ポケ迷宮。

ネッツの端っこにあるヴィオののんびり日記的な旧時代的個人ブログ。大体気に入ったゲームについて語ってます。

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オクトラ小説1作目。

 テリオン主人公で右回りに回った人が経験したであろう、1人目の仲間ハンイットとの出逢いSSです。

 かなり久々に執筆したけれど、創作って楽しいよね。

 テリオンとハンイットの1章の話を知っていれば大丈夫です。ネタバレはありません。
 カップリング要素はありません。

☆後日譚もあります(オクトラ小説三作目)
 【オクトパストラベラー】咲けるは淡い夢【小説】


 では、「枷の男はアルテミスに出逢う」です。
 ではどうぞ。


☆オクトラ小説二作目 オフィーリア一章中心のトレサとの出逢いSS
 【オクトパストラベラー】聖女の道、輪廻の導き【小説】


18'08'06 加筆修正



枷の男はアルテミスに出逢う


 頭上で甲高い鳥の声が旋回していった。時折通り抜ける風は冷たく、服や髪を薙いでいく。この早朝の時間は行商人等を見かけてもよい時間帯だと思うが、目立った人通りも無い森林の中、テリオンは一人ウッドランド地方を東に向かって歩いていた。
 手に握られた方位磁石を見ると、自然と右腕についた金属の塊が目につく。丁度一日前になろうか、この腕輪は一人の老体によって嵌められた。盗賊の中で知らない者はいない、不覚を取った盗賊から名誉と矜持を奪うと言われる罪人の腕輪と呼ばれるものだ。失敗というレッテルは大体そのまま監獄への道と直結することになるはずだが、それを行わずこの腕輪はただ惨めな敗北者として身に付けられるだけで釈放という待遇になる。一度捕まった身分でまだ盗賊を名乗っているのかと後ろ指を指され続けることに耐えられず崖から身を投げた者がいたという噂もある。だからこの罪人の腕輪……いや、愚か者の腕輪という名はついたのかもしれない。鶏が先か卵が先かは今は誰も知るよしも無いだろう。実際に自分の目で腕輪を見るのは初めてだったが、腕輪というよりは枷のようなもので派手という言葉とは全く縁遠い無骨なものだ。だが、その見た目も噂で聞いていたものとほとんど同じだった。流石に電気が流れたり爆弾が仕込んであったりするものではないようだが。
 この腕輪を外す条件があるとはいえ、三つの宝石を取り戻して欲しいという依頼を受ける立場になった。あの食えない執事は元々裏の人間なのだろう、そう思わなければ自分のような人間の扱いを恐ろしく心得ている。そしてその主人だという二十にも満たないお嬢様。彼女の毎日丁寧に梳いているのだろうブロンドヘアと小動物を思わせるような瞳は、ただ純粋に眩しかった。
『道中、どうかお気をつけて』
「……」
 元々流浪の身であり行く当てもあるわけでは無かった。誰かに与えられたものであっても目的のある旅というものは数年振りになるのだろうか。
 ふと横目に見えた村の存在に気付いたのはそんな旅について考えて始めた時だった。轍が無ければそのまま存在に気付かずに次の街へ辿り着いていたかもしれない。それほど風景に溶け込んだ村だった。なるほど、地図を広げるとシ・ワルキの辺りだ。確かここは狩人の村として有名なはず。上手くすれば獲ったばかりの肉にありつけるかもしれない。何より傷薬がほとんど切れかかっていた。テリオンは分かれ道を右に曲がり轍の上を歩く。
 ……酒も少し飲みたい気分だったのも、否定は出来ない。


