうってところも、なんだかつらいところがある。


 そんなわけで、改めてアークラ15周年おめでとうございます。自分はこれからもこの作品を好きであり続けるだろうなと確信しています。またこの作品に対して、何かしら形にして残せたらいいな、なんて思います。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。
 もしよろしければ拍手やコメントなどいただけると嬉しくて飛び跳ねます。

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