+++++


「いらっしゃい」
 扉を引くと鈴が店内に響いた。不恰好な紐がついているが、昔は腰から下げられて熊避けに使われていたのであろうか。
「軽いの」
 右端のカウンターの席へ座り、銅貨を二枚置きながら自分より五つ程年齢が上に見えるバーテンダーに注文を頼む。やがて出てきた木彫りのコップには半分の酒に大きな氷が入っていた。
 微細な刺激が舌に触れた後、控えめな苦みと甘味が口内を潤した。初めて感じる味だ。村で獲れる果実で香りづけした酒かもしれない。
「……何か騒がしいね」
 十分口の中に酒が行き届いてから、テリオンは口を開いた。大抵この一言を言うと、噂が好きなバーテンダーという業種はその街での最近の事件やこれからのお祭りを話してくれることが多い。何も無ければ猫か何かがゴミを荒らしている音かもしれないと言えば話を終わらせることもできる。
 バーテンダーは背後の食器棚の整理をしながら応じてくれた。
「今日も村の者が狩りの練習をしている時間でしょうからね。私もよく外で弓をひいたものです」青年はもうこの身になってからは専ら成果品を捌くことしかしなくなりましたがね、と苦笑する。「この酒場としては、上客がいなくなってここ一年はだいぶ寂しく感じられますよ」
「上客?」
「ええ、村一番の狩人が騎士団の方の依頼を受けてから戻ってきてないんですよ。今子供に教えているのもその弟子のハンイットさんですし」
 騎士団というと聖火騎士だろうか、騎士団からわざわざ個人を指名して仕事を依頼するとは余程腕が良いらしい。なまくらな腕の者が数ヶ月行方をくらませたならもうこの世にはいないと思うのが妥当だろうが、腕利きの人間ならばまだ仕事中と思うのが自然なのかもしれない。しかしどんな魔物なのだろうか。情報次第では金になるかもしれないと思い、もう一口酒をつまんでから笑った。「そんなのがこの森にいるってことかい? おっかないね」
「いやいや、赤目はもっと遠くの町で出たと聞きましたよ。この辺りに出たのなら彼もこの村に当然寄ってるはずですからね」
 やはりというか、その名は全く聞いたことが無かった。恐らくよくある獣の姿ではあり赤い瞳を持っているような魔物だろうが、空を走るのか地上を駆けるのか地中に潜むのか、とにかくそのワードだけでは判別のしようが無いし、恐らくバーテンダーも知らないのだろう。残念ながらこんな曖昧過ぎる情報じゃお金にはならない。他に良い情報があるような村でもないし空振りか。
 大人しく当初の目的の買い物でも果たして村でも出ようか、そう考えて酒を呷ろうとした矢先の事だった。酒場中に豪快に響く鐘の音は、更なる来訪者を知らせた。
「いらっしゃい。あ、カムルさんじゃないですか」
 ずいぶんと柔和な顔をした中年男性だった。着ている服は上流階級が着るようなプールポワンだったが過度な装飾は無いため素朴にも見える。
「隣、良いかい」
 わざわざ広い酒場で昼間から飲んでる人物の横に座ってくるのは、警戒心が無いのか。……非常に都合が良いが。
「ああ」
「いつものコーヒー一杯くれ」
「はい、かしこまりました」
 履いている革靴も安物では無いようだ。大方村と取引をしている商人か何かだろう。腰の巾着に刺さっている万年筆は中々価値のあるもののようだ。先程まで使っていたのか、半分くらい飛び出て今にも落ちそうだ。テリオンは羽織っていたケープを脱いだ。そうだな、酒を飲んで少し身体が火照った、ということにしとこうか。こんな弱い酒で、この量で酔える人間がいるなら見てみたいが。
「お兄さん、旅の人か?こんなところで朝から飲むとは珍しい」
「……ええ、祖父のところへお墓参りする最中でして」
 咄嗟に嘘を並べ立てた。多分これが善良な若者としての自然な会話だろう。酒を飲んでいるのも、大好きだった祖父に出会うのが億劫だ、という可哀想なお話に繋がるはず。だがそれを聞いてカムルは眉を潜めた。何か変な事を言っただろうかとも思ったが、続けられた言葉はテリオンの予想とは異なっていた。
「ならまだシ・ワルキにいた方が良いかもしれない。すぐそこの森で凶暴な獣が出て商隊が全滅したという情報があるんだ」
「それは……」朝の物を仕入れる時間帯に人がいなかったのはそういう理由か。「穏やかじゃない話ですね」
「ああ、だから急遽こちらの村の腕の良い狩人に依頼をしにきてね。悪い事は言わないが、退治したという知らせを受けてから旅立たれるのが良いだろう」
 依頼をした、と言ったか。となると彼は商人などではなく獣の対応を迫られた地方貴族の使者なのかもしれない。確かウッドランド地方は王政が存在せず、地定を行っているのはそれぞれの領地を持つ貴族だったはず。自然の多いこの地方では村人と友好的であればある程度の収入や治政は行えるのだ。
「確かに、その方が良さそうですね」
 そう話した頃には酒が空いていた。流石にもう一杯頼むような時間でも無いし、よろず屋に行って誰にも悟られずにさっさと森を抜けた方が良さそうだ。
「じゃあ僕はこの辺で。もう少し村を観光させてもらいます」
 膝に乗せたケープを手に取りながらカムルに向けて手を伸ばす。その感触は狙い通りの位置にあった。静かに、しかし動作が緩慢になり過ぎないように引き抜くと、そのままケープを羽織りながら万年筆を自分の懐に忍ばせる。質屋に入れれば多少は過ごせる金になるだろう。
(フッ……いただいていくぜ)
「ごちそうさま、美味しかったよ」
 ただの墓参りに向かう若者の面を被ったまま、テリオンは酒場を後にした。


 よろず屋で必要なものを揃えて、ノーブルコートへ。今日はまだ次の町まで行けるような時間だし、そこで宿を取れば良いだろう。商隊を襲ったという獣も、出会ったところで冷静に危機回避をすれば問題無いだろう。
 そんな今日一日の予定を立てながら小さなよろず屋の戸を潜ると、爽やかな外とは一転したアンダーグラウンドな空気が漂っていた。なにせ、動物の牙で作られたペンダントやブレスレットが一番に目に付く。続いて先程飲んだと思われる酒も数本売られているのも見受けられたが、それは壁際に並べられた商品のうちの一つに過ぎない。歩ける場所は店内を一周するための通路くらいで、人がすれ違える許容範囲をぎりぎり合格している。何か威圧感を感じると思い見上げれば皮で作った絨毯が天井に吊り下げられている。観光で来ましたって言っても良かっただろうか、と思えるような店構えだった。異様な店内ではあるが、窓は開け放たれており涼しい風が店内の風鈴を鳴らしているのがまた不気味だ。
 しかし、それ以上に驚いたのは床に寝そべっていた四足の獣の尻尾が揺れ動いたことだ。雪の積もった地方に行ったならば景色に溶け込んでしまいそうな程の純白の毛を纏っているが、この店内ではその姿はあまりにも不釣り合いで幽霊のようにすら見える。この店のマスコット……にしては凶悪過ぎて客が逃げないだろうかとも思ったが、その獣の視線の先は一人の女性がいた。腰まで伸びる焦香色の三つ編みと、引き締まった身体が目に付く。晒している肌には昔のものから最近のものまで、傷がいくつも付いていた。女性らしい体型でありながら、傷に痛々しさは感じない。背中には長弓、右腰には矢筒と小さなクロスボウ、左腰には短刀が差さっている。肩にかけられたファーは軽さと保温性を兼ね備えた防寒具なのだろう。
 あれが、狩人か。ではあの白い獣は狩りのお供とでも言うのだろう。だからきちんと躾がされて、大人しい。人が二人乗ってもびくともしなさそうな体躯はこの所狭しと物が置かれた店で害になっているように思うのだが。
 文句を言っても仕方ない、なるべく接触を避けつつ必要なものをさっさと手に取ることにした。手のひらくらいのポップが傷薬を示していたので探す手間はあまりかからなかった。そのまま傷薬を二つ手に取り、よろず屋の店主の元へ――
「う」
 突然喉に圧迫感があった。この狭い店の中だ、服が引っかかったのだろうと振り向いた。
 ……白い獣と目が合った。
「……」
 先程まで鎮座していたはずの獣は、何故かこちらの服を咥えている。別段好かれるようなことをした覚えも無ければ、尻尾を踏んだりはしていないはずだが。右にケープを引っ張ると獣は追従して右に傾いてきたし、左に引っ張るとこれまた追従して左に傾いてきた。上に引っ張ると……ここで二本足で歩き出した犯人がバランスを崩して店の中をひっくり返されると商品で窒息死しそうなのでそれは止めた。
「リンデ、何している!」
 理不尽な布の引っ張りあいをしていると、店内に声が響いた。その声は凛としており、女性特有の甲高さとは縁遠く、中性的な声だった。
 リンデ、と呼ばれたらしい白い獣はそれでもテリオンのケープから口を離すことは無かった。購入物をベルトポーチに入れながら、女性がこちらへ寄ってくる。
「すまない、リンデが粗相をおかけしたよう――」
 女性は謝罪の最中に不自然に言葉を止めた。彼女は白い獣をじっと見つめ、白い獣もそれに応えるように見つめる。その空白はたっぷり三秒はあった。
 ……直感があった。自分は今、こいつらに値踏みをされたなという直感。
「少し、良いだろうか」
 そしてそのまま、先客に引き止められる。顔を覗かれない程度に頭を動かすが、どうやら自分よりは彼女の方が少しばかり背が高いらしい。耳には落ち着いた色の鳥の羽が飾り付けられたピアスをしており、首飾りには金属で出来たリングが二つぶら下がっている。指輪……なのだろうか。高級そうには見えない。そこから更に視線を上げる。テリオンからは少し見上げなければ合うこともない切れ長の瞳には見ている者を竦ませる何かがあるように感じた。
「……何だ?」
 情報収集の時のような繕った仮面は要らない。警戒心を含めた問いを返す。
「ふむ……そうだな、続きは外で話したいのだが良いだろうか」
 訊かれているのだろうが、左手は腰に付けられている短刀の柄へと伸びている。有無を言わす気は最初から無いらしい。
「……売り物を戻すから待っていてくれ」
「ああ、先に外に出ていよう」
 女性は無駄の無い動きで店から出て行った。その後を静かに、そしてようやく服を離してくれた白い獣は優雅に追いかける。
 狩人の村、か。平和で裕福な生活をしている奴らとは違う感覚器官を持っているのだろう。このまま逃げる算段はいくらでもあったが、そうだな、話くらいは聞いてやろうか。……そんな甘い考えが脳内を支配し始めている時点でテリオンは少し驚いていた。今まで関わってこようとした奴らの顔は全く思い出せないのは、興味が全く無かったから、そして人付き合いを自分から避けていたからだ。一日前に起きた出会いは、停滞していた自分の中の考えを変化させたのだろうか。今は、少女の顔が、脳裏に焼き付いて忘れられなかった。
 ――ああそうか、腕輪を付けられたことよりも、自分はそちらの方に苛立っている。何もない空っぽな自分の中に土足で踏み込んでくる奴がいて、それが悪意だけじゃないという事にも気付いている。だが自分は、その気持ちに目を逸らすことしか出来ない。いや、したくない。そんな乾いた人間が、ただただ哀れに思えて。朝から酒を呷ったのもそういった自身への憤りの影響が大きいのだろう。
 手に取った傷薬を棚に戻し、テリオンは女性の後を追って店を出た。彼女は何か腹に一物あるようにも思えるが、それ以上に悪意以外で自分に関わってくる……そんな人間と、話をしてみたくなった。


「……何の用だ?」
 テリオンは腕を組みながら次を促す言葉を彼女に投げる。
 店から二十歩ほど、村からも道からも外れた木を背にした女性と更に数歩離れた先にリンデと呼ばれた白い獣の姿が店内で見かけた時と同じように四肢を曲げている。
 足元の草は足首まで生えており、指の頭程の花を咲かせているものもあった。普段人が歩くようなところで無いにしろ、ちょっとした手入れはされているようだ。木々はまばらにしか生えておらず動き回るには十分だろう。もしここで逃げを選ぶならば、難しい話では無い。手はいくらでもある。だが、話を聞こうと決めたからにはつまらない事以外でここを逃げる気もない。
 女性はテリオンの姿を認めるなり、顔を、身体を真っ直ぐ向けてきた。身体は細いが弱々しさとは無縁な体格だ。
「わたしは言葉での駆け引きが苦手だ。単刀直入に問おう」
 一切の迷いのない声が、こちらに向けられる。腰にかけられたクロスボウは矢が装填されていた。
「お前は……盗賊か?」
 ――言下、思考が巡るよりも速く組んだ腕が腰に差された懐剣を掴み、眼前に飛んできた小石を弾いた。その間に女性は腰に下げたクロスボウを手に取りこちらに照準を向けている。
 テリオンは首から上半身、下半身と左へ傾ける。右耳に空を裂く飛来物の音を聴きながら地面を蹴る。クロスボウの装填時間にはあまりにも短い時間を使い、女性の元へと辿り着くと右腕の短刀を一閃、袈裟懸けに振る。しかしその一手はクロスボウの銃底を持って受け止められた。木製の物体に立った刃は当然生半可な力では抜けない。
 舌打ちをし咄嗟にテリオンは右手で握っていた短刀を離し、背後へ跳躍。案の定、こちらの動きを封じたと考えた女性は鍛え抜いているだろう右足を天高く上げていた。
 短刀を一本失ったところで、まだこちらの左手にはもう一つ武器が握られている。加えて左腰の長剣も抜けば相手の短刀を持ってしてもこちらのがリーチが上だ。
 だがその剣を抜く刹那の隙を女性は見逃さない。クロスボウを地面に捨てると同時に空いている手を肩にかかっているファーへと手を伸ばす。そうか、気付くのが遅かった。それはただの防寒具では無かったのだ。そこには武器が納められていたのだ。
 反応の遅れは即ち傷になる。飛んできた握り拳ほどの投げ矢は長剣を掴んだ右腕に赤い線を刻んで地に落ちた。更にもう一本、その投げ矢は右足の太ももを狙ったものだ。それは左手に持った短剣で弾く事に成功する。遠くの獣を狙う狩人にとって離れた敵は恰好の得物らしく、まずは距離を詰めなければいけない。考えている間にももう一本投げ矢が左の手首を狙っており、これは左半身を引くことで避けた。その勢いのまま右足で地面を蹴り左足を前へ、一気に距離を詰める――
「ぐっ!」
 右腕に痺れがきたのはその時だった。手に持ったはずの剣の感覚が消える。剣が走り出した身体の慣性に乗らなかったのが運が良かった。さっき受けた切り傷から神経毒が回っていたのだ。もしもう少し効くのが早ければ踏み出すことを躊躇い一方的に負けが決まっていただろう。
「はああ!」
「!」
 気合いの一声と共にクロスボウで阻まれたのと同じ軌道を描く短刀……ただしそれは相手の短刀を弾くという力業の役割を終えた時点で遠くへ飛んでいる。耳障りな金属音が森に響く。
 ――そして、空いた左腕を彼女の首もとへと伸ばして、それを、いただく。
 お互いが肩で息をし、相手を見据えていた。女性の両手に武器はない。最後の武器である長弓は背後の木と前面を押さえるテリオンの身体で抜けるはずがない。こちらは右腕の神経は完全に麻痺しているが、左手は相手から奪った投げ矢が女性の首筋を突き付けている。この上更に手があるとしても、不審な動きがある時点で首を掻っ切れる。
 この間にこの世界の時が幾ばく過ぎただろうか。瞬刻のようにも、永劫のようにも感じた空白の後に。
「――ありがとう」
 お礼を示すはずの不釣り合いな言葉を、女性の口から言われることになる。睨み合いの最中、彼女の瞳は冷静だったが、その奥に一脈の狂気があったのをテリオンは感じていた。狩人としての本能なのかもしれないが、それは今この台詞の後には完全に消え失せていた。手合わせは終わりだ、そう目が告げていた。
 テリオンも息を整えながら投げ矢を彼女の首から離して一歩下がる。
「……満足したのか?」
「そうだな」彼女の元へ白い獣が歩み寄る。彼女は戦闘で荒れてしまった服を整えテリオンに会釈をする。彼女のその所作はとても小さなものだったが、気品が感じられた。「突然の試合、ご無礼をお詫びしたい。わたしの名前はハンイット。シ・ワルキの狩人だ。こっちは雪豹のリンデ、わたしの相棒だ」
 ハンイット、確かその名は酒場のバーテンダーが口にしていた。確か村一番の狩人の弟子だとかいう人物のはずだ。
「それで? 俺を今すぐ衛兵にでもつきだすわけではなさそうだが」
「三つお願いを聞いてくれ。そうでなければつきだす」
 痛み分けの戦闘だったのにずいぶんフェアじゃないことを言われる。嘲笑ってやろうかとでも思ったが、それは内容を聞いてからだ。
「まず1つ。お前はキーラン様の使者から何かを盗んだな。それを出せ」
「……」
 右腕はまだ動かない。左手に持った投げ矢の羽根を口に咥え、懐から万年筆を取り出した。ハンイットは万年筆を手に取り、傍にいたリンデが一声、鳴いた。そこでテリオンの中にあった一つの仮説が確証へと変わった。何故盗賊であることがこの女に暴かれたのか。それは他でもない、彼女の相棒の嗅覚によるものだ。値踏みをされたと感じた時、あの時に通じ合ったのだろう。こいつは他人の物を何故か持っている、と。人と獣が通じ合うというのは馬鹿らしくも感じるが否定する要素も無い。
 更にここからもう一つ確証が得られる。何故この雪豹があの使者のにおいを知っていたかだ。これは単純だ。今現在村一番の狩人である彼女に、魔物の討伐の依頼をしに来たわけだ。シ・ワルキで一番の腕前を持つのが他でもない彼女だからだ。その彼女が何故自分にわざとらしい挑発をかけ戦闘を申し込んできたのか、それはこちらの力量を見極めるためだ。そしてそのお眼鏡にかなった。
 後に続く言葉は、やはり予想通りの言葉だった。
「わたしはこれからささやきの森に行きギザルマという魔物に会いに行く。その協力してほしい」
 そしてこれは状況的には脅し。受ける義理もない。断って兵に捕まることになっても逃げられる自信もある。
 しかし、何故だろうか、その様は昨日のお嬢様との光景と被る。何の不自由も苦労もないはずの貴族が人を信じなくなった汚ならしい盗賊に対して頭を垂れた、あの光景に。
「……わかった、良いだろう」
 この女を信じて頷いたわけではない。これは取引だ。罪人として捕まえないから、その代わりに自分の目的を手伝えという脅しに過ぎない。手の中で投げ矢を回し矢尻を向けないように差し出しながら答える。
「……ありがとう。その……」
「――テリオンだ」
「ありがとう、テリオン」
 取引に対して応じているだけなのに何故礼を言われるのだろう。そして何故、そんな安堵の笑顔を見せるのだろう。桔梗の花を想起させるようなたおやかな笑顔を。とてもさっきまで刃を交わしていた相手とは思えない。
「では最後だ。これを使え」
「いっ」
 ……前言撤回。花が背後に見えるようなたおやかな笑顔なんてなかった。その顔のまま怪我人の怪我を突然ひっぱたくとはどういう了見か。恨みがましく傷口を見ると、右腕の投げ矢で受けた傷口にガーゼが貼られていた。貼るだけなのに何故そんな振りかぶって貼る必要がある。いつも誰かをそうやって治療しているのだろうか。しかしそんな疑問を抱いている間に右腕に痺れが走った。毒だか麻酔だかで一切の右腕の制御と触覚を放り投げられていたはずだが、どうやらそれの解毒作用の薬が塗られたガーゼらしい。痛みというよりは今まで感じなかった血の巡りを感じ取れるようになったわけだが、言い知れぬ浮遊感が疼いてあまり良い気分ではない。
「それと、これを食え」
 空になった左の掌に、重みのある物体が乗せられる。テリオンの手よりも大きな葉に包まった何かだった。降伏点を超えることのなかった葉はその形を維持できず、地面から飛び出した芽が広がるようにその中身を露わにした。ふわりと食欲をそそる塊。……どうやら、この村に入る前に期待したものには全て有りつけたようだ。
 ハンイットは余程自信があるのか、視線を向けると早く食べろと言わんばかりの期待の眼差しを返してくる。食べにくいったらないが、感想を聞くまで去る様子もないし、三つお願いがあるとか言いつつこれ四つ目じゃないかという疑問と共に塊に食い付いた。一番最初に主張してきたのは甘い塩だろうか、すぐに肉の旨みと融合し、後から香辛料が追いかける。肉って冷めても美味しいのか。そう考えているうちにしっかり詰め込まれたご飯の甘さが口内に広がった。肉巻きおにぎりと呼ばれるものを初めて口にしたが風味をここまで感じるものだとは思わなかった。
「……まあまあだな」
「まあまあ、か。やはり少し味が薄かったな。気を付けよう」
 薬をもう少し買い足しておく、とそのままリンデと共に置いていかれそうになった時にテリオンは訊かずにはいられず、女性の名を呼んだ。「ハンイット」彼女はすぐに振り向いた。三つ編みが尻尾のように左右に揺れる。眼を、合わせた。そして、自分で出せない答えを、投げつけた。
「あんた、何故盗賊の俺なんかを信用する?」
 間髪入れず戻ってきたハンイットの答えに、迷いは無かった。
「リンデを傷つけなかったからだ」
 ハンイットはそれ以上のことは告げず、よろず屋へと入っていった。
 そうか。
 やはり彼女はあの戦いでは本気で無かったし、こちらが本気でないのも見破っていたわけだ。捕まえる気があるならそもそも店内で声をかけずに外に出て油断しているところをリンデをけしかければそれで解決する。それを凌いだところで彼女が二対一の状況を作り出せば非常に有利だし、その場合はこちらも白い獣か彼女の四肢をさっさと無力化させれば良い。他にも木に火をつけたり煙幕で撒いたりすれば逃げられる。……無傷で済む自信は無いが。ハンイットは勘はかなり良い、煙の中でも矢で得物を狙う術を知っているかもしれない。痛み分けになるか、希望的観測を一切しなければ問答無用で足を射抜かれてそのまま捕まる可能性もあった。
 しかし、それだけで自分は信用されたのか。裏切るだろうなんてこれっぽっちも思わないのだろうか。……自分には信頼と絶望は表裏一体だと刷り込まれてしまっている。誰も信じきれない。だから一人で行動し、一人で生きてきたのだ。盗みも数え切れないほどはたらいてきた。
(俺は誰かに同情されるような、そんな殊勝な人間じゃない)
 だから、そういう人間に近付きたくて、コーデリアやハンイットの頼みを聞いているのだろうか。それは水を奪われた魚が見せる惨めな足掻きに思える。
 木に背中を預けながら手に乗せられたそれを口に付けていると、白い獣……リンデが身を寄せてきた。体温は人のそれと変わらない。殆ど感覚の戻った右手で頭を撫でると、リンデはごろごろと喉を鳴らした。飾り気の無い枷もまた、揺らすと鈍い音を響かせた。
 同情されたいだって? 違う、俺はこの腕輪を外してもらうために依頼を受けたんだ。目的を間違えるな。
「ノーブルコート……赤竜石、か」
 まだ、当てのある旅は始まったばかりだ。


+++++


 ハンイットがギザルマを倒したという事実を村に持ち帰ったことと、ハンイットの師匠ザンターのお供であるハーゲンという黒い狼が尋常じゃない様子で村に辿り着いたのはほぼ同時であった。
 あの彼の身に何かが、と村は一時騒然となった。その時、前へ出たのは他でもない、ハンイットだった。師匠は必ず助ける。ただ、それだけ言って彼女は村の者に丁重に見送られた。あれが彼女の腕前と人格からくる信頼というものなのだろうか。
 そして何故か、村の入り口を過ぎた東西の分かれ道で自分を含めた二人と二匹が並んでいる。
「テリオン、ハーゲンに懐かれたな」
 何故その台詞に揶揄が含まれているような気がするのだろう。
「……離れろと言ってくれ、暑苦しい」
 そして何故その狼にべったりと密着されているのだろう。歩きにくい。ほっとくと腕輪ごと手首食いちぎってきそうなんだが。
「良いじゃないか。テリオンはこのままフラットランドへ抜けるのだろう? わたしも同じ方角に行くのだから」
「……何故知っている?」
 彼女に、行き先を言った覚えはない。それどころか、口にしたり紙にしたためたりした覚えもない。疑念を込めて訊き返したが、彼女はまるで今日の天気を話すようなあっけらかんとした口調で。
「リンデに聞いたよ」
 ……迂闊だった。まさかあの時口に出したのだろうか。完全に参ってるな。
「あんたらに隠し事はできないというわけか。なにせ目と耳が四つもある」
 肩を竦め傍らの黒い獣へと視線を下ろす。いや、今は目と耳が六つか。下手な屋敷警護の奴らより性能が優秀ときている。
「そういうことだ」ハンイットは歩き出す。その隣には雪豹が連れ添う。「さあ、行くぞ。山を越えるんだ、ぐずぐずして夜になったら凍えてしまう」
 恐らく、彼女らとは短い旅になるだろう。自分にも、彼女にもそれぞれの旅の目的がある。それまでの間なら、協力者がいても良いのかもしれない。
「――ハンイット」
 先を行く痩躯の女性に赤く熟した木の実を投げつけた。半円を描き、彼女の胸元へと 辿り着く。
「これは、林檎か?」
「……あんたが村人に囲まれている間に買った」
「……そうか、ありがとう」
 ただ今は、赤竜石を求めて旅立とう。
 フラットランド地方ノーブルコートへ。
 彼らに、どんな運命が待ち受けているのか……いまは誰も知らない。





 
【長文なあとがき】

※ここから言い訳エリア
・キーランの使者様に名前は有りませんが不便なので付けました。
・罪人の腕輪の細かい設定は創作です。実際は知りません。
・酒がこれっぽっちも飲めないので、酒についての描写が稚拙です。
・ギザルマ戦を抜いたのは、あくまでも作中で全く描かれてない妄想部分のみを書くという目的だからです。
・絶対テリオンってハンイットより身長低いよね。ここ大事です。
・林檎食べたい。
※ここまで言い訳エリア

 というわけで、テリオン主人公にした人の半分くらいの方が経験するであろう1人目の仲間ハンイットが仲間になるまでのSS。
 システム的には理解できても、物語が想像できないなぁと発売後一週間はきっぱり思ってたわけだけど、その3日後くらいに、
『ハンイットの物を盗む→リンデにバレる→うみゃうみゃ』
 という展開が頭の中に生まれたのでした。
 最終的にだいぶ変わってしまったけど、リンデの嗅覚だけは変わらなかった。

 テリオンは「一時的な旅の仲間だ」と最後に考えてますが、当然最終的に8人になります。

 ちなみに自分がテリオン主人公にした理由は「とりあえず左から」。時計回りな理由は完全に失念した。何も覚えてない。たぶん適当に歩いてただけだと思う。
 でも最終的にはテリオン主人公で良かったなって思ったし、ストーリー終わっても裏ボスのレベル上げに入るまでずーっと先頭だし、うちの8人の中でリーダーなのは間違いない。じゃんけんで負けたからリーダーになったわけじゃない、と思いたい。まあなんでリーダーになってるの、はまだ自分には想像できないわけですが。


 以下テリオン章を見直したり、この小説のシーンに対して個人的な感想。


 もしテリオンがコーデリアに出会う前にこの状況に陥っていたなら間違いなくよろず屋から逃走している、と自分は思う。1章の時点じゃまだコーデリアやヒースコートの影響はないのでは?という人もいると思うが、わざわざお見送りをしてくれるコーデリアに対して「まさか俺が盗みの依頼を受けるとは」と一笑してるシーンは間違いなく自嘲。コーデリアに対し変なヤツだと絶対思ってる。

 執筆当初は完成品よりもテリオンが揺れ動いている予定だったんだけど、改めてストーリーを通してみてもっと心を閉ざしている描写に変えた。でも、他人への感情に『何故』という言葉が出るのはテリオンにとって進歩なんです。それに答えを出そうとするかはまた別としてね。

 テリオン自身は2章トレサの時点で「見上げた奴だよ」とか、2章ハンイットで「大したもんだな」と褒めたりと素直なところもあるので心の底から仲間なんて要らないという風に思ってるわけではないと思うのです。それがコーデリアの影響だったらいいな、っていう妄想もある。

Q.何故突然戦いだしたの?
A.戦闘シーン書きたかった
 という我欲が60%くらいだけど、自然な流れでこうなったのです。本当です。
 これから危険な戦闘に誘うのにはドンパチしないと腕前が判らない。だからさせた。までは良いけど。弓でタイマンって難しい。しかも本気に見せかけた戦いってことが条件だから余計に。おかげでハンイットが微妙に人間兵器レベルで色々備えてる事になってしまった。みなさん、作中の狩人の武器は弓と斧ですよ。弓と短剣じゃありませんよ。投げ矢なんてありませんよ。麻痺技なんてありませんよ。ボウガンなんて武器に無いですよ。


 そして、とっても入れたかった没シーン。
 ここはテリオン章のネタバレありなのでドラッグで読んでください。

 テリオンがよろず屋でリンデに引っ張られるシーンがあると思うが、当初はリンデは服を引っ張るのでは無く腕輪を噛む予定だった。もう既に鍵が外れている腕輪が取れそうになるのをテリオンが止めろとちょっとキレ気味に言わせたかった、というわけ。
 だけどヒースコートが腕輪の鍵を外すのってテリオン2章の終わりだったということに後から気付く。つまり、この時は正真正銘がっちりついているということ。嗚呼哀しき。仕方ないので恨みがましくハーゲンに噛み噛みさせました。くっそー手べたべたになってしまえ。


 以上、「枷の男はアルテミスに出逢う」の執筆感想でした。


 自分がゲームプレイした時に倣ってテリオン→ハンイットをどうしても形にしたくて書いたけど、他の面子の出会いみたいなのも書きたいなぁって思う。残り6人がどういう感じかというイメージはあるし。
 ただ世界樹とサガスカとRPGラッシュで書ききれるか……9月にもイーラや閃4とかあるし。

 それでもまだまだオクトラには触り続けたいと思ってる。久々に創作意欲を掻き立てられた作品だし。
 自分は間違っても絵は描けないので……カービィとか棒人間しか描いてなかった人間ですしね。絵も描けて文も書けたら挿絵とかできるんだろうなっていうのは妄想止まり……。


☆後日譚もあります(オクトラ小説三作目)
 【オクトパストラベラー】咲けるは淡い夢【小説】


※18'8'27追記
 オクトラ小説2弾のオフィーリア一章でトレサと出逢うお話もどうかよろしくお願いします。
【オクトパストラベラー】聖女の道、輪廻の導き【小説】


 ここまで読んでいただきありがとうございました。
 もしよろしければ拍手やコメントなどいただけると嬉しくて飛び跳ねます。

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